バブールレーン   作:ペニーボイス

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ベイビー・マッド・ドッグ

 

 

 

 

 

 

 彼が"ジェンキンスになるのを好む"のは、単純にその役になりきるのが容易だからだ。

 中流階級のイングランド人、上品な言葉遣いだが完璧な紳士とは言い難い振る舞い、そしてブロンドと蒼い瞳。

 "ジェンキンス"を演じる男…ジェイムス・ポンドにとって、これほど都合の良い役柄があるだろうか?

 

 彼は今独房の中でタバコをふかしつつ、あのビスマルクが赤黒い怒りの表情で訪れてくるのを待っていた。

 "彼女のラインハルト"は手榴弾の破片を喰らったはずで、ポンドの知識が正しければそう長くは持たない。

 独房に入ってから結構経つので、ラインハルト君は相当粘っているのだろう。

 だが、ビスマルクの訪問は時間の問題だ。

 あの状況でラインハルト君が生き残れる確率はそう高くはない。

 

 そしてラインハルト君の死は、ポンドの最後のミッションが達成されることを意味していた。

 ラインハルトを殺せばビスマルクは間違いなく発狂する。

 彼女が発狂すればつけ入る隙ができる。

 つけ入る隙ができれば…あとは長官がビスマルクに王手をかけてくださることだろう。

 

 

 しばらくして、ポンドは待ちに待った訪問を受けることになった。

 だが残念。

 独房を訪れたのは、彼の待ち望んでいたビスマルクではない。

 過去にMI5に所属していて、彼自身とも顔を合わせたことのある男…正確にはティルピッツの谷間に挟まる赤ん坊…だった。

 

 

 

「………クソっ。最後の最後でしくじったわけか。」

 

 …察しがいい。

 マラヤンの時(ハウスクリーン作戦)のようにはいかなかったな。

 

「ああ。あの時は長官が焦ったせいで台無しになるところだった。アフマドほどの用心深い人物が、こちらの裏切りを予期していないはずがない。あの後カバーストーリーを信じ込ませるのにどれだけ苦労したか。」

 

 放っておけば良かったじゃないか

 

「無茶言うな。あの地形で砲撃されても一掃にはならなかったろうし、アフマドは案の定予備部隊を残していた。…東南アジア最大の、ロイヤル海軍弾薬庫を攻撃させるために。」

 

 君はアンダマン海にいる架空の"重桜艦隊"による砲撃だと信じ込ませ、予備部隊と合流して移動するように勧めた。

 そして…そこでやっと…ロイヤル・ネイビーは()()()()()()()()()()ということか。

 

「随分と骨を折った作戦だった。結果としてロイヤルは東南アジアの安定を手に入れたはずだったが…あんたなら知ってるだろ?」

 

 まあね、この間SL班と戦ったのは私だ。

 

「やはりな。…そして今ここにいるということは…俺はラインハルト・フォン・ビスマルクの抹殺にもしくじったということだ。…正直、あんたも怒り狂っていると思っていたが。」

 

 長官と話したんだ、君の作戦は終わったよ。

 長身はサジを投げ、ロルトシートはタオルを投げた。

 私が怒り狂っているということはないが…当然愉快な気分でもない。

 

「なら、俺を拷問にかけるのか?」

 

 いいや。

 私は紳士なんだ。

 それに、君には借りがある。

 DRAの作戦の時に助けてもらった借りが、ね。

 

「………待てよ、次の指令か?」

 

 その通り。

 長官からは君を自由に使っていいと言われている。

 

「勘弁してくれ…これでようやく"()"になれると思っていたのに。」

 

 残念だがそうはいかん。

 女王陛下に仕えたように、私にも仕えてもらう。

 …では次の任務だ、ポンド君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 

 ビスマルク叔母さんが銃口を下ろしたのは、私が本心から彼女の考えに同意を示すことのできる部分があることを伝えたからだ。

 叔母さんは少し驚いた顔をしていて、最初は疑っていたようだが、幾つかの質問と熟慮の末に私の発言が真意であると受け取った。

 

 

「……ありがとう、ロブ君。でも、あなたは全力で私に同意してくれるわけじゃない。きっと、あなたなりの考えがあるのね?」

 

 KANSENが人類と対等というのは、いずれ破綻を招く結果になるでしょう。

 一見すれば一番安定感のありそうな方法ですが、人類側は将来ずっと根に持って回る。

 ですから、私の思うに、一等効果的な方法は………脅し続ける事です。

 

「油田やクラップを手に入れるのとは違うの?」

 

 油田を手に入れたところで、ビス叔母さん、そこを操業させるのは人類です。

 KANSENでは手に余るし、兵器工場にも同じことが言える。

 すべてをオートメーション化させるとしても、整備士はどこから連れてくるんです?

