ソードアート・オンライン〜青〜   作:月島 コウ

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どうしてこうなった……


ビーター 3

部屋の隅のワゴンの前で、大型のピッチャーから新鮮なミルクを二つのグラスに注ぐ。

そして一つを、ソファセットの一つに体を沈めるアルゴの目の前のローテーブルに置き、残りの一つを持って、俺も別のソファセットに腰掛ける。

 

「さすがソー坊、気が利くナ」

 

「そりゃどうも」

 

アルゴはそう言ってから、グラスを持ち上げ一気に飲み干す。

それを見てから俺も自分のミルクを飲む。

うん、美味い。

 

「ごちそうサマ。飲み放題のわりには上等な味設定だナ。瓶詰めして売ったらどうダ?」

 

「だろ? だけどこれ、宿から持ち出すと五分で耐久値全損するんだよな。しかも、消滅するんじゃなくてゲキマズな液体になるという……」

 

「なんダ、試したのカ?」

 

「迷宮区で、初めて死にそうになったよ……」

 

現在の場所は、やはりと言うべきか、俺の部屋だった。

キリトから教えて貰った、農家の二階の部屋だ。

なんとここ、今、俺とアルゴが飲んでいるミルクが飲み放題な上、二部屋あって、ベッドもでかくて眺めもいい。

その上、フェンサーが気にしていたお風呂までついてお値段なんと、たったの八十コルという破格の物件なのだ。

 

それで、そのフェンサーはと言えば。

 

部屋に入り、西の壁に【Bathroom】のプレートが下がったドアを見つけた瞬間から、なにやらそわそわし始めたのでそれとなく、「俺とアルゴは話をするから、できれば席を外してくれないか? そこの風呂場は、自由に使ってくれてかまわないから」と申し出たところ、「じゃあ」と呟き、そのままドアの向こうへ消えていった。

 

……今思えば、全然それとなくなかったが。

あの時、必死に笑いを堪えていてくれたアルゴには感謝しているが、腹が立ったのも事実なので口には出さない。

 

「それで、いつものやつ、キリトの近況はどんな感じ?」

 

そう、何を隠そう、俺が定期的にアルゴから買っている情報というのは、キリトについての事だった。

 

決して、そういう趣味に目覚めた訳ではない。

 

クラインに頼まれたから、というのもあるのだろう。

でもそれよりも単純に、俺はあいつのことが放っておけないのだ。

 

念の為繰り返すが、俺にそういう趣味はない。

 

なんというか、危なっかしいのだ、キリトは。

それはパーティーを組んでいた時から、いや、組む前から感じていた。

抱え込みすぎるというか、背負いすぎるというか。

だからパーティーを解散した後も、こうして定期的にアルゴから情報を買っているのだ。

 

アルゴも同じように考えているのか、この情報に関してだけは、いつも何かと理由をつけてほとんどタダで教えてくれる。

情報屋とのやり取り、というよりむしろ、弟を心配する兄姉のやり取り、といった感じだ。

 

「そう急かすなヨ。せっかちな男は嫌われるゾ」

 

「こっちはもう眠気が限界なんだよ……」

 

だからこの話をする時、アルゴは少し楽しそうだ。

俺もアルゴと話すこと自体は楽しいのだが、如何せん今日は眠たすぎる。

申し訳なく思いながらも話を先に進める。

 

「そういえば、例の交渉の件はどうなった?」

 

「つれないナー、ソー坊ハ。でもそれに関しては、タダってわけにはいかないナ」

 

「分かってるよ」

 

情報屋の顔に変わったアルゴの前に、オブジェクト化したコルをに積み重ねていく。

それを一枚ずつ、自分のストレージに格納するアルゴを見ながら、こういうところはさすが、一流の情報屋だな、と心の中で賞賛する。

公私の線引きが、しっかりしてるというかなんというか。

まあ決して本人には言わないが。

 

