バブールレーン   作:ペニーボイス

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ゴートの簒奪者達

 

 

 

 

 

()()()引き入れる意味、あった?」

 

 

 コィバ産の最高級葉巻に火をつけながら、兄は妹に問いただした。

 この葉巻は元々あるロイヤル海軍大将の元へ届けられる予定の物だったのだが、先月その輸送途中を襲われて奪われたのである。

 

 奪った戦利品を楽しむ。

 17世紀にカリブの海で行われた海賊としての楽しみを、兄の方は今存分に味わっていた。

 妹も妹の方で、ブランデー片手にアイリス産のチョコレートを味わっている。

 

 

 

「ええ、意味はあった。アイツがいれば海軍の手段は筒抜け…マニュアルが足を生やして歩いているようなものよ?」

 

 

 妹の方はブランデーを一口やって、兄にそう返した。

 兄は葉巻をくゆらせ、妹の方へ歩みよる。

 物腰は優しく妹に接する兄のそれだったが、口調の方は少々厳しかった。

 

 

「本当にそう思うか?アイツに僕たちの本当の意図を気づかれないとでも?僕には…リスクとリターンが釣り合ってないように見える」

 

「勿論気づかれない。ふふふふっ。あの間抜けっぷりだもの、ちょっと同情してやっただけでまんまと堕ちた。この地下室の入り口は巧妙に偽装されてるし、あの阿保はここの事さえ気づきもしないでしょうね。」

 

「なら、あのメイドの方は?」

 

「…………」

 

 

 妹は少し押し黙ると、ブランデーを先ほどより多く口の中へと含む。

 今度の兄の懸念は、そう簡単に笑い飛ばせるものではないと気づいたからだ。

 

 

「メイド…カーリューとか言ったわね。たしかに少し厄介かもしれない。」

 

「カーリューは僕たちに心服したわけじゃない。あの阿保大佐がいるから付き随ってるだけだろう。」

 

「その通り。でも私たちがよりよくやっていくのなら、あのメイドの力が不可欠。今のところは、大佐を介してコントロールするしかないでしょうね。」

 

「艤装の問題もある。メイド単体じゃあ何の価値もない。」

 

「兄さん、少し落ち着いて…そう悲観的になる必要もないハズよ?とりあえず、今のところは大佐の手腕の様子見をしていても良いんじゃないかしら?」

 

「………今のところは急ぐ必要もなしか…。まあ、良い。ユスティア、お前がそう言うなら僕は信じるよ。」

 

「ありがとう、ポール兄さん。私たち、ヘスティングス兄妹の名をこの国中に轟かせましょう。誰もが私たちにひれ伏し、全てを差し出すように………」

 

 

 

 

 ヘスティングス家は代々ロイヤル海軍に多くの高級軍人を輩出してきた由緒ある家柄だった。

 だからセイレーンの脅威が初めて現れた時、殆どの者がその矢面に立たされたのだ。

 圧倒的なセイレーンの力を前に、ほぼ全員が命を落とし、彼ら兄妹の父親も例に漏れる事はなかった。

 

 ヘスティングス海軍准将が戦死した後、残された妻は2人の子供を養わなければならなくなる。

 だがその海軍准将の結婚は、決して親族に歓迎されるものではない貴賎結婚だったのだ。

 親族はことごとく未亡人を見放して、母親と2人の子供をヘスティングス家の屋敷から放り出した。

 まるでゴミのように。

 

 兄妹は自分達を追い出した叔父の言葉を、今も忘れる事が出来ない。

 兄に代わり新たなヘスティングス家の家長となった海軍准将の弟は、多額の賄賂で後方勤務に役職を得ていた。

 にも関わらず、戦死した准将の遺児に面と向かってこう言い捨てたのだ。

 

 

「兄貴は選択を誤ったが、俺は誤らん。」

 

 

 母方の実家もインフレーションに苦しんでいて、もう3人も口を増やす事には抵抗した。

 そして実家からさえも見捨てられた准将の妻は、ストレスで亡くなってしまう。

 残された子供たちにアテはなく、彼らは空腹と、寒さと、貧困と、疲れと、そして憎悪に震えながら日々をどうにか生き抜いた。

 

 何故勇敢な父親が死に、頭の腐った叔父が生きているのか。

 何故母親は死なねばならず、そして誰も助けなかったのか。

 兄妹の憎悪は臨界点に達し、2人はある結論に達する。

 

 

 "クズ共が平穏を謳歌するなら、私達だって謳歌してやる。金も、物も、何もかも、あのクズ共から奪えば良い。私達には知恵があり、そして他人を扇動できる。クズ共が私達を利用したなら、私達も他人を利用してやる!"

 

 

 

 兄妹が結論に達してから3日後、高等教育を受けた二人組に扇動されたスラム街の住人達の手によって、ヘスティングス家の屋敷は襲撃を受けた。

 

 過剰な警備とは裏腹に、警備員達の忠誠心はまるでなく、押し寄せる群衆を見て一目散に逃げ出したのだ。

 

 群衆は塀を壊し、門をこじ開け、窓を割り、そして予め屋敷の内部を知っていたかのように行動して内部を荒しまわり、食料、金品、武器弾薬を欲しいままにする。

 

 襲撃は勝手気ままなものではなく、明らかに何者かの指揮系統の元にあった。

 そして指揮系統を統括する者は、まるで何年もの間そこで暮らしていたかのように、警備員の質の低さや屋敷への抜け穴をことごとく知っていたのだ。

 どこに何があるか、何を奪うべきか、何が隠されているのか、まるで筒抜けだった。

 

 

