アイリス海軍の爆撃機は数をドンドン増していき、最終的には、カーリュー達は40機もの敵航空機に追われることとなる。
彼女達は完全に追い詰められ、ペンシルヴァニアは息も絶え絶え、ユニコーンはオーバーフローな戦い方の代償で動けなくなり、2人ともアリゾナが必死に牽引していた。
そしてカーリュー、キュラソー、フェニックスの残弾は残り少なく、そしていずれの艤装も何らかの理由で損傷・出火している始末。
これでは、彼女達はあと1時間も持てば良い方だろう。
どうしても我慢できなかったのか、フェニックスが悲痛な決断を下したのはその時だった。
「カーリュー!あたしが殿を務める!アンタは他の皆と逃げるんだ!」
「!…何をおっしゃるかと思えば…そんなこと…!」
「行け!…黙って、行け!!このままじゃ皆んな全滅する!!……あの指揮官にはアンタが必要だ!!」
「フェニックス………くっ…残念ですが、致し方ないですね」
カーリューは下唇を噛みしめながらも、フェニックスの申し出に甘んじざるを得ない。
彼女達と海賊団はスコットランドの…それもまた北部に…どうにか拠点を確保していたが、このままでは拠点に辿り着く前に全滅だろう。
…もっと最悪なのは、
カーリューはフェニックス…かけがえのない戦友に自己犠牲を強いなければならない自己の不甲斐なさに、下唇から血を滴らせながらも、礼を言う。
「ありがとうございます、フェニックス…あなたの事は決して忘れません。」
「…………気にすんな。指揮官をよろしくな…」
フェニックスはこれまでの進路とは180°逆方向へと…つまりアイリス海軍爆撃隊の方へと可能な限りの全速で向かい始めた。
「全隊高度・進路維持!敵への爆撃コースを維持しろ!」
アイリス海軍爆撃隊長は自機のSBD急降下爆撃機を駆りながら、仲間に向けて無線通信を流す。
敵は、消耗しているとはいえKANSEN。
通常兵器で倒す事がどれだけ困難かくらいは、隊長には容易に想像できる。
だが、その想像ができない人間もいた。
爆撃隊の内、旧ヴィシア勢の一番機のパイロットは隊長と同じ階級で、しかもプライドの頗る高い人物だ。
だから旧ヴィシア勢のJu87急降下爆撃機の編隊が先行し始めたのも、決して予想外の行動ではない。
放っておけば彼らは大変な目に合うかもしれない、そう思った隊長はJu87部隊に向けて警告を発する。
「"ヴィシア2-1"、こちら"プロヴァンス1-1"、先走るな、敵の的にされるぞ」
『…"ヴィシア2-1"より全"ヴィシア"へ。"プロヴァンス"の指示は無視しろ、連中は腰抜けだ。』
「クソッタレめ!どうなっても知らんぞ!」
「放っておきましょう、隊長。案外我々の出る幕もないかもしれません。」
「………はぁ、そうなる事を願うよ。」
後部機銃手の言う通り、もう"ヴィシア"の連中は公然と隊長を無視しているし、SBD部隊は爆弾を積載したまま帰ることになるかもしれない。
どのみち放っておくしかないだろうと、隊長は半ば投げやりに思う。
その時、隊長は敵KANSEN艦隊の中から1人のKANSENがこちらへと反転してくるのを見てとった。
「んん?…何をする気だ?多勢に無勢だぞ?無謀な事を。…"プロヴァンス1-1"から"ヴィシア2-1"へ。敵KANSENがそちらへ向け反転、注意せよ!」
『"ヴィシア"から"プロヴァンス"へ。余計なお世話だ、引っ込んでろ。』
Ju87部隊一番機は捨て台詞とともに一気に高度をとり始めた。
他のJu87も一番機に続いて高度を稼ぐ。
よほど血気の盛んな"ヴィシア"隊は、早くも新しい獲物に食いつかんとしていた。
Ju87部隊は攻撃に最適な高度に達すると今度は一気に下降、特有の『ジェリコのラッパ』を鳴らし始める。
♪テレレレ〜テレレ〜レレ〜
『たった一隻のKANSENで何ができる!』
哀愁あふれるBGMと共に、既視感のある死亡フラグを盛大に立ち上げた"ヴィシア2-1"は高速でフェニックス目掛けて下降していく。
Ju87が抱えている250kg爆弾が命中すれば、疲弊しているフェニックスには間違いなく致命的なダメージとなるだろう。
後続機も次々と降下をはじめ、爆弾をフェニックスに命中させるためにグングン高度を落としていく。
一方のフェニックスは副砲である127mm連装砲の装弾を終えていた。
