バブールレーン   作:ペニーボイス

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封鎖できません!

 

 

 

 

 北方連合首都モスクワ

 

 

 

 

 

 観光名所としても有名な赤の広場は、高級ホテルのスイートルームから見下ろしても立派なものだった。

 流石に雪は溶けきっていて、クレムリンの衛兵隊も夏服に着替えていたが、今度は冬場に訪れてみたいと思わされる。

 純白の雪化粧をした赤の広場はどんな顔を見せてくれるのだろうか?

 少しばかり、心惹かれるモノがあった。

 

 

「ミーシャ、モスクワはどうですか?」

 

 …美しいところだね。

 

「うふふ♪気に入ってもらえて嬉しいです。ミーシャの北連語なら、街の散策もきっと楽しいですよ。時間があれば出かけてみましょう!…でも、今は」

 

 

 いわゆる、彼シャツ姿のアヴローラが私を優しく抱き上げた。

 スイートルームの窓際にあるベビーカーから抱き上げられた私は、そのままミニサイズのスーツに着替えさせられる。

 サイズこそ小さいが、有名ブランドのロゴが入るそのスーツはかなり値が張る代物のハズだ。

 オーダーメイドなら尚更値段が跳ね上がる事だろう。

 

 赤ん坊1人とそのマッマ(だと強弁する女性)の為に、首都最高のホテルと高級スーツを充てがう当たり、内部人民委員部改め『KGV』はかなり金回りが良いらしい。

 

 

 

 昨日郊外の国際空港に到着した時、ツポレフ機のファーストクラスを用意したのもKGVの連中だと察しがついた。

 ツポレフ機の昇降口に、黒スーツの屈強な男たちが待ち構えていたからだ。

 

 

「直接お目にかかるのは初めてですね、同志。私がKGV長官のベニヤです。」

 

 

 黒スーツ達の中でも殊更に地味な、モヤシのような男から挨拶された時は多少なりとも驚いた。

 鉄血情報部長でもあるラインハルトが『使えるヤツ』と太鼓判を押すあたり、ベテラン傭兵なスティーブ●・セ●ールを想像していたのだ。

 実際にはビー●ルズのポー●・マッ●ートニーみたいなひょろ長い男で、しかし、とても「素晴らしい世界を想像してみよう」とは言いそうもない雰囲気を纏っていた。

 その男から差し出された握手を握り返してこちらも自己紹介すると、私とアヴマッマはリムジンへと乗せられる。

 

 

「単刀直入に言います、少将。同志プーシロフは48時間以内にロルトシートが手を引かなければ…南西方面軍の24個師団を南下させます。」

 

 ずいぶんと"寛容"ですね。

 本当は今すぐにでも国境を越えたいのでは?

 

「はははッ。ラインハルト君から聞いていた通りですね、実に面白い。」

 

 …しかし、同時にジレンマもある。

 仮に侵攻したとして、ウクラニア軍がどう動くかはわからない。

 報復措置としてパイプラインを爆破されれば、北方連合の経済は大ダメージを受けるでしょう。

 

「そうです。あんな軍隊(ウクラニア軍)にもパイプラインを爆破できる程度の爆薬はある。だから、できる限り力づくの解決方法は避けたい。」

 

「ミーシャ、何かいい方法はありませんか?」

 

 ……恐らく、この手の問題に特効薬はありません。

 囲い込みを進言します。

 

「囲い込み…ですか、同志?」

 

 はい。

 セヴァストポリの黒海艦隊を出港させ、南側から圧力をかけましょう。

 ビス叔母さんに頼んで、鉄血側にも戦車師団を配置してもらいます。

 そうすれば…ウクラニアの出入り口は南西方面に絞られる。

 バルクス半島(史実のバルカン半島)に工作員はお持ちですか?

 

「!…なるほど!ええ、もちろんいますよ!すぐに動員します!」

 

「バルクス半島には独立の際北方連合が力を貸した国が多い…完璧です、ミーシャ!」

 

 アヴマッマ、これは第1段階でしかない。

 もしこれでウクラニアが諦めなければ…更に手を打たないと。

 

「何はともあれ、今夜中に包囲網を完成させますよ。鉄血側の説得はよろしくお願いします…おっと、ホテルに着いたようです。明日の朝、またお会いしましょう。」

 

 

 

 そこからスイートルームへと至り、私はビス叔母さんに連絡を取った。

 アヴマッマは「ミーシャ♪ミーシャ♪ミーシャとおっふろ♪」とかルンルン気分だったけど、ビス叔母さんとの電話が終わるまでは待ってもらう。

 …ねえ、アヴマッマ?

 そんなオヤツをお預けにされたチワワみたいなつぶらな瞳で見つめないでくれる?

 あと10分ばかし待ってて?頼むよ?

 

 

『………分かったわ、私の方から陸軍に働きかけましょう。』

 

 よろしく頼んます、ビス叔母さん。

 

『それはそうと…貴方と話したがってる子達がいるわ。はい、ど』ガッ

 

 ピッピ?

