兵士がいつでも戦場に出て、生死のやりとりをしているのかというと、言うまでもなく否である。
指揮官は特徴的な垂れ目を更に眠そうに細くして、訓練中の新人人形たちを観察していた。
新たな人形は直ぐに配給された。先日全滅した人形たちを悔やむ声は少ない。あくまでも戦術人形は人間ではなくて、高級な消耗品でしかないのである。
中でも新人──新品となれば下手な中古品よりも価値がない。中古品は中古品なりに経験を積み、れっきとした実績を引っ提げて売りに出されるものだ。それに対し、新品はといえば多少へたれのない駆動系に、少しだけ大きいだけの記憶容量に、欠損部のない外装生体部品を有しているだけなのだ。金銭的な意味では新品の方が高いが、現場として重宝されるのがどちらかといえば明確に答えは出る。
民生品としては新品の方が好まれるものの、戦術人形としては別なのであった。
新たな部下であるスコーピオンは、前の彼女よりも覚えが悪かった。個体差は本来ないはずだった。それでも、事実同型の戦術人形間に一定の能力差が生じている。
この差は何なのか、指揮官は遮蔽物から飛び出ようとした拍子に蹴つまずいた少女を目に、ため息をついた。
バックアップデータがあれば、成程、素体が新品になったところで
PMCは民営機関。企業だ。損得利益で物事を捉える。
雇われている側の指揮官も同様だ。この女もその体勢に疑問を抱くことはなかった。
「慌てるな。識っているとおりにやればいい」
「──分かってる!」
機械に人格などを与えるからこうなるのではないか。
指揮官は不味い合成コーヒーを口に含んだ。この支給品はグリフィン管轄の全地区に広く無料配布されていたが、無料なだけあって評判は最悪だった。
このようなものを好んで飲むのはよほどの変人か、被虐嗜好者くらいだ──と評される。
なお、この指揮官は前者の変人で、若干後者の要素も含んでいるのかもしれなかった。
何せ彼女がその最悪の品に粗悪品のアルコールを混ぜて飲んでいたり、高級なドリップマシンのあるオフィスに訪れた際にすら携行したインスタントを消費したりするのは、この地区を管轄するPMC社員の内部ではよく知られた話なのである。
給弾しようとしてマガジンを放り投げた新品に対し、指揮官はわざとらしくステンレスカップの中身を振った。
「次同じことをしたら、この中身をリッターで飲んでもらおうか」
「い、嫌だよ」
中身が何なのか、指揮官が何をしているのかも判っていないだろうに、スコーピオンは涙目で首を振る。
指揮官は少しだけ満足そうにして、温度の低い声でマイクに語りかけた。
「なら、その酷い樣をこれ以上見せない方がいいだろうさ」
現在行なっているのは先日届いた新品人形の稼働テストだ。人間的表現でいうところの演習である。
とりあえず手に入ったスコーピオンをはじめとする十体の人形を半々に分け、ペイント弾だけを握らせて演習場に放り込んだのである。
全員が全員動きが悪い。指揮官はそのあたりは仕方のないことと割り切っている。
が、中でも出来が悪かったので金髪娘にはぐだぐだと小言を垂れ流しているらしかった。
元来戦術人形は自身がその名として冠する銃器の扱いには熟練している。例えばこのスコーピオンとて自室で同じことをやらせたなら、熟練の人間の兵よりも滑らかに全ての動作を行い、一定の能力を示しただろう。
しかし能力があることと、それを自在に何時でも発揮できるのとは全く別次元の話だ。
そんなスコーピオンとは対照的に、的確に自部隊を率いているのが相手方のVectorであった。
人格的な話をすると少々
「B班、少し残弾数に気を使うように」
「……了解、指揮官」
指揮官としても演習内容についてあまり口を出すべきことがなので、適当なことを言ってみるような有様であった。
スコーピオンが属するのがA班、Vectorが属する方をB班として設定していたが、蓋を開けてみるとB小隊の圧勝──に近い結果となった。まだ終わってはいないが、おそらくそうなるだろう。
