ソードアート・オンライン〜青〜   作:月島 コウ

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楽しみにしていたSAOのアニメの放送地域に、自分の地域が含まれていなかったことにビデオ予約の段階で気づき愕然とした中で書きました。

内容は攻略会議です。
思うところがあって、原作登場人物の会話は出来るだけ原作そのままにしました。(少しは変えてます)
そうしたらなんと一万字を超えるという……
感動と同時に、お前もっとちゃんと書けよと言われている気分でした。
この量をサラッと書いてみせる、他の作家さんたち凄すぎです。

*小説の初期設定を弄ってなかったことに今気づきました。
非ログインユーザー方からも感想の受け付けができるようになりました。(2018/10/07)

ぐだぐだと失礼しました。ではどうぞ。


ビーター 5

「急げー、遅れるぞー」

 

「……あなたの……せいでしょ!」

 

トールバーナの町を横切る影が二つ。

二人とも中々に敏捷値が高いのか、人々の目を引きながらそれなりのスピードで走っている。

片方は青い軽装備の男。

冴えない顔にそれなりの身長。どこにでもいそうなありふれた青年、といった印象だ。

もう片方は赤いフードを被っていて、男か女か判別できないが、前を走る男よりも頭一つ分くらい背が低い。

二人は何事か揉めながら、それでも傍から見れば仲良さ気に、町の中央へと走っていった。

 

〜〜〜

 

広場に到着した時、時刻はすでに四時を回っていた。

言うまでもなく俺が寝坊したせいである。

そのせいでさっきから、人一人分くらいの間を空け、俺の右隣に腰掛ける彼女からお小言を貰う始末だ。

どうやら会議どうこうよりも、遅れたという事実自体が気に入らないらしい。

 

いや、寧ろ俺からしたら、起きれたことに素直に驚きなんだが。

しかしその起こされ方は、耳元で囁かれるなんていう優しいものではなく、ベッドから転げ落とされるという酷く合理的な方法だった。

なんでも、何度も声を掛けて起こしてくれたらしいのだが、全然起きなかったらしく、時間も迫っていたこともあって仕方なく、ベッドから突き落とすという手段に出たらしい。

 

賢い。

 

いや、確かに賢いんだけども。美少女に起こして貰えるというイベントはもう少し、もう少し夢があってもいいと思うんだ。

まあさっさと起きなかった俺が悪いんだが。

 

閑話休題。

 

遅れたことで俺たちは、一瞬とはいえその場にいたプレイヤー達の視線を集めてしまった。

隣の彼女がフードを被っていたから、必要以上に注目を集めなかったことは、不幸中の幸いだろう。

しかしその中で一つ、俺たち、というか俺から、離れない視線があった。

その視線の主は、俺たちが後方上段の席に並んで腰掛けるなり、わざわざこちらにやって来てまで、声を掛けてきた。

 

「よう、ソウ。久しぶり」

 

久しぶりに聞いたその声は、相変わらず線の細い顔に似合わず落ち着いていて、それでも知り合いを見つけたことに少し嬉しそうでもあった。

といってもつい数時間前、アルゴと彼の近況について話していた俺からすれば、あまり久しぶりという感じはしないのだが。

 

「よう、キリト。こっちはそうでもないけど久しぶり」

 

「?」

 

俺の意味の分からない挨拶に首を傾げるも、すぐに気にしないようにしたのか、はたまたそっちの方がよっぽど気になるのか、俺の隣にいる赤フードに目を向けた。

 

「それでそっちにいる人は、今のパーティーメンバーか?」

 

キリトの驚愕と尊敬の入り交じった眼差しに、少し罪悪感を覚える。

 

キリトは、その、こう言ってはなんなのだが、友達が少ない。本当に。

自分からそういう、親しい間柄の人を作らないようにしているのは何となく分かっているのだが、一時期、パーティーを組んでいた俺から言わせて貰えれば、元からの気質の問題も大いにあると思う。

