バブールレーン   作:ペニーボイス

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エージェント・ジェンキンス

 

 

 ロイヤル鉄道が警備を強化したのは本当だが、それでもユスティア立案の襲撃計画には大して影響はしなかった。

 

 

 腰の重過ぎる内務省が、国内の業者に海賊への注意を呼びかける文章を送付したのはついこの間の事。

 行政機関というヤツは動き出しこそ遅いくせに、一度動き出したら徹底的にやろうとする。

 発行株式の実に55%を国が握る半官半民のロイヤル鉄道社も"筆頭株主"からの要請のおかげで、海での事業は何一つ持っていないにも関わらず警備対策を講じることになったのだ。

 どうやら行政は内洋流通の保全だけでは満足できないらしい。

 

 

 具体的には、陸軍の倉庫で山積みになっていた旧式のボルトアクションライフル…その昔にユニオンから送られた軍事物資の一つであるM1917ライフル銃…を持った武装警備員が増員配置され、車列にはM1895"芋掘り機"機関銃が設置された。

 鉄道社にとってはまさに不必要な経費の増大でしかないのだが、ロイヤル政府が内洋だけでなく国内流通の安全を危惧し始めた点は良い事だと言えるだろう。

 ただ、鉄道社自体は不必要な経費を増大させるつもりなどさらさらなく、警備員は最少限度しか増員されなかった。

 

 そしてそれは…ユスティア・ヘスティングスなる少女の計画にとって、鉄道社と行政の努力を殆ど無意味なモノにしていたのだ。

 

 

 

 この日の夜、首都発の貨物列車はリヴァプールへと向かっていた。

 

 現在ロイヤルの貿易輸入相手国の第1位はユニオンで、リヴァプールへ入港するユニオンの貨物船はたしかに多い。

 だが、貿易輸出相手国の第1位はアイリスで、リヴァプールから大西洋に向かう貨物船は大して多くはなかった。

 これから20年もすればマッシュルームヘアの4人組が奏でる音楽が、リヴァプールからユニオンのみならず世界中に"輸出"されることになるがそれはまた別のお話。

 

 ロイヤル鉄道社の貨物列車がリヴァプールへ向かっていたこの時点では、リヴァプール行きの貨物列車の数さえ少なかったのである。

 それにも関わらず、この列車が通常ダイヤに割り込んで運行されている理由はその積荷にあった。

 鉄道社は政府から特別に報酬を弾まれた臨時便であっても、勿論営利を追求した。

 よって政府から依頼された"積荷"の他に自社が取り扱う貨物もその臨時便に盛り込んだ。

 結果的には、列車はいつも以上に長くなったのである。

…いや、積荷という言葉を使うのもよろしくはないだろう。

 政府から輸送を依頼されたのは5名のKANSEN。

 それ故に長大な列車を牽引する機関車のすぐ後ろには客車が連結されていた。

 

 

 使用されたのは古い客車で、錆びついた椅子や埃っぽい内装が乗客の不健康を招きそうな車両だった。

 発注者は客車のグレードを指定しなかったのだから当然といえば当然かもしれないが…しかしながら、乗客達がこれまで人類に対して行ってきた貢献を考えれば少々配慮を欠いているかもしれない。

 事実、5人のKANSENは誰しもがあてがわれた客車への不満を胸にしていたし、この見るからに不健康そうな客車のせいで実際にも不健康な状態にある。

 

 

「けほっ、けほっけほっ…ゲホッゲホゲホ」

 

「ユニコーン!?」

 

 

 紫色の髪をした幼い少女はユニコーンのぬいぐるみを持っていたが、キュラソーはぬいぐるみの心配をしたわけではない。

 ユニコーンとはそのぬいぐるみを持っている少女の名前で、彼女はこの客車に乗って少し経った時から度々咳き込んでいた。

 それが今、ついに本格的な咳き込みに変わった事でキュラソーは心配で声をかけずにはいられなくなったのだ。

 

 

「ユニコーン?大丈夫ですか?」

 

「ゲホゲホゲホッ、けほけほっ…うぅ、お兄ちゃんに会いたい…」

 

「心配しなくてもまた会えますよ!」

 

「おい、そこの2人!離れなさい!」

 