「毎度アリ。結論から言うと、まだ引き下がってないヨ。今は二万九千八百コルだナ。この後、キー坊のとこに行くつもりだケド……」

 

「まあ断るだろうな。しかし、ニーキュッパときたか。値段も値段だが、俺も同じようなのを持ってるのに、なんでキリトなんだ?」

 

「オレっちにも、それが分からないんだヨ」

 

珍しくお手上げという顔のアルゴに新鮮さを覚えながら、俺も考えてみる。

 

今の俺とキリトの武器は、《アニールブレード+6》という片手直剣だ。

《+6》というのはこの世界の武器強化システムの強化値のことで、強化パラメータには《鋭さ(Sharpness)》《速さ(Quickness)》《正確さ(Accuracy)》《重さ(Heaviness)》《丈夫さ(Durability)》の五種類がある。

強化をするには、それぞれ対応する専用の強化素材アイテムが必要となり、成功するかどうかはアイテムの質と量、あとは鍛治職人の腕次第となる。

そしてどれかのパラメータの強化が成功するたび、装備フィギュア上のアイテム名に+1、+2と数字が付与されていく。

しかしどのパラメータが強化されているかの《内訳》は武器を直接タップしてプロパティを開かなければ解らないので、口頭で説明する時などは、英訳の頭文字をとって略すのが慣例となっている。

 

例えば俺の剣なら、正確さ3、丈夫さ3なので、《3A3D》となり、キリトのは、鋭さ3、丈夫さ3なので《3S3D》となる。

 

武器強化自体はNPCも行ってくれるのだが、如何せんプレイヤーの鍛冶職人と比べると、例え同じレベルでも成功率は低くなる。

この状況で、物好きにも《鍛冶スキル》を上げているプレイヤーなんているはずもなく、《アニールブレード》が少々面倒臭いクエストの報酬であることも相まって、このスペックは現時点で望み得る最大値と言えるだろう。

 

だからといってあくまで《序盤の装備》であり、キリトの見立てではこの剣も、上手くいって第三層か四層が関の山だそうだ。

それに対して、現時点では間違いなく破格の、二万九千八百コルを払うと言うのだから、俺もアルゴも頭を悩ませるというものだ。

 

それにどうしても今欲しいというのなら、俺もほぼ同等のスペックの剣を持っているのだ。

アルゴに聞くなりして、出来るだけ多くの該当者に交渉を持ち掛けるのがベターではないのだろうか。

キリトのパラメータの振り方が理想的なのか、もしくは、

 

ーーーキリトから買うことに意味があるのか。

 

「だーめだ、眠たくて頭が回らん。ん? アルゴ、俺の顔になにかついてるか?」

 

「っ! ついてない、ゾ。そうか、なら今日は、ここまでにしとくカ」

 

顔を上げると、考え事をしていた俺の顔を珍しくぼけーっとした表情で見つめていたアルゴと目が合った。

しかも声をかけると慌てた様子で立ち上がり、そっぽを向いてしまう。

 

後の予定が詰まっていたのだろうか?

だとしたら申し訳ないことをした。

 

にしても、何かもう一つ、アルゴに聞きたいことがあったような……

 

「そ、それにしても、ソー坊も物好きだよナ。キー坊だけじゃ飽き足らず、アーちゃんにまで手を掛けるなんテ」

 

「おい言い方」

 

何かを誤魔化すようなアルゴの話題転換だったが、内容が内容なだけに無視は出来ない。

確かに「手を掛ける」には「手間をかける」って意味があるけども、あるけども!

