1.
夢を、見ている。
目は確かに閉じている。瞼は閉じたままだ。なのに私は、こうして何かを見ている。
何もない黒い空間。ただただ闇が続くその暗闇の中、二人の子供が話している。
片や、緑に黄色のシマが一本入ったシャツを着た中性的な子供。小綺麗な格好をしていて、成長期前の少年のような柔らかくも低い声をしている。子供は笑顔で何かを話しながらハンドジェスチャーを行ってみたりだとか、声に緩急をつけたりと、社交的な性格なのだとは思う。
片や、青に紫色のシマが二本入ったシャツを着た中性的な子供。塵や砂埃、土なんかにまみれていて、体にはあちこち鬱血痕やら打撲痕やら擦り傷やらが見える。
「お前の心は ゆがみ ひずみ 壊れている。
私には…
もはや お前の感情は 理解できない。」
子供が地を這うような声でそう言うと、彼女の背後で…何度か。何か、光のようなものが点滅を始めた。
子供は張り付けたような笑顔から一変し、ギョッとしたような人間味のある顔をして、彼女は前のめりになって転びかけ、恐る恐る振り返る。
彼女が振り返った方向には、巨大な『画面』があった。今まで白かったそれは何度も点滅を繰り返し、最終的に青い光を放った。パソコンがエラーを吐いたんだろうな。
エラーメッセージらしき反転した文字が映ってからほどなくして、その『画面』は消えた。
私が彼女たちに視線を移すと、二人は呆然としたまま立ち尽くしていた。
しばらくしてから、子供はまさに我に返ったという感じでハッとして、コホンと。ひとつ咳払いをした。
「パートナーはいなくなったが……まぁいい。…君の返答を聞かせてもらおうじゃないか。なぁ?平和主義者。」
びくり、と彼女の肩が跳ねる。意見を言おうとして…何も言えず、そのまま口を閉ざす。彼女は下唇を強く、強く噛んで黙り込む。血が出るまで噛みしめて、勢いよく前を向く。
「ぼくは、…ぼくは。もう、殺したくない。みんなといっしょに、同じ世界で生き続けたい。……もう、やり直したくないんだ…」
沈黙。何もないその空間で、耳が痛くなるほどの沈黙が続く。
やがて、子供のぽかんと間抜けに開かれた口の端が徐々に上がっていく。
「は。…は。はは、ははは、」
───
子供は弾かれたように大声で笑いだし、片手で目を覆う。もう片方の腕で腹を抱え、おかしくて堪らないと言わんばかりに笑い続ける。
彼女が体を強張らせることも、ナイフを握りしめることもどうでもいいと言わんばかりに笑い続ける。
体をくの字に曲げて、顔を覆うようにして堪えるような笑いを口から漏らして──
ふと、それが止まった。
「───よくも、まぁ。デカい口が叩けるようになったもんだな、
どろりと、何かが子供の目から、口から。真っ黒な液体のようなものが、溢れてこぼれる。
チョコレート色の瞳をおぞましいほどの赤に変えて、目を力強く見開きながら子供は淡々とした口調で続ける。
「やり直したくないだって?僕は前にも言ったはずだよ、フリスク。
お前は いつから 私に指図する立場になったのだ?…ってね。第一、やり直さなかったら平和な世界に行けるはずもないだろう。バカも休み休み言えよ。僕はジョークが嫌いなんだ。あのゴミ袋が吐くようなジョークは特にな。」
「………それは。」
フリスクと呼ばれた彼女が俯くのを見て、子供はそら見たことか!とわざとらしい口調で嘲りながら続ける。
「やり直すのにだって対価はいる。だけど君
「…キャラ、」
「その名前で呼ぶな。今は■■だ。」
───子供の笑顔が、初めて剥がれる。
キャラと呼ばれたそれは貼り付けたような笑顔を消し、心底不愉快そうにフリスクの言葉を遮った。ギチ、と歯軋りで不快な音を鳴らし、『画面』があった場所を見つめる。
「わからない?無意味なんだよ…何もかも。僕も君も、この世界のモンスターだって!!