主砲の150mm砲は既に弾切れな上に、対空戦闘には適さない。
『ジェリコのラッパ』をしっかりと聞き取っていたフェニックスは、爆撃機の位置を正確に把握していたし、すぐに攻撃もできた。
…だが、なぜか撃つ前にこう言わなければならないという謎めいた義務感に取り憑かれた。
「うちぃ〜かたぁ〜はじめィ!」
フェニックスはかわぐち●いじな表情を浮かべながら、瞬時に127mm砲を構えて2発同時に発射する。
そのうちの1発は、先程盛大な死亡フラグを立ち上げた"ヴィシア2-1"のど真ん中を捉えた。
哀れJu87一番機は空中で四散し、残骸を撒き散らしながら海へと堕ちてゆく。
そして同時に放たれたもう一発は"ヴィシア2-1"の僚機を捉え、その右翼をもぎ取った。
127mm連装砲の複座駐退器から熱々の薬莢が飛び出ていくと、フェニックスはすかさず次弾を装弾する。
彼女に向かってくるJu87爆撃機はそれだけではなかったからだ。
しかし、フェニックスは仲間を思う熱き想いとともに戦闘における冷静沈着さを欠かさずにいて、そのおかげで何をすべきかよく心得ている。
フェニックスの127mm連装砲は別のJu872機を捉え、今度は一門ずつ狙いをつけて撃つ。
砲弾はまたも爆撃機を捉え、それを合成金属製の残骸へと変えていった。
「隊長!シュトゥーカ隊があァッ!!」
「何!?」
後部機銃手の張り上げた声を聞いた爆撃隊隊長は海へと落ちていく複数の黒煙の筋を視認する。
「…くそっ!貧弱な武装だと?…このハリネズミめっ!」
出撃前のブリーフィングで爆撃隊に敵情説明を行ったアイリス海軍航空隊の司令官は、カーリュー達の存在をあまりにも過小評価していた。
軽率な判断をした司令官の代償は、遥かに高いものになりそうだ。
だが、爆撃隊長の指揮下にはまだ多数の爆撃機がいる。
"ヴィシア"隊を含めた全隊員に、隊長は無線通信を送った。
「"プロヴァンス1-1"から全機へ!敵はもうすぐ弾切れだ!機動を繰り返して無駄撃ちを誘え!」
フェニックスの後方では…彼女の奮闘のおかげで爆撃隊とは随分距離を取れたカーリュー達が尚も先を急いでいる。
カーリューはフェニックスに殿を任せた時から振り返らないように決めていたが、しかし、回復して目を覚ましたユニコーンはその事を知るはずもない。
彼女は不運にも敵爆撃機に囲まれているフェニックスを目にしたし、放っておくようなこともしなかった。
「カーリューお姉ちゃん!戻って!フェニックスお姉ちゃんがっ」
「ユニコーン!目を覚ましたのですか!…いけません、今戻れば彼女の犠牲を無駄に」
「シー↑ファング、発艦!!」
「ユニコーン!?」
ユニコーンは目を覚ましたものの、自力で活動するには程遠い状態だった。
かわぐち●いじな表情をしつつも、彼女は自身ができる最大の援護を思案し、そして思い当たる。
故に彼女は甲板からシーファング戦闘機を飛び立たせる事にしたし、シーファングもまるでユニコーンの意思を汲み取ったかのように全速力で敵爆撃隊へと向かっていく。
しばらく機動を繰り返していた隊長機は、フェニックスから一発一発確実に無駄撃ちを"勝ち取っていった"。
だが、隊長機はユニコーンの方向から向かってきた高速の機影2つとすれ違い、あわや失速するところだった。
「なっ!なんだ!?」
隊長が振り返ると、彼とすれ違った機影…シーファング戦闘機の内の一つが、彼の僚機に機銃弾を浴びせているところだった。
僚機は瞬く間に蜂の巣になって海へと落ちていく。
更に、もう一機のシーファングが、味方のSBDを捉えていた。
「振り切れえええええ!!」
シーファングに追われるSBDを見ながら叫びに近い声で張り上げた祈りも虚しく、SBDは機銃掃射を受けて空中で四散する。
その光景を見ながら、隊長はブリーフィングに同席した、ある海軍パイロット……彼は雷撃隊の隊長であり、爆撃隊の前にKANSEN達と交戦して命からがら離脱した……の言葉を思い出す。
『敵の軽空母は高練度の戦闘機隊を次々に繰り出して、我々の大半を撃ち落とし、しかし不思議な事に私の機体のみを残して帰還していった。我々は、この軽空母を"カノウセイのケモノ"と呼んだ…決して獲物を逃す事のない、神の目を持ったケモノという意味だ。』
すっげえこじつけ感。
しかしながら、仲間の機体をことごとく撃ち落とされた隊長は認めざるを得ない。
