ソードアート・オンライン〜青〜   作:月島 コウ

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もうなんか、これぐらいの投稿ペースが普通ですね。
それでも待っていて下さった方々、すみません! なるべく頑張ります!

それでは、本編をどうぞ!


黒の剣士

 第35層《迷いの森》。

 

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ……ピナ……」

 

 ……どうしよう、これ。

 

 例の如く、というわけでもないのだが、俺は最前線を離れ、またも下層へと赴いていた。

 いや、言いたいことは分かる。ようは、

 

 お前、攻略サボりすぎじゃね?

 

 とでも言いたいのだろう。だが待って欲しい。

 これでも新層が開通したら真っ先に攻略に出てマッピングしているし、まあちゃっかりお宝を拝借したりもするが。毎回ボス戦にもちゃんと参加している。LAを取ったりもしてるが。何より今はボス戦前の情報収集期間で、昔と違い、今はそういうことは大手ギルドが人海戦術を使ってやってくれる。

 それに今回は、ちゃんとした理由があるのだ。

 

「ピナ……」

 

 …………しかしそれを説明する前に、目の前の少女の涙をどうにかする方が先決だろう。というか大半が俺のせいだし。

 

「えーと、ごめん。大丈夫?」

 

 訳も分からないだろうに謝ってしまった。だって泣いているんだもの。

 

「……いいえ……あたしが……バカだったんです……。ありがとうございます……助けてくれて……」

 

 ………………気まずい。今すぐここから逃げ出したい。

 

 彼女が言った「助けてくれて」とは文字通り、この森に生息する猿人、《ドランクエイプ》三匹に囲まれているところを俺が助けたのだ。

 このドランクエイプ、棍棒による一撃の威力こそそれなりにあるものの、その攻撃は遅く、段数も少ない。しかし実はその他に、ある程度HPが減ってくると左手に持った瓢箪のような壺の中身を呷り、かなりの速度で回復するという特殊能力を有している。一対一なら問題ないのたが、複数で連携を取られるとそれなりに厳しい。それでもしっかり対処すればなんとでもなるのだが、精神的余裕のなかった少女にそれを求めるのは酷というものだった。

 それから先程からちょくちょく、少女が口にする「ピナ」という言葉。それは、少女の友だちの名前だった。友だちと言っともプレイヤーではない、モンスターだ。

 このゲームには《ビーストテイマー》というものが存在する。と言っても公式ではなく通称なのだが。ごく稀に、普段は好戦的(アクティブ)なモンスターがプレイヤーに対し、友好的な興味を示してくるというイベントが発生する。その機を逃さず餌を与えるなどし飼い慣らし(テイミング)に成功すると、モンスターはプレイヤーの《使い魔》となり様々恩恵を与えてくれるようになる。

 使い魔と成り得るのはごく一部の小動物型モンスターだけで、詳しい条件は分かっていないが、唯一、《同種のモンスターを殺しすぎていると発生しない》のは確実とされている。そんな判明もしていないような条件の数々を潜り抜け、何よりそのような希少な機会に見舞われた多大な幸運に対する嫉妬や羨望の意味を込め、人は彼ら、彼女らを《ビーストテイマー》と呼ぶのだ。

 まあ最も、希少性で言えば俺たち攻略組の方がより少数派というのだから、実際は案外多いのかもしれない。

 そんな中でも、少女が連れていた水色の体毛の小竜。その種族名を《フェザーリドラ》は、そもそもが滅多に現れないレアモンスターだった。その使い魔としての能力は()()()()、索敵と回復。もしかしたら他にもあったのかもしれない。他のMMORPGタイトルの大半に存在する《魔法》という回復手段が存在しないこの世界において、例え少量であれヒール能力は貴重だ。そんな存在も能力もレアな使い魔モンスターに、少女は《ピナ》と名付け、パートナーとして、あるいは友だちとして、戦闘面の支援以上に大切に思っていた事は、見ていて想像に難くなかった。

 実はこの少女、パーティーを組んでこの森に入っていたのだ。しかし狩りも一段落して、話し合い(恐らくアイテム分配)をしていた際、少女は同パーティーにいた別の女と衝突。何やら怒って捨て台詞を吐いた後、そのまま他メンバーの静止も聞かずパーティーと別れ、足早に森を抜けて行く、はずだった、迷わなければ。

 暫くしてすぐ分かったことだがこの少女、なんと地図アイテムを持っていなかったのだ。恐らくはパーティーメンバーの他の誰かが持っていたのだろうが、よくもまあ地図アイテムもなしに一人で行動しようと思ったものだ。

