その日、新しい人形を買った   作:ネコジマネコスケ

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古い人形は壊れた

 

 ふと気がつくと、戦場は若干の混戦の様相を呈するようになってきていた。

 鉄血の小隊を目撃したとの報告を受けた明後日、グリフィンの地区司令室は迅速に人員を当地に派遣していた。

 実際に発見されたのは、報告と相違ない小規模の敵集団。何かの拍子に敵の拠点になってしまわないよう手早く殲滅してしまおうと、そういう判断だった。

 その判断は正しかっただろう。

 戦場を駆ける少女を、あるいは薄型ディスプレイに映し出された人形たちを眺めて、指揮官は深く息を吸った。

 司令室(ここ)からでは人形たちの息遣いは、生命というものは感じられない。今なお眼前に垂れ流されるのは、安全な上空から味方の背に張り付くだけのドローンによって提供された映像だ。

 言うなれば、傍観者。スピーカー越しの声がか細く消えていこうと、鼓膜が捉えたその音は単なる01の集合体でしかない。

 

「卑怯な気がするね」

 

 ふとそんな言葉が溢れ出た。

 隣のカリーナ──後方幕僚たる少女は眉をひそめた。

 

「何がでしょうか?」

()()()さ。こうして、人形たちにやるだけやらせて、なんだろうね。見ているだけの状況というのか。いやいや、戦場に出て戦いたいということじゃなく、だ。フェアじゃない」

「仕方ありませんよ。そういうものなんですから」

 

 やり直すというなら何十年遡らなくてはならないのやら、と彼女は首を振った。

 

 事実、戦場が人間の()()でなくなったのは随分と昔の話だった。

 赤子が青年に育ってしまう程度の期間、それだけの時間があれば常識とやらにも一定の変化があってしかるべきである。

 指揮官は懐かしんでか、冷めたコーヒーを啜って頷いた。

 まさしく後方幕僚どのの言葉の通りだった。世界は二十年と経たないうちに様変わりして、技術も何もインターネット黎明期ながらに加速度的に進歩してきた。

 PMCによる委託都市運営しかり、廃墟を駆ける戦術人形しかり、である。

 それきり黙した二人の目に、無機質なピクセルが可愛らしい金のツインテールを映し出した。

 

「スコーピオンか。よく頑張っているじゃないか」

 

 吐き出される鉛玉が遠くで一人の敵を打ち倒したのが目に入った。すかさず物陰(カバーして)再装填(リローディング)。勇ましくも二丁のサブマシンガンを駆って、少女は引きつった笑みを浮かべている。

 指揮官は人形に感情というのはあるのだろうか、とぼんやり考えた。

 この問いの答えは意外と簡単で、製造元の開発部にでも問い合わせてやればすぐに解答が得られる。実際、そうする者は少ないが。

 

「頑張っていますねぇ。彼女、出撃前にすごく張り切っていましたから」

「明日は給料日だったな」

「それもあるとは思いますがね」

 

 含みのある言い方だった。指揮官の記憶によるならば、彼女がそういった物言いをすることは珍しい。

 例えば指揮官が無遠慮に大きく開いた彼女の胸元を眺めていた時、カリーナはすかさず金銭を要求した。指揮官は払った。

 あるいは短いスカートが戦場の風(うちわの風)で偶然はためいた時も、同様のやりとりが生じたのである。うちわの持ち主は当然謝礼金を支払った。

 とにかく、彼女は感情表現がストレートで、語調も率直で、幕僚がよく務まるものだと若干の不安を抱くほどに明るい人間なのである。

 そんな彼女はモニタから一瞬たりとも目を離すことなく、嘆息した。

 

「……とにかく、給料が出たらアイスでも奢ってあげてくださいよ。作戦が成功するのはあの子達がいるからこそなんですからね」

「しかし私がいるからこそ()()()はこのように……いや、あのようにか。ええと、走り回っている。要するに──」

「現状のシステムは優秀ということですね」

「そう」

 

 今ひとつ口が回らず、それなりの手腕はあるものの無愛想、というのがこの指揮官に対する評価であった。

 大混乱の戦場も一応計算のうちではある。制御しきれる保障はないが、少なくとも思惑を外れて事が進んでいるわけではなかった。

 

「そうさ。つまり、だ」

 

 指揮官はヘッドセットのマイクの消音機能を解除すると、穏やかに「フェイズ3へ移行」とだけ告げた。

 戦場の変化は劇的であった。敵味方入り乱れての乱戦が、一方的に相手の頭を押さえつけ、その隙に別働隊が回り込むという()()()()()()()()()へと様変わりする。

 無論のこと、今までが適当な戦い方をしていたというわけではない。部隊単位での連携を行わないようにしていただけで、そして進撃と共に連携が行える距離になったというだけで──教科書を読めば載っている程度の作戦だった。

 否、作戦などというものではない。事前に打ち合わせをしていただけのことだ。

 敵の数は少なかった。

 投入した頭数も十分、実績のある指揮官が人気の幕僚と共に補助についている。

 とあれば経験を積む為にも少し危険な演習として、戦わずともよい敵とも戦闘をするように。

 ブリーフィングの内容はこのようなものであった。頃合いを見計らって殲滅に移ることが計画に盛り込まれている以上、多少の混戦も次の戦場に活かされるだろう。

 ともすれば死ぬのに、というのは人間の発想だ。

 バックアップデータさえ無事ならば修繕の可能という機械の発想は、当然異なっている。

 そしてあくまでも備品として人形を扱う者たちとしては、比較的安全に優秀な手駒を育てられるのであれば異存はない。

 色々と腐っているような気分になった指揮官であるが、表情には出さなかった。

 指揮官にとって人形たちは手駒であり、部下である。人格としてどれほど尊重するかは個々人によるものの、消耗品として完全に割り切ることができる者は少なかった。

 危険なはずの戦場を、自分の指示一つを頼りに駆け回る少女らの姿をどこまで冷静に見ていられるのか。逆に優秀な指揮官の資格の一つとして挙げられるのかもしれない。

 現在画面の前で指揮をしている者が納得しているかはさておき、PMCに雇われた人間にとって人形は避けがたい悩みの種でもある。

 

