バブールレーン   作:ペニーボイス

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ロルトシート家の人々

 

 

 

 

 

「ハハハハハッ!面白い事を言う!"ぐろーせ号"を止められないのか、だって?そちら側は要求の意味を理解してるのかね?ビスマルク財閥傘下の一大海運企業が保有する、欧州有数の豪華客船を止めるということの意味を!」

 

「フレデリッ…」

 

「おいおい、こちら側のファーストネームを使用して良いなんて言った覚えはないぞ?」

 

「!…し、失礼しました、Mr.ロルトシート…」

 

「まったく。そちら側は礼儀というものを知らないらしいな。こちら側との会談を許してやり、屋敷で息を吸う事も許してやってると言うのに。…正直、取り寄せたロブスターがペストにでも感染しないか心配だ。」

 

 

 

 フレデリック・フォン・ロルトシートとその面会者達のすぐ側では、大西洋の向こう側から取り寄せたロブスターがアイリス人シェフによって調理されていた。

 シェフは一流の中の一流らしく、ロルトシート家当主の一言に高笑いする事はあっても調理を疎かにする事はない。

 その手捌きは人を魅入らせるモノがあったが、ロルトシートはまるで関心を持っていなかった…まるで見慣れたとでもいうかのように。

 

 

 ロルトシートの面会者達はそれぞれ不快感を感じていた。

 

 ユスティア・ヘスティングスは散々コケにされたかのような態度を取られていたし、その隣のカーリューは面会開始早々自身の"ご主人様"を小馬鹿にされている。

 そしてカーリューの膝の上にちょこんと座る"ご主人様"は、こういう貴族趣味的な富豪の事を本能的に忌み嫌っていた。

 

 大西洋の向こう側から取り寄せられたロブスターは、一般的にイメージされるような赤々とした殻ではなく、黒い殻に身を覆わせている。

 アイリス人シェフがロブスターの立派な頭を叩き切り、身を開き、グリルし、身に火が通る間に頭の殻を利用してアメリケーヌソースを作っている間、ジョン・"ジャック"・フォースターはロブスターから目が離せなかった。

 食べたいと思ったのではない。

 あの大きなエビ1匹で、貧しい子供1人が何日食べ繋げる額になるのか考えていたのだ。

 

 

「さて。改めて…そちら側の要求は不可能だと断言させてもらおう。」

 

 

 ロルトシート家現当主は、よほど気に入った相手でもない限り、相手のことを『君』だの『あなた』だの言おうとしない。

 自分の事を『私』や『僕』とも言わないのと同じように。

 ファーストネームで呼び合う相手など、家族ですら数人しかいないのだ。

 

『こちら側』と『そちら側』

 ロルトシート家で自身と相手を示すのに使われるこの語句は、互いのいる階層をハッキリと分からせる意味を十二分に含んでいることだろう。

 

 つまり、ハナから突き放されたにも関わらず、ユスティアは食い下がろうと試みた。

 

 

「Mr.ロルトシート。"ぐろーせ号"はただの豪華客船ではありません。MI5内の情報源によれば、来週にはアイザッツ・グルッペン…ビスマルクお抱えの処刑部隊がその客船でロイヤルに入国します。」

 

「そちら側の情報源の信頼性なら確認済みだ。来週にはビスマルクの兵隊がマニングトゥリーをうろつく事だろうな。」

 

「ではなぜ…」

 

「なぜ?なぜ"ぐろーせ号"を止めないのか?うん?そう聞きたいのか?ビスマルクの豪華客船を止めることの意味は考えたのかね?」

 

「たしかに、リスクがないとは言えません!」

 

「その通り、途方も無いリスクがある。ビスマルクとの本格的な"戦争"をする事になるだろう…まだ時期尚早だ。」

 

「ですが!あの悪名高いアイザッツ・グルッペンの入港を許せば、Mr.ロルトシートのビジネスは更に侵食されかねないのでは!?」

 

「…どういう事かな?」

 

「ロイヤルにビスマルクの実働部隊が上陸すれば、奴はロイヤル国内で自由に動かせる暴力装置を手に入れる事になります!」

 

「フハハハハッ!ビスマルクはそんな愚か者ではない。彼女が暴力装置を持っているように、こちらにも暴力装置がある。彼女も当然、そのくらい知っている。」

 

 

 ようやく、ロルトシートの口からマトモな三人称が出てきた。

 目の前の3人の事は虫ケラ以下としか思っていないに違いないが、ビスマルクの事は認めているようだ。

 ユスティアにはそれが尚の事、悔しくて歯がゆい。

 

 

「Mr.ロルトシート、貴方は私達にビスマルクの邪魔をしろと仰った。スポンサーになって下さった。私達はこれまで貴方の仰る通り…」

 

