途中で切る気にならなかったので、今回少し長くなってます。
では本編をどうぞ。
「とまぁ、こーゆーわけだよ。アルゴ君」
「どーゆーわけだヨ。ソー坊」
「ちっ、察しろよ」
「いや無理ダロ」
時は戻って現在。
割と話した気もしたが正面に座るアルゴにはまだ事の顛末が分からないらしい。当然である。
仕方がないので続きを話そうと思うが、その前に先に保険をかけておく。
「それからしばらくは黒猫団とは関わりがなかった、というか、なるべく関わらないようにしてたんだ。経緯はどうあれ、せっかくキリトが色んなしがらみから解放される場所を手に入れたんだ。そこに俺みたいなのがいたら、色々思い出しちゃうだろ?」
「なるほどソー坊らしいナ。それにしても
アルゴが上手く誘導に乗ってくれたことを内心嬉しく思いながらも、顔には出さないようにする。
「そゆこと。まあでも、今回俺は本当に何もしてないよ」
「いいからさっさと話セ。待ち合わせの時間、もうすぐダロ」
勿体つけすぎたらしい。
「おっとほんとだ。では、手短に」
〜〜
「ん? あれは……」
それからほんの一ヶ月後だった、再び黒猫団のメンバーに会ったのは。いや、見かけたという方が正しい。
場所はなんと迷宮区。それもこの前会った場所より七層も上の第27層。この層の迷宮区はトラップが多く、攻略の際は多大な苦労を払ったものだ。
「キリト……それから確かテツオに、ササマル、ダッカー、あとはサチ、だったっけな。あれ、ケイタは?」
しかしメンバーの中に、リーダーのケイタの姿はなかった。
その事を訝しげに思いながらも、俺はなんとなしに彼らの跡をつけることにした。
彼らの行軍は、一度攻略したことがあるキリトがいることもあって、順調そのものだった。いや、順調過ぎた。
十分な成果を上げパーティーが帰路についていた、ちょうどその時、部屋の真ん中にぽつんと、一つのトレジャーボックスがあった。不自然なほど分かりやすい場所に。
そもそも一度攻略されている迷宮区だ。隠されていたならいざ知らず、こんな見つけやすい場所にあったトレジャーボックスを過去に攻略した者達が見逃したとは考えにくい。
俺は、おそらくキリトも、それがこの迷宮区特有の罠であることにすぐに気づいた。
だが彼らは、黒猫団のメンバーは違う。
ずっとキリトによって未然に防がれていたこの迷宮区の怖い部分。何事もなく、順調に攻略していた彼らからすれば、頑張った自分達への最期のご褒美のように見えただろう。
それが自分たちの命を脅かすものとも知らずに。
彼らはあまりにも無邪気に、無防備に、自分たちの死へと近づこうとして――
「待った!」
――その前に、静止がかかった。
キリトだ。
あまりにも緊迫したキリトの声に、近づこうとしていたダッカーの動きが止まった。
「なんだよキリト」
目の前にあるお宝に目が眩み、その声と表情は隠しもせず不服をありありと示していた。
「おかしいと思わないか? こんな分かりやすい場所に、まだトレジャーボックスが残ってるなんて」
「たまたま攻略組のヤツらが見落としたんだろ? いいからはやく開けてみようぜ」
何とかその不自然さを説明しようとするキリトに対し、ダッカーは早く開けたくて仕方ないといった様子。他のメンバーは静観を貫いているが、気持的にはダッカー寄りのようだ。キリトに疑問の視線を向けている。一人を除いて。
その雰囲気も背中を押してか、ダッカーは今すぐにでもキリトの忠告を無視してトレジャーボックスを開けかねなかった。
そしてそれを見て、俺もようやく動くことを決めたのだが、結果的にその必要はなかった。
先に、キリトが動いた。
「俺は――俺は、攻略組だ。その俺から見て、このトレジャーボックスは危険だ」
あまりも唐突なその言葉に、誰も反応出来なかった。
俺は出かけた体を通路に戻しながら、その様子を見守った。
「俺が初めてこの層を攻略した時、こんなものはなかった。この迷宮の性質を考えると、罠である可能性の方が高い」
最後のまで言い切った後、暫く静寂の時が流れた。
