字数が多すぎて一旦切ることにしました。徹夜続きキッツ…
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母さんは食いしん坊で、すごく可愛い人だった。
一人でお使いに行かせると、すぐ食欲に負けて大量のおやつを買ってきてしまうような人だった。
味噌を買ってきてねと言ったのに、なぜかその帰りにドーナツ屋で二十個もドーナツを買ってしまうような人だった。
彼女は大食らいだったし、なんなら全部一人で食べれたのかもしれないけれど、いつもいつも、私たち三人で食べるには多すぎる量を買ってくるものだから、その場で正座させて叱ったことが何度あったか。
『だって、二人といっしょに食べたかったんだもん…』
最後はいつも決まって頬を膨らませて拗ねる母さんを見て、仕方ないと笑って許すのがお決まり。
私たちにとって母さんは母というよりも、可愛い姉のような人だった。
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「体調は?」
「すこぶる普通。心配しないでよ、今は平気。」
「……ならいいけど。」
カッ、カツ、カツン、と杖で地面を叩きながら軽やかに歩く。
枯れ木のある庭…通称エリア23を出たあたりから喉のつっかえが取れて、喉を抑えてひゅうひゅう言いながら歩く必要はなくなった。
「さっきの何?」
「さっきのどれ?」
「体調不良のやつ。すごい顔色悪くなって体が冷えてた。」
「フラッシュバックじゃないの?知らんけど。」
「びっくりするほど
「え~~~♡?だり。」
にこ!とかわゆく笑いながらそう言うとべちんと軽いビンタを受けてしまったので、仕返しにノールックで顔面を軽く掌ではたいておいた。
しかしまぁ長生きな分彼の方が一枚上手だ。私がはたくのとほぼ同時に腹と背中にぐるりと蔦を回され、思いっきり絞められて背筋を強制的に伸ばされた。ぐえっ!と可愛くない声が口から飛び出るのと同時に肩甲骨と肋骨、腰骨からも笑えないタイプの音が出てあからさまに引かれた。ほっとけや。
「
「クソメンドぉ。知らね~~~よ腐れボンボンが…育ちのいい王子サマやってンなよぉ……あッてめバカ、おいやめろ、内臓出るだろが。」
「あれれ?ユウキ~、レディってどこの誰のことを言ってたの?ボクが今見えるのは、とてもレディとは思えないゴミみたいな言語で喋るブサイクなんだけどなぁ。」
「お前こそゴミみたいな言語で喋るカス花なンだし人のこと言えねェだろがよ。あと私は母さん譲りの可愛い顔してンだよ捻り潰すぞカス花コラ。」
「うわあ本当にコイツ本音出すと口悪い…」
そんなこんなでじゃれてる間にも景色は変わっていく。
ディスプレイ越しでしか見ることがなかった、古めかしいパープルの壁。陽光を浴びてる訳でもないのに、そこらじゅうに生えてる鮮やかな若緑の蔦。
壁に近寄ってぺたぺたと掌で触ってみたり杖でつついたりしてみても何も起きない。フラウィに何をしてるんだかと呆れられながら、そのまま壁に手をくっつけたまま歩くなどと小学生らしいことして歩みを続けた。すぐ飽きたけど。
煉瓦?それとも何か別の素材だろうか。ドットで描かれていた景色をこの目で見るのは意外と楽しいもので、なんだか観光地にでも訪れているような気分になった。
話を聞いてもらえないと嘆くフロギーがいるエリアを通過しても何もいなくて、なんだかつまらないと思った。コツン、とつま先で看板を蹴って遊んだところで何か変わるわけでもなし、先を急ぐ。
(もちろん、ついさっきデザートまで食べて満腹なため、エリア15のスパイダースイーツ即売会に行く気にはなれなかった。)
「パズルは全部解かれてるんだ?てか人っ子一人…や、モンスターっ子一匹?いないじゃん。スリルないなあ、つまんね。」
「モンスターも元女王のあのおばさんには逆らえないし、多分みんな家にいるんだろうね。いつもならいるフロギーがいない。」
「うわッ、本物のネズミの穴だ。チーズへばりついてる…」
「毎回思うけどなんで皿を用意しないの?お誕生日パーティ用の紙皿の余りくらいあるだろ…」
