それは主人公の前に立ちふさがる最後の壁。
何かの首謀者、攻略難易度が最も高いキャラ、「作中最強の存在」・「威厳・威圧感があり、目に見えて強い奴」を形容することもある。
ちょっとした息抜きに。どうぞ。
「咲夜、時を戻せ」
「ムリです」
『またいつもの無茶振りだ』と赤き洋館“紅魔館”の主人レミリア・スカーレットの直属メイド、
「ど、どうしてだ。貴方の能力は『時間を操る程度』なのでしょう? なら時を戻すこともわけはないはずでは」
「いいえ。私自身、この能力と付き合って十数年。これまで一度も時を戻せたことはありませんし、一生できないと確信しています」
――まぁ、お嬢様のことだ。きっと普段通りのちょっとした好奇心、またはワガママだろう。
そして咲夜は悪戯心で入れた “お嬢様弄りの日替わりティー”を金の装飾が施された白色のカップに入れる。茶葉のいい香りが紅魔館屋上のテラスに漂う。
「というわけなのです、お嬢様。さぁ、冷えないうちにどうぞ」
「……な――で――よ」
「え?」
「何で咲夜も断るのよぉ!!」
どうして怒ったのか、レミリアは苛立ちのあまり両手をテーブルに叩きつけ、ティーセットをひっくり返してしまう。
「――!」
瞬間的に時を止め、零れる直前のお茶と地面に落ちる直前のティーセットを元の位置に戻す。咲夜が元の姿勢に戻った直後、時は再び動きだす。
「どうしたんですか? 急に駄々なんかこねて。……いやいつも通りでしたね」
最後の方に言った言葉を小さく呟く咲夜だったが、吸血鬼であるレミリアの聴覚は聞き漏らさなかった。
「……聞こえてるぞ咲夜。だって! パチェに頼んでも『無理』の一点張りなのよ!? しまいには『レミィ、私は例の「青だぬきロボ」じゃないのよ。タイムマシンみたいな都合のいい魔法道具なんてないに決まっているじゃない』って」
レミリアは気だるげなパチュリーの声マネをしつつ咲夜に愚痴る。
その間に咲夜は『う~ん』と腕を組んで何かを考えこんでいる。するとピンと来たのかくんでいた腕を解き、主であるレミリアの方を向き直る。
「青だぬきロボ……あぁ、たぶんパチュリー様がたまに気分転換に読んでいる漫画のキャラクターですね。確かあれは青い猫型ロボ――」
「そんなのどうだっていいのよ! 問題は私の目的のための手段が一つ減ったということ」
レミリアは『くそぅ』と悔しそうにテーブルに突っ伏す。こうなったらしばらくは顔を起こそうとしない。
咲夜は早くお茶を飲んでほしいな、と思いつつ主人の悩みを理解しようとレミリアに問いかける。
「お嬢様がそこまで悩むのなら、よほど深刻な問題なのですね」
「……。そうよ、とても……とっても、深刻な問題よ。咲夜」
レミリアは突っ伏していた顔を上げ、落ち着いた素ぶりを見せる。
――聞いてほしいって雰囲気が丸わかりなんですよね、お嬢様は。まぁ、そこが可愛いのですが。
咲夜は心の中で穏やかな笑みを浮かべつつ、レミリアの前では真剣な表情をする。
「今の私にはラスボス力が足りないわ」
「……。え?」
ラスボス力。突然言われた主人の言葉の意味が理解できず呆然としてしまう咲夜。
「かつて私達がこの幻想郷を支配しようと霧の異変を起こしたわよね」
「あっはい、霊夢たちと初めて遭遇した時のことですね」
レミリアは遠い昔を思い出すかのように、星が散りばめられた空に浮かぶ満月を見る。
――あの時の月は
「あの頃の私はまさに黄金期、いえ絶頂期だった。魑魅魍魎、人外に等しい強者たちが集うこの屋敷の主にして異変の主犯。誰からも恐れられる、まさにラスボスだったわ」
「そうですね。その時の私も、霊夢たちの前に最後に立ちふさがるお嬢様の側近みたいでちょっと興奮しました。最終防衛ラインという感じで」
「今も側近でしょうに」
安らかな笑みを浮かべる咲夜に『何を言っているんだか』とレミリアは苦笑する。がすぐにレミリアの顔に影が浮かぶ。
「けど、問題は
「あぁ、レミリア様が敵の攻撃から身を守ろうと体育座りに――」
「言うなぁぁぁぁぁぁァァッッ‼」