 まあ一応、一分以内に全力で森を駆け抜け切れれば抜けられるという、ゴリ押しの仕方もないではないが。

 ここまででお察しの方もいるだろうが、俺はずっとこのパーティーをつけていた。それは俺がこの層に来た、決して、決して! ただのサボりではない理由に関係しているからだ。

 ただ少女がパーティーを離れた時、何となく嫌な予感がしたので少女の方について行くことにしたのだが、今回はそれが幸をそうしたというべきか。

 しかしあの時俺が、少女が地図アイテムを持っていないと気づいた時点で、何食わぬ顔で少女へと近ずき、せっかくだから一緒に街まで帰りませんかと、例え警戒されようとナンパ紛いのことさえしていれば、少女の友だち、ピナを、死なずにすんだのだろう。今更何を言っても、もう手遅れではあるが。

 言い訳になるが、俺は例の理由のため、なるべく少女との接触は避けたかった。故にずっと傍観を決め込んでいたのだ。

 無論、勝算は十分にあると思っていた。思い込んでいた。こんな世界だ、プレイヤーはソロでも十分にやっていけるだけのレベルがないと、フィールドにはまず出ない。パーティーとはあくまで、より安全を、効率を期すための手段でしかない。それに加え、少女には使い魔がいた。滅多なことはない、と思っていたのだが、その滅多が起こってしまった。そこになってようやく、俺は少女を助けるために飛び出し、三匹の猿を一太刀のうちに斬り伏せた。皮肉にもそれは、少女にとって危ないところを助けられた、救世主ように写ったことだろう。

 少女は無事で本当に良かったが、しかし少女の友達を俺が死なせてしまったことにも変わりはない。それに確か使い魔は――

 

「手に持ってるそれ、アイテム名は分かる?」

 

 未だ泣き続ける少女に対し、なるべく優しく問いかける。少女は袖で涙を拭い、過剰な感情表現により僅かに赤みを帯びたあどけない顔で、不思議そうに俺の顔と手のひらの上の水色の羽根を交互に見た。そして言われるがまま、壊れものでも扱うようにおそるおそる羽根に指を伸ばし、触れた。

 

「《ピナの心》。……っ!」

 

「待て、待て待て! 泣くな……いで下さい! 心アイテムが残ってるなら、使い魔は蘇生出来るから!」

 

「え!?」

 

 そのアイテムの、あんまりにあんまりな名前に再び泣き出しそうになる少女。しかし続く俺の言葉にはぱっと顔を上げる。

 反応が素直な少女だ。というかこの子、ナーヴギアの年齢制限(13歳)ギリギリなんじゃないだろうか。まあ今時、律儀にゲームの年齢制限を守る子供の方が稀だろう、俺も含め。

 

「最近分かったことなんだけどね。47層の《思い出の丘》ってとこに咲く花が、使い魔蘇生用のアイテムらしいんだ」

 

「……47層……」

 

 少女にとっては、はるか高みの層だろう。

 

「んー、俺が行ってもいいんだけど、使い魔を亡くしたビーストテイマー本人が行かないと、肝心の花が咲かないらしいんだよなぁ……」

 

「いえ……。情報だけでも、とってもありがたいてます。頑張ってレベル上げすれば、いつかは……」

 

「あー、非常に言い難いんだが……、使い魔を蘇生できるのは、死んでから三日以内らしい。それを過ぎると《心》が《形見》に変化して……」

 

「そんな……!」

 

 どうしようもない現実を前にして、目に見えて少女が落ち込み項垂れる。

 これが普通のゲームなら、適正レベルはその層と同じ数字という、分かりやすい設定にはなっている。しかしデスゲームとなった今、十分な安全マージンを取るには、そこに更にプラス十のレベルが必要となる。

 この35層で狩りをしているとなると、この少女のレベルはおそらく45前後。47層を踏破するには全然足りていない。

 

「……ま、仕方ないか」

 

 俺のせいでもあるし、と心の中で思いながらホロキーボードを出現させ、ある人物にメッセージを送る。

 

「これでよし、と。それじゃあ、とりあえず街まで戻ろうか。《思い出の丘》に行くのは……まあ、明日でもいいだろう」

 

「え……。今、《思い出の丘》に行くって……」

 

「ん? ああ、言ったよ。もちろん、君も一緒にね」

 

「どうして……。いえ、それよりも私、全然レベル足りてなくて……」

 