そんなに長くはなかったように思う。
それでもしっかりと内容を呑み込み、理解するだけの時間が流れた。
誰かの息を呑む音が聞こえた。
そしてついに、彼らの示した反応は、
「そうか……分かった! じゃあ止めとこう!」
怒るでも、蔑むでも、嫌うでもなく、納得だった。
傍から見ていた俺でさえ、知らず詰まっていた息を大きく吐き出した。
当のキリト本人は、一体どれだけの不安に押しつぶされそうになっていただろう。
でも彼らは、やはりキリトを受け入れてくれた。
「もっと早く言えよな!」などと言いながらお互いの肩を叩き合い、和気あいあいと言った様子で、彼らは笑顔のまま迷宮区から帰って行ったのだった。
〜〜
「結局、どうして迷宮区なんかに行ってたんダ?」
また時は戻り、目の前にも変わらずアルゴ。
そろそろ待ち合わせの時間が近づいていた。
「何でもギルドハウスを買うお金が貯まって、ケイタが代表して買いに行ってる間に家具とか買うために荒稼ぎしようとしていたらしいぜ」
後でキリトから聞いた話をそのまま伝える。
「フーン。それで、その後はどうなったんダ?」
「ギルドハウスを購入したケイタと合流。ケイタにも事情を説明してめでたしめでたし」
「なんだ、それで終わりカ。……ん? ならなんで今日ソー坊は呼び出されたんダ? それと今回、ホントのホントに何もしてないヨナ」
分かってはいたがやはり言われてしまったか。保険なんてなかった。まあ実際何もしてないのは事実なので仕方がない。
「うるへ。それと残念ですがお時間です。この話の続きはまた今度」
「むー、絶対だからナ!」と唸るアルゴを置いてお金を払い店を出、ようとして思い出した。
「アルゴ、メリークリスマス」
一瞬間の抜けた顔を晒すアルゴだったが、すぐにいつもの表情を取り戻し、
「ソー坊にしては、珍しく気の利いたことを言うじゃないカ」
なんて言うので、言わなきゃ良かったと思いながら店を出ようとした、その背中に、
「メリークリスマス、ソー坊。今日は楽しかったゾ」
なんて言われたのが店を出る直前だったので、残念ながらその顔は見ることが出来なかった。
店を出ると忘れられていた寒さが思い出したように身体を冷やす。
「はぁー、今日はホワイトクリスマスかぁ」
寒さの象徴の雪はあまり好きじゃないが、今日に限ってはそれも良いと思えてしまう。
相変わらず単純だなぁと思いつつ、白い息が空に消えていくのを眺めながら転移門へと移動するのだった。
〜〜〜
第35層《迷いの森》。
「いいか、これだけは絶対守れ。一つ、俺の指示には従え。二つ、前に出るな、タゲは取るな、それは俺とキリトでやる。スイッチして一撃を入れることだけ考えろ。三つ、これが一番大事だ。――死ぬな」
今俺の目の前で、俺の言葉に神妙な面持ちで頷いたのは、
一人は依頼主であるキリト。なお報酬は自分のストレージに入ったドロップアイテムのみ。つまりなし。
そして残りの五人は、黒猫団のメンバーだ。
はっきり言って黒猫団のメンバーのレベルは、全くと言っていいほど足りていない。
それも当然と言えば当然だろう。
あれからもキリトは黒猫団のレベル上げを手伝っていたようだが、その頻度は以前より下がった。攻略組に属する、それもその中でもトップクラスの実力を持つキリトを、長時間拘束することを黒猫団のメンバー自体が良しとしなかったのだ。
それでも今回、キリトにどうしてもと頼まれた。
攻略組の指揮も務め、キリトとの付き合いも長く連携の取れやすい、身軽な俺が。
「ケジメを、つけたいんだ」
そう言われれば断る訳にもいくまい。
なに、乗りかかった船だ。なら行き着くところまで見届けよう。そんな思いで俺は、首を縦に振った。
「よし、それじゃ移動しようか。キリト、先導頼む」
「了解」
しかしあまり現実的ではない。
黒猫団のレベルは本当にギリギリ、
そして残念ながらこのゲームは普通じゃない。このゲームでの死は、現実世界の死に直結する。少なくとも開発者の茅場晶彦はそう説明した。ならばそれを前提として動くのが賢い行動というものだろう。