レミリアがガードをする際の体育座りに似た姿を写真で撮られ、「
以降、レミリアは周りの妖怪から舐められる始末。
「咲夜、私の……その、恥部のことはすぐに忘れなさい。もう二度と口から出さないように」
「その時の新聞も保管してありますよ。見ます?」
「すぐに廃棄してくれる⁉」
『可愛かったですね。あれ』と咲夜が両頬に手を当てている最中、レミリアはテーブルに延々と頭をガンガンとハンマーのように打ち付けていた。
ずっとやっていては文字通り『恥ずか死』してしまうだろう。まぁ、吸血鬼だし死なないが。
「広まった後はドミノ倒しみたく私の威厳が失墜したわ! 思いつきで月に行ったら月人にあっさりやられて咬ませ犬! しまいには『コレ』ときたわ‼」
レミリアは再び顔をテーブルに伏せ、悔しさのあまりテーブルに握りこぶしを数度叩きつける。テーブルはあらかじめ咲夜の手回しで強化済みなのでそう簡単には割れない。
レミリアはむせび泣いた後、発行主である鴉天狗、
咲夜は床に投げ捨てられた新聞を拾い、見出しの記事を読む。
――あの天狗のことだから、どうせロクな記事を書かないだろうなぁ。書いてあること八割が嘘の新聞だし。
「どれどれ……。あっ、これ妹様にゲームで負けた時にやった罰ゲームの写真ですね」
「うぐぅ!」
見出しの記事には両手を胸元で猫のように丸め、『うー!』と鳴くレミリアの姿が。
「『紅きカリスマ、地に落ちる。おぜうさま、別方向で男のハートを鷲掴み』……ですか。あの門番、何をやっているのよ。あの鴉に思いっきり盗み撮りされてるじゃない」
「……咲夜、私はもうダメよ。今の私にはあの輝かしいカリスマ……いえ、あの頃のラスボスロードに返り咲ける運命が見えないわ」
レミリアはふらふらと席から立ち、涙目で咲夜のメイド服の袖をつかむ。
「だってこんな私、カリスマじゃないもの! かりちゅまよ! かりちゅま‼」
「お、お嬢様、気をお確かに」
「だから私は何としてでも戻りたいのよ、あの頃に。ラスボスとして輝いていたあの頃に‼」
咲夜はなんとか荒ぶるレミリアを鎮める方法がないか、あらゆる手を模索し一つの結論を出す。
「お嬢様。周りの言うことなど、お気になさらずに」
「咲夜……?」
咲夜はレミリアの手を握り、身をかがめて目線をレミリアに合わせる。
「私は、今のお嬢様もいいと思いますから」
咲夜はハッキリと自分の想いを言葉で伝えるも、レミリアには歪んで伝わってしまったのか氷のようにその場で固まってしまう。
――今の……ま、ま? 『うー』で? 大衆に舐められきったまま?
レミリアの脳内にかつての絶頂期と『カリスマ地に落ちる』と書かれた新聞が頭に浮かぶ。すると、レミリアは首を横に振り咲夜の手を振り払う。
「ダメだ‼ 今のままの私ではダメなんだ!!」
「お嬢様……?」
「私はレミリア・スカーレット! 誇り高き
レミリアは急いでテラスの出口の方へ走っていく。
「お、お嬢様! どこへ!?」
「私は‼ 真の
『「うー」をやめるぞぉ、咲夜ぁぁぁ!!』と叫びながら紅魔館の中へレミリアが戻っていく。こうした奇行がまた威厳を失墜させていくことに彼女が気づくのはいつになることだろう。
「……今の素直なお嬢様も愛らしくて素敵だと思うのですが。まぁ、お嬢様がそう望むのでしたら」
咲夜は冷めてしまったティーセットをテーブルから下げ、後ろにナイフを投げる。時を止め背後にいた者の正体とナイフの本数を調整する。
「咲夜は全力をもって支援いたします」
「ひぃぃいッッ!? 暴力反対!」
咲夜の背後にカメラを持った射命丸がナイフで
「バカガラス。一生紅魔館への立ち入り禁止か、一生記事が書けない体になるか。どちらか好きな方を選びなさい」
咲夜は殺気を込めた目で射命丸を睨みつけ、彼女の腕に片手に持ったナイフを当てる。ナイフを当てた先から射命丸の血がナイフと咲夜の腕を伝う。
「片手がない生活は不便よ? ご要望なら両腕も落としてあげるけど」
「こ、これからは、この射命丸文。紅魔館の沽券にかかわる記事は書かないことを誓いますぅ……」
そう射命丸は涙目で答えたという。