「レベルは装備で何とか誤魔化せる。生憎と俺は自分が使えるようなものしか持ってないが、俺の知り合いに手当り次第集めてる、 まあコレクターみたいなやつがいるから、そいつに溜め込んでるものを吐かせるさ。どうせ使い道なんかないだろうし」

 

「そんな、悪いですよ!」

 

「いいっていいって。ちゃんと対価も払うから」

 

「なんで……そこまでしてくれるんですか……?」

 

 まあそうなるだろう。甘い話には裏がある、御伽話とは違うのだ。事実俺にも、裏がないこともないのだし。この状況でそれを思えるだけで、この子が十分にしっかりした子なのだと分かる。

 それが何だか微笑ましくて、思わず笑みが漏れてまった。

 

「そうだな、妹みたいだから、とか?」

 

 まあ俺は一人っ子なのだが。妹がいたらこんな感じなのかなと、少し思っただけだ。

 からかったつもりだったのだが、何がそんなにツボに嵌ったのか、少女は堪え切れないといった様子で笑いだしてしまった。

 

「す、すみません。笑うつもりは、なかったんですけど……ふふ」

 

「いや、いいよ。それより、納得して貰えたかな?」

 

 先程とは真逆の感情で目端についた涙を拭いながら、少女は答えた。

 

「はい、悪い人じゃなさそうです。あ、すみません! 助けてもらったのにこんな言い方……」

 

「いいからいいから。その警戒心は必要なものだ。俺はソウ、短い間だけど、よろしくね」

 

「あ、あの、わたし、シリカっていいます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 勢いよく頭を下げる少女、シリカ。ツインテールがぶんっと揺れた。

 一々大きなリアクションを取るシリカを見て、元気がいいなぁと感じてしまった自分は、もしかしたらもう若くはないのかもしれない。などと考えながら地図アイテムを取り出し、俺たちは並んで街まで戻った。

 

〜〜

 

 街に入るなり、それはそれは凄いことが起きた。

 

「シリカちゃん、今フリーなんだって〜?」

 

「シリカちゃん〜、今度は俺らとパーティー組もうよ〜」

 

 シリカに声を掛けるプレイヤーが後を絶たなかったのだ。正直目を疑った。一体どこから聞きつけたのか、シリカがパーティーを解散したことを知ったプレイヤーたちが次から次へとうじゃうじゃと。

 

「あ、あの……お話はありがたいんですけど……」

 

 そんな相手に対しても、シリカはあくまで誠実だ。一人一人にきちんと頭を下げ、丁寧に断っていく。

 

「……しばらくはこの人とパーティーを組むことになったので……」

 

 おっと。

 シリカが申し訳なさそうにこちらに視線を向けてきたおかげで、今まで敢えて無視していた俺のことも意識せざるを得なくなったらしい。ええー、そりゃないよ、などと不満を口にしながら、俺に品定めするような、うさんくさいものを見るような視線を向けてくる。

 まあ傍目にも、自分が立派な人物に見えないことは理解している。装備も目立ちたくないので、なるべく地味なものを選んでいるし。黒はキリトと被るため、濃い青を基調としたものだ。

 それでも、第一線で戦えるぐらいのレア装備ばかりなんだけどなあ。

 

「おい、あんた――」

 

 一番熱心に勧誘をしていた長身の男が突っかかってきた。目の前に立たれると、俺よりも少し高い。

 

「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声をかけてるんだぜ」

 

「と言われましても」

 

 見知った顔になるほど下層を訪れていたら、さすがにどこぞやの副団長様にどやされる。それにだぜ、なんて自慢げに言われても。

 

「あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」

 

 なんて返そうかと思慮していたら、シリカが間に入ってくれた。最後にもう一度深々と頭を下げ、俺の上着の裾を掴んで早足に歩き出した。今度メッセージ送るよー、と未練がましく声を掛け、手を振ってくる男たちから逃げるように。

 

「……す、すみません、迷惑かけちゃって」

 

 件のプレイヤーたちが見えなくなると、シリカは足を止め、申し訳なさそうに顔を上げそう言った。

 

「いや、全然大丈夫。俺も久しぶりで対応の仕方忘れてたし。それに、なんか新鮮だった」

 

「久しぶり?」

 