 

「なら、私はどうすればいいの、ロブ君。或いは、もう手はないのかしら?」

 

 いいえ、あります。

 ですが誰かが"悪魔"にならなければならない。

 

「坊や!まさかあなたッ…」

 

 分かってくれ、ピッピ。

 ピッピ達のためにも、やらなければいけない。

 

「分かったわ、ロブ君。あなたの計画を聞かせて頂戴。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様!…ティルピッツ、お願いです。どうかご主人様を渡してください。」

 

「ベルファスト?…あぁ…あなたも幻覚や幻聴に苛まれているのn」

 ガッ

「ちょっと!ベルファスト!?」

 

「申し訳ありません、ティルピッツ!埋め合わせは後ほど!」

 

 

 ベルママが無理やり私をピッピママから取り上げたのは、私がポンドへ新しい指令を出してからの帰り道。

 私としてはもう既にポンド君を自由の身にしてしまい、これから実行される新しい作戦への回帰不能点を通り過ぎたところだったので早くも執務室に戻りたかったのだが。

 しかしベルファストは、それを許さず既視感のある笑顔と共に私を谷間に深々と挟み込みながら自室へと歩み出す。

 コツコツと、足早に。

 

 

 

 やがて、ベルファストの私室に至ると、そこには思いもよらぬ陰惨な景色が広がっていた。

 

 

 

「アッ、アガッ!アッ!アッ!」

 

『ダメデス、タベナサイ』

 

「姉ちゃん!辛いだろうけど、元の姉ちゃんを取り戻すためなんだ!頑張ってくれよお!」

 

 

 

 暗い室内で逆トラバサミヘッドギアにかけられたヴァイオレッ…違う、エンタープライズが、背後から禍々しい機械に拘束され、口にブロッコリーをねじ込まれている。

 その近くでは最早半泣きのホーネットがいて、悶絶するエンタープライズを応援(?)していた。

 彼女達の目の前にはテレビが置かれていて、そのスピーカーからは耳にしたことのある曲が流れている。

『それでも前に進むの〜』

 機械はエンタープライズの口にブロッコリーをねじ込むと、無理やりヘッドギアを作動させた。

 

 

『ソシャク、ソシャク、ソシャク』

 

「ア〝ッ!ガッ!…モシャッ!モシャッ!モシャッ!」

 

『エンカ、エンカ、エンカ』

 

「…!……!……ゴ、クンッ!」

 

『タイショウノエンカヲカクニン、イチジテキニカイホウスル。』

 プシュー…

 

「ガッ、ガハッ!」

 

「姉ちゃん!」

 

「………お、お前はホーネット?私は…今まで何を…」

 

「!…良かった…ちゃんと戻ってきたんだ、姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 え、何このホラー映画。

 

「エンタープライズ様はあまりに偏ったお食事をされていましたので、あのように変わられてしまわれたのです。ですので、メイド隊の誇る生活指導マシン『ソシャク君Mk.Ⅷ』を用いての矯正を行わさせていただきました」

 

 …

 ……

 ………

 …………はい?

 

「以前はご自身のことを『ヴァイオレッ●・エ●ァーガーデン』などと名乗っていましたが、これ以降そのような事もなくなるはずです。」

 

 あのぉ〜、それなんだけどさ。

 エンタープライズの食生活が問題だったんじゃあなくて、ただ単に私が『お客様のためならどこへでも駆けつけますって言ってみて』とかクソみたいなお願いしたからそうなったんじゃ…

 

「例えそうだとしても、生活習慣の改善はなされるべきではないでしょうか。…さて、ご主人様、次はあなたの番です。」

 

 …

 ……

 ………

 …………はい?