 

 ユニコーンを励ますキュラソーに心無い声が浴びせられる。

 見れば"MP"の腕章を付けた制服制帽の男がNo.2リボルバーを構えていた。

 同じ腕章を付けた男達があと5人はいたが、いずれも不織布マスクを着用していて、咳き込む幼い少女の心配をしているようには見えない。

 

 "人でなし共"

 

 キュラソーはMPの傍若無人な態度に内心憤る。

 

 彼女達の指揮官は横領の罪で捕まった。

 そして反社会的勢力によって連れ去られた…或いは最初から内通していたと、少なくともMPには思われている。

 ただ、指揮下のKANSENにその責任があったかといえばかなり怪しい。

 彼女達は指揮官の頼みで質素な生活に耐えつつ、しかしそれでも海軍と国の為に働いてきた。

 そもそも、指揮官の頼みの理由も横領の内実もそれとなく知っていた…知らなければ文句の一つも出ないわけがない。

 指揮官が例え横領を働いていたとしても、彼は本当に高潔な人物だと、彼女は胸を張ってそう言える。

 

 それでも、ロイヤル海軍憲兵隊の連中は冷酷極まりない。

 職務上必要のない事しか知らされてないからか、或いは罪人の部下は所詮罪人だとでも思っているのか。

 彼らは自身の健康に留意してはいたが、これからユニオンに"左遷"されるKANSEN達については留意するどころかどうなろうが知った事ではないと思っているようだった。

 

 

 …いや、よく見れば全員ではない。

 確かに2人にNo2リボルバーを突きつけている冷酷な下士官を含めて、車内にいる6人の憲兵の内の5人は冷淡な対応を取っていた。

 だが、1人だけ…一番若く見える憲兵は下士官の態度が理解できないようだった。

 

 

「軍曹!こんな幼い子供が咳をしているのです!この状態で脱走なんか出来るとお思いなのですか!?」

 

「お前の戯言は胸の内にでも閉まっておけ、ジェンキンス。」

 

 

 下士官の態度からして、彼自身は自分の職務に不満を持っているらしい。

 彼はまだ若い憲兵…ジェンキンス二等兵を睨みつけ、リボルバーの銃身で苛立たしげに目の前のKANSEN達を指し示す。

 

 

「俺はこのKANSEN共をリヴァプールまで運ぶまでの間、警備の責任を持たなきゃならん。…責任を持つという事の意味を、お前は理解してるのか?」

 

「………」

 

「お前は先週配属されたばかりだから知らんのかもしれないが…」

 

「だとしても!目の前で苦しんでいる小さな女の子を見て、何も感じないのは」

 

「黙れジェンキンス!!」

 

「黙るもんか!…そこのメイドさん、あの子にこれを。」

 

「これは?」

 

「咳止めです。飲み物はこちらに。」

 

「ジェンキンス!勝手なマネは許さん!KANSENから離れろ!」

 

「その命令には従えません!」

 

「いい加減にしろこの青二才の若造がッ!今すぐにそこで止まれ!さもないと」

 

「アンタが止まんな!」

 

 

 顔に傷のある…背の高いKANSENが座っていた席から立ち上がり、軍曹の行く手を塞いだのはその時だった。

 まもなく彼女の妹も立ち上がったが、姉の方に比べれば随分と…なんというか、少なくとも迫力には欠けている。

 薄幸美人っぽい妹の、やや前方に立つ姉は正反対に全身から圧力を醸し出せるだけの迫力があった。

 

 

「貴様ッ!席に座れ!撃ち殺すぞ!」

 

「撃ちたきゃ撃ちな!それとも…アンタの鉄砲は逸物と同じで"見てくれ"だけなのかい?」

 

「ペン姉…!」

 

「下がってな、アリゾナ!」

 

 

 軍曹はワザとらしくリボルバーのハンマーを起こして見せたが、このKANSEN共は一向に引き下がろうとはしない。

 更には、生意気な新兵とメイド、そして紫髪の少女を下士官とは反対側の憲兵達から守るかのように、もう1人のKANSENが立ちあがっていた。

 

 

「フェニックス!」

 

「ユニコーンを頼む、キュラソー。アタシだけ黙ってるわけにもいかないだろ!」

 

