ソードアート・オンライン〜青〜   作:月島 コウ

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ビーター

このデスゲームが始まってから、一ヶ月が過ぎた。

犠牲者は二千人。

未だ、第一層さえ突破されていない。

 

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俺こと、ソウは、あれからしばらくキリトと行動を共にし、第一層についてキリトの知りうる情報を出来るだけ教えて貰った後、今は別行動を取っている。

 

というのも、いつまでもあの、おそらく俺よりも歳下であろう少年に、頼りっぱなしでいるのは良くないと思ったからだ。

お互い性格的にソロの方が向いていることもあって、俺たちは思いのほかすんなりと別れた。

 

それに、少し一人で考える時間も欲しかった。

このデスゲームに対してどういうスタンスを取るのか、それを俺はまだ決めかねていた。

 

ーーーそしてそれは、目の前のプレイヤーに対しても言えることだ。

 

場所は迷宮区の安全地帯。

今は夜、と言っても迷宮区内に変化はないのだが。

しかし外は暗く、空に浮かぶこの城の外周の向こうには、満点の星空を望むことができるだろう。

 

実を言うと俺は朝に弱く、夜に強いという典型的な夜行性タイプだ。

だから一人で行動することになってからは、人の少ない夜に迷宮区に入り、人が増えてくる朝方に町に帰ることが多かった。

 

これには、ポップするモンスターをほぼ独占出来るというメリットもあるが、仮に何かあっても誰にも助けを求められないというデメリットもある。

それでも、集中を欠きがちな日中よりも、しっかりと頭の回る夜の方が安全だと考えた結果だ。

キリトと別れた時点で、実力的にはソロでも問題ない。

 

不思議なことに、この世界のプレイヤーの生活習慣は割と規則正しい。

朝に起き、昼間に各々クエストやレベル上げなどをして、日が暮れたら酒場で飲み、そして宿屋に帰って寝る。

おそらく生粋のネットゲーマーであろう彼らは、俺と同じく、現実世界では夜に活動することの方が多かった筈なのだが、このようなことになるのはやはりパーティーを組んで行動しているからだろう。

誰かと共に行動するためには、生活に規則性が必要になってくるようだ。

俺もキリトと行動している時はそうだったし。

 

閑話休題。

 

今日も例に漏れず、俺は日が暮れてから迷宮区に入り、攻略を進めていた。

そして一休みしようと訪れた安全地帯で、目の前のプレイヤーを見つけたのだ。

だが別に、ただプレイヤーに会っただけなら、珍しいことだが、特段問題はない。

二、三言、言葉を交わし、お互いに休憩を取って別れるだけだ。

 

問題なのは、目の前のプレイヤーは壁に背を預け、眠っていることだった。

 

……いや、本当にどうしてこんな所で寝てんだよ。

 

そのプレイヤーは、着ている赤い外套についたフードを被っているため顔を窺うことは出来ないが、全体的に線が細い。

アバターとして作られた体ではなく、現実の体である以上、ある程度年齢の推測も出来るというものだが、キリトと同じぐらいじゃないだろうか。

 

いくら安全地帯にはモンスターが湧かない、と言っても近くを通ることはあるし、俺のようにプレイヤーは普通に入ることが出来る。

そんな所で落ち着いて眠れるはずがない。

 

案の定と言うべきか、そのプレイヤーはもぞり、と一つ身じろぎをすると、自分以外の誰かがいることに気づいたのか、僅かに顔を上げ、その視線の先に俺を捉えた。

 

相変わらず顔は見えないが、僅かに覗くライトブラウンの瞳が鋭く俺を射る。

しかし、いつまで経ってもその場を動かず、じっと自分のことを見つめる俺の視線に耐え兼ねたのか、ゆっくりと、その口を開いた。

 

「……なに?」

 

そこで俺は初めて、このプレイヤーがこの世界において、ひいては、こんな場所ではあまりに珍しい《女性プレイヤー》であることに気づいた。

 

茅場晶彦によって現実世界の体にされ、他ゲームの女性アバターの大半を占めるであろうネカマプレイヤーがいなくなったこの世界では、女性プレイヤーは本当に少ない。

ましてや戦うことを選んだ女性プレイヤーとなると、俺は目の前の彼女を含め二人しか知らない。

 

だから、始めからその考えを排除していたとはいえ、あまりに不用意だったと言わざるを得ない。

 

