バブールレーン   作:ペニーボイス

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ロイヤルで一番ワルい奴ら

 

 

 

 

 

 ビッグレッドは怒りに燃えている。

 

 その怒りの成分を分析表に表せたのなら。

 主成分はSBSでも船の護衛でも海軍でも船の持ち主でもなく、ポールへの怒りで構成されていた。

 あの細長くて顔の良いクッソムカつくクソガキが、20分は猶予があるなんて言わなけりゃ、貨物船への乗り込みさえ取りやめていた事だろう。

 実際には20分どころか15分もなかったわけだが。

 

 

 どう考えても、今回の件は採算が取れそうもない。

 乗り込んだのは30人強、その内今生き残っているのは彼を含め5人ほど。

 あの悪名高い鉄血公国親衛隊と思わしき連中に粘り強く抵抗されて、セーフティルームでの人質確保は諦める他なかった。

 

 操舵室への一番の近道は、廊下からセーフティルームを経由するルートだったのだが、あの忌々しい親衛隊連中のせいで隊を2つに分けざるを得ない。

 一方のグループが別ルートで操舵室を目指し、もう一方のグループは貨物室を目指すのである。

 だが、隊を2つに分けたのが運の尽き。

 操舵室へ向かったグループはSBSとかいう連中の機動戦に翻弄され、次々に各個撃破されていく。

 ビッグレッドは腹心の部下に操舵室制圧を任せたものの、そのせいでビッグレッドは五分前に部下の断末魔を無線で聞く事になった。

 

 

 SBSは貨物室を目指したグループをもその毒牙にかけつつある。

 ビッグレッド自身、既に何度かあの悪魔のように強い戦闘員と接敵した。

 その度に何人も部下を殺され、そして生き残ったのが今の人数というわけだ。

 

 

「なんてこった…なんてこった!ちくしょう!!」

 

 

 ビッグレッドは大声を張り上げて怒鳴り散らす。

 こんなハズではなかった。

 この鉄血公国の貨物船に乗り込んだのは、部下を何人も失うためではなかったハズなのだ。

 生き残った部下達の内の1人は、金塊を二本持っていたし、ビッグレッド自身は目録のコピーを持っていた。

 たったこれだけの"戦果"ために27人死んだのだ!

 

 

 彼らの死は十分に嘆かわしいものだが、ただ呆然と泣いているわけにもいかない。

 せめて彼らだけでも生きて帰らねばならなかった。

 ビッグレッドはM1912ショットガンを腰だめに構え、大股で船内を突き進む。

 向かう先は貨物船の後部。

 彼らはそこから貨物船に乗り込んだ。

 だから、そこには高速艇があるハズだし、高速艇に乗り、急いで離脱する必要がある。

 

 

「いた!いたぞ!連中だ!」

 

 

 背後から下町訛りのロイヤル語と共に銃弾が浴びせられた。

 ビッグレッドはまた部下を1人失ったものの、すぐに振り返って応戦する。

 12ゲージのバックショットが立て続けに放たれて、背後からの銃撃者を十二分に牽制した。

 

 

「おいおいおい、大丈夫か?」

 

「俺の心配はしなくて良い、ブリッチャー!男のラブコメなんて誰が得する!?」

 

「ラブコメ?これのどこがラブコメなんだ!?人がせっかく良きサマリア人よろしく心配してやってんのに…」

 

 

 SBSの芸人コンビが漫才を始めているうちに、ビッグレッド達は発煙弾を投げつけてから走り出す。

 もうあと少しで船の外に出られるハズ!

