大井さんを宥めすかしている内に、呉鎮守府に着いた。
雨宮さんは仕事をほったらかして俺を出迎えに来ていたようで、これから片付けなければいけない仕事が山ほどあると、嫌々ながらに仕事場に戻っていった。
あの人、本当に提督だったんだなあ。
「すいません都築さん、何かまともにお出迎えもできなくて」
「いやそんな。昔、出迎えの幼稚園バスにすら素通りされた俺からすれば来てくれただけで嬉しい」
「そんな大袈裟な……」
「ちなみにバスは戻ってこなかった」
「……きっとそのバスはシャイだったんですね」
大井さんの必死のフォローが胸に染みる。
結局その後も一人家の前でボケーっとバスを待つ俺に気付いた近所のお姉さんが、自転車をぶっ飛ばして幼稚園まで届けてくれたのは今となっては良い思い出だ。
「それで、大井さんも今から任務なんだっけ」
「はい、本当は私が都築さんに鎮守府を案内してあげたかったんですけど」
大井さんが、そんな嬉しい事を言ってくれる。
「平和のシンボルである大井さんにそんな迷惑は掛けられない。俺の事はもっとこう、排水溝に溜まったカビをこすり落とすたわしみたいに扱ってもらって構わない」
「都築さんの中の私はどれだけ悪逆非道なんですか?」
「大井さんの下僕になる事が今の俺の一番の夢なんだ……」
「とてもカッコいい顔でなんて残念な事を」
俺がカッコよく見えた大井さんはすぐに眼科に行った方が良い
ともあれ幸いにも、仕事が始まるのは明日からで、今日一日は荷解き意外に特にやらなければいけない事もないので、無理に大井さんに時間を取らせる必要もない。
その事を伝えると、何故か大井さんは不満そうだったが。
「わからない事や困った事があったらすぐに連絡してくださいね。一応、今から来る子にこの後の都築さんの部屋への案内も含めて、臨時の世話役を頼んでますのでそちらも頼りにしてください」
「わかった。わざわざありがとう」
そんな俺の礼の言葉に、笑顔を残して鎮守府へと向かっていく大井さん。それと入れ替わる様に、一人の少女がこちらへ向かって駆けてきていた。
俺の目の前でぴたっと止まり、仁王立ち姿で腕を組む少女と目が合う。
気の強そうな子だ。だが人を外見で判断するべからず、俺なんかの世話役を引き受けてくれる子だ、きっと見た目とは裏腹に気の優しい子に違いない。
「あんたが例のゴミクズねっ!?」
そう思ったけどやっぱ違った。
初見で俺の本性を的確に看破した将来有望な少女は自らを霞と名乗った。
彼女も、大井さんと同じ艦娘だそうだ。
「時間が惜しいからさっさとついてきなさい。言っとくけど一度しか付き合わないから。鎮守府で迷子なんてダサい事になりたくなかったら精々必死に道を覚える事ね」
ビシッと指を突き立てて、霞は背を向けて歩き出す。
「よし、頼んだぞ霞。俺が道を覚えられるかどうかは全てお前の案内に掛かっている」
「最初から他力を当てにするなんて、やっぱりクズね」
「自力が驚くほど当てにならんからな!」
「…………」
うーむ、霞の俺を見る目がとても言葉で言い表せられないものに。
抑揚の無くなった平坦な口調でこっち、と指をさす霞に素直について行く。
「ったく、大井さんの頼みとは言え、なんで私がこんな事を……」
「霞は大井さんとは仲が良いのか?」
「少なくともアンタよりはね」
「そりゃそうだ」
俺と仲良しなんて汚名を大井さんに着せるわけにはいかない。
だと言うのに霞の口は折れた爪楊枝の如くへの字に曲がっている。
「アンタは嫌味ってものを知らないの?」
「生憎と国語は苦手なんだ」
得意な科目自体ないけどね!
