バブールレーン   作:ペニーボイス

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白 狼

 

 

 

 

 

 ザラマッマは私を谷間に挟んで、その柑橘系の素晴らしき芳香を味合わせながらも、丁寧な手つきでスパゲティをこしらえた。

 彼女の隣では、スタイルだけみればザラマッマの姉妹艦なのではないかと疑いたくなるルイスママがミートソースを作っている。

 生パスタが出来上がると、そこにはルイスママお手製ミートソースが加えられ、最後にザラマッマがパルメザンチーズを…その巨大なお胸を存分に揺らしながら…ソースの上に振りかけた。

 

 

「ほら、ピッコリーノ。あなた私の店のミートソースが大好きだったでしょう?ルイスに作り方を教えて、2人で作ってみたの。」

 

「色々と勉強になったわ、ザラ。ありがとう。…さて、ミニ・ルー?ザラとル・イ・ス・マ・ッ・マ♡のラッキーパスタ、味わって食べてね♪」

 

 ………あ、ありがとう、ザラママ、ルイスママ。

 

「………」

 

「………」

 

 

 ミートソーススパゲティは素晴らしい出来栄えで、その香りを嗅ぐだけで私の空腹中枢は突き動かされる。

 だが、私は、ある"別種の案件"を頭の中から追い出せずにいて、小さな赤ちゃん用フォークを手に取ったもののソースとパスタを混ぜる工程から先へは中々進めない。

 ふと見上げると、私を谷間に挟んでいるザラママと、向かい合って座るルイスママの両方が心配そうな顔つきでこちらを見ていた。

 

 

「………ピッコリーノ、私達はあなたの決定を支持するし…ザラはいつでもピッコリーノの味方よ?」

 

「勿論、私だってそうよ。だからそんな顔しないで、ミニ・ルー?」

 

 あ、ああ、ごめん。

 考え込むとついこうなるんだ。

 それじゃあ、いただきます。

 

「まずはしっかりと食べて、心を落ち着かせなさい。ザラのパスタを食べれば、きっと気持ちも軽くなるわ。」

 

「じゃあ、私達もミニと一緒に食べるわね?多く作りすぎちゃったし。」

 

 

 

 

 ザラとルイスの2人と一緒に美味しい本格パスタを食べ終わったあと、私はいつも通りに眠気を催して、ザラマッマの大きくて柔らかされど適度な硬度とハリを保つ双丘に後頭部を任せる。

 赤ちゃんにお昼寝は不可欠

 それに満腹の幸福感とザラママの谷間の温かさに叶うはずもなく。

 更に言えば、ここ最近は嫌な夢に悩まされる傾向にある。

 この様子だと、今日こそ良い夢が見れそうだとは思ったものの、実際に寝息を立て始めると、残念なことに私は楽観が過ぎたのだという事実と向き合うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 ロイヤル

 首都ロンドン郊外

 某鎮守府司令宅

 

 

 

 

 

 

 

 サー・イーサン・ウィルソン海軍中将は、時計の針がちょうど23時を回ったあたりでようやく自宅の玄関に到着した。

 彼は今、移りゆく時代の波とともに陰りを見せつつあるロイヤルの国際的地位を確保するための、ある重要な研究・開発の指揮を任されていて、その為に連日働き詰めの状態である。

 目の下には大きな濃いクマができ、瞳以外の部分は赤く充血しているものの、この日々から解放される日が近いというのもまた事実。

 それに、彼には日頃の疲れを癒してくれる大切な存在がいた。

 

 

「御到着致しました。上着はお預かり致します。……お怪我が無くて何よりです。」

 

「送ってくれてありがとう、ニューカッスル。だが…実のところ、私は怪我をしたいと思っている。この任を降ろされるだけの、軽い怪我をね。」

 

「まあ貴方様、そのような事は口にするものではありませんよ。それに、そのような軽傷であれば貴方様は()()()()()()()()()()()()()。」

 

「………ふはぁ。まあいい、あと少しの辛抱だ。」

 

 