 そうすれば高速艇が出迎えて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 いなかった。

 

 そこにあったのは高速艇"だったもの"。

 薄っぺらい装甲を撒き散らし、炎上している高速艇が3隻、そこにあった。

 

 

「な……なんだ…と。」

 

「おい!ビッグレッド!!ビッグレッド!!下だ!!下を見ろ!!」

 

 

 炎上する高速艇を見て呆然とするビッグレッドに、下方から声がかけられた。

 それはどうにか生き残ったらしいMAS魚雷艇で、船上にマットを敷いている。

 魚雷艇の乗組員の1人が、ビッグレッドに向かって必死に手を振っていた。

 

 

「急げ!飛び降りろ、ビッグ!」

 

「ほ、ほかの連中は!?」

 

「後で話す!とにかく飛び降りるんだ、ビッグ!!」

 

 

 ビッグレッドは乗組員の言う通りに飛び降りる。

 かなりの高さがあったものの、マットはどうにか赤毛の大男を受け止めてくれた。

 彼はMAS魚雷艇の乗席に押し込められながらも、早くも離脱しようとしている操舵手に怒鳴った。

 

 

「おい!待て!まだ3人残ってる!」

 

「無理だ!もう待てない!あんただけでも生き残ってもらわないと!」

 

「一体何が起きてるんだ!?他の連中はどうしたっていうんだ!!」

 

「護衛艦隊の増援が来て、停泊してた他の船は沈められた!今浮いてんのはこの船と、あそこで時間を稼いでくれてるアンタの船だけだ!」

 

 

 操舵手がエンジンをフル回転させながら、一方向を指差す。

 そこではビッグレッドが乗ってきた『簒奪者』号が高速で這い回っていて、KANSENによる砲撃を一身に集めていた。

 おかげでビッグレッドの乗る魚雷艇は無事に発進できたものの、『簒奪者』はついに直撃弾を受けて轟沈する。

 

 

「………あ、あいつら…なんで……」

 

「アンタが俺たちの指揮に最適な人間だからだ!!アンタの代わりはいない!!貨物船に取り残した3人も分かってくれるハズだ!!とにかく、今は大人しく座っててくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 電話の呼び出し音が鳴り終わるまでの間、私は凄まじいまでに重い気分に襲われていた。

 

 掛けた相手はビス叔母さん。

 私は彼女の期待に添えたとは言い難い。

 

 たしかに、貨物の殆どは無事で、血に塗れた状態で回収された金塊二本と、目録のコピー以外に物的な損害はない。

 

 だが、本来ならば海賊共に乗り込まれるような事態こそ未然に防がねばならなかった。

 野蛮な連中に乗り込まれた結果、貨物船の護衛の内の3人が負傷。

 航路の変更から貨物船の着港は遅延したし、そのせいで決して安くはない損害も重なったハズだ。

 

 

 だから、私は気が重かった。

 

 

「今日はいつもより胸が重いわ、坊や。そんな顔しないで?姉さんなら分かってくれるって言ったはずよ?」

 

 私の気分と、物的な重さは関係ないと思うよピッピ。

 …たしかにビス叔母さんなら分かってくれそうだけど、なんだかなぁ…。

 

「大丈夫…本当に大丈夫よ、坊や。悲観的になり過ぎ。何のために私が貴方を挟んでると思うの?」

 

 ピッピ…ありがとう。

 でも…口添えをしてもらうわけにもいかないよ。

 せめて事実を伝えるのは、私からじゃないとね。

 

 

 

 やがて電話が繋がって、ビス叔母さんが電話口に出る。

 貨物船の件だという事は向こうも分かっていることだろうし、向こうはこちらの謝罪を待っているに違いない。

 少なくとも、ビス叔母さんがいつものように名乗ってくれないあたり、怒っているようにも思えた。

 

 

 

 あ、あの、ビス叔母さん。今回の貨物船の輸送の件、誠に申し訳ありませんでした。

 

『…………』

 

 ……も、申し訳ありません!怒ってますよね!やっぱり!

 

『…………』

 

 

 やべえよやべえよ。

 ガチの沈黙シリーズだよ怒りの沈黙シリーズだよこれ。

 マジでリアルにやべえ激おこモードなやつじゃんこれ!