話が逸れた。
ようは今回の俺たちの行動は、決して賢いものじゃないということだ。だから俺も、キリトも、黒猫団も、表情は硬い。
だが挑戦すると決めた以上勝算はある。
この場合の勝算とは『誰も死なずに討伐する』ことだ。
そのために俺がいる。
いつもと同じ、誰も死なせないために、俺がいる。
「――ゥ。ソウ、大丈夫か? もう次のエリアだぞ」
「あ……ああ。大丈夫、眠いだけだから」
「おい」
ジト目を向けてくるキリトに軽口で応じる。
この《迷いの森》は、無数の四角いエリアに区切られており、一分毎に隣合ったエリアの出入口がランダムに入れ替わる。つまり同じ道を通ったとしても、それが一分後であれば違うエリアに繋がってしまう。迷ってしまう。それゆえ《迷いの森》。
まあ地図アイテムさえきちんと持っていれば、迷うこともないのだが。
その時、俺達が今しがた入って来た入口から、新たに入って来る者達がいた。
「あー、つけられてたかー」
「おい、そんな軽く言うやつがあるか!」
「……!」
咄嗟に剣を構えようとするキリト。そしてそれに釣られ、各々の武器に手を掛ける黒猫団。
しかしまあ、そんな警戒をする必要もないだろう。
だってどうせ、
「よぉ、キリト、ソウ。ワりぃがつけさせてもらったぜ」
クライン率いる、《風林火山》の連中だろうから。
赤を基調とした和のテイストの服装。少人数ながら精鋭。攻略組の一角を占める、立派なトップギルドの一つだ。
「はぁー。で、何の用、クライン? あ、風林火山の皆さんはお久しぶりです」
「久しぶりー」「相変わらずだねー」と挨拶を返してくれる風林火山の皆さん。
後ろではキリトと、俺たちの知り合いと分かったらしい黒猫団の面々が武器を持つ力を緩め、キリトに説明を求めているようだった。
「やっぱ毎回オレだけ扱い違うくねぇか……? まぁそんなことよりも、だ。道案内ご苦労だったな!」
「だから何の用だよ。俺達がこれから、イベントMob討伐するから忙しいんだけど」
「知ってるよ! だからその横取りをだなぁ……」
「でもこういうのって、早い者勝ち、だろ?」
「うっ」
「似合わない悪役は顔だけにしとけよ、クライン。向いてないから」
「誰が悪人面だ! ケッ、そういうことなら譲ってやらぁ!」
「いや、だから元々俺たち優先……」
「まあまあ。そのくらいにしてあげてよ、ソウくん」
そこで風林火山の人達の仲裁が入る。
大体いつも、俺とクラインのくだらない言い争いに落とし所をつけてくれるのは彼らだ。
「そうそう。うちのギルマス、心配して様子見に来ただけだから」
「心配?」
はて。何かクラインに心配されるようなことがあっただろうか。
「……あー、なんだ。おめぇらが最近、鬼気迫る様子でレベル上げてるって聞いたからよ。なんかやばいことでもしようとしてるんじゃないかと思って、な。まあ無用の心配だったみてぇだが」
……全く、この男ときたら。本当に悪人に向いてないったらない。
「ちゃんと勝算はあるから大丈夫だよ、クライン」
口には出さないが、ありがとな、と心の中で付け足しておく。
口に出さないのは、出したら確実に調子に乗るだろうから、だ。
……さて、楽しい時間もここまでみたいだな。
「なら心配ついでに、お前らのお客さんの紹介も頼んでいいか?」
「客?」
クライン達の更に後ろ、またもこのエリアに入って来るヤツらがいた。
「どうやらお前らも、つけられてたみたいだな」
今度は俺も、背中に背負う剣の柄に手を添え、構える。
入って来たのは白い甲冑で全身を包んだ集団。
「《聖竜連合》か」
「あいつら、フラグボスのためなら一時的にオレンジになることも厭わない連中っすよ」
そう、俺が警戒してた、まさに
クライン達のように「早い者勝ちだから」では通して貰えないだろう。
はてさて、どうしたものか。
しかし俺が動くより早く、クラインが腰に挿した刀を抜き放ち大声で怒鳴った。
