ので分けました。
剣の世界
2022年11月6日 日曜日 12:55
俺たちゲーマーにとって運命の時が近づいてきた。
《ソードアート・オンライン》。
天才量子物理学者、茅場晶彦によって作られた世界初のVRMMORPG。
俺を初め、多くのゲーマーが熱望して止まなかった、そのタイトルの正式サービスまであと五分。
八月から二ヶ月に渡って行われたベータテストには参加出来なかった。
抽選落ちである。
まあ、製品版はちゃんと購入出来たので良しとしよう。
明日は普通に学校だが、課題を含め準備もすでに済ませており、おかげで今日一日、なんの愁いもなく遊ぶことができる。
多少の夜更かしも、まあ、許されるだろう。
そもそも家に、夜更かしを止める人物などいないのだが。
などと考えてる内に時間になる。
13:00
ゲームハードである《ナーヴギア》を頭に被り、ベッドに横になる。
これから始まる冒険に心を踊らせ、その舞台である無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城、《アインクラッド》へと自身を誘う魔法の言葉を口にする。
「リンク・スタート」
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「うおっしゃあああ!」
と叫びながら派手なガッツポーズを決めているのは悪趣味な柄のバンダナ男、《クライン》。
クラインは満面の笑みで振り向き、左手を高く掲げる。
それにばしんとハイタッチで応じるのはファンタジーアニメの主人公然とした容貌のイケメン、《キリト》。
その後キリトの横にいた俺こと、《ソウ》にも満面の笑みで左手を掲げてきたので気持ち強めにばしん! と叩く。
「いってぇー! いや痛くはねぇか」
「ははは、条件反射で出ちゃうよな。それより、初勝利おめでとう。……でも、今のイノシシ、他のゲームだとスライム相当だけどな」
「えっ、マジかよ! オレゃてっきり中ボスかなんかだと」
「なわけあるか」
笑いを苦笑に変えながら、キリトは剣を背中の鞘に収める。
俺もそれに倣い、腰の鞘に剣を収める。
今パーティーを組んでいる二人は、ベータテスト経験者のキリトと、俺と同じく初心者のクラインだ。
二人とは《はじまりの街》で出会った。
入り組んだ裏道にあるお得な安売り武器屋に駆けつけようとしたキリトに、その迷いのないダッシュぶりから、こいつはベータ経験者だと見当をつけたクラインがキリトを呼び止め、「ちょいとレクチャーしてくれよ!」と頼み込んでいるのを目撃した俺が、「あ、それじゃ、俺も」と便乗したのだ。
初対面での俺達の堂々たる図々しさに感心してか呆れてか、「は、はあ。じゃあ……武器屋行く?」という街案内NPCの如き対応をしたキリトと、なし崩し的に三人でパーティーを組み、フィールドで戦闘の手ほどきまでして貰い現在に至る、というわけだ。
以上、回想終了。
〜〜〜
「……それにしてもよお、ソウは凄かったなぁ」
俺が二人との出会いを振り返っている間に何やら話していた二人だが、クラインがこっちに話を振ってきた。
会話に参加していなかったから気を遣わせたのかもしれない。
キリトもクラインもいい奴だなー。
……それでなんの話だろう。
「ああ、俺でも最初は手間取ったのに。ほんとに初心者とは思えないよ」
……恐らく二人が言ってるのは、先程の俺の戦闘のことだろう。多分。
キリトから軽くレクチャーを受けた俺たちは、とりあえずやってみようということでまずは俺から、さっき話に出てた青イノシシ、《フレンジーボア》と戦闘を行ったのだが、クラインがついさっきまで苦労していた、魔法のないこの世界で唯一のシステム的攻撃手段である《ソードスキル》を一発で成功させてしまった。
まぐれかもということでもう一度試したが、やはり成功。
立ち回りも初心者にしてはなかなかという、キリトのお墨付きだ。
「実はおめぇもベータ経験者なんじゃねぇか?」
そう言ってニヤニヤとした(作り上げられたアバターからは爽やかな印象しか受けないがなぜかそう思う)笑いを浮かべるクライン。