 

 なんつーか油断してましたわ。

 ピッピが大丈夫って言ってくれたからか完全に油断してましたわ。

 ビス叔母さんのことだから結局は「あー、うんうん気にしないで、よくやってくれたわ」程度の感じで済んじゃうんじゃないかと期待してましたわ。

 

 よく考えろよ、ロバート以下略!

 相手は鉄血財界の大物やぞ!?

 ビジネスにそんな楽天的なわけがなかろうがっ!

 

 

 続く沈黙に冷や汗を流しながら、私は恐る恐る再び謝意を口にする。

 

 

 本当に…本当に申し訳ありませんでした。

 

『………………………はぁ〜い!何々〜!こちらビスでぇ〜す!…あら?この番号はティルの坊やからじゃない。ラインハルト!電話はママに任せなさいってあれほど言ったでしょ!』

 

 ん?

 

『あぁ、ごめんなさいね、ロブ君!ウチのラインハルトが勝手に電話取っちゃって。』

 

『あ〜あ〜↑だぶだぁぶ、ぶ〜ば〜↑』

 

 ん?ん?

 

『もしかして…貨物船の事で電話くれたの?相変わらず礼儀正しいのね。貨物船は無事に入港したじゃない、何も気にすることはないわ。』

 

『あ〜ぶ〜、あ〜ぶ〜…うっ、うっ、びえええええええええ』

 

『ああっ、ラインハルト!ごめんね、ちょっと痛かったね!ヒッパー!オムツの替えを持ってきて!』

 

 ん?ん?ん?

 

『…どうしたの?』

 

 あ、あの、私の従兄弟は…?

 

『………実はね、ロブ君。私、ティルピッピが羨まし過ぎて、ラインハルトを赤ちゃんに戻しちゃったの。』

 

 ………

 

『でもそっちみたいに上手くいかなくて…中身まで赤ん坊に戻っちゃった…』

 

 ………

 

『全力で治す方法を開発中だから、心配しなくてもいいわよ。』

 

 

 

 無茶苦茶じゃねえかよおおお!!!

 お前ら生命の倫理をマジで何だと思ってるんだよ!?

 貞操感ZEROの次は倫理感ZEROかよやめろよ本当に!?

 何でそんなに躊躇なくポンポン違法行為に手を出せんの!?

 ちょっと羨ましいってだけで可愛い息子をリアルベイビーに戻してどうすんの!?

 ラインハルトが鉄血公国情報部から外されたら私からしても結構割と痛手なんだけどさ!?

 

 

『心配しないで、甥っ子♪鉄血政府には財界から圧をかけてるから♪』

 

 

 心配しかねえよ、それ。

 何でそんな不当な圧力を誇らしげに語れるのかその神経からして分からんし、もっと言えば不当でしかない圧力かけられてる政府に思いっきり同情したい。

 けどそれやったらビス叔母さん泣いちゃうかもしれんし、鉄血財界敵に回したくないので絶対にできん。

 

 

『さて…と。ビジネスのお話ね。今回は本当に良くやってくれたわ。』

 

 でも、ビス叔母さん…ご期待に添えたとは…

 

『いいえ、充分よ?護衛戦闘員以外は誰も怪我していないし。負傷した彼ら自身、高額な手当てが支給されてウハウハしてるハズ。』

 

 負傷してウハウハとは…

 

『護衛を指揮してた軍曹も、そちらの私兵に助けられたと言ってたわ。…ティル?どうせ貴女も聞き耳を立てているんでしょう?』

 

「ええ、姉さん。SBSを解体しないでおいて正解だったわ。」

 

『本当にね。…ロブ君、今回の件が、鉄血側でどんな反応を巻き起こしていると思う?』

 

 さあ、想像もできませんな。

 

『私、嘘は嫌いなの。』

 

 ………皆が皆、不安に陥ってる。

 きっと叔母さんの配下にいる貨物船の乗組員達も、しばらくはロイヤル行きの航海を嫌がる事でしょう。

 鉄血海軍は相変わらず人手不足で、護衛を頼む事が出来ない。

 だから、通商を誰かに保護してもらいたいと誰もが考えている。

 