「ったく、しゃーねぇなぁ! ソウ! お前らは先に行け! ここはオレらで食い止める! だからぜってえ、ボス倒してこい!」
他の風林火山の人たちも、先へ行け、と言っているのが表情で分かった。
時間も、もうない。
俺は一度頷くと振り返り、次のエリアへと続く入口に体を向けた。
「よし、行こう。クライン、無理はするなよ」
「へっ、お前こそ死ぬんじゃねぇぞ!」
「当然」
誰も死なせるか。
〜〜
モミの巨木は不気味な捻れ具合で、真っ白な絨毯の上にぽつんとそびえ立っていた。
零時まで、あと三分。
振り返ると、その不気味な雰囲気に呑まれたらしい黒猫団のメンバーの緊張した顔が並んでいた。
俺はふっ、と笑いを一つ零してから、もう一度最後に彼らに確認を取った。
「いいか? もう一度言うが、これは別に
まあキリトは本当はダメージディーラーなのだが。あいつの反射神経なら前衛も軽くこなすだろう、多分。
俺も普段は、後ろから指示を飛ばすだけの簡単なお仕事なのだが、今日ばかりは楽をしてもいられまい。
「だから長くなるかもはしれないけど、ちゃんと指示を聞いて、どんどんスイッチしていけば何も問題はない。それに、せっかくのクリスマスだ。難しいことは考えず、楽しくやろうぜ?」
「お前はしっかり考えて指示を出せ」
キリトの間髪入れないツッコミに「ははは」と黒猫団の間にも小さな笑いが起こる。少しだけ雰囲気が柔らかくなっただろうか。
あまり緊張しすぎてもいいことはない。周りは見えなくなるし、判断は鈍くなる。何事も適度なのが一番だ。
「二人を信じるよ。改めて、キリト、ソウ、よろしく頼む」
ケイタの言葉に頷き返したと同時、どこからともなく鈴の音が響いてきた。見ると視界の端の時計は零時ちょうどを指していた。
上空から二筋の光の道が降りたきた。その先を見ればトナカイ、だろうか。何かそれっぽい奇妙なモンスターに引かれた巨大なソリ。
モミの木の真上に到達すると同時、ソリから黒い影が飛び降りた。雪を盛大に巻き上げ着地したのは、認めたくはないが、サンタクロース、なのだろう。
俺たちの三倍もの背丈の人型。いや、長い両腕が地面に着くほどの猫背なので、実際はもっとかもしれない。せり出した額の下は影になり、小さな赤い目が不気味に光っている。顎の下から伸びる捻れた長い髭は埃を被ったような灰色だ。
赤と白の上着に三角帽子、典型的なサンタ服を着ているにも関わらず、その右手には斧、左手には大きな袋をぶら下げている。
夢の体現であるようなサンタクロースだが、これは本当に夢に出てきそうだ。少なくとも絶対に子供には見せられない。唯一の女性であるサチなんかは軽く引いている。
……ふぅ。さあ、いよいよ本番だ。
久しぶりの前衛、ミスの一つも許されない状況に、俺の思考はどんどんクリアになってゆく。
視界に捉えるものを取捨選択する。ボスの見た目から考えられる攻撃パターンを予測する。
仲間の様子から、それぞれに出す最適の指示を考える。
世界から音が消える。必要な音以外を耳が受け付けなくなる。
その名を《背教者ニコラス》は、何やら口元を動かしクエストに沿ったセリフを紡ごうとしていたらしいが、今の俺にはもう、届くことはなかった。
〜〜
ニコラス討伐は終始、つつがなく達成された。
最初はボスの攻撃パターンを把握するため俺とキリトのみで対応し、徐々に黒猫団のメンバーにも加わって貰った。人数で囲んだりするなど、特定の条件を満たした場合の攻撃も視野に入れながら慎重に進めたが、おおよそ大丈夫だと分かってからはキリトにもダメージディーラーに回ってもらい、一気に『削り』に入った。
黒猫団は、おそらく初めてのボスモンスターとの戦闘で多少疲労の色が見えたが、それでも最後までよく踏ん張ってくれた。
ラスト一本になった時多少の変化はあったが、予め黒猫団のメンバーは一旦下がらせていたので俺とキリトで対処。またパターンが把握できてからは黒猫団にも参加して貰ったのだが、結局今回もラストアタックはキリトが持っていった。
「ふぅ」
キィン。