はあー、と大きなため息を吐いて、霞はやれやれと首を横に振る。
「アンタが此処に来るって決まってから、事あるごとに大井さんにアンタの話を聞かされた私の気持ちがわからない?」
「安心するんだ、良い精神科医の先生を知っている」
「私が言うのもなんだけど、アンタはもっと自分に自信を持った方がいいんじゃない?」
慰めようとしたら慰められてしまった。
しかし毎日俺の話を聞かせるなんて大井さん、可愛い顔してキミはなんておぞましい事をする人なんだ。俺だったら耐えられない。毎日鏡の前に立っている俺が言うんだから間違いない。
「それで、あまりにも大井さんが都築ってやつの事をニコニコ笑顔で話すもんだから、一目どんな奴か見てやろうと思って」
なるほど、それで急遽世話役を引き受けたと言うわけだ。
行ってしまえば品定め。うちのエース様に近寄る無粋な輩とは誰なのかその目で見定めてやろうってところか。
「それで、どうだった?」
「予想を遙かに下回るヘタレだった」
「なるほど」
まあ、妥当な判断だ。
が、視線に力が足りない。もっとこう抉り込むような角度から蔑みの視線をですね――
「――でも、今まで来てた奴らみたいなクズじゃないって事も、わかった」
「……? さっきまでさんざんボロクソに言われていたような?」
「言葉の綾よ」
ふーむ、日本語って難しい。
「でもそういうのってちょっと見ただけでわかるものなのか?」
「そいつの目を見れば大体の事はね。実際、こんな艦娘しかいない最前線に来る奴は出世か下衆みたいな考えしか頭にない様な奴ばっかり。前に来た奴なんか着任早々権力を傘にふざけた事をしてきそうになったから遠慮なくぶっ飛ばしてやったわ」
「ああ、どうりで――」
――雨宮さんが、人員補充に慎重になるわけだ。
フンっと鼻を鳴らして、霞はつまらなそうに床を蹴っている。
これは推薦してくれた大井さんの名誉のためにも俺がいかに安全な人間かをアピールしておかなければ。
「安心しろ霞。俺が出世なんて無いし、身体は全身未だ綺麗なままだ!」
「全部知ってる」
「何故だ!?」
どこからともなく俺のプライバシーが漏洩している気がしてならない。
「ふふっ、なんとなくアンタって人間がわかった気がするわ」
階段を上り終えた霞の口元に悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。なんだ、笑えば年相応に可愛らしい一面もあるんじゃないか。
まあ女の子の褒め方なんて知らないから言わないけど。
曲がり角を右に折れて、三つ目の部屋の扉の前で霞が止まる。どうやらここが俺の部屋らしい。
「だからってアンタの事を認めたわけじゃないから、勘違いしない様に」
「わかってる」
それはつまり、これからの俺次第、ということに他ならない。
能力云々は置いといて、元より仕事に手を抜くつもりはない。大井さんや雨宮さんがどういうつもりで俺を呼んだのかはわからないが、求められているならばできるかぎり応えたい。
「ま、精々がんばりなさい。それともう一つ」
「なんだ、愛の告白か?」
「都築、アンタ整備士なんだって?」
俺の渾身のネタふりはスルーですかそうですか。
「一応そうだけど」
詳しくはその前にド底辺と付くが。
「…………」
「それがどうかしたのか?」
一度黙ったかと思うと、霞はパタパタと元来た道へと駆けていき、そこでくるりと振り向いて、
「個人メンテナンスの資格にかこつけて、大井さんに変な事するんじゃないわよっ!」
「……ええー」
とんでもない事を言い残して華麗に去っていった。
なかなかに強烈なお友達をお持ちですね、大井さん。
「そもそも俺三等整備士だから、一等以上の資格持ちのフォローがないと個人メンテできないんだけどなー」
まあそれはさておいて、だ。
目の前の扉に視線を向ける。
「なんか今日は朝から色々あったけど、ここからはやっと一人だ。まずは一服してから、荷解きを開始しようかな」
悪感情など全くないけど、大井さん、雨宮さん、霞、とここの所強烈な個性を持った人物との邂逅が立て続けに連続した所為か身体が思った以上に疲れている。
ここは休息が必要だ。
その点、自室となるこの場所は鋭気を養うためにも最適な場所。一人リラックスするにはもってこいな空間だ。
さながらルンルン気分で扉を開ける。
「やっほー、重雷装艦へと改装されたスーパー北上さまだよー」
だから四人目がいるとはまったくさっぱりこれっぽっちも思ってなかったんだよ?
目の前のおさげ少女は埴輪がダッシュしているようなポーズでこちらを見ているし、なんだこれ。
「……ナイスポーズ」
「お? このポーズが分かるなんて通だねー、ささご一緒に」
どうやらこの鎮守府はまだまだ俺を休ませる気はないらしい。