3年前
東南アジア
マラヤン半島
1人の男が鬱蒼としたジャングルの中をひた走っていた。
いや、"男"と呼ぶには若すぎるかもしれない。
体格もやや痩せ型で、背もそんなに高くはなく、肌は健康的な小麦色。
髭が生え始めるか、生え始めたかの境界線ぐらいの歳に見える。
街中で彼の第1印象を聞いて回れば、好意的な人々なら"若き冒険家"、対照的な人々なら"無謀な若造"とでも言われそうだ。
さまざまな植物が生い茂るジャングルは、彼のような人間が走り回るのには厳しい環境だった。
彼は何度も躓き、転び、起き上がり、痛みと苦しみに顔を歪ませながらも走り続ける。
すでに30分はそうやって走り続けているが、しかし彼は安堵を得ることができないでいた。
…その右手に、世界最強の海軍といつでも連絡が取れる携帯無線機があってなお。
「止まれ!何者だ!」
彼が走るのを辞めたのは、長大なボルトアクション小銃の銃口を向けられながら誰何された時だった。
そこで彼はこの30分で初めて立ち止まり、両手を上げ、息を整える。
顔は強張っていたが、しかし、僅かな月明かりの中で相手の特徴を捉えると、やっと安堵の表情を浮かべて誰何に答えた。
「撃つな、アフマド!僕だ!ジェンキンスだ!」
「ジェンキンス?…おお、我が友よ!無事だったか!死んだかと思ったぞ!」
「残念ながら、悪運は昔から強くてね。…他の皆は?」
未だに汗の止まらないジェンキンスは、エンフィールドライフルをようやく下げた現地人協力者が悲しげな顔をしているのを見て取った。
「…重桜陸軍に大勢殺された…だが、彼らの犠牲は決して無駄ではない…」
「…残念だ」
「お前が気に病む必要はない。お前や、今は亡き同志達のお陰で攻撃の準備が整った!重桜陸軍の部隊はこちらの企図通りに集結し始めている。…後はロイヤル・ネイビーの援護次第だな。」
「あ、ああ!任せてくれ!」
ジェンキンスは嬉々として携帯無線機に周波数を入力し始めた。
作戦規定上、協力者達からは少し距離を取り、回線が繋がるのを待つ。
彼や彼の協力者達は、マラヤン半島を制圧する重桜陸軍を挑発して、ある区画に集中させる事に成功したのだ。
今、アンダマン海にはロイヤル・ネイビーの機動部隊が秘密裏に展開している。
世界最強の海軍が放つ砲弾が重桜陸軍を叩きのめした後、彼と協力者達は突撃し、残存部隊を掃討するのが作戦だった。
全ての手筈が整った今、ロイヤルMI5所属の工作員ジェンキンスは本部への連絡を取ろうとしていた。
「HQ、HQ、こちらAJ。」
『…こちらHQ、エージェント・J、認証コードを。』
「認証コード、362581」
『認証コードを確認。…作戦は成功したようね?』
「はい、長官。やり遂げました。後は我らがロイヤルの女神達の砲雷と共に…」
『エージェント・J、今すぐにそこから離脱しなさい。』
「え…?」
思いがけない命令に、ジェンキンスは戸惑う。
この回線は長官直通のルートのハズだが、彼はもう一度周波数を確認した。
下された命令は、それほどにまで予想外なものだったのだ。
『もう一度言うわ、ジェンキンス。そこから離脱しなさい。』
「し、しかし、長官!我々はこれから重桜陸軍に…」
『あなたの任務は完了よ。お疲れ様。回収班を向かわせるから、今から言う座標を覚えなさい。』
長官は淡々と座標を読み上げていったが、ジェンキンスの耳にはまるで入っていなかった。
信じられない命令と、信じられない展開。
彼は無線機を耳元に保ったまま、協力者達の方を見る。
先ほどのアフマドの他に、30人程の男達がそこにいて、ロイヤル製の銃器を手に希望に満ちた表情をしていた。
ジェンキンスは、思い返した。
そう、
この男達の協力を得るために、自分がMI5長官から直々に与えられた"報酬"の事を。
"マラヤンの独立"
アフマドの同志達が自らの命まで投げ打ったのは、ロイヤル・ネイビーの為ではない。
ようやく永きに渡る植民地支配から脱せられると思ったからだ。
ロイヤル政府に協力し、重桜陸軍を追い出せば、ようやく自らの政府を持てると。
間違いない、ロイヤル・ネイビーの獲物は重桜陸軍だけではない。
ロイヤル政府からすれば、マラヤンに居座る重桜陸軍と、内部にいる不満分子を同時に叩ける絶好のチャンスなのだ。
なんてことだ!