袋を残し消滅するボスを見ながら、背中の鞘に剣を収めるキリト。多少疲れたように見えるが、どちらかというと清々しさの方が勝っているようだ。
一方黒猫団の面々といえば、
「はぁ、はぁ。勝った、のか……」
目に見えて疲労していた。レベルも上がっただろうがそれも気にならないようだ。
それも仕方のないことだろう。レベルは適正レベルを満たしておらず、そんな中での初めてのボス戦。精神的疲労、死の恐怖は、俺やキリトなんかとは比べ物にならなかっただろう。
そして俺はといえば、
(……くっ)
酷い倦怠感に襲われていた。
緊張が溶けたのだろう。世界に音が戻ったと同時、体がふらつくのを何とか堪えながらよろよろと剣を鞘に収める。
ここ最近、戦闘後は毎回こうだ。
長時間の集中が切れると思考が纏まらなくなり、立っているのもやっとになる。
代わり、戦闘中の集中力も遥かに増した。
まあ、今回のはまだマシな部類だ。
残った袋も四散したのを確認すると、各々思い出したように自分のアイテムストレージを確認する。
俺も自分のウィンドウを確認するが、目当てのアイテムは入っていなかった。
となるとやはり最有力は、
「あった」
ぽつりと呟いた、やや緊張を含んだキリトの言葉に、全員の注目が集まる。
注目を集めたままウィンドウを操作するキリト。そして何度か操作をミスりながら、ようやく
「《
誰かが息を呑む音が聞こえ、そして誰もが目を奪われた。
キリトの両手に収まったのは、卵ほどの大きさの、七色に輝く途方もなく美しい宝石。
「綺麗……」
サチがその場にいた全員の言葉を代弁した。
それで思い出したようにキリトがアイテムをタップし、出現したであろうポップアップメニューのヘルプをもう一度タップ。そこに書いてある説明文を読み上げる。
「【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持きて《蘇生 : プレイヤー名》と発声することで、対処プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(
十秒。
「すごい、ほんとに蘇生アイテムだったんだ…」
ぽつりとサチが呟いた。
「まあそんなとこだろうな。全くの外れじゃなくて良かった」
心からの言葉だった。ないとは思っていたが万が一、ということもあった。
誰もが思い描く理想的なアイテム、というわけにはいかなかったが、誰もそれに対する落胆はなかった。
「さて、とりあえず街まで戻るか。クライン達のこともきになるしな」
俺の提案に全員が頷く。
キリトがアイテムをストレージに戻したのを確認してから、クライン達がいる一つ前のエリアへと続く出口へ向かうのだった。
〜〜
「よっ、クライン。生きていたようでなにより」
「へっ、お前こそ」
ちらりと横目で風林火山のメンバーが誰も欠けていないことを確認する。よかった。
見るとクラインだけが激しく疲労しているようだった。
聖竜連合の連中がいないのも考えると、クラインが一対一のデュエルか何かで決着をつけたのだろう。
「……それで、蘇生アイテムはあったのか?」
「ぶい」
遠慮がちに聞いてくるクラインにVサインを返す。
それを見てか、はたまた俺やキリトの曇りない顔を見てか、クラインは安堵したように息を一つ吐いた。
「そうか、なら良かった」
それからまだもう少し残っていくと言った風林火山と別れ、俺たちは先に街へ戻った。
〜〜
「サチ、ちょっといいか?」
場所は35層主街区転移門広場の端。
まだ雪は降り続いており、相変わらず夜の街を真っ白に染め上げている。
そんな中、キリトはケジメをつけるためサチに向き合った。
念の為断っておくが、俺は別にそれを覗き見ているわけじゃなく、他の黒猫団のメンバーも一緒に遠巻きに眺めている。
「うん。どうしたの、キリト?」
「あの、さ。これ」
キリトがウィンドウを操作し取り出したのは、先程手に入れた《還魂の聖晶石》。
相変わらずキリトの手の中で、美しい七色の輝きを放っている。
