バブールレーン   作:ペニーボイス

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総合的な脅威

 

 

 

 

 

カーリューはユスティアからこう言われていた。

 

「海軍がスラム街破壊を試みている事は決して大佐には伝えないように。彼は前回の失敗で多少なりとも情緒不安定に陥っています。大丈夫。私達と、これから助け出すKANSEN達がいれば、きっと阻止できます」

 

 彼女自身、落ち込み気味な夫の事をどこまでも心配していたし、だからこそ、ユスティアから渡された海軍の機密文書は隠しておいた。

 だが、隠し場所が悪かった。

 その文書は偶然ジョン・"ジャック"・フォースターに見つけられ、そして彼を暴走させるのには充分な威力を発揮した。

 

 

 フォースター"元"大佐はポール・ヘスティングスに何らの相談もせずにマニングトゥリー郊外にある海賊発進基地からスタッフカーに乗って飛び出した。

 あの文書が本物なら…捺印の形状から本物だと断じざるを得ない…スラム街に住む多数の人々が死ぬ事になる。

 同地出身のフォースターとしては、それを是が非でも回避したい。

 例え全員を救うのは無理だとしても…救えるだけの人々に叫び、訴え、引っ張って、あの地から生きて連れ出そう。

 今や彼のスタッフカーは一般道路の法定制限速度を優に超える速さでスラム街へ向かっている。

 

 もしかすると、計画が始動するのは当分先の事なのかもしれない。

 もしかすると、流石に腐った海軍上層部でも考えを改めるかもしれない。

 もしかすると、彼自身の行いはいたずらに混乱を招くだけなのかもしれない。

 

 そういう考えはあったものの、フォースターは歪な胸騒ぎに迫られていた。

 前回失敗した海賊行為の相手はセントルイスファミリア少将だったという。

 あの赤ん坊、見た目は幼くても頭の中はしっかりと腐りきっているに違いない!

 奴が鉄血の実業家と金銭的にも血縁的にも繋がっているという話を、フォースターはポールから聞かされていた。

 そんなクソ野郎なら、スラム街に380mm砲弾を打ち込む、などという大それた事さえ平然とやりかねないだろう。

幸か不幸かフォースターは戦艦の主砲の威力というものをしっている。

死ぬのは1人2人では済まない。

 

 フォースターはスタッフカーの速度をぐんぐん上げていく。

 そのおかげか、もうまもなくスラム街の光景が眼前に広がってきた。

 ヘスティングス兄妹に"救出"されてから、スラム街へ向かうのは初めてではなかったが、しかし、これ程までに急いでいた事もない。

 あの街の人々を救わなければ!

 

 加速する想いがアクセルを踏み込ませ、スタッフカーは更に加速する。

 フォースターが眼前のスラム街を見つめ、スタッフカーのエンジンが金切り声を上げた時、それは起こった。

 

 

 

 突然、眼前が眩いばかりの光に包まれる。

 

 目が眩み、スラム街から目を背ける間にも、彼は自身がふわりと宙に浮くような感覚を感じた。

 実際にもスタッフカーは数センチは宙に浮いていたし、やがて衝撃波の後に爆風もやってきた。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 Kaboon!!

 

 私が自身の指で投下ボタンを押した結果、無人機仕様の改造爆撃機からはフリッツX-Ⅱが投下され、そしてその最新鋭爆弾はスラムの何万人かを一瞬のうちに殺害した。

 恐らくはあまりにも多くの人々の人生を奪ったにも関わらず、全くもってその実感は湧いてこない。

 ただただ、無人機仕様のドルニエから送られてくるライブ映像をぽかんと見つめ、大きなキノコ雲が浮かぶ光景に向かい合っているだけ。

 私をいつも通り谷間に挟むピッピマッマは少しだけギュッと強く抱き抱えてきただけだし、ダンケマッマは静かに目を閉じて十字を切っていた。

 きっと、カトリック教徒だけでなくプロテスタントの魂も救われるよう、ベルマッマも十字を切っている。

 ルイスマッマは私の心労が心配なのかアイスクリームを…って多ッ!?