キリトもキリトで、俺のことを同類だと思っている節があり、そしてそれは残念ながら間違いではない。

そんな俺が人を連れていたのだから、キリトからすれば一大事なのだろう。

 

だが安心してほしい、そんな事実は存在しない。

少なくとも、キリトの中では。

 

「いや、たまたまそこで会っ……」

 

「起こしてまでもらっといて何言ってるのよ」

 

未だに、俺のせいで遅れたことを根に持っているらしいフェンサーは、即座にその鈴の音のような声で俺の発言を遮り、否定した。

特に考えもせず、とりあえず俺の言葉を否定したかったらしいフェンサーは、自分が軽く爆弾を落としたことには気づいていない。

フードから覗くその顔が、少し得意げなのにイラッとくるが、それを聞いて左肩を掴む少年の方が捨て置けない。

 

「いや、キリト違うんだ。これはな……」

 

俺は必死に弁解しようと試みたが、キリトが追及する方が早かった。

俺の耳元に顔を近づけ、反対側の彼女に聞こえないよう小声で、しかし確かな興奮を孕んだ声で、その思いを口にした。

 

「おいソウ、聞いてないぞ。そっちの人がその、女性プレイヤーなんて!」

 

「……あ、そっち?」

 

どうやら彼女が、彼ではなく彼女だったことに驚いていたらしい。

俺からしたら「起こしてもらった」に反応されなくてほっとするところではあるのだが、キリトからすれば、こっちの方がよっぽど一大事だったらしい。

 

確かに、初対面の同性と話す以上に、初対面の異性と話すのには色々心の準備がいると聞くし、そもそもこの世界には、女性プレイヤーが少なかったことを思い出す。

今日関わったのが、アルゴとこのフェンサーという、女性二人だけだったのですっかり忘れていたが。

それににしても、少し敏感に反応し過ぎやしないだろうか。

おそらく思春期、ということもあるのだろうが、やはりキリトは、リアルでもあまり他人と関係を持つタイプではないのだろうと、勝手に推測し、勝手に納得しておく。

 

なんにせよ、そっちの方ならまあいいかと、軽い謝罪を含め説明しようと口を開きかけたその時、パン、パンと手を叩く音とともに、よく通る叫び声が広場に流れた。

 

「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に……そこ、あと三歩こっち来ようか!」

 

そう言って、広場の中心にある噴水の縁に飛び乗ったのは、長身の各所に金属防具を煌めかせた片手剣使い(ソードマン)

振り返ったその顔を見て、僅かに場がどよめいた。

なぜならそいつは、お前ほんとにネットゲーマーか!? というレベルのイケメンだったからだ。

その上に、顔の両側にウェーブしながら流れる長髪は、鮮やかな青に染められていた。

一層では髪染めアイテムは店売りしていないので、モンスターからのレアドロップを狙うか買うかするしかない。

この日のために頑張って準備したのならば、ぱっと見女性プレイヤーが右隣のフェンサー(しかも外見からでは解らない)しかいないことが残念だ。そのフェンサーもさして興味はなさそうだし。

 

「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

すると噴水近くの一団がどっと沸いた。

おそらくディアベルのパーティーメンバー、仲間なんだろう。

胸と肩、腕とすねをブロンズ系防具で覆い、左腰には大振りの直剣、背中にカイトシールドを背負っているその姿は、確かに騎士(ナイト)っぽかった。

しかし残根ながらこのSAOには、システム的《(クラス)》は存在しないのだが。

 

「キリト、あいつ知ってる?」

 

「……ああ。前線で何度か……」

 

フェンサーとは反対側の、俺の左隣に腰掛けたキリトは、先程までのやり取りはすっかり忘れて、記憶を探っているようだった。

恐らくはこの世界の前、ベータ時代の記憶を。

 

「さて、こうして最前線で活動している、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど……」

 

キリトが考える中、ディアベルは右手を振り上げ、街並みの彼方にうっすらとそびえる巨塔ーー第一層迷宮区を指し示しながら続けた。

 