「受け取って欲しいんだ。君に」
キリトが差し出したそれを、サチはわけが分からないといった様子で見ている。
そして理解したと同時、両手を前に出し咄嗟に断ろうとした。
「そんな貴重なアイテム、貰えないよ! だってそれはキリトが手に入れたものだし……」
「俺は《月夜の黒猫団》を抜けようと思う」
「……えっ」
唐突に切り出したキリトの提案に言葉を失うサチ。
「攻略に専念しようと思うんだ。今日は、そのケジメをつけるために来た」
急展開についていけず、呆然と立ち尽くすサチ。
それを捉えながらもキリトは話を止めない。
「だから最後にみんなでボス討伐をして、それで最初から蘇生アイテムは君たちに譲ろうと決めてたんだ。ソウには申し訳ない話だけど」
チラッとこっちを見てくるキリトに、いいからいいからと手を振る。予め聞かされてたし。それに結局キリトが取ったのだから、それをどうしようとキリトの勝手だ。
「これがあれば、少なくとも一度までは、誰か死んでもを生き返らせることができる。お守りってわけでもないけど。ギルドの共有ストレージにでも入れておいてほしい」
キリトはそこで一旦言葉を区切り、次の言葉に一段と思いを込めた。
「だから、受け取ってくれないか?」
サチはまだ黙ったままだ。下を向いているせいで顔も見えない。
沈黙の時間が流れた。
そしてようやく顔を上げたサチは、
「そっか」
と一言呟いた。
その顔は、晴れ晴れとしたものだった。
「何となく分かってた。いつかこんな日が来るだろうって。だってキリトは強いから」
「俺は、強くなんかないよ」
「強いよ、キリトは強い。レベルとか、技とかじゃなくてね。心が。私とは大違い」
キリトがなにか言おうとするが、サチがそれをさせない。
「キリトがあの時、私たちがトラップに引っ掛かりそうになった時ね? 自分から全部話してくれたこと、私何だか嬉しかったんだ。……実は私知ってたんです。キリトがほんとは、どれだけ強いか。前に後ろから、君がウィンドウを開いてるとこ覗いちゃって、それで。変だよね? だってあの時、あ、キリトが遠くに行っちゃう、って思ったのに。でもその時思ったの。ああ、この人は本当に、強い人なんだなって」
キリトはサチがあの時すでに知っていたことに驚いているが、俺はサチに聞かれていた。最初会った、あの日に。
――キリトとソウって、もしかして攻略組の人?
サチはずっと知っていた。ずっと知っていて、何も聞かなかった。
キリトが私たちと一緒にいてくれることには、きっと何か意味があるんだろう。もしかしたらこんな私でも、キリトに必要とされてるのかもしれない。だとしたら私がこんなとこにいるのにも何かしら意味があって、そうならとても嬉しい。などと、本当に嬉しいそうに、けれどどこか寂しそうに話すサチが、とても印象的だった。
「私本当は、今日まで生きてられるとは思ってなかった。何となく、どっかで死んじゃうんだと思ってた。だって、私は弱いから」
自虐的とも取れる言葉の数々。
しかしそれを話すサチの目は、今は前を向いていた。
「でもね、私も頑張ってみることにします。無理だと思ってた。けど、今日まで生きてこられた。ほんとうに、現実に、雪の街をキリトと歩ける。今でもまだ夢見てるみたいだけど。だからこれを」
そう言って差し出されたキリトの手の上に、自らの手を重ねるサチ。
「これを、キリトだと思って。だからねキリト、私は大丈夫。私は、
そう言って手が引かれた後、キリトの掌の上には何も乗っていない。
「ああ」
しかしキリトは、そこにある
幻想的な風景の中、向かい合う二人の男女。
「「あ、そうだ」」
思い出したように二人同時に声を上げ、そして、
「「メリークリスマス、キリト(サチ)」」
顔を見合わせ、どちらともなく笑い合う二人。
それはクリスマスの夜にぴったりな、とても幸せそうな風景だった。
……はぁ〜〜〜、リア充爆発しないかなぁ……
「ソウ?」
「ナンダイ、ケイタ」
はいソウです。どちらの世界でもクリぼっちのソウですが何か?