何故気づかなかった!
彼は耳元で繰り返される、長官の『聞いているの?』という言葉を無視して一心に叫ぶ。
「伏せろおおおおッ!!」
すぐに滑空音が聴こえて、火炎と衝撃が辺りを包んだ。
…………………………………
現在
鉄血☆パーリーにはその日の午後、少し遅れての参加となった。
すでに片乳丸出しパーリードレス(やめろ)を着たビス叔母さんの演説が始まっている。
そして、私といえば両乳丸出しパーリードレス(やめろ)を着用したピッピィの谷間からその演説を聞いていた。
…ああ、本当に丸出しなんじゃないよ?
ビス叔母さんのパーリードレスのクソエッロい胸元みたいな布がクロステディになってる且つ白地バージョンをピッピマッマァは着てるわけ。
それだけでも18禁だと思うけどね。
まあ、衣装の方はさておき。
ビス叔母さんがこのパーリーを開いたのは、単にエンジョイしたいからでは無いだろう。
数年前には鉄血艦隊の指導者としてその名を馳せていた人物が、ほんの思いつきでこんな事をやるとは思えない。
このパーリーは、我が鎮守府の大きなホールを貸し切って行われていたが、招待されたのはいずれも鉄血系資本の投資家や企業の人間だ。
ヴィシア・アイリス中央銀行、ロイヤル=鉄血石油会社、北連債務管理局…
いずれも鉄血系資本、それもビスマルク財閥の傘下にいる。
考えてみてほしい。
ロイヤルは歴史的に、海軍にその重きを置いてきた。
馬上槍試合が得意な国王が海軍を強化して以来、ロイヤル海軍はヒスパニア海軍を打ち破り、東煌にまで進出し、アイリスのナショナリストを苦しめ、鉄血公国を封じ込めてきたのだ。
つまるところ、ロイヤル・ネイビーはこの国の象徴なのである。
そんなロイヤル・ネイビーの、一鎮守府とはいえ軍事施設の中で、鉄血の実業家達を呼び寄せてパーリーしている。
ロイヤル政府は勿論面白く思ったりはしていないだろうが、政府以上にロイヤル財界とロルトシート家はこの事態を忌み嫌っているに違いない。
少しでもカンの働く人間なら、このパーリーには2つの意味があることを見抜く事だろう。
1つ、ビスマルク財閥はロイヤルでの事業に本格的に参入するという事。
そしてもう1つは、ロルトシート家への宣戦布告。
"ロルトシートの庭先で身内のパーリー"とは、そういう意味も持っているのだ。
私も、もちろんビス叔母さん側に組み込まれ、この経済紛争の当事者になってしまっている。
できればこの悪夢のような争いから逃れたかったのだが…叔母さんを見捨てるなんて所業をできるはずもなく。
やがて叔母さんの演説は終わり、会場が拍手喝采に包まれる。
叔母さんは声援に応えながらも台上を降り、こちらの方へ向かってきた。
「素晴らしい演説だったわ、姉さん」
「ありがとう、ティル。…ちょっとだけ、ロブ君を貸してくれないかしら?」
「…………」
「ティル…?」
「私の。わーたーしーの。わーたーしーのーぼーや。」
ギュウウウウウウウ
ぐへええええええ、ピッピマッマァ、潰れる!潰れる!
「お願いよ、ティル。代わりに…ほら、ラインハルト♪」
「え、なにそのプレゼント交換的なサムシング!?」
「…仕方ないわね」
ピッピが渋々ビス叔母さんの要求に応じ、私は両乳丸出しドレスから片乳丸出しドレスへと移される。
感想?
正直あんまし変わんねえ。
サイズ的にも香り的にも変わる部分がない。
流石姉妹艦!というべきだろうか?
…こんなクソみたいな場面で"流石"という表現を使いたくはないのだが。
両乳丸出しドレス側に移ったラインハルトも同じ感想を持ったらしい。
お互いに目を合わせ、恐らくは同じ意味のアイコンタクトを交わした。
"やれやれ"。
「さて、甥っ子ロブ君♪…あなたとは少し2人きりでお話をしたいわ♪」
叔母さんはそう言いながら、会場の外へと歩を進める。
2人きりでお話したい事?
ピッピを残置したところからみて、恐らく後ろ暗い話なんじゃないかと推測する。
どうやら私という人間は悪い推測ばかりよく当たるようで、それは今回も的中した。
「…ねえ、ロブ君。沿岸部に
ほら、これだよ。