バブールレーン   作:ペニーボイス

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ロミオは何故ロミオなのか?

 ロイヤル

 セントルイスファミリア鎮守府

 来賓用宿泊棟・VIPルーム

 

 

 

 

 

 

「ア〝ー、今日も疲れた…」

 

 

 1人の乳幼児がベビーベッドの上で伸びをしながらそう零す。

 彼の名前はラインハルト・フォン・ビスマルク。

 鉄血公国情報部部長にして、祖国ではあのビスマルクに認められて手を組んでいると恐れられる人物である。

 …実際は、手を組むどころか縁を組んでしまったのだが

 

 そんな彼は今、従兄弟の代わりにあるロイヤルの鎮守府の管理を任されている。

 彼自身、一昔前まで海軍軍人だった。

 このKANSENの拠点を管理する毎日は本当に懐かしく思えている。

 ビスマルクからの重過ぎる過保護や、他の鉄血KANSEN達からの「私たちの子でもあるでしょ?」扱いには多少振り回される部分がないわけではない。

 だが、やはりそんな彼女達を見ているのは心の底から楽しく思えた。

 

 

 ……ただ、同時にある種の"過去"が彼を縛り付けている。

 それは、かつて彼が一番想いを寄せた相手。

 昔、キールの鎮守府で熾烈ながらも楽しい毎日を送っていた時を思い出すと、今の生活には"彼女"が欠けていた。

 

 

 

 彼女は失われた。

 数年前にアイリスの港町で。

 彼を庇い、自身の命と引き換えに彼を助けた。

 

 

 

 

 別に忘れようだとか思った事はない。

 でも、悔やむような毎日を、きっと彼女自身望んでいないだろうと思うことにしていた。

 だけど、少しだけ…。

 そう、今は少しだけ、彼女の事が恋しい。

 鎮守府での生活は、彼女への哀愁を彼に感じさせるに十分な要素を持っていた。

 

 

「………シュペー…君に会いたいよ。」

 

 

 いかに元海軍軍人の鉄血情報部長であったとしても、身体が赤子になってしまえば体力は赤子と同等になるようだ。

 彼は眠気を覚え、そしてそれに抗おうともしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、同施設内司令室では、ラインハルトの"母親"であるビスマルクがバスタオル一枚という姿で髪をドライヤーで乾かしていた。

 戦艦というクラス相応の、ダイナマイトボディーの素晴らしい肉体美がバスタオルという布切れのせいで余計に目立っているわけだが、彼女の目の前にいるアイザッツ・グルッペンの士官は何も感じてはいなかった。

 士官は無精髭を生やし、お世辞にも清潔感溢れるとは言い難い軍服を着ていて、よれた山岳帽を頭に不快な安葉巻の臭いを漂わせていたが…ビスマルクが何か感じることもない。

 この2人は冷戦前からの長い付き合いであり、士官はビスマルクが最も信頼を置く部下の内の1人だった。

 

 

「報告ご苦労様、テオドール。ロイヤルの沿岸警備隊も貴方ほど真面目なら良いのだけれど。」

 

「…会長、何か着てください。私は知っていますが、他の士官は知りもしませんからね。変な気を抱いてしまうかもしれませんよ?貴女が豊満な"皮"を被ったメスゴリ」

 

 ズバァンッ!!

 

「あらテオドール?何か言ったかしら?」

 

「な…なんでもないっす」

 

 

 唐突に発砲されたルガー・アーテラリーモデルの9mm弾が顔のすぐそばを通り、彼は冷や汗をかく。

 この会長、今度から"組長"とでも呼んでやろうか。

 テオドールは色々あって鉄血公国親衛隊の外国人部隊に入隊する事になるまで、サディア帝国の暗黒街でヒットマンをしていた。

 完遂した仕事は1つや2つではないし、自身の肝を試されるような状況に置かれたこともある。

 だが、それでも、この金髪美女には欲情できなかったし、恐れおののいていた。

 彼女は彼が所属した組織のボスよりも一枚上手で、一枚余計に恐ろしかったのだ。

 

 それに…もうそんな歳でもない。

 顔に深いシワを刻んだ大尉はもう50も手前になる。

 彼には今家庭があり、安定した老後も望めていた。

 彼を拾った挙句、"テオドール"という新しい名前までくれたビスマルク会長がいなければ、彼はもっと早くくたばっていた事だろうと思ってもいる。

 だから彼の会長への忠誠心は並々ならぬものがあった。

 ビスマルクもそれには気づいていて、だからこそ「メスゴリラ」ぐらいの軽口なら許すのである……ルガー"くらいで"。

 

 

「……さて、テオ。私が何の理由もなく、貴方に調査させるハズがないのは分かっているわね?」

 

「ええ。会長が当て推量をやった事はない…今回もアタリですよ。今朝のニュースを見た瞬間に私を呼んだのは正解ですね。」

 

「結果から教えて頂戴。」

 

「ロイヤル沿岸警備隊はサディア帝国が保有"していた"量産型コルベットと交戦していました。奴らには荷が重い相手です。」

 

「………聞くまでもないけど、"していた"という事は…廃艦予定だったものを横流しでもされたのね。」

 

「随分と大胆なことをしますよ、本当に。サディアは内戦が終わったばかりです。冷戦直前のゴタゴタっぷりは他にマネできないでしょう。」

 

 