"こいつは本物の怪物だ"と。
今目の前にいる赤い髪のKANSENだって、とんでもない対空戦闘をこなしている。
隊長は少しの間考えたが、やがて意を決したように後部機銃手に語りかける。
「ソワール、鉄血との戦いじゃあ何度もお前に助けられたよなぁ!」
「はっ!」
「脱出しろ!」
「はっ…?」
「前を見ろ…オイル漏れだ。これじゃあ空母まで帰投できない。今なら奴の攻撃も止んでいる。」
「し!しかし、隊長は!?」
「………安心しろ、まだ死ぬつもりはない。だが、こいつはまだ奥の手を隠し持っている。奴の動きを止めることこそ…共和国が私に与えた使命なのだ!」
SBDの後部機銃手は脱出し、機体には操縦手たる隊長のみが残る。
隊長機はフェニックスの背後に回り込むと、一気に降下を試みた。
度重なる戦闘で疲弊していたのか、フェニックスはシーファングの活躍に見入っていた。
だからSBDの進入に気づいた時には、かなりの距離を縮められていた。
「…!?…しまった!」
127mm連装砲はもう間に合わない。
シーファング戦闘機もユニコーンの方へと引き返している。
だが、たしかに"奥の手はあった"。
フェニックスは自身の対空兵装…28mm機関砲『シカゴピアノ』を構える。
『シカゴピアノ』は猛烈な弾幕を張ったが、しかしSBDは絶妙な機動で弾幕を避けていく。
「引き上げないのか!?…アイリス海軍に、こんなパイロットがいるなんて!」
油断していた。
あろうことか油断していた。
大敵を相手にしていたのに…いいや、大敵を相手にし、ほぼ打ち取った後だからこそ油断した。
「このバケモノめ!お前の咆哮を聞かせてみろ!!」
隊長は叫びながらもドンドン高度を下げていく。
そしてあわやフェニックスに衝突するかと思われる直前に、250kg爆弾を投下、投下された爆弾は絶望的なまでな精密さでフェニックスに迫る。
フェニックスは今度は爆弾めがけて猛射を行うこととなった。
「うわああああ!!!!」
……………………………………
「おっ!フェニックスじゃないか!お〜い、フェニックス!」
「………あれ?指揮官…?」
フェニックスは気がつくとただ広い草原にいて、その向こう側に彼女の指揮官、ジョン・"ジャック"・フォースター大佐の姿を捉えた。
彼女と共にセイレーンと戦っていたときの、ピシッとした海軍制服を着ていて、草原に広げたシートの上に立ってフェニックスに手を振っている。
赤い髪のKANSENは指揮官の方へ歩み出したが、しかし疑問符を浮かべずにはいられない。
"アタシはさっきまで大海原にいて、指揮官は赤ん坊になったはず"
だが、歩みを進めるフェニックスに違和感は感じられない。
目の前の指揮官にも、そのそばでシートに座っているペンシルヴァニアにも。
「ペン姉?」
「お前も来たのかフェニックス。さっ、ここに座りな。」
「ペンシルヴァニアにフェニックスか…これでもう…寂しくはないな。」
「指揮官、あんた確か赤ん坊に」
「あははっ!もうその話はよしなよフェニックス。
「
フェニックスはどことなくだが、気がついた。
だがしかし、彼女が事実に突き当たる前に、彼女の脳は暖かさと多幸感に包まれる。
目の前にいる指揮官が突然それまでの笑顔を消して申し訳なさげな顔になった理由に彼女はもう思い当たることができなかった。
「お疲れ様、そして…すまなかった、ペンシルヴァニア…フェニックス。」
「指揮官…?何を謝ってんだよ…」
「………ありがとう、フェニックス………ああそうだ、フェニックス!お前はこれが好きだったよな!」
キョトンとするフェニックスに、再び笑顔に戻った指揮官から琥珀色の瓶が差し出される。
「………バーボン?」
「ああ、そうだ。お前の大好物。…さあ、飲め。遠慮するなよ、ほら飲むんだ。バーボンを飲め、飲むんだ………………」
フェニックスはバーボンを口にしながら、指揮官の顔を見て安心した。
何か違和感はあるが、久しぶりに指揮官の笑顔が見れた気がするし、ここは何だか暖かい。
ここに来るまでにかなりの疲れを感じていた彼女は、琥珀色の瓶を受け取って指揮官の勧めるままに飲んでいく。
「…………………………………いい飲みっぷりだ、フェニックス!…ほら、まだあるぞ。ドンドン飲め、遠慮しなくていい、ほら、飲むんだ……………………」