「そう!そちら側にはこちら側の要求に従ってもらった。ロイヤル-鉄血間貿易の邪魔をしろ、とね。中古の魚雷艇を回してやったんだから、それくらいはしてもらわないと。…ところが最近そちら側はしくじってばかりじゃないか。ノルマも達成できないのに、ビスマルクの豪華客船を止めろだなんて言い出すのは虫が良すぎるとは思わないか?」

 

「そ、それは………」

 

「そちら側で何とかしたまえ。ちょうど北連から4隻、中古の魚雷艇を回してやれる。なあに、PTボートのコピー品だよ。あぁ、もちろん"特別価格"で提供してやろう。」

 

「………あ、ありがとうございます」

 

「艤装の件も心配いらない。来週には用意してやれる。」

 

「………」

 

「振込はいつも通りで頼むよ。それでは健闘を祈っている。…立ち去りたまえ。」

 

 

 

 

 

 

 

 3人の面会者達は、それはそれは惨めな気持ちで帰路につく。

 

 小さな赤ん坊を含めた誰もが、あの忌々しい大富豪の、一銭たりとも惜しまんとする態度には嫌気がさしていた。

 だが、少なくとも彼ら彼女らにとっては、あの大富豪は物資・兵器の貴重な供給源の1つなのだ。

 

 たしかに海軍の兵器庫を襲ったりもするが、何度も何度も繰り返せるわけではない。

 仮に警備兵を全員倒したとしても、ああいう施設には何かしらの警報装置があったり、監視カメラの映像が本部と共有されていたりする。

 そう長々と居座る事は出来ないのだ。

 

 先週カーリューは、海軍の兵器庫から艤装を奪取した。

 だが、それでも用意できたのは3セットのみ。

 残りの3セットはあの大富豪から買わねばならない。

 4隻の魚雷艇の代金を含めると、海賊団の資金はカツカツだった。

 

 

「…あの大富豪以外に頼れる奴はいないのか?」

 

「大佐、残念ながら。魚雷艇や艤装を秘密裏に用意できる有力者はそうそう見つかるものではありません。それに…あの大富豪の提示した"特別価格"は、闇市場では本当に"特別価格"です。」

 

「例えそうだとしても、あの男とは早く縁を切りたいものです…ご主人様を…あんな…!」

 

「カーリュー、俺は気にしちゃいない。」

 

「アナタ!?気にするべきです!!アナタが"あのセントルイスファミリアの足元に及ばない"などという評価をされて良いハズがありません!」

 

「…ありがとう、カーリュー。でも、俺は…やはり大富豪からの評価なんてどうでもいいんだ…」

 

「アナタ…」

 

「第三者からの評価なんかより、弱き人々の生活の方が気にかかる。そのためなら、大富豪からクソ扱いされようが耐えてみせるさ。…しかし、心配なのは…ユスティア、君は辛いだろう?」

 

「ふふ…大佐は本当にお優しい方ですね…。ええ、たしかに辛くはありますが…私とて大佐と同じ想いです。」

 

「君はまだ若いのに本当に逞しいな」

 

「アナタとユスティアさんの高いお志は本当に誇らしいのですが…やはり、ロルトシートは信用なりません。」

 

「………」

 

「………」

 

「彼は私達を利用する気でしかないように感じます。私も、ユスティアさんも、アナタのことも、きっと駒程度にしか思っていない。いずれ私達は切り捨てられるでしょう。」

 

「…実を言うと、ロルトシートから接触があったのは3回目の襲撃が成功した後です。彼は鉄血の輸送船を襲う代わりに魚雷艇を格安で提供してくれました。贅沢品を運ぶのも大抵鉄血船籍の船なので、私達も最初は好都合だと考えていたのですが…ここまで言えば分かると思いますが、やはり最初から利用する気でしかいなかったのでしょう。」

 

「いずれにせよ、あの男を頼らずに済むようにしないとな。っと、すまん、眠気が…」

 

 

 見た目赤ん坊の元海軍大佐の頭が、ガクンと揺れる。

 どうやら見た目だけでなく、体力的なものまで幼児退行してしまったようで、頭をフル回転させた結果脳が休憩を欲したようだ。

 

 彼の嫁にして給仕にして母親であるカーリューは、抱き抱えるフォースターの眠そうな様子を見てとると、多くの母親がするであろう行為を始めた。

 そう、あやし始めたのである

 

 

「あ〜↑よちよちよちよち、私のゴチュジンチャマ〜↑おネムしましょうね〜」

 

 

 流石のユスティアもこの光景には少し目眩を感じた。

 只でさえ、彼女の当初の計画は狂い始めている。

 このまま行けば、彼女の目論んでいた『大佐とKANSENの分離』は見事に失敗する事だろう。

 

 未だに切り離せないロルトシートとの関係と、ビスマルクの私兵団と、夫の母親になってしまったKANSEN。

 まだ10代の少女が扱うには、いずれもあまりに複雑怪奇で、あまりに過酷で、あまりに重い問題だった。

 

 

 

 

 

 

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