「やだフラウィちゃんって誕生日に”お”をつける派なの?かわいー。」
「殺すぞ。」
「罵倒のボキャブラリー増やして出直しな。」
エリア13では見たところ喋る岩のオッサンは寝ていたらしい…というかガッツリいびきかいてたな…ので、下手に面倒事を起こさないように黙って通り過ぎた。
大きな落ち葉のパズルは普通にあのクッション材のようで違ってそうな何かに飛び込んだ。
それにこの一見普通に見える落ち葉の山もすごい。結構高いところから落ちたはずなのに尻から落ちても痛くない。ステータスを何度確認してもHP減ってないし。
あーあ、予告でいいからメイアビのアニメ見てみたかったなあ。絶対アニメ化されるってソウマと言い合いしてたし。
とぼんやりしながらフラウィの話に相槌を打つ。
アルフィスの話を聞いてて色々と覚えたのであろうフラウィが言うには、なんだかんだで地下に流れ着くゴミ山から見れるアニメにも限度があるらしく、(この世界での)アメリカでは90年代から女児でお馴染みの『キスキスキューティみゅうみゅう』と、一話か二話しか発見されてないパワーパフガールズ(不人気)くらいしかないらしい、とか。
ちなみに私的には安っぽいホテルのテレビでカートゥーンチャンネル付けたら大体ガールズの方が見ること多かったしガールズが好きである。
と、このように無駄に長い廊下を通りながらべらべらとどうでもいい会話を続け、私が落ちてきた花畑までの道を進んでいく。
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───そもそも私たちが何故こんな面倒なことを行っているか。
ハッキリ言ってしまえば、私が立てた仮説が真実味を帯びて来たのでそれが怖いから慎重に行動してるだけである。
"だけ"と言っても、正直笑えないタイプの仮説だ。
単刀直入に言えば、この世界はゲームである。【Undertale】というゲームを基盤にして続いてる世界だ。
そのゲームの中に原因不明のバグが発生して『現実的な要素』があちこちに生まれてるのが現状。そしてその最たる例が私とソウマ。
確かに私と弟はバグの化身とも言えるような存在だ。その気になれば物語の本筋を無視してしっちゃかめっちゃかに動くことも出来るだろう。
しかしよく考えてみろ。母さんの発言からしてこの世界が数字と無数のデータファイルで構成されたゲームの世界だというのは確定してる。
ならば私たちはバグだ。この世界に発生したバグなのだ。比喩ではなく、コンピュータウイルスに似た何かなのかもしれない。
物語の本筋から大きく脱線して、呆気なく排除されたらどうなる?わからない。
プレイヤー、或いはそれと同等の上位存在が現れたらどうなる?わからない。
下手を打ちハッカーエンドに飛ばされてしまったら?わからない。何もかもがわからないのだ。あまりにも危険すぎる。
一番安全なのは『イベントが起こらないにしろ、本来のゲームの進行通りに進んだ』という事実を作ることだ。
多少ズレていても、キチンとゲームのルールの中で動いていればこの世界から弾き出されて無の海なり不要なデータのゴミ箱に行かなくて済む。……はずだ。
考えすぎだと言われればそれだけで済むけど、これがもし合っていたら酷い目どころではないのだから、慎重に動きたいところだ。
「……に、しても。ねぇ。」
「?……あぁ、地下に落ちてきたときの日付と今の日付がズレてるって話?」
「そそ。いやあ、実を言うと心当たりが欠片もないのよ。」
そう。現在は
私がイビト山に登ったのは2015年、9月2日、台風が来ると予報されてた日だ。ちょうど秋といった感じの肌寒さと山の彩りが灰と青がかった曇天と雨風で台無しになっていたのは覚えてる。唯一いいなと思えたのは雨特有のあの甘いようなしんみりするような匂いだ。なんだっけ。カビの匂いだっけ。そう考えるとものすごく嫌だな。
「タイフウって何?」
「ハリケーン。」
「本で読んだことしかないからわかんない。」
「ココそもそも天気って概念ないもんね~~。被害で言ったらわかりやすいかな?」
「被害って?」
「
「地上ってそんなことあるの??」