「……今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってことだ。第一層の……ボス部屋に!」

 

やはり予想通り、もう時期ボス部屋が見つかるようだ。

ということはつまり、その次に控えているのはーー命を掛けたボス攻略、ということだ。

まあそのために、わざわざ起きて(起こされて)まで来たのだが。

 

「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど……それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

再び喝采。しかし今度は、ディアベルの仲間以外にも手を叩いている者がいるようだ。

 

……うん。いや、何となく感じてはいたが、俺はディアベルのことが苦手のようだ。

決して嫌いなわけではない。苦手なのだ。

そこ、同じとか言わない。

みんなを纏めあげようとする気概は素直に尊敬できるし、仲間とのやり取りを見るに、実際にそれをできるだけのカリスマ性も秘めているのだろう。

だがおそらく、俺の考え方とは決定的に馬が合わない。

だから苦手。

 

士気を上げるためとはいえ、ああいう言い方をしたのは、少なからず本人もそう思っているからだ。

俺ははじまりの街に籠もっているやつらに果たす義務なんてないと思っているし、自分がトッププレイヤーだなんても思っていない。

己が欲望に負け、命を軽視し、他のプレイヤーに置いていかれたくないと恐怖した、()()やつらがここにいる。

誰も彼も、今までに死んでいてもおかしくなかったはずだし、死んでも代わりはまだ八千人近く残っている。

ここにいるのは特別なやつらじゃない。

ほんの少し『運』が良かっただけだと、少なくとも俺は、そう考えている。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

そんなことを考えていると、低く流れたその声とともに歓声がぴたりと止まり、前方の人垣がふたつに割れた。

その中央に立っているのは、小柄ながらがっしりした体格の男。

背負っている大型の片手剣で、茶色の髪は、ある種のサボテンのように尖ったスタイルをしている。

サボテン頭は一歩踏み出し、ディアベルとは正反対の濁声で唸った。

 

「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

 

唐突な乱入にもディアベルは表情一つ変えず、手招きをして応じてみせた。

 

「こいつっていうのは何かな? まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するならいちおう名乗ってもらいたいな」

 

「………………フン」

 

サボテン頭は盛大に鼻を鳴らし、一歩、二歩と進み出て、噴水の前まで達したところでこちらに振り向いた。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや」

 

そう言って、広場にいる四十数人のプレイヤーを睥睨したキバオウの視線が一瞬、俺たちの、いやキリトのところで静止した、気がした。

確信は持てなかったが一応、そのことの心当たりについてキリトに聞こうとしたが、キバオウのドスの利いた声がする方が早かった。

 

「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」

 

「詫び? 誰にだい?」

 

背後で、噴水の縁に立ったままディアベルが、様になった仕草で両手を持ち上げるもそちらには一瞥もくれず、キバオウは憎々しげに吐き捨てた。

 

「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。奴らが何もかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」

 

途端、低くざわめいていた約四十人の聴衆が、ぴたりと押し黙った。

その場にいた全員が理解したのだ。キバオウが何を言わんとしてるのか。

重苦しい沈黙の中、NPC楽団の奏でる夕方のBGMだけが静かに流れる。

誰も、喋らない。喋れない。

今喋れば《奴ら》の一員だと思われる。

その恐怖に、誰も喋れない。

 

隣に座るキリトは、特に。

 

「ーーーキバオウさん。君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人たちのこと、かな?」

 

腕組みをしていたディアベルが、今までで最も厳しい表情を浮かべて確認を取る。

 

「決まっとるやろ」

 

今度は背後にいる騎士に一瞥くれてから、キバオウは続けた。

 

「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュで始まりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナーを見捨てて、な。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。……こん中にもちょっとはおるはずやで、ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」

 

その糾弾にもまた、やはり声を上げるものはいなかった。

隣のキリト同様に。

 

屁理屈だ、と言いたかった。言ってやりたかった。

 

