のっけから開幕RPGです!
プロローグ THAT 〜"あれ"が見えたら終わり〜
ある男の執務室の扉の脇で、その女はまるで守衛のように立っていた。
まさに容姿端麗、例えるなら…あー、ベタな例えだが、ミロのヴィーナスみたいな美しさすら感じられる。
ただ、その双丘はあの彫刻よりも破壊力があり、彼女の性格とも相まって時折執務の障害とも成り得てしまうことだろう。
マラソンを走っている時に、ドリンクバーを見るようなもの。あるいは断食をしている目の前で、ロブスターとキャビアを食べられるようなもの。
彼女の名は『セントルイス』。
執務室の使用者よりも高身長な彼女は、その男がやってくるなり笑顔を向ける。
「指揮官君、おはよう♪」
男の容姿は彼女とは正反対と言っても良かった。
低身長で、小肥りしていて、趣味の悪い装飾が目立つ。
もっともこの場合の趣味の悪さとは1980年代のパンクロック的な意味ではなく、遥か昔に取り残されたような、まるでテューダー朝時代のような装飾のことだが。
「ああ、おはよう」
男の返事に愛想はない。
もう若者とは言えない年齢で、この時間帯に起きている事すら苦痛でしかない。
彼は70年前にオーストリア人のある有名な人物がよくやったように、右手を肩の上まで挙げて挨拶を返すと、部屋の前へ立つ。
彼の自宅からここまで付き添って来たメイド服姿の女性が、完璧に丁寧な動作で扉を開けた。
部屋の中には2名の先客がいた。
1人は白い軍服を身に纏い、銀に輝く頭髪の下にゴールドコーストの海のように蒼い目を覗かせている。書類と簿冊を両手に持ち、今まさに到着した男のために運んで来たところだった。
もう1人は灰色の髪に暗褐色の目をした女性で、右手にティーポット、左にマカロンの載った皿を持っていた。朝のカフェインと砂糖は何より不可欠だからだ。
2人は男が入室するなり、持っている物を置いて、履いている軍靴でまるで鞭でも打っているのかと思うような音を立てながら気をつけをして敬礼した。
廊下にいたセントルイスに勝るとも劣らない容姿のレディーが怒号のような声で挨拶の言葉を張り上げる前に、男は先程と同じ動作を行う。
彼はこの動作を『敬礼省略』の意味として使っていた。
この動作はあのオーストリア人が最初に考えついたのではなく、あるイタリア人を真似たものだと言うことを彼女達は知っているだろうかと考えながら、彼は普段執務を行う机の、その目の前に向かい合って配置してある2つのソファーにレディー達を促す。
今では、4人の貴婦人が彼の執務室にいた。
普段から任務だけではなく、彼の身の回りのこともやってくれるし、手助けもしてくれる信頼の置ける女性達だ。
廊下で指揮官を待ち受けていたセントルイスに加え、書類と簿冊を持ってきてくれたのは『ティルピッツ 』、マカロンは『ダンケルク』、そしてメイド服は『ベルファスト』。
何か大事な物事が伝えられるのは間違いないと、彼女達全員が思っていた。
彼女達はそれぞれが重要な役割を与えられていて、大抵の場合、大きな作戦の前には集められる。
今回もそのような関係の云々が伝えられる事だろう。
肝心のその男は、ダンケルクの紅茶を一口飲んでいた。
ティーカップを一先ず机に置いて、視線を感じたその先を見ると、暗褐色の目がこちらに問いかけている。
(お味はいかがでしょう?)
(今日もばっちし!)
視線で受けた質問を視線で返すと、男はふぅーっと一呼吸置いて、ようやく口を開いた。
それは、疲れた男の声だった。
驚くほど低音で、オクタヴィストかと思えるような、低い低い響く声色。
寝起きからようやく目覚めて、カフェインによって冴えた頭が、ようやく今日、この日、この時、彼女達に伝えなければならないと思っていた一言を絞り出したのだ。
「ばー、ぶぅ」
彼女達はまるでスクランブルを受けたパイロットのように素早く行動を起こす。
セントルイスがガラガラを、ティルピッツが哺乳瓶を、ダンケルクが紙でできた下着を、そしてベルファストが乳酸菌飲料をどこからともなく取り出した。
1941年のバルバロッサ作戦再来かと思えるほどのスピード感で、まずティルピッツが体重72kgの男を抱え込み、ベルファストが乳酸菌飲料をティルピッツの持つ哺乳瓶に入れ、セントルイスがガラガラを鳴らして、ダンケルクが配置につく!
そして一斉に"それ"が始まった!
「は〜い、よちよち!良い子でちゅねえ!」
「ご飯でちゅよ〜、お口を開けてくだちゃーい」
「お歌が良いでちゅかぁ?それともおもちゃが良いでちゅかぁ?」
「パン●ースしましょうねえ〜」
執務室の扉は閉じられていたハズだが、少しばかり開いていた事には誰も気がつかなかった。
その隙間から1人の女の子が覗き、オクタヴィストのように響く「だぁだぁ!キャッキャッ!」という声を聞きながら、ため息をついていた事にも、勿論誰も気づいていない。
少女は自身の指揮官たる男の様子を見て、自らの認識が正しかったことを確信した。
「はあぁ〜、やっぱダメだにゃ、あの指揮官」