「
「なんだよ災害大国って…」
「コアが壊れないにしろ、スノーディンの木が風に薙ぎ倒されて建物が軒並み崩れて壊れて、ワンチャンウォーターフェルの水が溢れたりして復興にものすごく時間がかかるような状態になる。」
「魔境なの?」
「失敬な。魔境だけど世界でもトップレベルで平和なんだぞう。何百年かあとには沈んでる説聞いたけど。」
首に蔦を引っ掛けてたフラウィが無言で距離を取った。ひでえ、と笑うと怖いんだよと頭を叩かれた。いやん。
「そもそもなんでそんな酷い天気で外に出たんだよ。死んじゃうだろ。」
「…ウーン。」
「何?またはぐらかす気?」
「そ~~う…じゃないかな。なんだろね、説明が難しいや。」
「……あとで説明するんだろうな。」
「するよお。」
「じゃあ行こう。時間がもったいないし。ほら早く、出発!」
はあい、と返事しながら立ち上がり、パンパン、と軽く服をはたく。
土を払ってくるりと踵を返し、そのまま花畑のあるエリア1を後にした。
********
「じゃ、ここから見ていくか。」
本来のゲームの進行に合わせて道を進んでいくと、当然最初のセーブポイントがあるエリア3…いせきの入り口に辿り着く。フロギーと遭遇するエリア7はここから少し距離があるので
キン、と無機質な音を響かせて数秒。突然目に飛び込んでくる景色と光に目を馴染ませるために何度か
違和感の正体はわりとすぐわかった。
「あ。」と、間抜けな音が口から漏れた。
「…どうしたの?黙ってないでなんか言ったらどうなんだよ。」
「いや、ない。」
「…?何が。」
「セーブポイント。ない。」
「はっ!!?」
「ない、マジでない。」
唖然として二人で落ち葉の山の目の前を凝視してしまう。どうすんだよと頭を軽くはたかれるが、それどころではない。
セーブポイントがないということは、確実に生き返るという確証がない。生き返ったとしてもちゃんと死ぬ前に戻るのか、どこまで巻き戻るのか、そもそもちゃんと時間が巻き戻るか。何もわからない。
「………やべ~~。どうする?フラウィちゃん。」
「ちゃんはやめろ。…どうするって、どうにも出来ないだろ。考えるくらいしか。」
「考えても仕方ないしねえ。」
ソウマから伝わる感情は戸惑い、困惑に似た感情だ。
もしかしたらこの子にはセーブポイントの光(星?)が見えているのかもしれないが、今のところそれを確認するための意思疎通もできない。
ここでどうするか、と問われれば、当然。
「保留ね。」
「保留だな。」
保留である。
********
モンスター飴があるというエリア9にやってきたはいい、が。
「…いるのに誰もいなくない?見られてる感じはすごいんだけど。」
「まぁモンスターって基本単純でバカだから好奇心も強いからね。」
「辛辣ゥ~~~~。」
針山があるエリア7を過ぎた辺りから妙に視線を感じる。悪意があるわけではなさそう。
悪意のある視線というか、自分を嫌いな人がジッとこっち見るときは気持ち悪くなるというか、居心地が悪くなる。
完全に余談だが、この世界は
そのせいか、視線なんかに込められた悪感情には自然と敏感になってしまう。
漫画でよくある『背中に目ついてんのかレベルで視線とか殺気を感じちゃう主人公』は嫌いだったんだけども、なんとなく彼らの気持ちがわかった。
ナザールボンジュウというものがある。トルコのお守りだ。一度だけ出店で見たことがあるけれど、青が本当に綺麗な丸いお守りだ。
かの地方では『邪視』というものが悪魔なり
何気なく目を向けた物に不運を与えるジンクスとされたり、 嫉妬とか羨望とかの眼差しを邪視と言う。それだけで忌むべきものなのだ。
邪視に晒されると呪いを受ける、邪視に見られると運を落とす、不幸になる、ともかく見られることを避けなければならない。
邪視とは『どこからか自分を視る目』といった人がいた。なるほどその通り、悪意がなくとも『好奇心に塗れた邪視』とはなかなか面倒なものだ。
漠然とした羨望と違い、明確な好奇は確たる憎悪と同じで対象が確定している。ざっくりと言ってしまえば邪視を向けたてきた人の感情で自分が不幸になるのだから。