 

 新兵の造反に加え、KANSENにも反抗された下士官はもうカンカンだった。

 赤黒くなった顔を残りの憲兵達に向け、目で合図をする。

 そして合図を受け取った4名の憲兵達は、それぞれの携帯火器…ステン2梃とNo2リボルバー2挺…の銃口を、ジェンキンスを含めた6名に向けた。

 

 

「もう我慢ならん…本当はもう少し生かしておく気だったんだがな!」

 

「なッ!?軍曹!?どういう意味ですか!?」

 

「悪いがジェンキンス、お前も死ぬ予定だった。KANSENが反抗して仕方なく射殺したっていうシナリオなら、憲兵側にも死者がいなきゃ怪しまれる。」

 

「…最低だ……」

 

「情報局(MI5)は報酬を弾んでくれたよ。それじゃあ、短い間だったが…」

 

 

 軍曹が引き金にしっかりと指をかけ、力を入れて.38口径弾の雷管をハンマーが叩く前に、列車が急停止する。

 軍曹はつんのめるようにして倒れたし、他の憲兵やKANSEN達も倒れてしまった。

 

 

「クソッ、畜生!何が起こった!?」

 

 

 いくら買収されるような人間とはいえ、下士官は腐っても下士官で、軍曹は倒れた後、転んだ拍子に落としてしまった制帽を拾いながら状況を把握しようとする。

 他の憲兵達の内、軍曹に続いて立ち上がったのはフェニックスの方にいた2人だった。

 軍曹反対側からその2人に怒鳴り声を張り上げる。

 

 

「さっさとそいつらを始末しろ!他の誰かが来る前に…」

 ヴスッヴスッ!

 

「があっ!?」「ぐおっ!?」

 

 だが、軍曹の部下2人がNo2リボルバーとステンガンを構える前に、くぐもった銃声が響く。

 その直後には軍曹の部下2人がそれぞれ頭に2発ずつ32口径弾を撃ち込まれて倒れ込んだ。

 憲兵2名を射殺した者はキュラソーの目の前にいて、彼女は驚きのあまり目を丸くする。

 彼は片膝をついて戦闘態勢を取っていたし、その姿はつい先程まで軍曹にどやされていた若者とは全く異なる空気を纏っていた。

 

 

「!?…あ、あなた!?」

 

「伏せていてください、キュラソーさん!」

 

「なぜ私の名前を「詳しい話はあとです!」

 

 

 ジェンキンスはキュラソーの頭を抑え、できる限りの低姿勢を維持させると、手にする火器を慣れきった動きで別の方向へと向けた。

 2人の憲兵を打ち倒した消音器付きのM1903自動拳銃は、次に軍曹の後ろでやっと立ち上がりつつあった別の憲兵2名に向けられる。

 ユニオン製の自動拳銃はそれぞれの肩と腕に1発ずつ弾丸を放ったが、腕を狙われた方への弾丸は目標から逸れていった。

 そして、今度はジェンキンスに弾丸が向かう番になった。

 

 腕を狙われた憲兵は弾丸が逸れた事を知るやいなや、腰だめでステンガンをフルオート射撃する。

 熱された弾丸が次々に空を切り、微々たる程には冷まされて飛んでいく。

 ジェンキンスはキュラソーとユニコーンを銃を持つ方と反対の手で、そして倒れたままのフェニックスを脚で座椅子の背後に退避させると、そこで初めて自身も古びた椅子の背後へと退避した。

 幾分か退避が遅れたせいで1発の9mm弾が彼の肩をかすめたが、彼は動じることなく32口径弾を2発、ステンガンの憲兵に撃ち込んだ。

 M1903のスライドはそこで止まったが、憲兵の頭にはしっかりと風穴が空き、ステンガンも仕事をしなくなる。

 

 

「ジェンキンス!裏切り者め!」

 

 

 軍曹がNo2リボルバーをジェンキンスに向けたのは、彼の自動拳銃が弾切れを起こしたちょうどその時だった。

 だがジェンキンスは動じない。

 それどころか、軍曹の背後にいるモノを見て安堵さえいていた。

 

 

「ハハッ!弾切れか?いい気味だなッ!あの世でせいぜい」

 