 あ、あのね、ルイスマッマ。

 いくらなんでもそんな量のアイスクリームは食べれないよごめんよ。

 

 

 とにかく、私の作戦は"無事"に実行された。

 あと数十分もすればキノコ雲もスラム街の頭上から消え去るだろう。

 そのあと地上に残っているのは…僅かな残骸と更地だけのはず。

 一応、私は自身の鎮守府の警備兵力の一部を

 "救難活動"に参加させる準備を終えている。

 人っ子ひとり見つかりはしないだろうが、何もせずにボケッとしてれば最悪この作戦自体の関与さえ疑われかねない。

 残酷なまでに周到な準備を進めるのは気が重かったが、実行に移した時は本当に何も感じなかった。

 

 

「坊や…あぁ…坊や…」

 

 ピッピ、何も考えないで?

 

「……えぇ、そうするわ。でも、その言葉はあなた自身に向けられるべきものよ?坊や…あなたこそ何も考えるべきではない。何故なら、あな」

 

 

 電話のベルが鳴り、ピッピの言葉が遮られる。

 ピッピが素早く電話の受話器を取って、私の耳元にまで持ってきてくれた。

 私は現在うずくまっているピッピの谷間から少し這い上がり、より受話器を正しく保持できるようにした。

 

 

『…ロブ君?』

 

 あれ、ビス叔母さん?

 

『作戦成功おめでとう』

 

 あっ、これはどうもわざわざすいません、ありがとうございます。

 

『…でね、ロブ君?』

 

 何でしょうか?

 

『あなたが送ってくれた装置…リヴァプール近郊で奪われたそうなの。』

 

 

 私は血の気が引いていくのを感じたし、ピッピも青ざめ、ダンケとベルは卒倒し、ルイスは大量の『ラッキーアイスクリーム』を入れた巨大なカップを落っことしてしまった。

 

 え?マジ?

 いつもハイテンションなビス叔母さんの声のトーンが低いもんだからどうしたのかなぁ?と思ったらンなアクシデント起きとんのかい!?

 つーかなんで私より早く知ってんの!?

 

 

『私、もう我慢できないわ』

 

 もももももも申し訳ありません、ビス叔母さん。

 海賊行為を警戒してリヴァプールから遠回りで輸送する予定が、どこかのクソ共に奪われたんでしょう!

 申し訳ありません!

 私の部隊に運ばせるべきでした!

 ですので何卒!何卒!

 

『大丈夫、心配しないで。』

 

 

 メッセージの一つ一つから、ビス叔母さんの怒りがひしひしと伝わってくる。

 仰ってる内容はいつもと変わんないんだけど、声のトーンが極度に抑えられてて、「あ、これ怒ってんだな」ってのが嫌ってぐらい伝わるのよ。

 マジ何言われるか分かんねえな、怖ええ。

 

 

『あなたに罰を与えたりはしない…』

 

 

 ふぅ…

 あー良かった、やっぱビス叔母さん優し

 

 

けど

 

 ひえっ!

 

『ちょっとお願いしたい事があるの。』

 

 な、なんでしょう?

 

『………3時間後に着くから。』

 

 はい!?え!?ちょっ!?

 

 

 電話は既に切られ、私はツーツーと寂しい音を立てる受話器を耳にしたまま凍りつく。

 ふと見上げれば、私を挟むピッピマッマも青い顔をしていた。

 

 

「姉さんが鉄血を出るのは…ラインハルト君絡みかよっぽど重要な要件がある時だけ。もっと言えば…姉さんがロイヤルに来るなんてありえない!」

 

 ど、どして?

 

「考えてみて、坊や!姉さんは大陸側の欧州経済を牛耳ってるのよ!ロイヤル財界の連中が歓迎するわけないじゃない!」

 

 ………やっべええええええ!!!

 ルイスマッマ!