「信頼関係は、大事だ」

 

 みるみる内に包囲網を狭めていく部下たちを眺め、指揮官は緩く微笑んだ。

 

「そうだな、カリーナ」

「そうですね。全くです」

 

 完全に破壊された敵の戦術人形の躯を踏みつけ、スコーピオンがモニタに向かって吠えていた。

 躯と、砂ぼこりと、それから血痕に硝煙に手に持った凶器といくつかの物騒な要素を纏めて頭の隅に追いやれば、なかなか魅力的な絵面であった。

 これを良いという人間もいるのだろうが、と指揮官は苦笑してマイクに喋りかけた。

 

「作戦終了だよ」

「作戦終了だ。そのまま待機していなさい」

「はーい。帰ったらアイスおごってね」

「もちろんだ。ダブルもいいぞ」

 

 全員な、と指揮官が付け足すと、部隊の人形たちが華奢な歓声をあげた。

 喜びたいのは山々だろうが、いくら温いとはいえ戦闘していたのだ。疲労を誤魔化すにも限界があるだろう。

 人形が疲労するのかという疑問はさておき、そういう繊細な感覚を彼女らが有していたとしても何の不思議もない。

 生体部品からなる極秘テクノロジーによって生み出された、美しい少女の似姿。

 多少はか弱くあってもらわねば遊びがなくて仕方がない、と指揮官は思うのであった。

 上空から降りてくるヘリに、順番に人形たちが乗り込んでいく。

 こうして帰投したところで直ぐに戦場に駆り出される。そんなことは分かっていても、人形たちは安堵の表情を浮かべて座席に体重を預けるのである。

 

「お疲れ様です。こちらも収支の計上を始めましょうか」

「ああ、頼むよ」

 

 撤退が可能な状態まで制圧が完了したということは、周辺の脅威を排除できたということだ。

 ヘリコプターなど余程高性能でない限り的になる。銃座があったところで市街地では死角が多すぎる為だ。ビルの間でもある程度移動はできるだろうが、だからといって安全というわけではない。

 敵の数が少なく、十分な味方がいたからこそ安全を確保できただけであって、本来そこまでの道のりが非常に険しいのである。今回は幸運に備えと作戦が噛み合って、順調な撤収が可能となったというわけであった。

 と、結論づけた途端に指揮官の背に怖気がはしった。

 

「待て、そもそも──」

 

 ()()()()()()()()()()P()M()C()()()()()()()()()()()()()()──?

 その点を明らかにしない限り、今回のような出来事は今後も続くことになるだろう。今回の出撃で脅威を排除、その後に原因を解明する手筈であったにしても、である。

 指揮官の危惧は、今や確かな恐怖となって脳裏を駆け巡りつつあった。

 そう、今この瞬間とて敵の侵入に対する脆弱性を克服できていない。

 つまり敵に増援があったとして認知できていないという可能性は幾らでもある。

 否、むしろここまでの流れが陽動である可能性も十二分にありうる。

 味方は機械だ。人形だ。故に犠牲を省みない選択肢も採りうる。

 ならば敵も機械なのだ。

 

「総員、撤退急」

 

 モニタの映像が突然乱れた。

 悲鳴をあげるようなローターの回転音、重なる悲鳴は少女たちのもの。

 ちらりと陽光に映えた赤は誰のものだっただろうか。

 その日派遣された人形は、一体も帰ってこなかった。

 

 

 

 ──慌ただしく時は過ぎ、深夜になってようやく指揮官は私室でベッドに飛び込むことができた。

 軍人らしからぬ長髪が顔にかかっても、彼女は気にする様子もなく枕元のウォッカの瓶に口をつけた。

 直ぐに上気したところを見るに、酒には強くないらしい。憂さ晴らしに飲むのかといえば、それも些か異なるようだ。

 眠そうな顔に疲労は見られるものの、険は薄い。後悔らしきものの名残は、乱暴に脱ぎ捨てたタイツと革靴くらいのものだろうか。

 それでも女は無言で飲んだ。

 天井を眺めて、つまらなそうにアルコールを胃に落とし込む作業を続けた。

 一時間続いただろうか。それとも十分も経っていないのかもしれない。

 寝転んだまま酔いに酔って、地震でもないのに揺れる世界で、女は発酵していそうな息を吐いた。

 

「……仕方ないか」

 

 何に対する言葉だったのだろうか。

 懺悔の言葉にしては風変わりである。避けられたかもしれない事態に対する言い訳だというのが最も有力でつまらない説であるが、女の内心を窺い知ることはできなかった。

 目に見える情報のみで判断できるのは、散々に溢れた酒でベッドが酷い有様であるとか、次の日が恐ろしいだとか、その程度のことである。

 故に──翌日。

 酒臭いブラウス姿の指揮官に辟易しながら、カリーナは自身に投げかけられた言葉を反復し、小さく返した。

 

「もう、ですか?」

 

 指揮官は吐きそうになるのを堪え、確り頷いた。

 

「ああ。新しい人形を買おう」

 

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