 ある兄妹の叔父、バーナード・ヘスティングス海軍中佐が殺害されたのはその最中の事である。

 遺体は二本の斧でズタズタにされており、生きたまま長く長くいたぶられたようだ。

 彼の血で、遺体のすぐ側に書かれていたメッセージが後日警察により発見されたが、何の手がかりにもならなかった。

 

 

『彼は誤っていない。誤ったのはアンタの方だ。』

 

 

 

 被疑者が多すぎるせいで、警察はどうにもできない。

 どうやら頭のブチキレたスラムの住人が大挙して押し寄せ、あらゆるものを奪っていったとしか分からないのだ。

 誰が何をして、何を奪って、どこへ逃げたのか。

 証拠品が証拠品によって踏みにじられ、もう手のつけようがない。

 

 だから、取り敢えず、警察としては富裕層の各家庭に注意喚起する事にしたのだ。

 

 

「先日、ヘスティングス家が暴徒に襲撃され、数十万ドルの現金、食料庫の全て、警備員の拳銃15挺、散弾銃10挺とその弾薬、並びにバーナード・ヘスティングス氏のボート2隻が強奪されました。氏は暴徒に虐殺されておりますので、もう一度ご自宅の警備状況をご確認の上、不審な前兆がございましたら、お近くの署にご一報ください」と。

 

 

 賄賂で名高い海軍中佐バーナード・ヘスティングスのボートが、ある小さな輸送船の襲撃に使われたのはその一週間後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーナード・ヘスティングス氏が所有していたボートは、今は2挺の重機関銃を搭載し、57mm無反動砲M18を備えた凶悪な戦闘艇と化している。

 船主には元の持ち主を皮肉っているのか『簒奪者』なる文字が書かれていて、それがこのボートの名前になっていた。

 

『簒奪者』は今、MAS魚雷艇2隻と民生品ボート3隻を引き連れてある海域へと向かっている。

 その海域にはこれから富裕層向けの高級品を満載した貨物船が航行してくるはずで、『簒奪者』達はその船を襲うのだ。

 

 

 海賊船団の指揮を執っているのは、この『簒奪者』の船長でもある"ビッグレッド"と呼ばれる男で、その渾名の通り燃えるような赤毛が特徴の巨漢である。

 ビッグレッドはこれまで成功した11件の襲撃には全て関わっていて、部下達からの信望も厚い。

 前回失敗した12回目の襲撃には参加していなかったので、ヘスティングス兄妹傘下の海賊達は皆口を揃えて彼の不参加が失敗の原因と断定したほどだった。

 

 だから、今回この海賊行為に参加した者達は、襲撃の成功を確信していた。

 ビッグレッドに加えて、本物の職業軍人がアドバイザーとして参画しているのだから当然とも言えよう。

 

 その職業軍人と連絡を取るために、ビッグレッドは無線機に怒鳴り散らした。

 

 

「こちら"レッドワン"!アンタの言う航路じゃ、やはり遠回りじゃないのか!?」

 

『レッドワン、こちらのコードは"ホームベース"だぞ?』

 

「んな細けえこたぁいいんだよ!!」

 

『いいや、良くはない。無線傍受の可能性は低いが否定はできないからな。』

 

「そのためにこのややっこしいクソ無線機積んだんだろうが!」

 

『念には念をだ。さて、その航路に不満があるようだが…説明はしただろう?』

 

「んああ!!もし海軍に頭のキレるクソ野郎がいるなら、真っ直ぐ行く航路の先には予備の艦隊がいるんだろぉ!?でもよぉ!そこまで気ぃ張る必要あんのかよ!?」

 

『如何なる時もガサツはいけない。計画は細部まで詰めてこそだ。』

 

 

 

 

『簒奪者』でビッグレッドが無線機相手に怒鳴り散らしている時、その無線機の相手側では無精髭の元海軍大佐が海図を見ながら大男を宥めようとしていた。

 

 あの手の連中が綿密な計画とは縁がない事など百も承知だが、だからといって流されるわけにはいかない。

 そうでなければ自身がここにいる意味がないのだから。

 

 

 どうやらビッグレッドは不承不承ながら指示された航路を維持しているようだ。

 フォースターは海図の上に置くボートの駒を動かすと、少し満足げに頷く。

 よしよし、いいぞ。

 もし誰かさんが、我々の標的である貨物船に護衛を寄越しているとすれば、護衛にあたる可哀想なKANSEN達若しくは艦艇の乗組員達は大変な困難に直面する事になるだろう。

 

 だがまあ、仕方のない事だ。

 標的の貨物船は富裕層向けの高級品で溢れかえっていると言う。

 そんな私利私欲の塊のような船に、自らの都合で艦隊を派遣した指揮官が悪いのだ。

 誰だか知らんがいい気味だな、フォースターはそう思い軽く伸びをする。

 

 

「ご主人様、また無精髭が目立っていますよ?」

 

「…ん?あぁ、あぁ、すまん、カーリュー。」

 

「まったく…何度仰れば分かっていただける事やら…。お剃り致します。」

 

「あぁ、ありがとう。」

 

 

 カーリューは温かなお湯でシェービングクリームを泡だて、フォースターの無精髭の上に乗せていく。

 そしてゾーリンゲン製のカミソリを開いた時、彼女ははたと動きを止めてしまった。

 この品の良いカミソリを眺めた時、この品をくれた友人の顔が浮かび、そして、なんとなく胸騒ぎがしたのだ。

 

 

「どうした、カーリュー?」

 

「い、いえ、なんでもありません。」

 

 

 口ではそう言いつつも、頭ではこう思っていた。

 

(ああ、ベルファスト…どうか貴女の艦隊ではありませんように…)

 

 

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