 サディア帝国はホルタ会談の直前、親アズールレーン派と、親レッドアクシズ側、更には北方連合の息のかかった共産主義ゲリラに別れての内戦に突入した。

 突然の皇帝の崩御・幼過ぎる次期皇帝の即位と同時に始まったこの内戦は、その期間こそ短かったものの、様々な影響を多方面に及ぼす事になったのだ。

 結末からいえば、サディア帝国のKANSENであるヴィットリオ・ヴェネト達が中心となり、幼い次期皇帝への支持を集めて内戦を終わらせた。

 いかに強烈なファシストや共産主義者であっても、KANSEN達に立ち向かうだけの度胸は持ち合わせていなかったのである。

 

 しかし、内戦は当然ながら混乱を招いた。

 ヴィットリオ・ヴェネト達の動きは迅速だったが、多くのヒト・モノ・カネがサディアから流出するのを完全に防ぐことはできなかったのだ。

 サディア帝国海軍も多くを失った…解体予定だったガビアーノ級コルベットもその一部である。

 

 

 

「そのガビアーノ級がロイヤル沿岸警備隊を襲っている…それも一度や二度ではなく。襲撃はこれで六度目ね。」

 

「ユニオンの沿岸警備隊と違い、ロイヤルのそれは戦闘を前提とはしていません。一方的にやられたとしても何ら不思議ではない…しかし問題は、()()()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()、でしょう。」

 

「"連中"…?……さて、誰の事かしら」

 

「会長、人が悪過ぎます。廃棄予定とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、それを使って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……そうね。対象は分かりきっている。」

 

「それでいて会長が何故とぼけた表現を使うとすれば…理由は簡単、連中の目的が分からないから。」

 

「素晴らしいわ、テオ。先程の軽口がなければあやしてあげたのに。」

 

「やめてください、女房にしばかれます。」

 

「…冗談はさておき……海賊どもの狙いは何かしら。貴方の意見が聞きたいわ。」

 

「…………この地図をご覧ください。」

 

「相変わらず準備がいいのね、テオ。」

 

 

 ビスマルクは笑顔で地図を受け取ったが、それを読んでいるうちに表情は段々と険しくなっていく。

 彼女は片手に持つドライヤーの電源を切り、今度は両手でそれを保持してよく読んだ。

 やがて、ビスマルクは鉄血公国国民に最もよく知られた表情……つまり、シリアス極まりない威厳ある表情になってテオドールに目を向ける。

 

 

「お手柄よ。警備を増強する必要がある。」

 

「連中の目的は明らかです。ですが…そのアプローチがわからない。海か、陸か、あるいは空か。」

 

「いずれにせよ、標的は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル中部

 スコットランド

 ダンディー

 

 

 

 

 古びた倉庫の中で、陰謀の最終段階が確認されていた。

 説明をする者は綺麗な海軍制服を着込んだ赤ん坊で、説明される者達はその赤ん坊の話を真剣に聞いている。

 側から見ればシュールな光景であるが、当の本人たちは真剣そのもの。

 彼らの前には机と地図があり、そして広げられた地図はある鎮守府周辺の領域を示していた。

 

 

「セントルイスファミリア鎮守府の東側…ここを見てほしい。緩やかな海岸で、上陸は容易だろう。ここにはS隊が上陸する。目標は可能ならば海岸の確保だが……君達の勇気に…俺はなんと言うべきか…」

 

「ご心配なさらず、大佐。正義の為です。5年前、我々はその正義を果たせなかった…自ら信じる正義に背を向けて身を守った…アレ以来、後悔に苛まれているんです。」

 

 

 暗い顔をする赤ん坊に声をかけたのは、鉄血公国陸軍の制服に身を包んだ下士官だった。

 ただ、この男は鉄血公国の人間ではない。

 彼は元ジョン・"ジャック"・フォースター鎮守府守備隊に属していて、指揮官の解任と同時に閑職へ左遷させられた。

 海軍上層部は、いわゆる"血に塗れた"関係者たちを自らの視界から消したがっていたのである。

 自分たちがそう命じたにも関わらず。

 

 彼がかつての敵の制服を着ている理由は、それがこの作戦における目的の1つだったからだ。

 制服のせいで、きっと彼は捕虜として適切な扱いを受けることができなくなるだろう。

 だが、彼にとってそれは大した問題ではない。

 なぜなら、捕虜になる気も、その心配も、微塵もなかったからだ。

 

 

「後の部隊は先程達した通りの行動を取ってくれ。…全ての準備は整った。障害となる沿岸警備隊も排除した。決行は明日。…………この作戦は人々の記憶に刻まれる事になるだろう。しかし、残念だが、栄誉を得ることはできないし、君達は君達として認識されない。こんな何の得にもならないような作戦に参加してくれた君達の勇気を心の底から誇りに思う。皆、ありがとう。」

 

 

 フォースターは悲痛な顔で締めくくり、周りの人々から喝采を浴びた。

 彼はこの作戦が陰惨をもたらす事を充分に認識していたし…自身では認めたがらなかったが…ある勢力に利用されていることも重々承知していた。

 それでも過去への贖罪と救済を求める彼の精神は、この破滅的な作戦へと彼を突き進ませている。

 痛ましいことに…本来なら彼を止めるべき妻でさえ、理性を失っていたのだ。

 

 

 悲劇に酔いしれた元海軍大佐は、誤ったカタチの連帯感というものにドップリと嵌まり込んでいた。

 海賊と手を組むロイヤル軍兵士も同様に。

 そしてそれを醸成させた人間が、この作戦において最も利益を得るのだった。

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