 きょとん、と可愛らしく首を傾げるシリカに、「なんでもない」と返しながらその頭に手を伸ばしかけ、すんでのところで踏みと止まる。

 危ない、捕まるところだった。いや、この世界に警察はいないのだが、ハラスメントコードに抵触する恐れがある。

 いやいや、そうじゃない、絵面的に誰かに見られたらその時点でアウトだろ。

 ちなみに久しぶりとは、初期の頃に新しく攻略組に加入した新人が、何を勘違いしたのか俺とアスナの関係を疑って同じような態度を取ることがあったのだ。段々と俺の顔も知られるようになってか、ある時期を境にパッタリとそういうこともなくなったが。それで何だか懐かしくて、思わず感傷に浸ってしまったのだ。

 

「それにしても、シリカは凄いな。人気者だ」

 

 明らかに歳下の少女に、敬称を付けるのも何だか変な気がしたので普通に呼び捨てにしてしまったが、シリカも特に気にした風はない。

 

「そんなことないです。マスコット代わりに誘われてるだけなんです、きっと。それなのに……あたしいい気になっちゃって……一人で森を歩いて……あんなことに……」

 

 シリカ呼びは気にならなかったようだが、思わぬ地雷を踏み抜いてしまったらしい。目端にまた涙を浮かべている。

 感情表現が過剰なこの世界では、少しでも泣きたくなったら涙が出るし、恥ずかしさで顔が真っ赤になることも、まあままある。

 なので、なるべく落ち着かせるよう声をかけた。

 

「大丈夫だよ。君の友達は、必ず生き返るから」

 

 「はい!」と言って、安心したように微笑むシリカ。ほんとに、喜怒哀楽が分かりやすい少女だ。

 しばらくすると、道の右側に、一際大きな二階建ての建物が見えた。と同時、シリカがしまったと言わんばかりの表情で、俺と建物を見比べる。建物の看板を見ると、《風見鶏亭(かざみどりてい)》と書いてある、宿屋だった。

 ははーん。さては何も考えずに、俺を自分の定宿まで連れて来たな。途中、どこに行くのだろうとは思っていたが。

 

「あ、ソウさん。ホームはどこに……」

 

「ああ、ホームなら22層に()()()()けど、面倒だし、今日は俺もここに泊まろうかな」

 

 今から転移門広場に戻って、もしさっきの連中が残っていて絡まれでもしたら面倒だし。

 

「そうですか!」

 

「お、おう……」

 

 両手をパンと叩き合わせ、何故かかなり食い気味のシリカ。

 

「ここのチーズケーキがけっこういけるんですよ!!」

 

 顔をずいっと近づけてくる。近い近い。

 言いながらまたも上着の袖を引き、宿屋に入ろうとした、その時。

 

「あら、シリカじゃない」

 

 赤髪の槍使いの女が、声を掛けてきた。

 シリカと同じパーティーで、森で言い争っていた、あの女だ。

 

「……どうも」

 

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

 嫌味ったらしい言い回しと表情に、明らかに顔を顰めるシリカ。

 

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

 

「要らないって言ったはずです! ――急ぎますから」

 

 早々に会話を切り上げようとするシリカを、しかし赤髪の女は解放する気がないようだ。舐めまわすように、シリカの()()を探す。そして、

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

 目ざとく、見つけた。

 そこから、蛇が毒を流すように、感じの悪い笑みを更に深め、じっとりと言葉を続ける。

 

「あらら、もしかしてぇ……?」

 

「死にました……。でも!」

 

 気丈にも、シリカは槍使いを睨み返す。

 

「ピナは、絶対に生き返らせます!」

 

 それに面を食らったように、槍使いは僅かに目を見開き、小さく口笛を鳴らす。

 

「へぇ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

 

「まぁね」

 

 あまり無視されるのも気に食わない。しっかりと目に入るよう、一歩前に出る。

 

「大した難易度でもないしね」

 

 槍使いはあからさまに、俺に値踏みの視線を向けてくる。そして気になる鑑定結果は、嘲笑と共にもたらされた。

 

「あんたもその子にたらしこまれた口? 見たトコそんなに強そうじゃないけど」

 

「そうでもないさ。行こう、シリカ」

 

 そう言いながらシリカの頭に手を乗せ、宿屋へと誘導する。頭に手を乗せたのは、たまたまそこにあったからであって、他意はない。

 が、これ以上、あの女をこの子の綺麗な瞳に写したくもなかった。

 

「ま、せいぜい頑張ってね」

 

 最後の最後までねちっこい声が背中を舐めたが、それを振り払うよう、俺たちは前だけを見て宿屋へと入った。

 《風見鶏亭》の一階ホールは、広いレストランルームになっていた。フロアの端の、二人がけの席の奥にシリカを座らせた後、フロントでチェックインと軽い注文を手早く済ませ席に戻る。チーズケーキの注文も忘れずに、と。