それはさておき。
「飴もーらい。お花ちゃんいる?」
「ちゃんはやめろって。いる。」
無駄に古めかしくて
いせきの紫より少し明るいパープル、キュートなローズピンク、目に優しいイエロー、すっきりとした色のブルー。
どれも同じ味らしいので、私はブルー、フラウィにはピンクの包装の飴を選んで部屋を後にした。
本来フロギーがいる位置の壁に背を預けて寄りかかって、杖をそのまま立て掛ける。さすがに飴の包装を取ってあげた方がいいのかと思い右肩を軽く見やると、蔦を使って器用に包装を剥がしてくしゃっと潰していた。ゴミは受け取って自分のポッケに突っ込んでおいてあげた。ポイ捨てしない私はえらいなあ。
0.5cmから2cmほどの大きな飴玉を丁寧に包装から取り出して、ころころと掌で転がしたり人差し指でつついたりしてみる。
いやデカいな?アメリカクオリティです!と言わんばかりのサイズじゃん。小梅ちゃんキャンディの大玉みたいな大きさじゃん?しかもグレープ味です!みたいな色してるのに無臭ってどういうことだよ。怖いんだけど。なんの味か全く予想着かないんだけど。
ハッカ飴とは違った独特の風味って言われるとちょっと怖いんだよなあ。仮にも可愛い
そんなことを思いながらほいと口に入れて転がした。
…。
……。
………。
「え、なん…ナニコレ。え?焦げた砂糖じゃん。まってなんか塩飴っぽさも混ざってる。なにこれ。」
「モンスターキャンディ。」
「正論!!正論だけどそれ求めてなかった!!まって本当になんだこれ、焦げた砂糖に塩混ぜたの??おい、美味しいけどさあ!?」
「?普通の甘さだろ。何言ってんの?」
「うっそだろオイゲロ甘いよコレ。日本がグルメ大国だから舌が肥えてるのは自覚してるけど、え?甘すぎじゃない??」
断言する、アメリカとイギリスのお菓子事情は狂ってる。
「ところでマネキン素通りしたけどいいの?」
「アレに関しては何もわかんないからいい。」
地下世界においてのマネキン人形の概念って、全日本意味不明UMA的物体披露大会気まずさ部門大賞受賞作品に選ばれてもいいと思うのよね。
つまるところ考察するだけ無駄。私は宇宙を見たくて地下に来たんじゃない。
********
エリア12、大きな落ち葉のパズルの部屋だ。
ここ正直難しいんだよなあ。だって、花畑に行くときは楽だけど如何せん帰りが面倒だ。当たり前だけど、ゲームの
「てかまじでこのパズル私と相性悪くね?壁伝って歩けたら楽勝だけど曲がるじゃんココ。」
「いや、そんなことはないだろ。まっすぐ歩いた後に二回曲がるだけでしょ?簡単だよ。」
「お~~~っとここでフラウィ選手さも当然のような表情で自信満々にEASYと言ってのけたァ!!流石はすべての本を読み漁りすべての本を燃やした男!!いよっ、全世界の本愛好家を敵に回した花!!」
「は?」
「何言ってんだコイツと言わんばかりの表情も実に
「いや本当に何言ってるんだオマエ。」
「解説のソウマさん、いかがでしょうか!」
愉快で楽しい、くすぐったくてつい笑い出してしまったというような感情が伝わる。受け取ってるだけのこっちが笑顔になってしまうような可愛らしい感情。
ウーン100点!私の弟はいつだってプリチーだ。
「いーい?このパズルはこうやってまずあの向こうの壁まで歩いて行って、」
呆れるフラウィ…コホン。フラウィ選手が言うように杖を邪魔にならないよう片手で持って歩き、問題の曲がり角にやってきた。
まずはそのまま壁を突き当たって左を向いて4歩進み、杖で地面の柔らかい部分を探して、
「「あっ」」
普通にアウトだったらしい。杖で突っつくのも反則だったのだろうか?
落ちて落ち葉の山にそのまま尻もちをついた。ひゅるるるる、とちょっと間抜けな効果音が聞こえたような気がしなくもなかった。
フラウィがツンとそっぽを向いて、大変
…………。
………。
……。
…。
「パズルマスターフラウィ選手、今のお気持ちをどうぞ。」
「絞め殺してやろうか?」
盛大に鼻で笑ってしまった。
*実況のユウキさんモード、面白くて俺すげえ好きだなあ.
*姉ちゃん姉ちゃん、俺も今度実況さんしたい!