言ってることに事実が含まれていても、想像の部分も過多にある。

それにアルゴに聞いた話では、その死んだ二千人の殆どはベータテスターだ。

俺もキリトも、初日に受けたクエストで軽く死にかけている。

まあ俺はベータ上がりではないが。

そもそも現時点で、ベータ上がりと初心者に大差はない。それは今この場が物語っている。

何よりお前がやろうとしている事は、その小狡いベータテスター共よりも自分勝手だろうが、と。

 

だが出来ない。

それは俺が疑われるからなどではなく、おそらくあいつは、あの流暢な話し方から察するに、事前にこの場で、この話をしようと決めて来ているからだ。

そんなやつに今、何の準備もなく突っ掛かったならば、更に状況を悪化させる可能性も多分にある。

 

自分の中で、そんな理由付けをして押し黙る俺とは反対に、その声は迷いなく、発せられた。

 

「発言、いいか」

 

豊かな張りのあるバリトンが、夕暮れの広場に響き渡った。

その方向に目を向けると、人垣の左端あたりからぬうっと進み出るシルエットがあった。

大きい。身長は百九十ほどもあるだろう。

俺も両隣の二人に比べれば高い方だが、それでも近くに立てば見上げることになるだろう。

アバターのサイズはステータスに影響しないが、背中に吊っている無骨な両手用戦斧(ツーハンド・バトルアクス)が実に軽そうに見える。

頭はスキンヘッドで、肌はチョコレート色。

その彫りの深い顔立ちは日本人離れ、というより本当に日本人ではないのかもしれない。

迷いのない足取りで、噴水の傍まで進み出た筋骨隆々な巨漢は、礼儀正しく四十数人のプレイヤーに軽く頭を下げると、物凄い身長差のキバオウに向き直った。

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ、その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」

 

「そ……そうや」

 

一瞬気圧されたように片足を引きかけたキバオウだが、すぐに前傾姿勢を取り戻すと、爛々と光る小さな眼でエギルと名乗る斧使いを睨め付け、叫んだ。

 

「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスター連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら金やら分け合うとったら、今頃ここにらこの十倍の人数が……ちゃう、今頃は二層やら三層まで突破できとったに違いないんや!!」

 

……反論を遠慮したが、この程度の発言が限界なら俺が出てもよかったかもしれない。

あいつの言ってることは想像でしかない。妄想でしかない。

今のこの、停滞した現状が許せないという現実逃避。

ベータテスターはやり場のない怒りをぶつけるための、ただの人柱だ。

なんの解決にもならない。全くもって建設的ではない。

 

ただどれだけ、頭の中で反論しようと、発言したのは俺ではない、エギルさんだ。

ベータテスターを、キリトを、アルゴを、今矢面に立って守っているのは、おそらく初心者の中で、分かっていて一番ベータテスターと親しくしている、あまつさえその()()まで得ている、俺ではない。

おそらく何の縁もゆかりもない、計算ではなく感情で、ただの純粋な正義感に駆られ、下手したらこの場にいる全員を敵に回しかねないこの状況で、それでも勇ましく話している、あのエギルさんだ。

 

ーー俺はその事実が、酷く、恥ずかしかった。

 

だがそれでも、後悔しても、今、俺に出来ることは何もない。

だからせめてもと、エギルさんとキバオウの話の行方に、耳を傾けた。

 

「あんたはそう言うが、キバオウさん。金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

そう言ってエギルさんが取り出したのは、羊皮紙を綴じた簡易な本アイテム。表紙には、丸い耳と左右三本ずつのヒゲを図案化した《鼠マーク》。

 

「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」

 

「「……む、無料配布だと?」」

 

思わず漏れた小さな俺の声が、左隣から同じく漏れたキリトの声と重なった。

 

あれは、表紙のマークの示すとおり、情報屋・鼠のアルゴの《エリア別攻略本》だ。

表紙下部にでかでかと書いてある【大丈夫。アルゴの攻略本だよ。】という惹句もあながち大袈裟ではない。

俺もキリトに倣い全巻購入しているが、俺もキリトも、一冊五百コルというなかなかのお値段で買わされている。

 