我慢の限界だったのだろうか。キャラは段々と落ち着きをなくしていき、怨嗟と憎悪にまみれた叫びを吐き散らかしていった。
耐えても耐えても耐えても、終わりが見えない世界。一度ルートを完走したとしても、ゲームが終われば新しい
最初の数回なら我慢できたかもしれない。けど、五回、十回、百回、幾度となく虐殺の道を走らされ、同じセリフを言わされ。
ゲームだから、遊びだからとモンスターたちを殺していく人間たちの醜悪さを見せつけられるのは、人間を憎んでる彼/彼女からすれば、地獄以外の何物でもないのだろう。
膨れ上がった憎悪と鬱憤を爆発させるキャラ。
それを宥めようとしたり落ち着かせようとする
どれほどこの攻防が続いたのかはわからない。何分か、何時間か。本当は、ほんのちょっとの間の言い争いだったのかもしれない。けれど見ているだけの私には、とても長く感じられた。
最終的に、この話は決裂する。
「もういい、どうせアイツはいないんだ。とっととこの世界を消せよ、早く選択肢を選べ!!」
ずかずかと大股で近づいてくるキャラに、フリスクは今にも泣き出しそうな顔で『けさない』という選択肢を選んだ。
そしてキャラがそれを見て苛立ちに任せて、何かを叫ぼうとしたそのときに。
───異変が、起きた。
グリッチとノイズにまみれた、青緑の小さなハートが、二人の間に割って入るように出現したのだ。
ありえない、あってはならない、8つ目のタマシイ。【優しさ】とは何か違う、不気味なタマシイ。よく見ると、ノイズとグリッチで時々それは真っ二つになったり、一つに戻ったりを繰り返すが、中心にはまるで、砕ける直前のタマシイのような割れ目がある。
「なんだ、これ、」
困惑したようにキャラがつぶやく。しかしフリスクは、その得体のしれないタマシイをキャラに押し付け、対価はこれで払うと、だからやり直させてと叫ぶ。
フリスクは本来、[真の平和主義者ルート]で現れる人間だ。つまるところ、虐殺とは真逆の場所にいる人間。
彼女もキャラと同じように耐えてはいたが、地下の旅をしていたのは彼女だ。キャラよりも精神的な被害も多い。パニックを起こして錯乱しても仕方のない状況ではあった。
私はただ体を動かすことも出来ず、それをじっと何処からか見つめていた。
そしてやがて、二人も、この空間も、何もかもを塗りつぶすほどの白い光がそのタマシイから溢れて───
私は、目を覚ます。
*******
柔らかい感触と甘い花の匂いの中で、少女は目を覚ました。
「………着い、た?」
周りを見渡しても、何も見えない。
それはまぁ、そうだろうな。と彼女は頷く。一先ずは起き上がろう、と体を起こしたとき。
「あ”、い、いた、いたた、いたいたいたいたいたい…ッ!?」
体の節々が悲鳴を上げて、彼女は思わずそのまま花の上で体勢を崩すようにまた寝転ぶことになった。
どこかぶつけたのだろうか?それとも、落下したときにどこか骨折したとか?それとも、それよりももっと酷いことになっているのか?
………。
「ソウマ、早速で悪いけど、お願い。」
2分ほど思考した末、彼女はタマシイと化した半身を頼った。
数秒の沈黙を経て、キン、と。金色の花畑に、電子音にも似た音が響き渡り、少女が目を開く。
うおっまぶしっ、なんて呑気に目を手の甲で咄嗟に覆う彼女の瞳は、眩い青緑と、ゾッとするほど深い赤のオッドアイ。
「っこい、せ…いででで。な~~んでこんなに痛いんかね…、
……うーわ。う~~わ。あんなに高いとこから落っこちたらそりゃあ痛いに決まってるよ。ゲームで見たときはあーエグイなーくらいで済んだけど、こりゃ普通なら即死だ。」
痛みに悲鳴を上げる体を無視して起き上がり、地上がどれほど遠いのかを確認して、少女はひく。と口角を引きつらせる。苦笑いじゃ済まんぞこれは、とぼやきながら自身の体に異常がないかを確認していく。
手足を見て、鬱血痕がないか腫れていないか。手首足首を回して、痛みがないか、変な音はしないか。衣服や下着も捲り、
彼女はふう、と息をついて、首筋にかかる程度の長さを持つチョコレート色の髪をかきあげる。そのまま彼女と共に落ちてきたであろう、スクールバッグほどの大きさのポシェットを手繰り寄せ、私物の無事を確認する。
「ヘッドホン…壊れてない。イヤホン、電源コード…ちぎれてはないけど壊れてるかどうかわからない。ノート…はちょっとヨレてるけど無事。ペンケースも。あ服も入ってる。よかった~、このマフラーソウマのだし、ヘアピンも母さんの分だから着るの楽しみにしてたんだよね~。
スマホ…え嘘、あの高さから落ちといてガチで割れてないの?こっわ…絶対これ花畑以外になんか無事だった理由あるじゃん。
……もしかして、戦争の時に張られたバリアが『人間が張ったもの』だから、人間がもしここに落ちてきても死なないようになってるとか…?」
少女はそのまま呟いた内容を忘れぬよう、即座にノートを開き、ペンで何かを書き込んでいく。起きる前に見ていた不可思議な夢のことはもうとっくに忘れて、書き込んだ内容に矛盾がないか確認するように呟いている。
───彼女の名は降原ユウキ。
本来この地下世界を救う【ニンゲン】、フリスクの娘であり、本来この世界に存在するはずがないバグの化身。