「だ、大丈夫かい? この世の全てを呪い滅ぼしそうな目をしているけど」
「大丈夫大丈夫。呪うのは幸せそうな
「いや、そういう心配をしたわけじゃないんだけど……」
まあいいや、と気持ちを切り替え、ケイタは本題を切り出した。
「あのさ。ボクからこんなこと頼むのも変な話なんだけど……キリトのこと、よろしく頼む」
そう言って頭を下げるケイタを見て、俺も真面目な雰囲気を取り戻す。
「僕らでは、《月夜の黒猫団》では、結局キリトの居場所になることはできなかった。力不足だったみたいだ」
ケイタはずっと気にしていたのだろう。一方的に、守られる側であることを。
黒猫団とキリトでは、どうあってもそれがひっくり返ることはない。ゲームにおけるレベルとは、残酷なまでに明確だ。
「それで、もしかしてなんだけど。ソウ、君は――」
「さあ、どうかな」
思わず話を遮ってしまったが、ケイタは気を悪くした風もなく、納得したように柔和な笑みを浮かべるだけだった。
「――そっか。ごめん、僕が気にすることでもなかったね。まあ何はともあれ、今日はありがとう。男からで申し訳ないけど、メリークリスマス、ソウ」
「ああ、メリークリスマス」
それと、ありがとう。今日まで、キリトと一緒にいてくれて。
それこそ、俺が言うことでもないのだけど。
〜〜
みんなと別れた俺は、何となしに第49層の街に戻って来ていた。
雪の街に消えていったキリトには声を掛けなかった(掛けれなかった)が、どうせしばらくは彼らのことを引きずったままなのだろう。
でも、
――サチみたいな人たちのためにも、俺たちが一刻も早くこのゲームを攻略するべきだ。
と、今回の件の前に言っていた言葉に嘘がないなら、アイツが立ち止まることもまた、もうないだろう。
そんなことを考えながら宿屋を目指し歩いていると、なんだか久しぶりの感じがする人物から声が掛けられた。
「あ、ソウくん」
人の喧騒の中でもよく通る声。そして人混みに紛れることのないその容姿は、一瞬その場にいた多くの人の目を引いた。
「よ、アスナ」
そのせいで若干気まずく挨拶を返す俺だが、アスナは気にした風もなく「よっ」と軽く返してくる。慣れているのだろう。
時間も時間なだけに、一瞬俺たちを見た人々もすぐに興味を失い、自分たちの目的を達するために行動を再開した。そんな一瞬でも、呪詛の篭った目を向けてきた根性のあるヤツもいたが、全部無視した。
「どうしたんだ、こんな時間に?」
「んー? 何となく歩いてただけ。ソウくんは?」
「俺もそんな感じ」
第1層からの付き合いではあるが、今やアスナは攻略組のトップギルドの一つ、《血盟騎士団》の副団長様だ。
今も真っ白な団服に身を包んでいるが、さすがに寒いのか、見覚えのある上着を一枚引っ掛けている。
というか俺の上着だった。第1層で訳あって、俺がアスナにあげた(取られた)上着だ。まあ今更返せとは言わないが。
「綺麗だよね、一面雪景色で。ほんと真っ白」
はあ、と両手を合わせ、温めるようにそこに白い息を吐き出すアスナ。
気の利いた男ならここで、君の方が綺麗だよと言ったり、さっと上着やマフラーを差し出したりするのだろうが、残念ながら俺にはハードルが高過ぎる。
「私現実でもこんな雪、見たことないよ」
「現実の雪なんて、寒いだけだろ」
なんならゲームの中でも寒いけど。
「夢がないなあ」と苦笑いするアスナに、気の利かない男は唐突にあるものを取り出し、投げた。
「ほれ」
「わわ、と」
ポイッと下投げで、しっかり胸に向かって投げられたそれを、アスナは危なげなくキャッチした。