 あと少しの辛抱。

 そう、本当にあと少しの辛抱だ。

 あと少し耐えれば、彼はこの重責から逃れることができる。

 来週実施される"試験"が上手くいけば、彼は栄光とともに参謀本部へと迎えられるだろう。

 

 その栄光をより確実なものにするために、ウィルソン中将は内部資料の幾つかを…それも重大な秘密保全違反とは承知の上で…持ち出していた。

 開発は彼の鎮守府で行われているが、日中目を通せなかった書類を自らのデスクで読むよりかは、少しでもリラックスできる場所で読みたかったのだ。

 それに…彼がそうしたのにはもう一つ理由がある。

 

 

 

「あら!お帰りなさい、アナタ!ニューカッスルさん、こんな遅くまでどうもありがとう。」

 

「こんばんは、奥様。お腹のお子様のご様子はいかがですか?」

 

「おかげさまで安定しているわ。来月には産まれる予定なの。」

 

 

 中将には妻がいる。

 それも、その母胎に3人目の赤児を抱えた妻が。

 だから中将としては仕事を早く切り上げたかったのだが、仕事が仕事だけにどれだけ早く切り上げてもこの時間帯になってしまう。

 

 

「では、私はこのへんで。明日もいつもの時間にお迎えに上がります。」

 

「ああ、ありがとうニューカッスル。それじゃ。」

 

 

 

 ニューカッスルはウィルソン中将と分かれて、彼と彼女をここまで乗せてきた黒い高級車へと戻る。

 運転席に座ると、彼女はエンジンをかける前に軽く目を瞑り、ふぅと息を吐いた。

 いい加減、こんな生活には、彼女自身も疲れを感じている。

 勿論、ウィルソン中将にかかる負担に比べれば、彼女の負担はまだ軽い方だろう。

 しかし、だからと言って何の疲れも感じないわけではない。

 

 アレでは中将の奥様も大変だろう。

 ただでさえ身重なのに、夫は夜中に帰ってきて、にも関わらずニューカッスルの知る限り彼女が夫の帰宅を出迎えなかった日はないのだ。

 本当に"強い"女性であることに疑いはなく、ニューカッスルは畏敬の念を感じるとともに慕ってもいた。

 "サー・イーサン・ウィルソン中尉"に告白してフられた時はショックだったが、あの女性が対抗馬では致し方もあるまい。

 最初こそ嫉妬していたが、今では彼女は中将も、その奥方も心の底から慕っているし、それに彼らに仕えている事に誇りさえ持っている。

 

 

 

 ニューカッスルは目を開けて、車のエンジンを掛けようとした。

 明日も朝の7時きっかりに同じ場所に車を止めて、中将をお迎えにあがる。

 奥様の素敵な笑顔に送られた中将を車に乗せ、多くの場合やるように他愛のないお喋りをするか、或いは…滅多にはないが…何かの相談をされながら鎮守府へと向かう事だろう。

 

 しかし、スターターに刺さったキーを回し、エンジンが軽く咳をしながらも掛かった時、彼女が考えていた事は全否定された。

 

 

 大きな爆発音がして、高級車のサイドウィンドウが砕かれる。

 ガラスの破片が幾つか、彼女の顔の柔らかな肌を切り裂き、ニューカッスルは痛みと衝撃と熱を感じ取った。

 ニューカッスルは出血していたが、しかし、負傷した自身の事よりも気にかかる火急の案件があり、それを気にしている場合ではない。

 

 

 その火急の案件とは、彼女の乗る高級車からすぐ右側。

 炎に包まれる…サー・イーサン・ウィルソン中将の邸宅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "特別行動部隊"…つまりポンドはちゃんと任務を果たしたんだね?

 

「ええ、ミニ・ルー。目的のモノも確保したみたい。」

 

 どの憲兵隊の担当区域になるのかな?

 

「第47憲兵中隊よ。中隊長は…」

 

 ルイス、名前はいい。

 その男は買収できそうかな?