「あれっ!」
「フラちゃんどったん。」
「………おばけだ。」
「まじ??」
素直に「ここに来てか?」とぼやいてしまった。だってここに来るまで本当に誰にも会わなかったんだもの。あまりにも誰も来ないものだからソウマの出番だってなくて拍子抜けしてたくらい。見てばっかりってつまらんくない?エンカウントしよう?と思わなくもなかった。
というかマジでぐーぐーって口に出して言ってるんだなあこのおばけ。
エリア15。進行方向が三つあり、一見二つの部屋に分かれているだけの小規模な部屋のエリアだ。スパイダースイーツ即売会、初の中ボスであるナプスタブルークがいる。
一つは元来た道。後ろに戻ればいいだけだ。一つは真っすぐ行った先にあるスパイダースイーツ即売会。是非とも行ってみたい、確実においしいから。そして左には本来の進行方向。
ナプスタブルークはエリアの真ん中の落ち葉山の上で寝たフリをするおばけのモンスターだ。種族に関してはおばけなり幽霊なりゴーストなり色々あるが、まぁおばけでいいだろう。
そんな振り返りはさておき。
「どうするよ。」
「起こすしかないだろ、起こさないと進まないんだから。」
「どっちが起こ、」
「お前。」
「即答じゃん。ソウマはどう思う~?」
小声でぼそぼそと議論していた結果、…私が起こした方がいいらしい。猫を被るのが上手いからだとか、敬語ができるからだとか、なんとか。お前も人のこと言えないだろ。
ぐいぐいポニーテールの結び目に顔を押し付けてくるのマジでやめてほしい、うなじがこそばゆいしかゆいんだから。
聞こえない程度に浅く息を吐き出して、そのまましゃがんで口角を上げてニコリと笑顔を浮かべる。
「すみません、おばけさん。少しお時間よろしい、…です、か。」
*ナプスタブルークが やってきた!
*おれコイツのこと好き!曲がかっけーんだ!
「…フラウィ、どう思う?」
「……なんかカッコいいからムカつく。」
「ムカつかないけど、いい音楽なのは確かだよね。ジャズアレンジとか聞いてみたいかも。」
目の前で
オレンジ色の文字がそのまま浮かんでるだけにしか見えない選択肢が四つ。目の前には謎のデカい白枠に浮かぶ文字。学校の放送で聞くようなくぐもった声は多分母さんの声だろう。声は高いし自信なさげな喋り方だけどたぶん母さん。
少し顔を上に向けると見えるナプスタブルークの姿を見てにこ…、と口角を上げたままつい目を細めてしまう。
潤む目しょんぼりとした姿がキュートだし、声変わり前の少年のようなぽそぽそとしたウィスパーボイスも素敵だ。この可愛らしいフォルムでDJというギャップが堪らなく好きなソウマのためにサインを貰いたいところだが一つ言わせてほしい。
「話しかけただけで戦闘になるとか誰も想像してないやん??」
無理やり退かしてもないのになんでバトルに入る??話しかけただけでバトル突入とか王道RPGじゃないんだからそんな展開なんて予想してないだろバカタレ。変な口調になっちゃっただろ。
心の中で一人百面相してる私の顔は現在進行形で確実に死んでいたと断言できる。なんなんだろう。今いせきで落ちてきた人間にチベットスナギツネみたいな顔をさせよう大会でも開催されてるんだろうか。切実にやめてくれよ。
「…………取り敢えず【こうどう】しとくかー…」
「取り敢えずというかそれしかないだろ。何?頭空っぽなの?」
「絶賛頭空っぽにしてるところですだヨ~~~。」
四つの選択肢の中からこうどうをバシンと強めに叩いて黄色くすると白枠の中に文字が浮かび上がり、取れるアクションの一覧が表示された。
なぜか時々選択肢にグリッチが入って英語になってみたり日本語になってみたりと面倒なことになっているけど、まぁ気にしたらキリがない。
決意を示す赤いタマシイの代わりに在るのは、黒と青緑で色が半分に分かれたタマシイ。恐らくこれは私とソウマのタマシイだ。大方黒はタマシイを持たない私を示しているのだろう。嫌味か?捻り潰すぞ。
はて、Enterキーの代わりになる物はどれだろう。というかどうやって選ぶんだろうかこれ。
