タルタロス。
その一室。
「はじめまして、
『…………どちら様?』
「まぁ、どこかの組織の偉い人、とでも思ってくれれば構わない」
『ふーん………で、なんの用?』
窓ガラスを隔てた所で、身体中を拘束された黒髪黒目の少年、古忌と、スーツを着こなした中年の男が対峙していた。
少年は、値踏みする様な目で男を見る。
「君は今14歳だったね?本来その歳なら、犯罪を犯してもタルタロスに収監される事はない。しかし君は異例の即収監だった」
『まぁ、妥当じゃないすか』
「あぁ、君はそれ程の罪を背負った。だがね、私よりも更に上の立場の人間は、君の戦闘能力に一目置いているんだ」
『はぁ、で、何?』
「
『………へぇ』
ニタリと、少年は笑う。
男が続ける。
「もちろん、条件はある。だがタルタロスを出る事が出来ると思えば軽い物でしか『要するに、そのお偉いさんは俺を
『いいよ、条件次第じゃ駒になってやる』
男が条件を告げる。
その日ある怪物が世に放たれた。
◇
少年、古忌は、
「んー、スッキリした」
古忌が自室のベッドから起き上がると、残されたベッドには一糸まとわぬ女性が気絶していた。
古忌は女性を見て下卑た笑みを浮かべる。
そのまま女性を放置してシャワーを浴び、再び部屋に戻った所で、
「何で放置するのよ!!」
「危な!グーパンはやめろよ!!」
毛布で身を隠す涙目の女性が古忌の顔面に向かって右ストレートを放つ。
すんでの所で避ける古忌だが、女性が何度も拳を放ってきたためにやがて腹部にクリーンヒットした。
「く、おおぉぉ!!」
「ふん!自業自得よ!!」
女性はそのままシャワー室に向かう。
するとリビングにいた少女が笑いながら少年に話しかけた。
「あっはは、またやったの古ちゃん」
「うーん、結構痛いし、次からは面白がって放置すんのはやめとくか」
「前もそう言ってたよね?」
「あ、バレた?」
どうやら、先程まで苦しんでいたのは演技らしく、少女に声をかけられてからケロッとした様子になった古忌は、ソファに座る少女の隣に座った。
反省したような様子は無く、その表情は楽しげだ。
「ツーちゃんも懲りないねぇ、古ちゃんみたいなクズの何が良いのやら………」
「単純にテクだろ」
「あー、ツーちゃん性欲大魔神だか「聞こえてるっつーの!!」あいたっ!!」
シャワーを終えて出てきたのであろう女性、月菜は好き勝手言いまくる少女、
ついでで古忌にも放ったが軽々と避けていた。
それが更に月菜を怒らせたようだ。
月菜は隣に稲山がいる事も忘れて声を張り上げる。
「ねぇ!開介!!何でいつもいつもシた後に放置すんのよ!!?やめてって言ってるじゃない!!」
「ごっめーん☆」
「あ、んたねぇ………!!!」
古忌はふざけた様子を崩さず、恐らく世界一心の籠っていない謝罪を述べた。
月菜は怒りのあまりに震えている。
「これ以上ふざけるなら養ってあげないわよ」
「この家の収入ほぼ俺なんだけど?」
「ご、ご飯作ったげないわよ」
「デリバリーって便利だよねぇ」
「よ、夜の相手」
「適当にそこらから女の子引っか「うわぁぁぁ!!」」
月菜は泣きながら古忌をポカポカと叩く。
対照的に古忌はケラケラと笑っていた。
この光景はこの家ではかなりの頻度で見られるものだった。
「すでないでぇ……!」
「ハイハイ捨てない捨てない」
月菜は本来かなり"出来る女"なのだが、古忌の前だとこうなるのだ。
しばらくして、月菜が落ち着いた所で、古忌の携帯に着信が入った。
「はい」
『古忌君、私だ。仕事が入った』
「あっそう、じゃいつも通りお願いします」
『了解した』
「
『勿論だ』
電話を切り、ポケットにしまう。
古忌の顔には、狂気が張り付いていた。
◇
そのヒーローにとって、全ては手段、あるいは道具でしかなかった。
そうとしか認識せず、彼女は罪のない人を見捨て、自らの
まぁ、それが彼女を苦しめる要因になったのだが、
「ゆぶ、じでぇ………」
「いやーお姉さんすんません!別に謝罪が欲しい訳じゃないんすわ!!」
「だら、どぼじで………」
「お姉さんをボコってる理由?仕事兼趣味だよ」
古忌は凄惨な笑みを浮かべる。
その
「ねー古ちゃん、いつまでその人の足の感覚無くしてればいいの?疲れたよー」
「ん?つたえ、もうちょい待ってくんね?もうちょっとだけ楽しませてくれよ」
「えーやだ!疲れた!やめまーす!帰りまーす!!」
「い゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?!?!??!?!」
「あぁ、うるせぇなぁ」
それに足は無かった。
膝から下が古忌によって切断されていた。
つたえが個性で一時的に遮断されていた痛覚が復活したのだ。
故に激痛。
「ゆ゛、ぶじでぇ………!だじゅげ、れぇ…………!」