「わたしも貰ったわ」

 

今度は右隣から聞こえた声に、俺とキリトは同時に顔を向け、そしてまたも「「タダで?」」と声が重なった。

それに対し、こくりと頷くフェンサー。

相変わらず顔は見えないが、俺とキリト、というか俺の、間抜け面を見たその声は、先程までと違い随分と気分が良さそうだった。ちくせう。

左隣からいまだに「ど……どうなってんだ……」と言う声が聞こえる中、 俺は知らなかったことにして、再度意識を、噴水前の口舌に向ける。

 

「貰たで。それが何や」

 

「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」

 

「せやから、早かったら何やっちゅうんや!」

 

「こいつに載っているモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターたち以外には有り得ないってことだ」

 

プレイヤーたちが、一斉にざわめいた。

 

それについては知っていた。

何せ俺も、その情報提供を行っていたのだから。

俺とアルゴが定期的にする情報交換は、交換と付くからにはしっかりと、お互いに情報を出し合っていた。

俺はアルゴからキリトの情報を、アルゴは俺から前線の情報を、それぞれ買っていたのだ。

しかし最近は、一層についての情報を出し切ってからは、俺が一方的に買うだけになっていた。

そもそもアルゴも元ベータテスターであり、情報といってもベータ時代との差異を教えるくらいだったので、あまり役立っていたとは言えないが。

 

キバオウはぐっと口を閉じ、その背後でディアベルがなるほどとばかりに頷く。

エギルさんは視線を集団に向けると、よく通るバリトンを張り上げた。

 

「いいか、情報はあったんだ。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った。だが今は、その責任を追及してる場合じゃないだろ。オレたち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、俺は思っているんだがな」

 

エギルさんは、終始堂々と、理路整然と話していた。

ゆえにキバオウも、噛み付く隙を見いだせなかったのだろう。

 

なにあの人超カッコイイ。

思わずアニキと呼びそうになった。

 

これが他の人、例えば俺とかなら、キバオウは恐らく「そんなことを言うて、あんさんこそ元ベータテスターやろ!」とか言って反撃してきたと思われるが、今は憎々しげに、目の前の巨漢を睨め付けるだけだ。

そしてそれ即ち、この話の決着だ。

 

無言で対峙する二人の後ろで、噴水の縁に立ったままのディアベルが、夕陽を受けて紫色に染まりつつある長髪を揺らしてもう一度頷いた。

 

「キバオウさん、君の言うことも理解はできるよ。オレだって右も左も解らないフィールドを、何度も死にそうになりながらここまで辿り着いたわけだらさ。でも、そこのエギルさんの言うとおり、今は前を見るべき時だろ? 元ベータテスターだって……いや、元テスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗ひたら、何の意味もないじゃなか」

 

ディアベルもまた、上手く話を纏めた。

やはりリーダー気質というか、カリスマ性のようなものがあるのだろう。

聴衆の中には深く頷くものさえいる。

少なくとも俺は、元テスター断罪すべし、という場の雰囲気が変わるのを感じて安堵していた。

 

「みんな、それぞれ思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせて欲しい。どうしても元テスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからさ」

 

ぐるりと一同を見渡し、最後にその視線をキバオウのところでとめる。

真顔のディアベルにしばらく見詰められたキバオウは、ふんと盛大に鼻を鳴らすと押し殺すような声で言った。

 

「…………ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でもな、ボス戦が終わったら、キッチリ白黒つけさしてもらうで」

 

振り向き、スケイルメイルをじゃらじゃら鳴らしながら集団の前列まで引っ込むキバオウ。

エギルさんもまた、それ以上言うことはないというように両手を広げると、元居た場所へと下がっていった。

 

