色見の強い三人との出会いにぼっちな俺の心が疲弊したので、ひと呼吸置くために案内された自室に戻ったら見知らぬおさげ少女が謎のポーズをキメていた。
ちなみにポーズに深い意味は無いらしい。
とりあえず立ち話もなんなので、近くにあったダンボールから座布団を引っ張り出して座ってもらう事にする。
「それで、そのスーパーな北上さまはここで何を?」
「大井っちに頼まれたんだよ。新しい整備士の人が来るから、荷解きを手伝ってあげて欲しいって」
なんと。
「つまり、俺が一人荷解きに苦心する様を肴に愉悦に浸るために待っていたと、そう理解しても?」
「よくないよ」
なんだ違うのか。
そうなると本当に荷解きを手伝うために待っていてくれた事になる。
ならばまずお礼を伝えるのが筋だろう。
「それはそれは俺なんかのためにありがとう北上さま」
「いいよいいよ。大井っちに頼まれたら断るわけにはいかないからねー、食堂の新作パフェDX宇治抹茶マウンテンで手を打つよ」
「はい」
この北上さま、実にちゃっかりしていらっしゃる。
それでも初対面で変に恩を売られるより、こうして軽く流してくれた方がありがたい。
素なんだろうけど、気の遣い方が自然で上手いなあ北上さんは。
「んで、ここに来たって事はキミが“優しくてかっこよくて謙虚で仕事に真面目”な都築っち?」
「違います」
それはいったいどこの世界線の都築くんだ?
「あ、ごめん。ちょっとエッチで女子大生好きな、が抜けてた」
「ちょっと待ってそのポケットから覗いてる怪しげなメモはなに?」
確かにその情報で若干俺に近づいたような気もするけど、依然として別人である事に変わりはない。
まずは情報の出どころだ。
プライバシー漏洩の犯人はそこにいる。
「あれー? おかしいな、大井っちのこれまでの言動から組み立てた完璧な人物像だったのに」
まあ、なんとなくそんな気はしてたけども。
「俺に対する大井さんの情報を当てにしては駄目だ。なんか変なフィルターかかってるから」
「後半の情報は暇だったあたしが専門書の下に隠されてたお宝本を探し当てた結果知った事だから、大井っちは悪くないんだよ! 謝って!」
「ごめん大井さん! そして北上さんは俺に謝るべきだと思う!」
「ごめんつい」
なんて清々しい“つい”なんだ。
ま、俺の性癖なんて超絶にキモイもの知っても北上さんに得があるとは思えないので許そう。
「話が逸れたね。実は荷解きの手伝い以外にちょっとエッチで女子大生好きな都築っちに渡す物があるんだー」
「そこだけ切り取るのは止めてもらえませんかね?」
事実ではあるけども、口にする必要は無いはずだ。
「はい、これ」
「これは?」
手渡されたのは十数枚程度に綴られたA4サイズの書類が一束。
軽くぺらぺらと捲ると、鎮守府の見取り図や各階の設備の注意事項などが目に入った。
「呉鎮守府のガイドブックだよ」
「……この表紙の端にいる名状し難い何かはいったい?」
「大井っち渾身の一筆です」
「なるほど可愛らしいクマだな」
「猫だよ」
あ、やめて北上さんそんな目で見ないで。
同じ哺乳類という事で許していただきたい。
「表紙、捲ってみて」
「鎮守府の見取り図、だな。でもこうして見るとまた」
「ね、広いでしょ。本当は施設ごとに案内してあげられたら一番良いんだろうけど、流石に一つひとつ回ってたら日が暮れちゃうどころか明日になっちゃうからさー」
「や、これだけでも十分わかりやすいしありがたいよ」
各々のページに各設備、部屋の情報が必要な分だけコンパクトに書かれている。
見取り図は平面だけでなく立体図も載っているから、これがあれば平衡感覚が赤ちゃん並みの俺でも迷子にならずに済みそうだ。
ところどころ出現する名状し難い何かは、とりあえず見なかった事にした。
「執務室とかドッグとか、あと個々人の部屋とか、入るのに許可が必要なところには赤い星マークが付いてるから、覚えてない内は注意してねー」
「俺の部屋だけマークがないように見えるけど?」
「大井っちが消した」
「なんでっ!?」
俺の部屋で何をするつもりなんだ大井さん!?
……いや待て、思い上がるな都築八代。
冷静に考えて俺の部屋に入りたい奴なんてそもそも皆無なんだからこれはこれで問題はない……のか?
「冗談冗談だって、そんな心配そうな顔しなくてもちゃんと止めたってば。それは今まで空室だったからマークが付いてないだけで、次の更新版ではちゃんと付けるよー」
止めたってことは実際やりかけたという事では……?
怖いからこれ以上聞かないけど。
「後はそうだお風呂だ」
「お風呂?」
「都築っちはやっぱりゆっくり湯船に浸かりたい派?」
「みなさんがキモーイと思われるのであれば俺はその辺で水行でも一向にかまわない」
「いやそっちのがキモイって」
それもそうか。
「実はさ、ウチお風呂が大浴場しかなくてさー。提督も大至急改装準備を進めてるらしいんだけどまだちょっと時間がかかりそうでさ……任務によっては私たちもいつ帰ってこれるかわからないし時間制で交代っていうのもちょっと難しいんだー」
「ああ、なるほど」
「シャワー室は区切れるから自由に使ってもらっていいし、ここから歩いて十分くらいの場所に銭湯があるんだよね。お金も鎮守府の経費で落とせるから、都築っちには暫くそっちを使ってほしいんだー」
どこか申し訳なさそうに頬を掻く北上さん。
俺としてはそんなに気を遣ってもらわなくていいんだけど。というか、彼女たちと俺の立場を比べれば当然の判断だ。
幸いにも近場に銭湯があるみたいだし、気晴らしがてら行ってみるのも悪くない。
「どうしても」
「ん?」
「どうしても都築っちが大井っちの入った残り湯が良いっていうなら提督に相談してみるけど」
「是非とも銭湯通いでお願いしますっ!」
真剣な顔で何を言い出すんだ北上さんは。
その後一頻り雑談を交わして、俺と北上さんは荷解きへと着手する事にした。
「つっかれたあああ」
夜の十時過ぎ。
荷解きを含め、着任初日に必要なあれこれを全て終えた後、銭湯で一日の汚れを綺麗に落として帰宅。
その結果、こんな時間。
「銭湯で愉快な爺さん軍団に捕まったのが誤算だった……」
あれが無ければ、後一時間は早く帰れたに違いない。
ベッドでうつ伏せに寝転がりながら明日からのスケジュールを確認する。
明日は朝一から工廠に行って明石さんに挨拶、きっとそのまま仕事へと突入だ。少し早いが今日はもう寝た方が明日にも響かないし良いだろう。
「……おやすみぃ」
意思に倣うように落ちて来る瞼に抗うことなく意識を手離そうとして――
コンコン。
――ふと、扉がノックされる音に再度、意識を引き戻された。
誰だろう? 雨宮さんかな?
「はいはーい。今でまーす」
重たい脚を引きずる様に扉の前に立ち、そのままドアノブを捻り――そこで改めてはっきりと目が覚めた。
「……こんばんは、都築さん」
そこには淡いピンクに猫柄の寝間着――通称パジャマを身に纏った大井さんが立っていた。
……え? なんで?
北上さんのポーズは埴輪というか、〇ァイナル〇ァンタジーシリーズのサボテンダーのイメージ。