「うるさい。」

 

 

 さっさとリボルバーの引金を引けばよかったのに、軍曹はそうしなかったせいでジェンキンスを殺す事が出来なかった。

 買収された下士官は後頭部に38口径弾を撃ち込まれてその場に倒れこむ。

 ユニオン製のM12リボルバーは続いて肩を負傷した憲兵に向けられ、その頭にも風穴をあけた。

 

 

「間に合ってよかった、"ジェンキンス"」

 

「ええ、本当に。ユスティア、良いタイミングで来てくれました。重機関銃の銃声も聞こえなかったところを見ると、本当によくやったようですね。」

 

 

 軍曹を至近距離から撃ったせいで浴びた血飛沫をハンカチで拭くユスティアに、ジェンキンスは笑顔で応じる。

 "ジェンキンス"という名前自体は、この男の数ある偽名の内の一つに過ぎなかったが、彼自身はそれを気に入っていた。

 

 

「カーリューさんのおかげで列車の制圧がスムーズにできたの。機関銃の銃座もね。貴女には感謝しても仕切れないわ。」

 

「…当然の役目を果たしたまでです。」

 

「カーリュー…?カーリューッ!」

 

「キュラソー!?ちょっ!?」

 

 

 駆け寄ってきたキュラソーに抱きつかれるという事態は、対●忍スーツを着込むカーリューには想定外だったようだ。

 

 

「いててて…おっ!カーリュー!久しぶり!」

 

「元気そうでなによりね。」

 

「お久しぶりです…」

 

「カーリューお姉ちゃん!ゲホゲホッ」

 

「ユニコーン!?大丈夫ですか!?…ほら、このキャベツを頭に巻いて…」

 

 

 再開を喜ぶKANSEN達をそのままに、ジェンキンスとユスティアは停止した列車の車外に降りる。

 ユスティアが煙草を差し出して、ジェンキンスがそれを加えた。

 2人とも煙草を吸いながら歩き、会話を続ける。

 

 

「長期間の潜入任務、本当にご苦労様。」

 

「ありがとう…しかし、本当にあの娘を味方にしてしまうとは。」

 

「彼女も私たちの目標に賛同してくれたの。喜ばしい事だわ。…真実を知れば、きっと他の娘達も腐った政府に憤るハズ。」

 

「…僕も、君達に出会うまではただの政府の駒だった。でも君のおかげで真実を知ることができた。本当にありがとう。」

 

 

 列車の脇には、すでにロイヤル鉄道警備員達の死体が並べられている。

 "これはあの娘達には見せられないな"

 そう思いつつも、並べられている鉄道警備員達には同情を覚えた。

 彼らはあの薄汚い憲兵共とは違い、買収されたわけではないだろう。

 もし別の列車の警備をしていれば死ぬ運命にはなかったかもしれない。

 

 

「貨物車からは艤装を回収できたわ。それに…大型の機械も。送り主と受取り人は誰だったと思う?」

 

「さあ?」

 

「送り主はセントルイスファミリア。受取人はビスマルク。…きっと、憲兵共を買収したのもセントルイスファミリアね。」

 

「いや、憲兵はMI5から依頼されたと言っていた。」

 

「MI5?…貴方の古巣じゃない。…セントルイスファミリアの古巣でもあるから、手を回したのかも。」

 

「彼のプロファイルを読んだけど、あんな連中を雇うような男じゃない。もし君の言う通り僕やあの娘達を殺す気なら、ビスマルクから特殊部隊を借りたはずだ…()()()()()()()()()をね。」

 

「なるほど…でも」

 

「ユスティア!イチャついてるとこ悪りぃが、ポールから無線が入ってる。」

 

 

 ユスティアは少ししかめっ面をしてビッグレッドから暗号無線機を受け取ったのは、見た目麗しい元MI5スパイとの会話を邪魔されたからではない。

 彼女の思考が中断されたからだ。

 しかし、兄の方から連絡を寄越してくるということは…よほどの緊急事態に違いない。

 彼女は受話器を耳へ持っていき、兄の声を聞く。

 

 

「どうしたの、兄さん?」

 

『大変だ!大佐がッ、大佐がスラム街へ向かった!!』

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