ジブラルタル海峡
「…良い景色ね。」
ブロンドの髪に、いかにも高貴なる者らしい芳香を漂わせる少女が、目の前の風景を見てそんな事を言った。
背後には、まるで騎士か何かのように控える少女がいて、先程のブロンドに賛意を示しつつも渋い顔をする。
「ええ、全くです。…まさか、また人類同士でこの海を奪い合う事になるとは。」
「まだ決まったわけではないわ。それに、それを防ぐためにこのエリザベス様が派遣されたのよ?」
クイーン・エリザベスを旗艦とするロイヤル艦隊が、現在ジブラルタル海峡のロイヤル側で待機しているのには理由がある。
海峡のもう半分を管理するヒスパニアが、それを封鎖するという暴挙に出たからだ。
彼女達はロイヤル首相マーク・マクドネル直々の頼みで、「欧州ひいては全世界の安寧を保証する」という大義名分の下、派遣されていた。
「確かに我々がここにいるのは、ヒスパニアの暴走を抑止するため」
「ヒスパニアだけじゃないわ。地中海の守護者を自負するサディア、ヒスパニアと国境を合わせるアイリス、黒海艦隊の行動を抑制されかねない北方連合…それに、同盟諸国への影響から引くに引けないユニオンまで。私達が仲裁をしなければならない相手は余りにも多い。」
「………陛下…」
アズールレーンとレッドアクシズの戦争は終わり、冷戦さえ乗り越えた後、人類は再び手を取り合ってセイレーンとの戦いに戻ったのではなかったのか?
『戦いはいつの世も変わらない』
ウォースパイトはかつて、あるユニオンの空母が言っていた言葉を思い出す。
だが。
変わらないのは果たして戦いの方だろうか?
それとも、戦いをやめることのない人類の方だろうか?
ウォースパイトは時に迷う事がある。
自身が戦う意義と意味に。
彼女その言葉を発した空母よりもよほど歴戦で、目の前のクイーン・エリザベスには絶対の忠義を尽くしているが、延々と続く戦いは時に彼女を迷わせた。
人類の戦いに終わりはあるのか、と。
彼女達KANSENが必要とされなくなる日はくるのか、と。
クイーン・エリザベスはまだ美しい景気を見ていたが、背後のウォースパイトを始め多くの"下僕"達が同じように悩んでいる事に勘付いていた。
それでも彼女が責めを発しないのは、彼女自身その悩みに同調する部分があるからだ。
ただ、彼女は戦うこと自体に悩んではいなかった。
"理由"は充分にある。
問題は"期間"があまりにも連続して長引いている事だろう。
ただ高慢なだけに見える少女は、その頭脳の中に"下僕"の心情を事細かに把握できる機能を備えていた。
世界最強を自負するロイヤル海軍に彼女がいる事は、海軍が大衆迎合主義者の首相やロルトシートの手先に囲まれた状況において格別に幸運だったと述べる事ができるだろう。
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鉄血公国
首都ベルリン
フレデリック・フォン・ロルトシートの弟であるエーミールは、この日ビスマルクに最後の一撃を加えんとしていた。
ヒスパニア債務管理局の説明会を、ロルトシートの人間が、ビスマルクのお膝元であるベルリンで行うということ。
これが何を意味するのか…鉄血の誰もが知っていた。
『ビスマルクの時代は終わり。ロルトシート家と手を組むべし。』
商才に恵まれない者でもこれくらいの判断ならつくだろう。
ヒスパニアの破綻を前提にした組織の説明会が行われるということは、ヒスパニアの支援を取り付けて回ったビスマルクの信用を完膚なきまでに叩き潰すということでもあるのだ。
これが無事に終われば、ロルトシート家はロイヤルのみならず、鉄血公国をも手に入れる事になる。
元々の係争の原因であるチェフメ油田は勿論の事、大陸側欧州の財界に覇を唱えるビスマルクを倒せば…もうロルトシートを邪魔するものはいない。
だからこそ、エーミールは息巻いている。
肩をいからせ、魂の情熱をその瞳に宿らせながら、彼は取り巻きのボディガード達と共に会場へと徒歩で向かっていた。
道中、欧州各国のメディアから嵐のような取材を求められていたが、屈強なボディガード達が記者達を押し除け続けている。
比喩でも何でもなく、彼を止められる者は誰もいない。
普段は兄の威光の影に追いやられ、"いけすかないロルトシートの三枚目"などと陰口を叩かれた時もあった。
だが、今や鉄血財界の中の大多数はエーミールに取り入ろうと必死になっていた。
つまり…誰もがビスマルクの劣勢とロルトシートの伸長を感じていたのである。
道路を進むエーミールから、こちらに向かってくる2台の黒いセダンが見えた。
2台とも鉄血のど田舎でも見るタイプの車両で、極めて一般的という以外には何も特徴はない。
だがエーミールは何か嫌な予感を感じていたし、そしてその理由は、その2両のセダンのどちらにも満員である4人が乗っていた事、そして2両とも何らかの統制下に行動しているように思えたからだ。
現在、鉄血公国にエーミールを攻撃するような不安材料はない。
…ないハズ。
ビスマルクの配下はロイヤルに出払っているし、鉄血公国軍は政府に押さえつけられている。
政府は最早、財界の巨頭がビスマルクからロルトシートに入れ替わる前提での方策にシフトしていた。
こんな日中にエーミールをボディガードごと襲撃するという自殺行為をするような分子は、少なくとも思い当たらない。
だが、2台のセダンの連中は、
2台のセダンの後部座席からサブマシンガンの銃口が飛び出てきて、エーミールを取り巻くメディアごとドライブバイ射撃の標的にした。
血と肉が飛び交い、恐怖と痛みの絶叫が響く中、エーミールは自身のボディガード達が次々に殺されていくのをしっかりと見てしまう。
