レミリア「私、真のラスボスになるわ。」   作:ゼロん

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フランドールと地下室にて

「フ、フランドール様。お、お食事ですよ~」

 

 紅魔館地下室。レミリアの妹、フランドール・スカーレットが支配する闇の世界である。フランが作る世界と外の世界を繋ぐ唯一の扉を一人の妖精メイドがノックする。

 

「……入らなきゃいけないのかな」

 

 妖精メイドは心底嫌そうにドアを開き、部屋の中へ。しかしそこにフランドールの姿はなかった。

 不審に思った妖精メイドは恐る恐るベッドの方へ近づいていく。部屋の中は真っ暗で少し視界が悪い。

 

 ――ライトもあるのに何で点けないんだろう?

 

 ベッドの横にある大きな机に食事を置き、ベッドの辺りを確認するも、やはりフランドールの姿はない。

 

「い、いない……。どうしよう、咲夜さんに叱られ――」

「いつもご苦労様」

「ひゅぅっ!?」

 

 後ろから突然声をかけられ、飛び跳ねる妖精メイド。バッと振り返るとメイドの後ろにはフランドールがクスクスと笑っていた。

 闇の中でも爛々と光る赤い目はまっすぐメイドの方を向いている。

 

「お、脅かさないでくださいよ……。電気は点けないんですか? いつもは明るくしているのに……」

「今日は暗い方が落ち着くの」

 

 いつもと雰囲気が違う不気味な笑みを浮かべるフランに妖精メイドは戦慄する。

 

 ――まずい。まさか今日は月に一度のフラン様の“発作”の日……!!

 

「フ、フランドール様、私はこれで失礼しますね?」

「あなた、お名前は?」

「え、あ、あの、これで」

「お・な・ま・え・は?」

 

 全身に怖気が走るようなねっとりとした声。妖精メイドは肩の震えをこらえ、ごくりと息を呑む。

 

「し、シータ、です」

「シータさんね。ねぇ、シータさん」

「はい……な、なにか?」

「少し遊んでいこうよ」

 

 その瞬間、妖精メイドの頭の中で警戒信号が鳴り響く。

 

 普段のフランドールは絶対に自分から『遊んでほしい』など口にはしない。シータのような妖精メイドなど特にだ。

 

「フランドール様、私にはまだ別の仕事が……それに咲夜さんに怒られてしまいますし」

「咲夜には私から言っておいてあげるから。さぁ来て?」

「ひぃっ!?」

 

 吸血鬼の力に妖精メイドでは決して対抗などできない。妖精メイドは手を凄まじい力で掴まれ、為すすべもなくフランに部屋の奥にズルズルと引きずりこまれてしまう。

 

 ――誰か! だれか助けて! 今のフラン様は正気じゃない!!

 

「……なんの遊びにしよっか。人形ごっこには人形が足りないわ。ダーツ用のナイフはダメになっちゃったし。……そうだ!!」

 

 妖精メイドは求人広告と好待遇にのせられてこの仕事に就いたことを心の底から後悔した。命の危機にさらされているばかりか――

 

「鬼ごっこにしよっか! 鬼ごっこなら何も道具はいらないものね!」

 

 これから殺される相手の狂気の笑みを直視しなければならないのだから。

 

「ふ、フラン様。ご、後生です。どうか命だけは助けて……!!」

「じゃあ、私が鬼ね! シータさんは逃げる人、いい?」 

 

 ――ダメだ。もう会話が成り立っていない。

 

 フランはその赤い目を細め、興奮気味に嗤う。

 

「じゃあ、10カウント始めるよ~。い~ち」

「う、うぅ……わああぁん!!」

 

 妖精メイドは途中で転ぶも、必死に扉の方に走る。妖精メイドがようやくドアのノブに手を伸ばした瞬間。

 

「に~い」

「え、か、体が……! うごか――」

 

 妖精メイドが唯一動かせる首を後ろに向けると、彼女が見たのは……にぃっと笑みを浮かべ右手を前に出したフランだった。

 

 まるで何かを握っているかのようにフランは手のひらを広げている。

 

「や、やめて! フランドール様!!」

「あは、あはははっ! さ~ん! (し~ぃ)~……!」

 

