ビッグレッド指揮下の海賊船団は、セイレーンと護衛艦隊の間の戦闘に乗じて貨物船に相当近づくことができた。
砲弾が飛び交う、まさに命がけの状況ではあるものの、ここまで来れば後はいつも通り上手くいくはずだ。
乗り込み、殺し、奪い尽くす。
海賊船団の誰もが、その手の経験は豊富だった。
今までの経験から、ビッグレッドは貨物船を2タイプに大別している。
一つ目は抵抗も何もせずに命乞いをしてくるタイプ。
これは非常にやりやすい。
こちらも弾薬を無駄に撒き散らす事はないし、お互いの身の安全を確保しあった状態で無事に帰れるのである。
二つ目のタイプは…少なくとも一つ目よりは格段に厄介で、故にビッグレッドはそういう連中が大嫌いだった。
そのタイプとは、全力で抵抗してくる相手である。
サブマシンガンで武装して乗り込んできた海賊相手に、ショットガンや拳銃で対抗を試みる連中。
積荷はどうせ自分達とは何の関係もない物の癖して、使命感とやらに取り憑かれて必死に守ろうとするのである。
撃ち合いに発展するとなると、ビッグレッドはいつも少しだけ悲しい気分になった。
いくら彼が海賊だとはいえ、彼個人は人殺しを楽しんでやるタイプの人間ではない。
できる事なら穏便に、そしてこちらの目的を果たせさえすればこの上なく幸せなのだ。
なのに相手が武器を取ってしまったら、ビッグレッドの理想の形にはまずならない。
向こうは何人かを失い、代わりにこちらも何人か失う事になる。
海賊船団の乗組員達はいずれもスラム街のゴミだめのような場所でお互いに助け合ってきた大切な仲間なのだ。
誰一人として無駄死にさせたくはない。
だから鉄血公国船籍の貨物船からMG42の射撃音を聞いたときは
ビッグレッドが拡声器で叫んだのにもかかわらず。
どうやら向こうはこちらの『抵抗しないなら決して危害を加えない』という呼びかけを嘘だと思っているか、或いはそんなの関係なしに義務感に取り憑かれてしまったらしい。
ビッグレッドは後から合流した2隻の高速艇を加え、計5隻を貨物船に接近させた。
相手が争いを望むなら仕方ない。
皆殺しにして、奪えるものを奪うしかなくなった。
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40年近く海運業界に携わっていれば、プライドを持つなという方に無理がある。
ギュンター・マンリッヘルのように海運業界で名声を得ているなら尚更のこと。
そんな彼のプライドからすれば海賊風情に大事な品物を明け渡すなど、もってのほかでしかなかった。
ビスマルク会長が自らの名を冠するフネを彼に託したのは、彼への期待に他ならない。
欧州財界で1・2を争う元KANSENの資産家が、彼のシーマンとしての腕を買い、鉄血・ロイヤル間貿易の最前線たる貨物船を任せたのである。
この栄誉を、この船を、あんな下劣で何の価値も持たないような海賊共に明け渡してなるものか!
実際にも、ビスマルク会長は思慮深い
この貨物船・びすまるく号には少数とはいえ戦闘のプロが載せられている。
彼らは旧政権時代に政党の軍隊に属していて、その経歴故に政権崩壊後は公職から追放されていた。
それはつまり、国軍に復帰する事もできず、磨かれた戦闘スキルをドブに捨てる他ない事を意味する。
ビスマルク会長は、そんな彼らを現役時代よりも高い給料で雇い入れたのである。
例えそれが、『鉄血国家党親衛隊』元メンバーによる暴動・クーデタを恐れる政府からの支援要請に応じたものであったとしても、彼らにとってビスマルク会長は神のような存在だと説明するには十分なものだった。
かつて国家元首に向けられた忠誠心は今はビスマルクに向けられ、彼らはビスマルクの利益を損ねんと画策する賊ども相手に一切の容赦をするつもりもない。
しかしながら、悲しい事に彼らは一個分隊ほどの勢力しかいなかった。
貨物船は本来人員を輸送する船ではないので、どんなに改装したとしても載せられる護衛要員の数はその程度なのである。
よって、びすまるく号の護衛は僅か10人でおおよそ50人近い海賊から貨物船を守る事になってしまったのだ。
「乗り込まれる前に叩きまくれ!ありったけの徹甲弾を叩き込むんだ!」
「
10名の精鋭部隊の指揮を執るのは壮年のベテラン軍曹で、彼は自身の分隊で最大の火力を誇るMG42機関銃に壮絶な射撃をさせている。
しかし、軍曹は毎分1200発の発射音を聞いてさえ、火力の不足を感じていた。
乗り込まれるまでに、こちら側の5倍の勢力を持つであろう海賊どもを一人でも多く減らしておく必要があるからだ。