先の理由のせいで、逆に女性プレイヤーに声を掛ける男性プレイヤーは決して少なくない。

恐らく彼女もそういうことがあって、それを煩わしいと思っているからこそ、こうしてフードを被っているのだろう。

 

「いや、どうしてこんな所で寝ているのか、と思ってな。街には帰らないのか?」

 

俺は内心の動揺が伝わらないよう、努めて冷静に聞いた。

ここで彼女が、俺を突き放すような言動をとったなら早々に立ち去ろう、むしろ早く立ち去りたい! とそう思いながら。

 

しかし続いた彼女の言葉を、俺は無視することができなかった。

 

「別に、休憩してただけだから。()()()()()()()し」

 

突き放すためでも、会話を続けるためでもない。

ただ俺の質問に対して、淡々と、事実を述べただけの答え。

その答えを、俺はすぐには理解出来なかった。

いや、したくはなかった。

それじゃあこの女はまるで、

 

ーーー死にたがってるようじゃないか。

 

そして理解すると同時、お門違いにも、怒りにも似た感情が湧き上がってくる。

 

「は? いや、帰らないって、ポーションとか、装備とかはどうするんだ?」

 

「……ダメージを受けなければ薬はいらないし、剣は同じのを五本買ってきたから」

 

さらりと凄いことを言ってのけたが、気にしている余裕はない。

もはや自分が、女性プレイヤーに対して必要以上に話しかける迷惑な奴になっていることなど忘れて、俺は続けた。

 

「どれくらい、ここにいる?」

 

「二日……か、三日。もう、いい? そろそろ向こうの怪物が復活してるから、わたし、行くわ」

 

俺の質問責めにいい加減うんざりしたのか、彼女は華奢な手を壁につきながら、ふらふらと立ち上がった。

腰に吊ってある細剣が、本来より重そうに揺れる。

良く見ると耐久値が限界に近いのか、装備はボロボロだ。

 

誰でも分かるように、迷宮に居続けるなんて自殺行為だ。

俺が問うたことだけが問題なら、にわかには信じられないが、確かに彼女はどれだけ迷宮区に居ても問題ないだろう。

しかしもちろんそれだけじゃない。

 

文字通り、命を懸けた戦いになるこの世界での戦闘は、何より精神を削る。

戦闘をこなす程に注意力は散漫になり、だんだんとミスも増える。

そしてそれが致命的なものになれば、それこそ満タンの体力なんて何の意味もなさない。

だから皆、安全な町に帰り、安心の中で休み、精神を回復させる。

それをこんな、冷たくて薄暗い場所で、済ませられる筈もないのだ。

 

たどたどしい足取りで、一歩、二歩と遠ざかる彼女を、俺は思わず呼び止めた。

 

「……おい」

 

思ったよりも低い声が出て驚いた。

何を思って、何が言いたくて、どうしたくて、彼女を呼び止めたのかは分からない。

それでも、そうしなければという想いに駆られて口から飛び出たその言葉に、まるで実際に押されたかのように彼女の体はふらつき、そして糸が切れたようにくずおれた。

 

「っ!」

 

俺は反射的に走り出し、彼女の体が地面につく前になんとか支えることに成功する。

 

「おい! あんた!」

 

体を揺さぶりながら、声を掛ける。

仰向けの状態で揺さぶったことで、仮想の重力に従うように顔にかかっていたフードがひらりと落ちた。

顔を近づけて声を掛けていたため、突然目の前に現れたその顔を見て、俺は思わず息を飲んだ。

 

長いまつ毛に整った目鼻立ちは、正しく美少女と呼べるそれ。

冷たい石の床に落ちたのは、艶やかな栗色のロングヘアだ。

 

思わず見とれてしまった俺はそこでようやく、金属の胸当てが規則正しく上下し、すーっ、すーっ、とこれまた規則正しく、穏やかな寝息が聞こえることに気がついた。

 

「はぁ〜、……何やってんだろ、俺」

 

さっきまでの憤りも何処へやら。

美少女の寝顔を見ただけで落ち着くなんて男って単純だなー、と他人事のように考えながら。

キリトに教えられた、とてもではないが運ばれる本人には教えられない方法で、疲れて眠れるお姫様を、迷宮区から運び出すのだった。

 

目が覚める頃には、不意打ちで高鳴るこの胸が、収まっていることを願いながら。




備考:
あと数時間遅ければ、赤フードの彼女を見つけるのはキリト君の役割でした。

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