結局、ディアベルと、僅かにエギルさんの株を上げただけのその一幕が、今回の会議のハイライトとなった。

そもそもボスの顔も分からない時点では、作戦の立てようもないというものだ。

会議は最終的に、つい数ヶ月前、現実世界で見た

文化祭前日のクラスメイトの如く、中心であるディアベルのこの上ない前向きな声掛けと、それに応じる参加者の雄叫びで締めくくられた。

俺とフェンサーは当然参加せず、キリトが形ばかりに右手を突き上げたのが少々面白かった。

 

そんな光景を見ながら俺は、もし()があったなら、今度こそは俺があいつらを守ると、そう心に誓った。

 

「……」

 

そんな俺を、先に帰ることもなく見詰めるフェンサーには気づかないまま。

 

〜〜〜

 

その翌日、昨日の茶ば……会議で士気が上がったプレイヤー達は、素晴らしいスピードで第一層迷宮区の最上階を攻略した、らしい。

らしい、というのはもちろん、俺は寝ていて行かなかったからだ。

ちなみにこの話は、恨み言と、今日の夕方にまた会議が開かれるという情報と共に、キリトからメッセージで伝えられた。

 

そしてその日の夕方、再び同じ場所で開かれた会議では様々な情報が明らかになった。

曰く、ボスは身の丈二メートルに達する巨大なコボルト。名は《イルファング・ザ・コボルトロード》、武器は曲刀カテゴリ。

取り巻きに金属鎧を着込み斧槍(ハルバード)をたずさえた《ルインコボルト・センチネル》が三匹。

しかしそれらは、ボス部屋を見てきたディアベルの話だ。

本当に一見のもので、言っちゃ悪いが、大した情報ではなかった。

まあでも、これから何度か偵察して徐々に情報を探っていくのが妥当かな、と誰もが思ったところで()()は発見された。

 

NPCの露天商に、いつの間にか委託販売されていたそれは、羊皮紙を三枚綴じただけの本というよりパンフレット。

 

アルゴの攻略本・第一層ボス編ーーお値段はもちろんゼロコルである。

 

それには先程明らかになったボスの名前から推定HP量、主武器のタルワールの間合いと剣速、ダメージ量、使用ソードスキルまでが三ページにわたってびっしり書き込んであった。

四ページ目が取り巻きの《センチネル》の解説で、そこには四段のHPゲージが一本減るたびに再ポップし、計十二匹を倒さねばならないとも書いてあった。

そして、本を綴じた裏表紙には、これまでの《アルゴの攻略本》には存在しなかった一文が、真っ赤なフォントで並んでいた。

 

【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】

 

それを見た俺は、頭を抱えた。

 

「あんのあほ……」

 

言葉柔らかさとは裏腹に、本気でこれをした阿呆に文句を言いたくなった。

 

この情報は、アルゴの今までの立場を崩しかねないものだ。

鼠のアルゴは、ベータテスターから情報を買っているだけの情報屋ではなく、ベータテスト上がりの情報屋、という風にもなりかねない。

現にこれを読んだ四十数人のプレイヤーは、その反応をリーダーに預けるように、昨日と同じ、噴水の縁に立つディアベルを見た。

ディアベルは数十秒、考えを纏めるように顔を伏せた後、姿勢を正して集団に向き直った。

 

俺はそんなディアベルに、密かに、厳しい視線を送っていた。

ここでこいつが、アルゴを吊るし上げるような発言をしようものなら、今度こそは、ここに居る全員を敵に回してでも俺が説き伏せると、そう心を決めて。

 

だが結果は、幸か不幸かそうはならなかった。

 

「ーーみんな、今は、この情報に感謝しよう!」

 

聴衆がさわさわと揺れる。逆に俺は、知らず入っていた力を抜く。

その発言は、元ベータテスターとの対立ではなく融和を選ぶとも取れたからだ。

ともすれば、キバオウあたりが噛み付くか、と思い気を入れ直すが、あのサボテン頭が飛び出てくることはなかった。

 

あとは後で、アルゴに苦情のメッセージを送りつければ、とりあえず今は、この話は終了だ。

全く、心配させやがって。

 