これが値段の差か、と指揮官は欠伸をかみ殺した。
彼女の感想については、人形のカタログを読めば一瞬で理解できる。
スコーピオンはお値段控えめ、Vectorは値段も優秀だ。
残酷なものだが、製造された時点で如何ともしがたい性能差がある。いくら練度が上がろうと編成を増やそうと、同じ条件の
人種差別を乗り越えた人類は新たな格差の絶壁を作り上げたと言える。人格として人形たちを扱う者においては、そういった部分をどのように解釈しているのか。
この指揮官はやはり、戦術人形に対しては懐疑的であった。人格を認めない以前の、その存在としての危うさと不釣り合いな重責に、何者かの作為を見出そうとして眉を顰めるのである。
「ふむ。やはり差が大きい」
「まぁ、値段が違いますからね」
側に控えていたカリーナも頷く。
「生体部品の精度が違うのかな。それとも、重量バランスか」
「……コアの原理から考えると、あそこまでの差が生じるのは興味深いですよねー」
「人間も同じだからね、人形もそういうものなのかもしれない」
軍人とはいえ、流石にコアの内部仕様に関しては浅い見識しか有していない。
どうしてモデルにした銃器によって製造される人形に明らかな体格差が生じるのか、と彼女は考えていた。
──哲学者なのか阿呆なのか、判断に困る女である。
第一世代の人形はどのような格好だったろうか、と彼女はひとしきり考えて、益体もないことだと頭を振った。
「でも、コア除去後のことを考えると
「どうでしょうねー。これはこれで苦労がありますし」
戦術人形は必ずしも戦場で壊れるまで使い潰されるわけではない。彼女らは中核を除去し武装解除することで民生用人形へと構成を変更することも、その逆も可能な仕様であった。
別にどちらが幸福ということはないだろうが、と指揮官は心中で独り言ちた。市井の喫茶店には、好事家の集まる旧・戦術人形のみが
「……しかし、これは酷い内容だな。本当に酷い」
「一方的ですね。あ、最後の一人がおちました。終わりです」
ペイント弾の痕跡から損耗率はおおよそ導き出すことが可能である。
そして、今回の演習については計算するまでもなく、B班の勝利であった。整列した時の彩度が違いすぎる。
若干面白くなりつつも、強いて険しい声を作って指揮官はマイクに口を寄せた。
「ご苦労。結果は──まあいい。内容としては……」
不安そうな表情を浮かべるA班の人形たちを確認してしまい、指揮官は極力端的な表現を選ぶことに決めた。
「まあ、うむ……演習くらいは落ち着いて行動できるようにしろ。以上だ。映像は隊内共有フォルダに入れておく。共通スレッドにパスを貼っておくから確認するように。当然だが、全ての映像を次の演習までによく研究すること」
納得したように頷くVector、がっくりと肩を落とすスコーピオン。
対照的である。ちなみに、指揮官としては後者の方が好みであった。
決して、その好感情は以前の個体との交流を反映したものではない。純粋な容姿としての個人的な嗜好であった。
影ではカリーナにツインテールにしてはと進言するような女である。やはり変人であった。
一仕事を終えた彼女の横で、何か言いたげにカリーナが腕を組んでいたが、女は無視した。
「……別にいいですけどね。それこそ言い忘れたことがあるんじゃないですか?」
指揮官は小さく首を傾げた。特に可愛らしくもない仕草であった。
彼女に心当たりはないようだったが、大した間もなく女は親父ギャグか、と頷いた。
ちがいますよ、とすかさずカリーナ。
「隊則特記事項其の二です」
「……ああ、忘れていたよ」
それは指揮官が勝手に加えた規則でもなんでもない一文だった。
強制力も何もない、単なる冗談のような一項。故に特記事項でしかない。
だが、女は微笑みはすれども、冗談を本気にするなと笑い飛ばしはしなかった。