試しに≪はげます≫を右の人差し指で指すと、
「…あら?えうそヤダ待って。」
「どうしたの。…え、うわ。え??なになになに、なにこれ。」
まるでゲームで≪にげる≫を選んだ時のようにタマシイにちいちゃい足がぴょこんと生えて、なんと自分で≪はげます≫の項目まで移動していった。
片割れから伝わる感情はどこか誇らしげで、褒めてくれてもいいんだよ、と言わんばかりに少し揺れる。むしろちょっと褒めてほしそうなのは気のせいではないだろう。
えっへん!と私の脳内で弟がかわゆい笑みを浮かべて胸を張った。
「カッッッッワイ、待って何?私の弟カワイイ!!えらいえらいえらい、えっなに姉ちゃんのお手伝いしてくれたのっ?ソウマはすごいねぇ~~~~♡」
「ウワ気持ち悪ッ…」
「私の弟のどこが気持ち悪いんじゃ言ってみろ貴様捻り潰すぞカス花。」
「気持ち悪いのはお前だよそんな変な声出すなよ変な寒気が走るから!!」
ピッ、ともピロン、ともつかない効果音が響いた。
*ナプスタブルークに がまんづよくほほえみかけた。
くぐもった少女の声と同時に白枠にテキストが表示され、それを合図にフラウィと同時に渾身の可愛らしい笑顔を浮かべて見せた。
フラウィが笑顔のままボソッと「あれボクがやる必要なくない?」とぼやいたがまぁヨシとしよう。フラウィの笑顔は値打ちが付かないほどに可愛らしいので。もちろん、ソウマの方が可愛いけれども。
「待って白枠の霊圧消えたんだけど。」
「は?」
「ゴメン地上の漫画のネタ。あ、透明の壁になってるだけなのね。」
『ハハ…』
俯いていたナプスタブルークがこっちが"微笑みかけてる"のに気づいたらしく、ゲームで見せる時とまったく同じ反応を返してきた。
ということは?と足元を見てみると、案の定灰色の文字が浮かび上がっていた。なんなら全力で揺れて自己主張してるところだった。
*ナプスタブルークは すこしだけ げんきになったようだ。
「なんだっけ、攻撃したりおどしたり、攻撃的なことすると攻撃が激しくなるというかたくさん涙が降ってくるんだよね。」
「なんでそんなこと知ってんだよお前…」
「昔動画投稿サイトで小ネタ集みたいなの見たんですう。」
あとソウマに教えてもらった、と心の中で付け加えながらこうどうを選択する。
私が何も言わなくてもぴょんこと跳ねて≪はげます≫を選択してくれる最高にキュートな片割れを見るとつい笑顔になってしまう。天使だから仕方ないんだけども。
*ナプスタブルークに ちょっとした じょうだんを いった。
「ふむ。…あ、いいの思いついた。」
「なんかすっごい嫌な予感してきた。」
「おばけさん、ちょっとジョークの相手をお願いしてもいいですか?」
「ボクは何も言わないからな。」
『あ…えっト……いいヨ…』
許可を貰えたので、早速あの骨男も使ったド定番ジョークを口にした。
「"
『えっト……"どちらさマ"…?』
「"カヌーです"!」
『うーン…"どちらのカヌーさん…?"』
「うふふ。"宿題を手伝ってくれないカヌー?"」
「ほら出たも~~~~~。」
「うはは。」
よくあるノックノックジョークである。
ノックノックジョークとは、その名の通りノックへの受け答えをネタにする定番アメリカンジョークだ。
初めの"Knock, knock(コンコン)"、"Who’s there?(どちら様?)"は固定で、その返答によって気の利いたジョークを作るものだ。わりと映画のシーンでも使われることが多い。
今回は発音が似ている"canoe(カヌー)"と"can you(キャンユー)"をかけてみた。即席で考えたとはいえ中々面白いとは思う。
これをアメリカでやると大体通じるんだよなあ。
文化の違いもあるけど、フランクで隣人を愛す彼らは意外とツボが浅いから意味が分からなくてもネタ晴らしすると手を叩いて大笑いしてくれる。
『ハハハ…』
セリフだけ見るとかなりスベったように思えるけど、最後の方声がほんの少し震えたので結構ウケたみたいだ。私の勝ちだな、と少々ガッツポーズを決めたくなった。