「うーん、うるせぇし、舌抜くか」
古忌は嗤う。
楽しそうに、傍らにあった工具箱からペンチを取り出した。
「ひっ!やめ゛っ!やっ!」
「だぁめ☆」
「々+・^→<・〆々=!!?!!?!?!」
それは声にならない悲鳴を上げる。
古忌はちぎられた舌をペンチで挟んだままプラプラと揺らしている。
「やべ、失敗した。うるささ変わんねぇ上に何言ってるかわかんなくなるだけじゃん」
言いながら、古忌の顔には三日月の様に引き裂かれた笑みが張り付いたままだ。
数分間、それが苦しむ様子を眺めてから、そばに寄つ。
それには既に悲鳴を上げる気力すら残っていないようだった。
「ぅ………ぁ………」
「壊れちゃったかぁ、仕方ない」
足を上げ、頭部を
まるで空き缶を潰すかのように容易く。
そこにあるのは、最早ただの肉塊だった。
古忌は靴に着いた肉を払いながら、自分の下半身に取り付けているアイテムを服越しに見た。
「ふむ、しかしつたえの作ったアイテム便利だな。後で御褒美あげようか」
血塗れのスーツ姿で、古忌は部屋を出る。
鼻歌交じりの少年は、今日の晩御飯の事を考えていた。
◇
血塗れの古忌がビルから出ると、1台の車が停められていた。
古忌は何事も無かったように車に乗り込み、先に乗っていた男に話しかけた。
「報酬は金と、女の子3人で」
「承った」
「それで?いつもは電話なのに何故わざわざ?」
「もう1つ仕事が入った」
「うへーマジかよ………内容は?」
説明を聞く中で、古忌は顔を顰める。
彼にとって最も面倒な仕事が始まろうとしていた。
◇
先程古忌と別れた稲山つたえは、凄まじい速度で高速道路を爆走していた。
とはいえ、車に乗っている訳ではない。
彼女が作り出したエンジン付きのローラブレードによるものだ。
『そこの子止まりなさい!!』
「えーなんでー?」
『危ないだろう!!』
彼女を追うのはターボヒーロー インゲニウムだ。
彼はかなり速度を出しているのだが、つたえとの距離は全く縮まっていなかった。
「んーたるい」
言いながら、つたえは跳躍すると、そのまま高速道路の外へ飛び降りた。
インゲニウムが焦った様子で外を見ると、つたえは何事も無かったかのようにそのまま走り去っていった。
『何だったんだあの子………』
インゲニウムの疑問は車のエンジン音に呑み込まれていった。
◇
雄英高校。
その会議室にて、ヒーロー達が集まっていた。
ヒーロー達の目線は、ある少年に関しての情報が纏められたスクリーンへと向いている。
「彼の名は古忌 開介。2年前の"東京駅前無差別猟奇殺人事件"の犯人さ。ここにいる以上、知らない人はいないね」
ネズミのような犬のような曖昧な姿の生物の言葉に、ヒーロー達が頷く。
東京駅前無差別猟奇殺人事件。
死者27名、重傷者53名、軽傷者467名を出した大事件だ。
死者に関しては、顔すら分からぬ程グチャグチャにされた者までいた程だ。
この中には、当時事件の解決に関わった者もいる。
「事前に通達した通り、彼がうちに来る事になったのさ」
「質問よろしいでしょうか………?」
手を挙げたのは18禁ヒーロー ミッドナイト。
古忌を捕まえるのに一役買ったヒーローでもある。
ネズミが許可すると、ミッドナイトは話し始めた。
「未だに、動揺しているのですけど、何故彼が釈放されているんですか………?タルタロスに送られたんじゃ………」
「君の質問は最もだね…………これは、ある組織が関与しているのさ」
「ある組織?」
ネズミの口から出た"組織"という言葉に、何人かが反応した。
検討のついていない者は、ネズミへ説明を求める。
「その組織は、例えそれが悪だろうと善だろうと、
「有用だからとあの殺人鬼を世に放ったんですか!!?」
「ミッドナイト君、気持ちは分かるが、落ち着こう」
「でもっ………!!」
ミッドナイトは知っているのだ、あの場にどれ程の惨状が広がっていたかを。
故にこそ、許せなかった。
ただ有用というだけで釈放されて良い人間ではなかったはずなのだ。
「組織の目的は死柄木 弔の殺害。組織が言うには、目的が果たされるまで、彼は雄英に所属する事になるのさ」
ヒーロー達の表情が驚愕に染まる。
その目的が、捕縛ではなく、殺害だったからだ。
「確かに死柄木弔は犯罪者ですが………流石に殺害は………」
「すまない、私に組織の決定に逆らうだけの力は無いんだ」
「………っ!」
ネズミ、根津は、この雄英の校長だ。
当然、相応の権力も持っている。
その校長ですら逆らえないという事実に、ヒーロー達はまたも驚愕した。
「だからこそ、せめて取れる対策は取っておきたいのさ」
「具体的に、対策と言うと?」
「彼が生徒達に与えうる悪影響を、如何にして減らすか、が目先の問題さ。
会議は続く。
その日、ヒーロー達の表情が優れる事は無かった。