 ようやく一息つけたところで、シリカが口を開きかけたのを手で制する。大方、またさっきのことを謝るつもりだろう。だがそれより、

 

「まずは食事にしよう」

 

 そう言って、シリカの前に飲み物を差し出す。実はこの飲み物、少々細工がしてある。

 

「あ、ありがとうございます」

 

こくこくと、可愛らしく喉を鳴らすシリカの様子を伺う。そして、

 

「……美味しい……」

 

「だろ?」

 

 予想通り、驚いた顔をするシリカ。これには俺も嬉しくなって、得意顔を晒してしまう。

 

「あの、これは……?」

 

「ん? 持ち込み。NPCレストランでは、ボトルの持ち込みもできるんだ」

 

 ここを定宿としてるシリカなら、この宿のおおよそのものは、食べ尽くし飲み尽くしているだろう。だからこその、密かなサプライズだ。

 

「どう? 少しは肩の力が抜けたかな」

 

「あっ。ありがとうございます」

 

 宿屋に入った頃の強ばった顔は、今はもう解れているように感じる。

 

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」

 

 と思ったら、またも落ち込んだ雰囲気になる。余計なこと言ったか。まあ誤魔化せないのなら、なるべく解消できるよう努めよう。

 

「うーん、シリカはこの世界に来て、自分じゃない自分を感じたことはある?」

 

「自分じゃない、自分?」

 

「ああ、ごめん。なんて言うかな……ああ、そうだ。現実世界にいた頃の自分と今の自分、ギャップを感じたことはないか?」

 

「……あります」

 

 どうやら経験があるようだ。というか、あれだけの男に囲まれる経験なんて、それこそアイドルでもないと有り得ないだろう。

 

「それを意図して、つまりは自発的に、自分じゃない自分を演じる人っていうのが、どんなゲームにも一定数いる。所謂ロールプレイってやつだね。正義の味方やら、それこそ悪役も。それを否定するつもりは、俺にはないんだけどさ。個人の自由だし、ゲーム内でハメを外したくなる気持ちも、分からなくはないからね。ただ――」

 

 言葉に力が入ったのが、自分でも分かった。

 

「ただ、普通のゲームならそれで済むんだ。普通のゲームなら。そしてここは、普通じゃない。限りなく、()()()だ。だからこそ、法律やルールに縛られない、人を縛るものがない、押さえつけるものがない、この世界では、その人物の本質が表れる。と、俺は考えてる」

 

 ふぅ、と知らず詰まっていた息を吐き出す。

 シリカを見ると、背筋をピンと伸ばし、ゴクリと生唾を飲んでいる。どうやら俺の緊張が移ってしまったようだ。

 場を和ませるよう、多少無理にでも笑顔を作りながら話をする。

 

「ま、そういう意味じゃあ、シリカは素直ないい子、ってことになるな」

 

「……ふぇ!?」

 

「……ふぇ……?」

 

 狙い通り、場の張り詰めた空気は弛緩したはいいが、シリカが何やら奇声を発し、顔を真っ赤にして両手を伸ばし、ワタワタと体の前で振り始めた。心做しか、目もグルグル回っている錯覚さえ覚える。

 端的に言うと、シリカが壊れた。

 

「そ、そんなことないです!」

 

「そ、そうか」

 

「そうです!!」

 

 依然顔は真っ赤なまま、次は両手をうちわのようにしてパタパタと顔を扇ぎながら、「あれぇ!? チーズケーキ遅いなぁ! すみませーん、デザートまだなんですけどぉ!」などと言いつつ、チラチラとこちらを見てくる、やはり素直なシリカを微笑ましい気持ちで眺めながら、運ばれてくるであろうチーズケーキを楽しみに待つのだった。




ご読了ありがとうございました。

何だかんだ長くなってしまいました。
今回は全話通して、シリアスっぽいシリアスが入らない予定なので、書いていてとても気が楽でした(笑)。読む方も気楽に読んで頂ければ幸いです。
やはりソウ君は、キリト君より気持ち大人な対応を意識して書いてみたのですが、いかがだったでしょうか。
余談ですが、書くにあたり原作を読み返してみて、かの有名なシリカの「チーズケーキのセリフ」がなかったことに驚きました。あれってアニメオンリーだったんですね。ので、最後にちょこっと入れてみました(笑)。

眠たい目を擦りながら書いていたので、誤字脱字あれば宜しければご報告お願いしますm(_ _)m
もちろん、感想もお待ちしております!

ではでは、また次話で。

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