にしてもここまでメランコリックだと純粋に生きるの大変そうだなあこの子。人間で言うと歳ってどれくらいなんだろ。
なんて思いながらふと上を見ると、大粒の酸の雨が私たちめがけて降ってきているところだった。
「げェッ!!?」
「走れ走れ走れ!!」
「フラウィちょ背中上見てどこから来るか言ってェ!」
「もうやってる黙って走れボクが焦げるからホラ右に曲がれ右!!!」
「あ"ッづァ"?!??」
思わず腹の底から可愛くない声を出してしまったがフラウィの言うとおりに酸の涙の隙間を縫うようにジグザグ走り回る。しかし初動が遅れたのが良くなかったのか、一粒ぽちゃっと右手の甲に落ちた。ジュッ、と肉が焼ける音と酸特有の異臭がしたのと同時に激痛が走って涙が出た。
え…?何…?こわ。いやこわい普通に痛い。揚げ物してるときに油跳ねたくらいのレベルならまだしもわりかし大粒だし冷やすための氷もないし、えっ痛い。なに母さんこんなのに当たりまくってたの?なんでムカつかないの?聖人じゃん。聖人という名のバカじゃん。
と内心百面相しながら手の甲にふー、ふーと息を吹き付けて腕を摩る。HPも3しか削れてないから大した傷ではないし水ぶくれ程度で済むだろうけど、手の甲って地味に痛いんだよな。地味に。
*ナプスタブルークを もうすこしだけ げんきづけることが できた。
「ドジ。」
「ごめんて。」
流れるようにこうどうから≪はげます≫を選択し、ご機嫌取りをするように軽くフラウィの花弁を撫でようとした…が、普通に蔦ではたかれた。
ウーン、どうにもいけない。肝心なところでぼーっとしてしまう
*ナプスタブルークは なにかを みせたい ようだ。
『ちょっとみてて…』
と言う彼に注目すると、流れ出た涙がふうわりと浮かんでそのまま彼の頭上に登って、可愛らしいシルクハットを作り出していった。
実際に見てみると、なんだか雨が空に登っていくような不思議な光景だった。知識では知っていても、実際に見るのとではこんなにも違うんだなあ、とつい口角が上げてしまう。
地上で見るようなマジックではなく、文字通りのリアルマジックなのだ。楽しくならない方がおかしい。
『「ヒヤリハット」っていうんダ。どウ…?おもしろイ…?』
*ナプスタブルークは わくわくしながら はんのうを まっている。
そわそわとした様子で返事を待つ彼に少し笑みがこぼれてしまうが、正直、私よりも面白いと言ってはしゃいでるのは弟なんだよなあ。
明らかに今「ダサい」と言って鼻で笑おうとしたフラウィの顔を片手で塞いで黙らせながらもう一度≪はげます≫と、彼の『ええ…』という一言と共に白黒の世界が暗転して急に明るくなった。
「いつもネ…誰にも会いたくないカラ、このいせきにいるんだけどネ……でも…今日はネ、いいヒトに出会っちゃっタ…」
ゲームで見た通りのテンプレートのような言葉ではあるものの、声のトーンや喋り方から、彼は本当に親切な誰かと会えて嬉しいと感じているのだろう。
いえいえとんでもない、と愛想笑いを浮かべながら彼の話に相槌を打ってはいるが、なんとなく自分が母さんの友達を奪っているような気がして吐き気がする。あの仮説さえなければとっとと手紙を渡して逃げていたというのに。
「…邪魔だよネ。いま、どくネ。」
「おばけさん。これをどうぞ。」
間髪入れずにポケットから古ぼけた白い封筒に入った手紙を一通取り出して、彼に手渡す。戸惑いながら受け取り、困ったように私を見ながら「えっト…これハ…?」と尋ねる彼の質問に答えず、ただにこりと笑って見せる。
「お家に帰ったら、開けてみてください。母が、お世話になりました。」
そうして彼は、困惑したような声を出して、音もなく消えてった。
「…さて帰るか。」
「はっ?え、もう?」
「収穫はあったし上々。」
「ちなみにナプスタブルークって性別ないらしいね。」
「え???噓でしょ?????」
「本当。」
*You win!
*0EXPと0ゴールドを かくとく!
地下の食べ物事情(幻覚)で読者の皆様に飯テロするのが夢です