「危ないなぁ、もう。ん? これは……わあ! きれい……!」
そんなことはない。
先程キリトがサチにあげた七色に輝く石に比べると、どんなものも見劣りするだろう。
だがそれを知らないアスナは綺麗と言う。
七色でもなんでもない、緑色の石が嵌った小さなイヤリングだ。微量だが敏捷力にプラス補正がかかる、割とアリな代物だ。形状がイヤリングじゃなければ自分で使っていただろう。
「それ、今日狩ったボスが落としたやつ。残念ながらメインのやつじゃないけど。俺は使わないからやるよ、日頃のお礼も込めて」
アルゴにも後で今回のお礼として、土産話と共に同じく敏捷力を上げる別の装備をくれてやるつもりだ。寝て起きて多分明日(日にち的には今日)になるだろうけど。
「それなら投げないでよね、まったく。もし私が落としたらどうするつもりだったのよ。……って! 今日狩ったボスって、あの例のフラグボス!? ソウくん絶対興味ないと思ってたのに。メインじゃないって、ほんとにあったの? 蘇生アイテム……」
やはり遠慮気味に聞いてくるアスナ。
それもそうだろう。蘇生アイテムを求める理由なんて、大体が碌なものじゃない。
なので、なるべく軽くなるよう意識して話した。
「死んでから十秒っていう制限付きだけどな。キリトがまた持っていったよ」
別に取り憑かれたようでもない俺の様子をじっくり確認してから、傍目には分からないほどほっと息をついたアスナ。
「そっか、キリト君も一緒だったのね。ならなんというか、納得。というか、これほんとに貰っていいの?」
「いらないなら返せ」
そんなことするヤツじゃないと分かってて言うのだから、俺も意地が悪い。
「ううん。大事にする」
そう言って左耳に付けて見せるアスナ。
「似合う?」なんて聞いてくるが、生憎俺は気の利かない男なので「似合う似合う」と空返事しか返せない。
それでも満足したらしいアスナは向き直り、
「ありがとう、ソウくん。メリークリスマス」
と、お返しとばかりに満面の笑みと共に言うので、
「どういたしまして。メリークリスマス、アスナ」
と、なるべく素っ気なくならないように俺も返した。
アスナと別れた俺は、ふらつきながらも記憶を辿って何とか宿屋に向かった。
今日は疲れた。宿屋に着いてベッドに体を沈めれば、すぐにでも寝付けることだろう。
その後のことは、またその後考えればいい。
ご読了ありがとうございました。
これにて『赤鼻のトナカイ』は終了です。
ビーターに比べると話数は大分少ないですが、赤鼻のトナカイはキリトくんと黒猫団の物語なので、ソウくん視点にしたらこの量になりました。
ちょくちょく挟んだアルゴやアスナとのクリスマス色は、ただの作者の願望です。だって書きたかったんだもの。
アスナが羽織っていた上着は『ビーター 2』にて、ソウくんが迷宮区から連れ出して森の安全地帯で寝かせていたアスナに掛けていたものを、そのままアスナが借りパク(ソウくん黙認)したものです。
それから頃合いをみて『原作死亡者生存』のタグも入れたいと思います。タグ少なくてなんだか寂しいので。
次は『黒の剣士』です。シリカです。
タイトルはキリトくんの二つ名ですが、一応ソウくんの二つ名も考えてあります。大したものではないですが。
何時になるかは分かりませんがなるべく早く投稿したいと思いますので、また読んで貰えれば嬉しいです。
誤字脱字報告、感想などありましたらよろしくお願いします。
ではでは、また次話でお会いしましょう。