 

「ダメね。かなり清廉潔白な人物よ。でも次級の人間はギャンブルで借金まみれ。」

 

 では……仕方ない、中隊長を始末しよう。

 ポンド君に伝えてくれ。

 書類は予備のチームに回収させるんだ。

 

「………分かったわ、ミニ。」

 

 

 

 

 ザラママの谷間は居心地が良かったが、それでも私は悪い夢を見た。

 その内容は覚えていないが、起きた時には全身に汗をグッショリとかいていたのだ。

 だが、睡眠自体の効果はあり、私はもう真夜中の時間帯であるにも関わらず、いつも以上に判断力が冴えているように感じる。

 ルイスママとザラママの協力を受けながら、自分自身を嫌いになるような作戦を嫌というほどスムーズに実行・処理・立案できていた。

 

 

 ルイスとザラが私の指示を実行している間、ダンケとベルは頗る暗い顔で、しかし私のために紅茶やケーキを準備してくれている。

 私はルイスの谷間にいながらその紅茶やケーキを摂取するおかげで、脳に効率よく糖分を送れていた。

 思考力に糖分は不可欠だろう。

 …私の持論だが。

 

 

 そんな私や4人のママ達の様子を、椅子に座ってただただ見ている人物がいた。

 足を組んで腕組みもして、白い制帽を目深に被り、その制帽の鍔から蒼い瞳をこちらへと向けている。

 その人物とは…ピッピママだった。

 

 私が昼食後にウィルソン中将の襲撃を提案した時、ママ達は1人残らず落ち込んだ様子になったが、ピッピママだけは何かに勘付いたように視線を鋭くした。

 以来、彼女はその視線を私に投げかけたまま、今の今まで椅子に座っている。

 なんというか…雰囲気からしていつもと違う。

 

 

 彼女は…"戻っていた"。

 そう、『孤高の女王』とか言われていた頃の彼女に。

 鋭い目線といい、全身から溢れ出る覇気といい、フィヨルドにいた時の彼女そのものだ。

 どう例えたらいいだろう……そう、今の彼女はまるで白狼だ。

 

 会議室の一角に構えていた"白狼"がおもむろに立ち上がったのは、私が憲兵中隊長の暗殺を決定した時だった。

 彼女は何も言わずに立ち上がり、私とルイスの方へと歩んでくる。

 勿論何も言わずに、こちらへ鋭い視線を投げかけたまま。

 

 

「…ティルピッツ?どうしたの?」

 

「…………」

 

 ポチッ

「あん♡」

『セントルイス級分離シーケンス開始』

 

 

 

 ルイスママ、貴女一体どこに分離シーケンスボタン持ってんのよとツッコミたかったが、とてもそんな雰囲気ではない。

 ピッピはルイスから引き離された私を早々と谷間に入れ込み、ハンターのような目をしたまま他のママに語りかける。

 

 

「……ルイス、残りは任せていいわね?ザラ、ルイスと交代で仮眠を。ダンケとベルも手伝ってあげて。…ごめんなさい、借りは後で返すから、今は…」

 

 

 不思議な事に、ママ達はピッピの行動に何かしらの意義も唱えずにいる。

 全員何かしら示し合わせたかのように首を縦に振り、ピッピの行動に理解を示した。

 ルイスがピッピに一歩近づき、谷間にいる私に話しかける。

 

 

「ミニ、これは…本当はそうしたいけど…責任を私たちに転化させるためでもないし、あなたは何も心配しなくていい。ティルピッツに従って。」

 

 で、でも

 

「前にも言ったでしょう、ミニ?私達を頼って。」

 

 

 

 

 ピッピは足早に会議室を出ていくと、しばらくは使われていなかった彼女自身の部屋へと行き、手早くシャワーを浴びて(いつも通りの水着入浴)、その後下着姿で私を抱え込んでベッドに横たわった。

 彼女はその間何も言わなかったし、何かを聞こうともさせなかった。

 ピッピは今、私が見慣れた類の母親ではなかったのだ。

 

 

 そう、白狼。

 白い狼の、母親だった。

 

 

 

 

 

 




坊やが歪んでってます申し訳ない
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