『その通り。そして、通商の保護は…そちらの海軍の規則では明文化されているでしょ?』

 

 なんで知っとんねん。

 

『つまり、今回の件を理由にすれば、あなたは自身の艦隊か、それとも配下の部下達に貨物船の護衛を命じる事ができる。』

 

 た、たしかに前例があれば強みにはなるでしょうが…海軍の任務は通商保護だけではありませんので。

 

『もぉ〜お!ロブ君の分からずや〜!ロイヤル海軍のお偉方も、数年前の流通途絶とインフレーションの記憶をなくしてはいないハズよ?海賊なんかに流通を左右されてはたまったものではない。だからあなたの提案は必ず通るわ』

 

 て、提案?

 

『そう!通商保護の提案!ロイヤル・鉄血間の貨物船を護衛する任務を文書で発行するためのね。…まだ分からないほど、あなたは鈍感じゃないハズよ、ロブ君?』

 

 

 

 分かるけど分かりたくねえええええ。

 

 ビス叔母さんが言ってるのは、今回の件をダシにしてビスマルク総合商社の貨物船を公式に保護なさいということ。

 つまりは、公用の認証を得ることで、ビス叔母さんの利益を公的にも保障できるようにするということなのだ。

 

 確かに、この意味は大きい。

 何故ならば今回ように小賢しい理屈付けを行うことなく、艦隊を派遣できるようになるのだから。

 ただ、これをやるとなると、鉄血船籍の船のみを対象にする事は難しい。

 提案が『通商の保護』である以上は、北海・ドーヴァー海峡側の海賊活動領域を通る全ての貨物船に保護がなされなければ辻褄が合わないからだ。

 

 だから、鉄血船籍のみならず、要求された場合には…………ほら見ろ!ダンケマッマとアヴマッマがもう書類作ってスタンバってんじゃん!!!

「Mon chou?良いよね?」

「ミーシャなら許可しますよね?」

 的な雰囲気丸出しで列作って待ってんじゃん!!

 

 

 いやね、通商保護をしたくないのかといえばもちろんそんな事はないんだけどさ。

 でもね、これやろうと思ったらそれこそ私の鎮守府にいる艦隊だけじゃ足らなくなる。

 配下に鎮守府がないわけじゃないけど、他の鎮守府の本来の任務に割り込ませてやらせるとなると………

 

 

「坊や、理屈付けはできるハズ。そして何より、この島国では海路の安全保障は何よりも重要なハズよ?何も悪い事はないじゃない!」

 

『ティルの言う通りよ、ロブ君。あなたには優秀な秘書達がいるハズ。それと、こう言ってはなんだけど、お礼はたっぷりとして、あ・げ・る♪…それじゃあ、よろしくね?』

 

 

 

 電話はそこで切られた。

 私が受話器を置くと同時に、案の定ダンケとアヴが書類を抱えて殺到してくる。

 こちらが目頭を押さえて考える時間下さいアピールしているというのにまるでお構いなしに迫ってくるし、色仕掛けしたいのかどうなのか分からんが真空パック入りの下着とか一緒に持ってくるのマジでやめろ。

 お礼はするからって言われてもさあ、ちょっと待って、状況を整理させて?

 

 

 ビス叔母さんは貨物船『びすまるく号』の護衛のお礼に、ダイヤモンド多数と一本の電動歯ブラシをくれた。

 その電動歯ブラシの本体は金で作られていて、幼児用のサイズであることを鑑みればかなり滑稽に見えるほど豪華な作りになっている。

 一回の護衛でこれだけの贈り物がなされるとなると、ほぼほぼ通る事が見込まれる私の提案の見返りは、途方も無いモノになるだろう。

 

 

 えっとね、あのね、こういうのはなんていうか知ってる?

 

 

 世間一般では汚職って言うんじゃないのかな?

 

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