諸君、と彼女が呼びかけると、人形たちは緩めていた空気を慌てて引き締め直した。
「諸君は知らないだろうが、我が隊には特例的な規則が存在している。解説を行うため、これより第三ブリーフィングルームへ急行せよ」
閉鎖的な環境には驚くほど旧世代的な風習が残っていることがある。薄型モニターの前で神頼みをするようなエンジニアが後を絶たないように、である。
色々と物騒な想像をしたのだろう。少女らは一斉に顔を蒼白にした。
性格が悪いと隣から圧力をかけてくる目線を無視し、指揮官は自室へと駆け足で向かった。
意味はないのかもしれない、と彼女は呟いた。誰に向けた言葉でもなかった。自身に向けて愚痴を零したという風でもない。
独り言なのだろう。命のやり取りをしなくなったからといって、軍属のものが良心といくつかの感情に折り合いがつけられるようになったわけではないのだ。
戦術人形が知ったらどう反応するのだろうか。ともすれば人間よりも人間らしく感情を表現することすらある。
そういった論調により男女を問わず、信頼関係を構築した戦術人形と専属の契約を交わす者はいる。
彼らの解釈としては、人形の示す一種の情動的挙動は率直に感情の発露を示しているのだろう。
指揮官は自室の冷凍庫の蓋を開け、
「──なら、人の感情は何なんだろうね?」
と肩をすくめた。その手には数リットルの保冷容器が握られていた。
──彼女がブリーフィングルーム内に入ると、人形たちは可哀想に、椅子にも座らずに直立不動の姿勢で待機していた。
指揮官はわざわざ無表情で卓上にひんやりとした容器を置くと、一つ手を叩いた。
「さて、我が隊の規則を教えようか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
話に割り込んで挙手したのはスコーピオンだった。
切羽詰まった表情で、若干手先が震えている。
「そ、その……今回の結果は私が……」
「発言を許可した覚えはないがね」
ぴ、と妙な声をあげて少女は肩を強張らせた。彼女を庇おうと身を乗り出したVectorをはじめとした他の人形も、同様に硬直する。
指揮官は糞真面目な顔のまま整列した少女らの前に進み出た。
「諸君らは勘違いしているようだが──隊則特記事項其の二は指揮官たる者……なんだったか。あー、常に士気高揚のために……」
「要するに給料日の後は隊員に何か奢りますよってことです」
「そうだ」
カリーナのフォローに頷き、彼女は容器の中身を机に並べた。
「え、アイス?」
「そうだぞ、スコーピオンよ。アイスだとも。アイスクリームさ。もちろん食べていい」
にこりと笑うとそれなりのものになる女だった。
対面している人形たちは一様に呆然としているが。
「何をしている。溶けるまで待つつもりか? いや、溶けかけも中々悪くはないが……残すなよ」
彼女はしれっと自分だけ値の張るカップを手に取り、一番座り心地のよい椅子に座ってしまった。
趣味が悪いね、とだけ呟いてVectorが先陣を切ってストロベリーアイスを掴んだ。
なおスコーピオンはといえば、思い切りへたり込んでから台風のようなため息を吐いた。
「そんなのってある……?」
「発言を許可した覚えはないぞー」
「あーもう!いただきます!」
三々五々用意された甘味に手を出し始めた少女らが、和やかに談笑を始めるまでにそう時間はかからなかった。
すごい震えてたよね、とVectorがスコーピオンを弄り倒していた。心なしか、起伏に乏しいその表情も和らいでいるように見えた。
指揮官は微笑ましくその光景を眺め、反面胸の裡が冷えていくのを感じていた。
そのアイスを食べるはずだった者たちはもういないのだ。
彼女は腐れたような感情を振り払おうともせず、喉の奥で言葉を弄んでいた。
きっとこの人形たちが壊れても、自分は同じようにふざけをしてアイスを振る舞うのだろう。
──振る舞い続けなくてはならないのだろう、と