 

『…………』

 

 ピッピ?

 

『…………』

 

 いくらなんでも受話器引ったくるのは良くないと思うよ?ピッピ?

 

『………ミニ、私達のこと忘れちゃったの?』

 

 ルイスか〜い。

 

『最近、ミニ・ルーはティルピッツと絡んでばかりじゃない…グスッ、お母さん悲しいわ…えぐっ』

 

 なななな泣かないで、ルイスマッマ。

 帰ってきたらちゃんとあやされまくるから。

 

『やり直し』

 

 帰ってきたらあやちてくだちゃい!

 

『まあ嬉しい!ルイスマッマ楽しみに待ってるからね!髪の毛から爪先まで私の体臭で』

 

『ちょっと!ルイス!長電話禁止よ!…chou〜?帰ってきたら私とお風呂だから!』

 

 う、うん。

 

『ダンケ!?そんな約束は…』

 

『あなたポーカーで負けたじゃない、ルイス。…それじゃあ、ベルに変わるわね?』

 

『ご主人様、ロイヤルを出国なさる前に一言仰って下さっても良かったのでは?』

 

 あー、本当にごめんよ!

 緊急事態だったんだ。

 

『ご主人様の矯正も…』

 

(そこまで?一言言わなかっただけで、そこまで?)

 

『うふふ、冗談です。オセアニアの植民地から高品質なビーフを取り寄せております。楽しみにしていてください。それでは、ティルピッツ?』

 

『あーーーーーー、ぼーーーーやーーーはやくかえってきてええええええ』

 

 バグらないで、ピッピ?

 

『帰って来るの、楽しみに待ってるわ!私達の望みは貴方の無事だけ…どうか無事に帰ってきてね?』

 

 うん、ピッピ。

 それは約束するよ。

 

『ふふっ、嬉しい♪それじゃあ、お仕事頑張ってちょうだい♡』

 

 

 

 

 一晩明けた今朝、私はアヴマッマと共に朝シャンし、KGVの車で彼らの本部へと向かう。

 KGV本部の建物は、外から見るだけでも明らかに重い空気を漂わせていた。

 きっと上手くいっていないのだろうと思ったし、実際その通りだった。

 

 黒海艦隊は既に出港していたが…どうやら、バルクス半島の工作員達はまだ充分に働けていないらしい。

 明らかに昨夜一睡もしていないベニヤが言うには、封を開けたばかりのカイロのような状態とのこと。

 なんつーか、まあ、そうだよね。

 私自身、MI5時代に似たような経験をしているから同情できるというか何というか。

 ただ、その時は期待していた"細胞"達から「知るかバ〜カ」とばかり中指を突き立てられたから、ベニヤの立場の方がよほどマシだろう。

 E国の"細胞"連中絶対許さん。

 

 

 さて、ベニヤの工作員達はまだ上手く機能していない。

 これは悪いニュースだったが、良いニュースもある。

 ロルトシートの投資会社によるウクラニア・ガスプロムの株式買収が鈍っているようだ。

 原因は投資会社が買い渋っているのではなく、ウクラニア側の売り渋りらしい。

 勿論、相場の高騰を狙っているわけでもない。

 黒海艦隊が南側から圧をかけ始めた事で、国土への攻撃がウクラニア政府の脳裏にチラつき始めたのだろう。

 いくらウクラニア・ガスプロムを売って稼いでも、国土を失えば元も子もないのだから。

 

 だとすれば良い兆候だ。

 後はビス叔母さんが鉄血側の国境を埋めてくれれば万事うまくいく。

 案外、第1段階だけで済むかもな。

 そう思った矢先、ビス叔母さんから電話がかかってきた。

 そしてその電話は…悪いニュースでしかなかった。

 

 

『ウクラニア国境地帯、封鎖できません!』

 

 

 あのね、ビス叔母さん。

 リアルにクライシスなんだから、踊る大外交戦とかやめようぜ?

 どこにも需要はないし、そのお知らせ結構ショックなんだけど?

 

 てか、なんで?

 

『ごめんね、ロブ君。叔母さんの力不足よ…。鉄血はもう独裁政権ではなく、民主主義国家なの。』

 

 つまり…鉄血政府が乗り気じゃない感じですか?

 

『そう。スタルノフ(北連前書記長)が国境沿いに戦車師団を配置して以来、政府は北連をイマイチ信用しきれない。だから政府の中には、パイプラインの買収を好意的に捉えている者もいる。』

 

 なんてこった…。

 ま、まあ、叔母さんのせいじゃありませんよ。

 

『ありがとうロブ君。財界からも圧を掛けてみるけど、しばらく時間がかかると思うわ。』

 

 わ、分かりました。

 時間を稼ぐ必要がありますね。

 

 

 

 私は電話を切ると、アヴマッマに向き直る。

 

 ねえ、アヴマッマ?

 ウクラニアの首相と連絡取れたりする?

 

 


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