 鎮守府警備体制RED!!

 敵性勢力の襲撃に備えさせて!!

 

「分かったわ、ミニ!」

 

「え?坊や?いくらなんでもそこまで」

 

 するわ!!

 ロイヤル財界からすればドサクサ紛れにビス叔母さんデリートする絶好の機会じゃん!!

 つーかよお!!

 なんで叔母さんも時期選んでくんねえんだよおおおおおおおおおお!!!!

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 フォースターはようやく目を覚まして、ぼやける視界の中に妻の姿を捉える。

 妻も彼が意識を取り戻したことに気づいたのか、顔を近づけてきた。

 彼が妻の悲しげな顔を見たのはこれが初めてではない。

 鎮守府警備隊があるKANSENの命令で大虐殺を始めてしまった時や、ある軽薄な中将を"説得"しに行った時の妻の顔は…どうしようもないほど悲しげだった。

 だが、そういった時ですらここまで悲壮感のある表情はきっとしていなかったろう。

 

 きっと、彼の妻はもう既に半ば覚悟を決めているに違いない。

 段々と視界がハッキリしてきて、周囲にいるほかのKANSEN達や人々の事が見えてくると、その事がより一層確信できた。

 

 

 彼が痛みを感じていないのは、おそらくモルヒネを投与しているおかげだろう。

 目の前では白衣を着たキュラソーが、本当に最初から真っ白な白衣を着ていたか疑わしいほど白衣を血で汚しながらも手当を行なっている。

 海賊の衛生担当も懸命に助力しているが、誰もが絶望的な言葉を口にしていた。

「腸が半分ない」「内臓が潰れてる」「生きているのが不思議だ」

 

 今フォースターが手当てを受けている部屋野外からはユニコーンの悲痛な叫びが聞こえてきたし、ペンシルベニアが不器用ながらもユニコーンを宥めているようだ。

 アリゾナとフェニックスはキュラソーの手伝いをしているが、妻とその姉よりかはフォースターから離れている。

 アリゾナの方はもうまもなく泣きそうだった。

 

 

「あなた!あなた!頑張ってください!あと少しで助かります!」

 

 

 彼の妻…カーリューが彼の顔を覗き込みながら訴える。

 しかし、顔は真逆の事を"言っていた"。

「こんなところで別れるなんて」

 目に涙が溢れ、瞳は既に彼の死を覚悟しているようにも見える。

 フォースターは最後にカーリューになにかを伝えようとしたが、気道からは生暖かく鉄の味がする液体が迫ってきて、やがて彼を咳き込ませた。

 

 

「あなた!?」

 

「カーリュー!大佐に無理をさせないで!」

 

「でも、キュラソー!」

 

「心配なのはわかるけど、これじゃあ助かるものも助からないわ!」

 

 

 キュラソーは切開したフォースターの腹部と向かい合って色々な方法を試していたが、その彼女自身、状況が絶望的である事を認めざるを得ない。

 ここまでの重症患者は、きっと大学病院の名医でも救えないだろう。

 

 

 カーリューとキュラソーのやや後ろでは、フェニックスが血にまみれたガーゼやら治療具を運んでいる。

 彼女も彼女でほかのKANSEN同様、せっかく会えた指揮官が瀕死の状態でいる事を悲しんでいた。

 なにより、彼女自身が指揮官に対して何もする事が出来ないのが我慢ならない。

 彼女は部屋の隅にあったやや大きな木箱を八つ当たりとばかりに蹴った。

 

 

 

 その木箱は瀕死のフォースターが運ばれてくる少し前にこの部屋に運び込まれ、患者が運び込まれてからは存在すら忘れられていた。

 木箱の荷札にはこう書かれている。

 

『送り主:ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア

 受取人:ビスマルク』

 

 フェニックスが木箱の端を蹴飛ばした結果、何らかの理由で木箱の中身が作動し始めた。

 そして、木箱の中身の先には瀕死の患者と彼の妻がいた。

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