「出所はともかく、このガイドのお陰で、二、三日はかかるはずだった偵察戦を省略できるんだ。正直、すっげー有り難いってオレは思ってる。だって、いちばん死人が出る可能性があるのが偵察戦だったからさ」

 

広場のあちこちでカラフルな頭が、同意を示すように頷いているのが見える。

 

「……こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、そこまでヤバイ感じじゃない。もしSAOが普通のMMOなら、みんなの平均レベルが三……いや五低くても充分倒せたと思う。だから、きっちり戦術(たく)を練って、回復薬(ポット)いっぱい持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。や、悪い、違うな。絶対に死人ゼロにする。それは、オレがきしの誇りに賭けて約束する!」

 

上手くまとめるなーっと、完全に他人事状態だった俺は、次の言葉に戦慄することになった。

 

「ーーじゃ、早速だけど、これから実際の攻略作戦会議を始めたいと思う! 何はともあれ、レイドの形を作らないと役割分担もできないからね。みんな、まずは仲間や近くにいる人と、パーティーを組んでみてくれ!」

 

小学校の体育か! と突っ込みたくなる衝動を抑え周りを見ると、殆どの人は近くにいた仲間らしき人たちとパーティーを組んでいるようだった。

その中には昨日の騒動の中心のキバオウや、それを説き伏せたエギルさんの姿も見て取れる。

まぁそりゃそうだわな、と少しエギルさんと組みたかった俺は、しかしすぐに諦めた。

そもそもここに居るような人達は、いわゆる最前線で戦っているような人達だ。

そんな人達が、パーティーを組んでいないはずもない。

 

一部、例外を除いて。

 

その一部例外の内一人は、焦った様子で周りを見渡し、俺と目が合った瞬間、ご主人様を見つけたイヌの如く寄ってきた黒髪の少年。

 

そしてもう一人は、ひっそりと立ちながらこちらを見詰める、赤フードの少女だ。

 

フェンサーがちゃんと来ていたことを、さながら不登校児の先生のように密かに嬉しく思いながら、黒毛のイヌを無視してそちらに向かう。

 

「よう、昨日ぶり。あぶれた?」

 

「あぶれてない、あなたと違って」

 

フェンサーの毒のある言葉と、後ろから聞こえる「ソウ〜、パーティー組もうぜ〜」という控えめながらに嬉しそうな声を聞き流しながら、先にフェンサーにパーティー申請を出す。

断られるかな、とも少し思ったが、上げた手を少し止めこちらを見た後、溜め息と共にOKボタンを押した。

それに安堵しながら、視界左側に追加されたHPバー、その下に表示された短いアルファベットの羅列に目を向ける。

そこには【Asuna】、とようやく判明したフェンサーの名前が表示されていた。

 

あー、だから《アーちゃん》ね。

 

これでアルゴの漏らした情報はチャラかな、と益体もないことを考えながら、後ろでこの状況の中、知人にも無視され少し涙目になっている少年にも、パーティー申請を送るのだった。




ご読了、ありがとうございました。

やっとアスナの名前が出せて、作者的にはほっとしています。
今までフェンサーとか、赤フードとか、しんどい言い回しばかりでしたので。

あと二、三話で《ビーター》は終わらせられたらなと考えております。
一話あたりの文字数が少ないせいで、原作沿いの他作品では類を見ない、序盤話数の多さになっていますがご了承ください。
……いや、ほんとにすみません。こんなつもりはなかったんです……(言い訳)

話数がら増すごとに投稿スピードが落ちてるのはお気づきかと思いますが、逃亡はしないので、そこはご安心下さいませ。

あと聞いた話によれば【大丈夫。アルゴの攻略本だよ。】とは何かのネタをもじったやつっぽいのですが、作者は元ネタが分かっていません。親切な方がいらっしゃいましたら、教えて下されば幸いですm(_ _)m

*謝罪*
徹夜で書き上げテンションがおかしいため、前書き、後書きの分量が多めでした。失礼しました。

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