 妖精メイドは首をブンブンと横に振り、必死にフランに命乞いをするが彼女に聞くそぶりは見えない。

 

「キュッとして」

「ま、待って!! まだカウントが残って――!!」

「どかーん」

 

 炸裂音と共に妖精メイドの身体が内側から吹き飛ぶ。

 血も肉片も一切飛び散ることなく、妖精メイドの命は花火のように一瞬で跡形もなく消えていった。

 

「アハハハハッ! キレ~花火みたぃ! いや、見たこともなかったっけ。けど弾幕も花火みたいなものだったっけ、アハハハハッッ!!」

 

 ケタケタと闇の世界の中心でフランは笑う。ケタケタケタと。笑いたい気分が収まるまでずっとずっと。

 

「見てた? シータさん、貴方すごく綺麗に壊れたのよ? ……あぁ、すぐには復活しないのね。もしくは復活する場所が違うのかな? ま、どっちでもいいか。綺麗だったよシータさん。復活したらまた見せてあげるね! アハハ!」

 

「相変わらずひどいわね」

 

 フランは笑うのをピタリと止め、声の主の方に振り返る。

 そこに立っていたのは紛れもない自分の姉、レミリア・スカーレットだった。悲しそうに先ほどまで妖精メイドがいた場所とフランを見つめている。

 

「……あぁ。来てたんだ、お姉様」

「灯り、点けるわよ」

 

 レミリアはパチュリーが開発した魔法灯の起動スイッチに手をかざし、『こんな暗い部屋にずっといたら心も暗くなるわ』と灯りを点ける。

 

 視界が開け、フランの部屋の様子が明らかになる。赤い壁紙に大きなベッド。至って普通の部屋だ。

 折れたナイフとただの綿くずと化したぬいぐるみが辺りに四散していなければ。

 

「せっかく編んだのにもったいないわ。あとでまた新しいのを作らなきゃ」

 

「ねぇ、お姉様? 今日は何をしに来たの? もしかして、私と遊びに来てくれたの?」

 

 レミリアは興奮しているフランに臆することなく近づき、あと一歩の距離まで詰める。

 

「フラン」

 

「じゃあどうしようかなぁ。そうだ、さっきシータさんと鬼ごっこをしたのよ! 一緒にやらない?」

 

「フラン」

 

「だよね、同じ遊びじゃ飽きちゃうよね。じゃあ弾幕ごっこにする? スペルカードは持って――」

 

 レミリアは無言でフランの背に手を伸ばし、ゆっくりと抱きしめる。繊細ですぐに壊れてしまう物を丁寧に扱うかのように、優しくフランの金色の髪に触れる。

 

「……フラン、落ち着いて?」

 

 フランは矢継ぎ早に出てくる言葉を動きと共に止める。そして数度まばたきをして細まった眼を元に戻す。

 

「……さわらないでよ」

 

 フランはレミリアの抱擁を振りほどき、ドンと強くレミリアを押し倒す。

 よろけたレミリアは小さく悲鳴をあげた後、ゆっくりと起き上がる。

 

「ふぅ……、落ち着いたみたいね」

 

「何か用? 用がないなら帰ってほしいんだけど。今日はすこぶる気分が悪いの」

 

「そう、ならせめて掃除だけはさせてくれる? 折れた銀ナイフは刺さると痛いから」

 

「……勝手にすれば?」

 

 ――これがいつものフランだ。先ほどまでのフランは長年閉じこもっていた反動で出てきてしまったフランの“狂気“。

 月一回に衝動的になってしまうこれを、私達は“発作“と呼んでいる。この状態の時は絶対に霊夢たちにも会わせられない。

 

 レミリアは落ちているナイフの破片と熊のぬいぐるみだったものを回収し、念のために持ってきた袋の中へ突っ込んでいく。

 

 フランは掃除をするレミリアなど気にせず、大図書館から借りてきた魔法書を読み始める。

 

「……最近、パチェから本を借りているって聞いてたけど、何の本を読んでいるの?」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

 フランは先ほどまでの態度を一変させ、笑みを浮かべるレミリアを冷たく突き放す。

 

 ――最近はいつもこんな調子だ。遅めの反抗期……なのだろうか? ちょっと前までは『お姉様、お姉様』とくっついて離れなかったのに。

 私としてはそんな妹の独り立ちが少し嬉しくもあり、寂しくもある。

 