「なわけないだろ。でもなんかしっくりくるんだよな、剣を使うの」
そう言ってまた鞘から剣を抜き、その場で軽く二、三度、敵を意識しながら剣を振る。
「なんだそりゃ、剣道でもやってたのか?」
鞘に剣を納めながら、クラインの話に耳を向ける。
ネットゲームでリアルの話をするのは嫌われるが、この程度なら問題ないだろう。
「いいや、運動はしてたけど剣道はないよ。体育の授業でやった程度かな」
言って、そういえば、剣道の試合では負けなしだったということに気づく。
俺を含め全員が初心者だったため、お遊びみたいなものだったが。
竹刀が思いのほか重く、次の日は必ず両手が筋肉痛だったせいで、そっちの印象の方が強かった。
それがこの世界では、パラメーターが許す限り、自在に剣を振ることができるのだ。
「もしかしたら、剣の才能、とかあるのかもしれないな」
そう冗談交じりに言うキリトは、今の話に微妙な表情だ。
リアルの話をしたのは少し不味かっただろうか。
視界の端では、クラインも気にしているようだ。
キリトは、何かを忘れるように軽く頭を左右に振ると、先程までと表情を同じに戻して続けた。
「さてと……どうする? 感が掴めるまで、もう少し狩り続けるか?」
「ったりめえよ! ……と言いてぇとこだけど、そろそろ一度落ちて、メシ食わねぇとなんだよな。ピザの宅配、五時半に指定してっからよ」
「準備万端だなぁ」
呆れ声を出すキリトに、おうよと胸を張るクライン。
今のやり取りを見る限り特に問題なさそうだが、念の為今後は気をつけるようにしよう。
キリトとも、クラインとも、これから長くなる気がするし。
と、思いついたようにクラインが続けた。
「あ、んで、オレそのあと、他のゲームで知り合いだった奴らと《はじまりの街》で落ち合う約束してるんだよな。どうだ、紹介すっから、あいつらともフレンド登録しねぇか? いつでもメッセージ飛ばせて便利だしよ。もちろんソウもよ」
「え……うーん、そうだなあ……」
キリトが歯切れの悪い返事をする。
ああ、これは、
「クライン、俺は遠慮しとくよ」
何か理由があるのかもしれない。瞬間的にそう思った俺は透かさずその申し出を断った。
やはりと言うべきか、キリトもそれに乗ってくる。
「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介する機会もあるだろうしな」
クラインも何かを悟ったのか深くは言ってこず、すぐに首を横に振った。
本当にいい奴だな。
「悪いな、クライン」
「ああ。悪いな、ありがとう」
俺たちが礼を込めて謝ると、クラインはもう一度ぶんぶんと派手にかぶりを振った。
「おいおい、礼を言うのはこっちのほうだぜ! おめぇのおかげですっげぇ助かったよ、このお礼はそのうちちゃんとすっからな、精神的に」
「そうだな。俺も、ありがとな、キリト。このお礼はいつか精神的に」
そう言って、俺もクラインに続く。
それを聞いたキリトは、むず痒そうに笑うのだった。
成り行きとはいえ、俺たちに付き合ってくれたキリトが悪い奴なわけがない。
今会いたくないのにも、なにか理由があるのだろう。
クラインの言う通り、そのうちクラインの友人とも仲良く出来る日が来るはずだ。
あのクラインの友人が悪い奴らとも思えないし。
「……ほんじゃ、おりゃここで一度落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト。これからも宜しく頼むぜ。ソウもな」
ぐいっと突き出された右手を感慨深そうに握り返すキリト。
その後、俺にも突き出された右手を、俺は気持ち強めに握り返した。
別に、さっきからキリトのついで感が半端ないことに対して思うところがある訳ではない。決してない。
「こっちこそ、宜しくな。また訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」
「俺も、いつでも呼んでくれて構わないからな」
「おう。頼りにしてるぜ」
そして俺たちは手を離す。
真にSAOが、楽しいだけの《ゲーム》であったのは、正しくこの瞬間までだった。