更に言えば、一挺のMG42だけでは一方向しかカバーできない。
少なくとも、あと一挺は重機関銃が欲しいところだ。
分隊員の内の2人が、今大急ぎでMG34機関銃を武器庫から持ってきている。
連射持続性のなさから、あまり期待のできないZB26軽機関銃を勘定に入れればこれで3挺の機関銃が揃ったことにはなるが、高速で動き回る小型艇を見ていると不安は募るばかりだ。
軍曹は覚悟を決めた。
おそらく、海上で減らせる海賊の数は10人前後が良いところだろう。
だから乗り込まれる前提で物事を考えなければならないし、多勢に無勢で死ぬ事になるかもしれない。
ビスマルクに雇われる私兵は、どんな職務であれ死亡の際にはとんでもない額の金額が支払われる。
その金があれば、軍曹の妻と子供は一生暮らせるどころか庭付きの家でも建てれるかもしれない。
自身の生命より金を取りたいわけではないが、残される家族にそれだけの保障がなされているのは有難い話でもある。
だから軍曹としては、最後までビスマルク会長の為に働けるように最大限努力するつもりだった。
ようやくMG34が到着し、彼はすぐに射撃を始めさせる。
しかし、機関銃を持っていたのは彼らだけではない。
海賊の方も高速艇に重機関銃を据え付けており、その合計は防衛側のそれより遥かに多いものだった。
程なくして海賊船団から凄まじいまでの制圧射撃が加えられ、護衛達は身を縮める他なくなる。
「チックショウ!海賊の方が高火力とはどういう事だ!?」
「軍曹!どうやら5隻の内の2隻が援護射撃のようです!」
「なんだと?残りの3隻は接近中か?」
「そのようです。接近してくる分撃ちやすいのですが、制圧射のせいで狙えません!軍曹、ここは…」
「仕方ない、船内で迎え討つ!乗組員はセーフティルームへ向かっているか?」
「ええ、ですがまだ途中です」
「可能な限り時間を稼ぐぞ!」
軍曹の指揮の下、分隊員達は清々と行動して準備を進める。
貨物船の構造を考えた場合、海賊が一等乗り込みやすいのは後部からになるだろう。
そこから侵入した賊どもは船のコントロールを担う操舵室を目指すはずである。
だから護衛達は操舵室へ向かう廊下を固めた。
限られた資材でバリゲートを築き、重機関銃2挺で武装する。
側面はそれぞれの個人携行火器で固められ、そしてそれはほぼ全てが自動火器だった。
軍曹は急ごしらえにしては比較的頑強な防備を固めていた。
そしてそこに、あまり時間を置くことなく、複数の男達の足音が聞こえてきた。
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SBSといえば、英国海軍の誇るスペシャル・ボート・サーヴィスを思い浮かべる人も多いだろう。
ところがどっこい、こちら側の世界ではSBSはロイヤル政府とはなんの関係もないものになっているのだ。
スペシャル・ボーヤ・サーヴィス。
創設者はピッピママ。
この部隊は元々冷戦中に、北方連合の工作船を臨検を行う目的で作られている。
だが、肝心の主目的である海上臨検を行う日は来なかった。
なぜなら北方連合の工作員達は空路で侵入していたし、故にロイヤル領海に工作船など現れなかったからだ。
SBSはロイヤル国防軍の組織ではなく、ピッピが代表を務めるM&M社の私兵組織という扱いである。
だから不必要になったという理由で、急に取り潰される事もなかった。
ピッピによりSBSに付与される任務の多用途化が進められ、そして現在に至るわけである。
具体的には、海上臨検の他に強襲上陸、破壊工作活動、拉致・監禁・尋問etc
最近では陸上において、ある赤ん坊に起きる可能性のある不測事態にも対処する事になった。
設立の目的からして船内の近接戦闘のプロであることを求められた彼らほど、今回の任務に的確な部隊はいないだろう。
3機の強化型ドラッヘ・ヘリコプターはいずれもSBS隊員を満載していた。
強化されたエンジンと機体構造により、元の機体から大幅に航続距離の伸びたこのヘリコプターは、安全の確立された内洋に配置されていたイラストリアスから飛び立ったのだ。
ドラッヘ・ヘリコプター1番機の機長は、早くも眼前に鉄血公国船籍の貨物船の姿を捉えていた。
周囲に群がる高速艇も見えるが、セイレーン艦隊の方は第4艦隊"フジヤマ"の奮闘により貨物船から一定の距離を保っている。
機長は作戦続行は可能と判断。
搭乗するSBS隊員達に無線でこう伝えた。
「目標上空3分前!!」