その言い方に悪意がある。

あえて誤解を招くような言い方だ。

だから頼むからその情報は広げないで下さいお願いします。

 

でも今ので、聞きたいことを思い出した。

 

「そういえばさ、アルゴ。その《アーちゃん》ってのは、あのフェンサーのことか?」

 

「あれ? ソー坊達、まだパーティー組んでなかったのカ?」

 

俺が無言で首肯すると、アルゴは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

パーティーを組むと新たに、パーティーメンバーのHPバーが左側に表示されるようになる。

そしてその下には、そのプレイヤーの名前も表示される。

それでアルゴはてっきり、俺がもうあのフェンサーの名前を知っているものだと思っていたんだろう。

 

「まずったナ。情報を漏らすだなんて、情報屋失格ダ」

 

「…………」

 

アルゴは情報屋として一流だ、贔屓目を抜きにしても。

情報を抜く力もそうだし、交渉にも長けている。

《鼠》と五分雑談すると知らないうちに百コル分のネタを抜かれてる、と噂されるほどだ。

それにアルゴは、俺も知らない、何らかの信念を持って情報屋をしている。

真偽の怪しい情報はきっちり裏をとるし、有力な情報には相応の対価を払う。

 

それに、現状の責任を押し付けられ、命の危険さえあるベータテスターの情報は、絶対に売らない。

 

だからこそ、親しい(少なくとも俺はそう思っている)間柄の俺と話すことで少し気が抜け、知らずに情報を漏らしてしまった自分が許せないのだろう。

 

でもそんなアルゴに、俺は掛ける言葉が見つからなかった。

 

「……ソー坊なんかに、ソー坊、なんかに! 情報を漏らすなんテ……」

 

「……実はお前、そんなに落ち込んでないだろ」

 

「バレたカ?」

 

そう言って、にひひ、といつものように笑うアルゴ。

 

それが強がりであることに俺は気づいているし、俺が気づいていることにアルゴも気づいている。

 

それでも、このたわいないやり取りにも、意味はあるのだろう。

 

「まあ、ソー坊に漏らしたところで、問題はないカ」

 

「どういう意味だコラ」

 

軽口の応酬。

このやり取りが気持ちよくて、少し気を抜いてしまった俺は、次のアルゴの言葉に上手く返すことが出来なかった。

 

「信頼してる、ってコトだヨ」

 

そう言ったアルゴの表情は、見た事ないほど優しいもので。

普段は、あの飄々とした態度と、顔についたヒゲのせいで忘れそうになるが、アルゴも正しく美少女なんだと、改めて意識させられる。

 

思わず目を奪われ、遅れて顔が熱くなるのを感じ、そしてようやく、自分がなんの返事もしていないことに気づく。

 

「……さいですか」

 

「にひひ、これでおあいこ、ダナ」

 

咄嗟に顔を逸らしながら返事をしたが、ばっちり間抜けな顔は見られていたらしい。

 

おあいこどころかこっちの大損、もう少し顔を見とけばよかった、などとは口が裂けても言うまい。

 

「……話、もう終わった?」

 

しかしそこで、俺の不運、ないしは幸運は、まだ終わらなかった。

 

遠慮がちにそう言って、《Bathroom》のプレートの掛かった扉から出てきたのはまたしても美少女。

 

さすがに室内、その上湯上がりの頭にフードを被ることをしたくはなかったのか、少し湿った栗色のロングヘアが、窓から入る陽の光を反射して輝いている。

念願叶ったらしいその顔はさっぱりしたもので、白い肌に、ほんのり赤みを帯びる頬がよく映え、妙に艶かしかった。

 

そしてそれを見た瞬間、俺のキャパシティは限界を迎えた。

 

「あんた、上がったんなら寛いでてくれていいから! アルゴも、ありがとな! じゃあ俺は、風呂に行ってくるから〜〜!!」

 

「え、あの、私はもう……」

 

「またナ〜、ソー坊〜」

 

このままではやばいと、理性の危機を感じた俺は、二人に何事か言い残し、何かを言おうとするフェンサーと、したり顔で手を振るアルゴを無視して、風呂場へ駆け込むのだった。

 

ーーーMMORPG《ソード・アート・オンライン》は、一体いつからギャルゲーになったんだと、一人心の中で愚痴りながら。




なぜか時間がかかりました。
それなのに話は進まないという……
ほんとごめんなさい。

あと、アルゴの脇はこんなに甘くない!(自分で書いてて思った)

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