 

「最近ご主人様も食生活偏重の兆候がございます。」

 

 いやちょっと待てや、ベル。

 そんなわけないやろが。

 あのね、僕ちんったら赤ん坊に戻って以来あなた方のフルアシストによって

 

「ではご主人様。昨晩何をお召し上がりになられたのか、覚えていらっしゃいますか?」

 

 ………

 

「………」

 

 ………

 

「………」

 

 ………コーンフレーク

 

「では、今朝は?」

 

 ………コーンフレーク

 

「本日のお昼は?」

 

 ………アーモンドとレーズン。

 

「それでは、矯正に移らさせていただきます。」

 

 

 ベルマッマが有無を言わせぬ力で私を掴み、椅子の上に座らせる。

 とは言ってもギャグトラバサミヘッドギア付きの方ではなく、普通の椅子に。

 目の前にはテーブルがあり、緑黄色野菜限定の会員制クラブのようになっているサラダが置かれていた。

 テーブルの向かい側にもまた椅子があり、そこにはベルマッマが座る。

 

 

「ご安心ください、ご主人様。いきなり『ソシャク君』を使うようなマネは致しません。まずは、私から食べさせていただきます。…はい、あ〜ん♡」

 

 あーん

 

 

 ベルマッマはフォークでブロッコリーを串刺しにして、私の口元へと持ってくる。

 彼女の笑顔を見れば、誰だってこのブロッコリーを拒否することなどできまい。

 この表情が拝めるタイミングは決まっている…ブチ切れている時のみ。

 

 何故彼女が怒っているのか見当もつかないが…私はこれ以上ブチギレ☆ベルベルが怒らないように、ゆっくりとブロッコリーを咀嚼して飲み込んだ。

 続くレタスも、パプリカも、問題なく飲み込んでいく。

 すると、ベルママの表情が崩れてきた。

 まるで季節外れの夕立のように、急に物憂げになっていったのだ。

 

 

 そしてトマトに差し掛かった時、ついにベルママが動きを止める。

 縦方向にスライスされた上にフォークで串刺しにされた哀れなトマトを皿の上に置き、俯いてしまう。

 私からすればチンプンカンプンな事態だったが、彼女が放った言葉が、彼女の行動の理由を説明した。

 

 

「ご主人様は…()()なのですね…」

 

 ベル?

 

「私は、てっきりビスマルクの悪影響を受けているものと……うっ、ぐずっ」

 

 

 ベルファストが、先ほどまでフォークを握っていた手で私の小さな手を包み込む。

 彼女の手は美しく、しなやかで、上品で。

 そして何より温かで、彼女が私に向けている感情を直実に指し示しているかのようだった。

 

 

 ど、どうしたの、ベル?

 

「心配なのです!!ご主人様がっ!!……申し訳ありません。このベルファスト、ご主人様とビスマルクとの会話を盗み聞きしておりました!!」

 

 …………なんてこった…

 

「ご主人様ぁ!!もう…もうこれ以上!…"怪物"にならないでくださいっ!!」

 

 

 ベルファストはもう泣くのを堪えていなかった。

 彼女は音をたてて椅子から立ち上がり、次いで私に駆け寄って豊満な母性で抱き上げる。

 それはそれは力強く、ルイスやピッピやダンケやザラに負けないほどの力で。

 

 

「耐えられまぜんっ!ご主人様がっ!あんなっ!あんなことを御発案されるなんてっ!スラムの時もそうでしたがっ、ご主人様っ!どうか、どうかご正気にっ!」

 

 …ありがとう、ベル。

 でも

 

「でももヘッタクレもあるのものですか!」

 

(すげえ言い回しだな)

 

「ご主人様はご主人様でいてくださいっ!どうかっ!どうか!!私はどうなってもかまいませんからぁ!!」

 

 ベル!

 

「…!はい、ご主人様」

 

 ……あぁ、ごめん、ベル。

 でもやっぱりマッマ達がどうなっても良いとは、間違っても思えないんだ。

 本当に悪いと思っているけど、私はもう実行した。

 どんな結果になっても、私はその責任を取るだろう。

 

「……ご主人様…」

 

 どうしても嫌なら、無理してついてこなくて良い。

 ベルがこうなるくらいには、私はベルに心配をかけてしまった。

 だから

 

「いやです!離れまぜんっ!ご主人様にはベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベルベル」

 

 ベル?

 

「ベルベルベルベルベルベルベル…でも、ご主人様……私はっ……このベルファストはっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が落ち着くまでには多くの時間が必要で、泣き続ける彼女の谷間にいたのは決して短い時間ではなかった。

 

 その間にも…ジェイムス・ポンドは数あるミッションの最初の一件を手をつけていた。

 

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