 レミリアはフランが読んでいる本の表紙を吸血鬼脅威の視力で凝視する。

 

「なるほど、『治癒魔法の入門書~中級者編~』。さすが我が妹、努力家だわ」

「見るな!」

 

 フランは本を閉じ手で隠す。キッと本の内容を覗き見たレミリアをにらみつける。

 

「ごめんね、どうしても気になっちゃって」

「片づけ、もう終わったんでしょ!? 早く帰ってよ」

 

 本をレミリアから見えないようにフランはぷいっと背を向け、読書に没頭する。

 

「あのメイド、シータには後で私から謝りに行くわ」

「……いい。私が直接行くから。あんたは何もしなくていい」

「こら、姉に向かって『あんた』とか言わないの」

 

 レミリアはそう言いつつも苦笑して穏やかに話題を終わらそうとする。

 

 ――本当、すごくいい子ね。さすが『夜の王』である私の妹。自らの非は自ら責任をとる、上に立つ者に必要な素質を持っているわ。

 

 フランは本にしおりを挟み、レミリアの方をにらむ。

 

「今、すごく痛いこと考えてたでしょ」

「ギクッ。と、とくに何もカンガエテナイワヨ……?」

「あん……お姉様はわかりやす過ぎだよ」

 

 ――なんだかんだ言って注意は聞くんだ。素直な妹だなぁ。

 

「ふふっ、やっぱり可愛い」

 

「う、うっさい!! 早く帰ってよ『うー』!! かりちゅま! カリスマブレイク!」

 

「ぐはっ! く、くそ……妹にまで言われるとは……! 私のラスボス力もだいぶ落ちたものね」

 

 思わぬ方向から奇襲を受け、メンタルを破壊されたレミリアは、無い胸を押さえながらずるずると扉の方へ歩いていく。

 

 レミリアは扉に手をかける直前にフランに向かって振り返る。

 

「そうだ、フラン。今日の夕食はあなたの好物のハンバーグよ。今回は私も咲夜の手伝いをするから、楽しみにしててね」

 

「……行かないってわかってるくせに」

 

「あはは……まぁ、作り立ては無理でも、作ったハンバーグは必ず持ってくるからさ。来てくれるのが一番うれしいけど……」

 

「好きにすれば。私は適当なものでいいし」

 

 レミリアの視線から外れるようにフランは顔を下に向ける。しかし、うなだれる彼女の顔はどこか物憂げだった。

 

 ――きっと……フランも私たちに迷惑をかけているって自覚があるのね。けど……私はもっとあなたに迷惑をかけているのかも。

 

「フラン」

「今度は何?」

「最近、お友達から私はなんて言われてる?」

 

「『今日のおぜうさま見た? また威厳ががくっと下がったよな』『フランの姉ちゃんって、最近カッコイイってよりもなんか可愛くなったよな』……こんな感じ」

 

「クソッ……あの妖精ども……! なめた態度叩けないようにしてやろうかしら……」

 

 霧の湖の妖精たちの顔を思い浮かべ、レミリアは拳を握る。

 

「……本当にすごい人は周りの言うことなんて気にしないものだと思うけど」

 

「うっ! た、確かにその通りね。がまん、がまんよ私」

「はぁ……だからお姉様はバカにされるんだよ」

「本当ね。情けない」

 

 レミリアはパンと両頬を叩き『よし』と気合をいれる。

 

「フラン、待っててね。私、絶対周りに畏敬されるような(ラスボス)になってみせるから」

 

「いいよ、無理しなくて……約束を守ってくれたことなんて昔から一度もないくせに」

 

「嘘じゃないわ。絶対にあなたが恥ずかしがらずに済むような立派な吸血鬼になるからね!」

 

 ゴミ袋を持ったレミリアは意気込んでフランの部屋から出ていく。その様子をフランは不満そうに見つめていた。

 

 フランは力強くベッドのシーツを掴み、歯を噛み締める。

 

「……私はカリスマなお姉様なんて、いらない」

 

 小さくつぶやいた彼女の言葉は誰にも届かないまま、虚ろへと消えていった。

 

 

 


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