だが、生き残ったボディガードの1人が呆然とする彼を引っ張って、凄惨な不差別射撃の現場からどうにか連れ出したのだった。
「チクショウ!これが北連のやり方かよ!大将も何でこんな連中と合同作戦なんか」
「ワシントン!気持ちは分かりますが、今は任務遂行を優先すべきです。KGVがターゲットを離脱させました、我々は先回りしますよ!」
2台のセダンによる銃乱射の後、1台のバンが走り出した。
そのバンに乗るチーム・ユニオンの面々は、早くも襲撃現場からの離脱を試みているエーミールを捉えている。
「皆んな、ロブロブからの指示はわかっていますね?生け捕りにしますよ!」
バンを運転するノースカロライナがバンの中のメンバー達にそう言ったが、彼女の声が聞こえたのか聞こえてないのか…メンバーの1人、コロラドはM9バズーカを手に取ってバンのサンルーフから身を乗り出した。
「ちょっ!コロラド!?私の話聞いてまし」
「情け無用フォイア!!」
コロラドはノースカロライナの制止に耳も貸さずに引き金を絞る。
成形炸薬弾がロケット推進により飛んでいき、エーミールの300m前方にあった車両を吹き飛ばした。
結果としてエーミールとそのボディガードはひっくり返り、そして別方向の路地へと走り出す。
『ちょっと!チーム・ユニオン!何で余計なコトをするんですか!?ターゲットがあの車両に乗るのを待ってから再襲撃する手筈でしたよね!?』
「しゃらくせえ、このキチガイKGVめ!!テメェらこそ冷戦ん時と変わってねえじゃねえか!!」
「やめなさいワシントン!!…忘れてはいけません、ロブロブは私達が頼りなんです!」
『…ミーシャの為にも、ターゲットは生け捕りにしないと…ターゲットは路地へ。追跡を頼めますか?』
「分かりました。ワシントン、コロラド!ついて来なさい。メリーランドはバンの運転を!GO!GO!GO!」
ノースカロライナとワシントン、それにコロラドがトミーガンやバズーカを片手にバンから飛び出していく。
エーミールとボディガードは早くも路地へと逃げ込んで、ボディガードの方が時間稼ぎのためか自動拳銃で制圧射を見舞って来た。
その間にもエーミールは1人で逃げ続けている。
「チッ!あのボディガード邪魔くせえ!」
「落ち着きなさい。ターゲットに当たる可能性があります。無闇に撃たないよ」
「情け無用フォイア!!」
コロラドがまたM9バズーカを発射したが、今度は
成形炸薬弾をまともに食らった可哀想なボディガードはバクハツ=シサンし、上品なローファーのみを残して蒸発した。
…文字通り。
「コロラド!もうバズーカは禁止です!」
「…チェッ」
コロラドが舌打ちをしたが、ノースカロライナはそんな彼女に構ってもいられない。
ターゲットは既に路地へと歩を進めていて、今まさに次の大通りへと出ようかとしていた。
「人通りの多い通りに出られると厄介です!捕まえますよ!」
ノースカロライナ達は足を早める。
彼が先に大通りに出れば、別の警護チームに拾われる可能性があり、そうなればエーミールはこのキリングフィールドから安全に離脱できてしまう。
だからノースカロライナとしては、この狭い路地でケリをつけてしまいたい。
だが、エーミールは思ったよりも俊足で、ノースカロライナとの距離をグングンと開けて行ってしまう。
結局、やはり彼の方が先に大通りに出て、走行してくるであろう彼の回収チームの車両に腕を振り始めるのが見える。
ノースカロライナは更に急いだが、しかし、結局彼女達が急ぐ必要はなかった。
エーミールの回収チームの車両と思われた1台のグレーのセダンが、フロントグリルをエーミールに当てて彼を弾き飛ばした。
可哀想なエーミールはグルグルと回転しながら硬いアスファルト舗装の上に投げ出され、グッタリと動かなくなる。
ノースカロライナ達が汗だくになりながら大通りに達した時、グレーのセダンから1人のKANSENが降りて来た。
プラチナブロンドの髪をポニーテールにまとめた、工作員モードのアヴローラである。
「ふぅ〜。危ないところでしたね。ですが対象は"保護"できました。」
「ほ…"保護"…?」
ワシントンは息を整えながら、ボロ切れのようにアスファルトの上に転がっているターゲットを見て、彼がちゃんと生きているのかさえ不安になっていた。
「大丈夫です、生きてますよ。」
アヴローラは笑顔でそう言いながら、転がっているエーミールの腹部に強烈な蹴りを入れた。
エーミールは呻き声と共に咳き込み、少し落ち着いてから呪いの声を挙げたが、アヴローラは再び蹴りを入れて彼を黙らせる。
「ね?この通りちゃんと生きています。…バズーカは予想外でしたけど、…よくやってくれました、ノースカロライナ。」
「……え、ええ。そちらも。」
「さて、対象も捕まえた事ですし、離脱してミーシャに報告しましょう。」
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「ミニ!KGVとCIUの合同チームがエーミールを捕縛したわ!!」
ルイスマッマが嬉々とした表情で私をザラママから奪い取って、そのまま谷間に納めやがった。
今までザラママに独占されていたのが余程悔しかったのか、まるで私に匂いを擦り込むかのように入念に圧される。
つまり私は息ができない。
貴女は私を殺す気なのか、ルイスママ。
「ん〜↑私のミニ!ミニミニミ〜ニ♪もっともっとルイスママをあ・じ・わ・っ・て♡」
「坊や…エーミールを捉えたという事は…」
うん、次のステップだね、ピッピ。
さてはて。
上手くいくといいんだけど…