一年前
「私にはとっておきの特技があるの、指揮官くん」
ある日の午後、ルイスマッマが香りの良いアメリカンコーヒー2杯を両手にそう言ってきた。
その時私はちょうど執務がひと段落していて、疲れた頭をどう癒そうかと思案していたので、ルイスマッマが持ってくるコーヒーにありったけの砂糖とミルクをぶち込んでやろうと考えていた。
ルイスはコーヒーの内の1つを、私の目の前に置く。
私は砂糖のビンを片手にそのコーヒーを確認したが、既に砂糖とミルクが入れられていて私は驚いた。
「…"人を見る目"。その人がどういう人か、手に取るように分かるわ。どういった性格なのか、どういった趣味を持っているのか…」
………
「そして…そこから、何を欲しているのかも分かるの。」
な、なるほど。
「指揮官くん。疲れているのは分かるけど、お砂糖の摂りすぎは良くないわ。ラッキールーのラッキーブレンドに、適度な量を入れておいたから、どうか味わって?」
ありがとう、ルイス。
….ちょっと聞きたいんだけどさ。
ルイスから見れば、私はどういう人間なのかな?
「…私の息子で」
あっ、結構。
そこは飛ばしてください。
「もぅ………そうねえ。優しくて、賢くて。陽気で、一緒にいて楽しい人だと思う。…だけど……」
だけど?
「
…………………………………
『昨日深夜、ロンドン郊外にある、ロイヤル海軍中将サー・イーサン・ウィルソン氏の自宅が襲撃され、邸宅が爆破される事件がありました…』
『中将は海軍装備開発部のチーフとして、永年KANSEN用装備品の開発に携わり…』
『焼け跡からは成人の男性と女性、それに2人の子供の焼死体が見つかっており…』
『ロンドン市警及び海軍憲兵隊は最近活動を激化させているヘスティングス海賊団による犯行の可能性を…』
私の寝室には50インチのそこそこデカいテレビがあり、その両脇には鉄血公国屈指のオーディオメーカー製のスピーカーが控えている。
白狼(母親)と化したピッピママと寝る事になった日の翌朝、私はママの谷間から、その50インチテレビのチャンネルを回していた。
どのテレビ局も故サー・イーサン氏の悲劇的な死について報道していて、そして、私の狙い通り警察が海賊に疑いをかけたことも付け加えている。
私の狙いが上手くいっていれば、もう間もなく電話が鳴
ジリリリリリ!!!
早えな、おい。
まあ、ともかく、寝室のベッド脇にある電話が何かの警報をしているかのようにけたたましく鳴り出し、相変わらず何故か無表情・無言を貫き続けるピッピが受話器を私の耳元に持ってきてくれる。
『やあ。おはよう、セントルイスファミリア少将。朝早くにすまないね。』
おはようございます、"新"統合参謀本部議長殿。
電話の相手は新しい統合参謀本部議長…スラムへの大量破壊兵器投下の責任を追及されたウィ●ターズ総督の後任で、前海軍参謀長のピット●ルみたいなおっさん…で、私の作戦が上手くいっていることを指し示していた。
ここまでは予想した順序通り物事が運べているし、計算外もない。
そして、統合参謀本部議長が切り出した話題は…まさしく私が欲していたモノだったちょっと待ってピッピ、抱きしめないでこのタイミングで!
『ニュースは見たかね?』
はい、ウィルソン中将はお気の毒に。
『ああ、全くだ。本当にいい奴だったのに。……組織の長という者の責務は残酷だ。良き部下の死を悼む前に後任を決めねばならない。』
………なるほど、分かりました。
私が中将の職務を引き継ぐのですね?
『話が早くて助かる。引き受けてもらえるかね?』
失礼を承知の上でお尋ねしますが…引き受けない、という選択肢は用意なされていないのでは?
『フハハッ!まさしくその通り。君は現時刻を持ってウィルソン中将の職務を引き継いだ。後ほど詳細を送ろう。だが準備は早急にしてくれたまえ。あまり時間をかけていられない。』
直ちに準備にかかります。
電話が切れた後、私は無言ピッピママに受話器を元の位置へと運んでもらう。
その間にも、枕元にあるインターホンへと手を伸ばし
「………(スッ)」
ピッピが少し身を引いたせいで、私はインターホンに手が届かない。
彼女に近づくよう頼もうにも"言うこと聞かないもんオーラ"が凄いので、とりあえず自力での解決を試みる。
よいしょ、よいしょ。
よぉし、あと少しで届きそうな
「………(スッ)」
ピッピィ?
困るよ頼むよ本当に。
私が一体何をしでかしたと申すのです?
一体何が理由でこのようなサボタージュに走っているのです?
そんなに?
そんなにインターホン押させたくないの?
(……押させたくないに決まってるじゃない!)
いや、あのピッピ?
普通に話せば良いじゃん?
双丘越しテレパシー使うまでもないじゃん?
(嫌よ。使うから。…坊やが気づくまで、ずっとこの状態を続けるからね?)
気づくって、一体何を……
ピッピの、無表情クールビューティーⅢ/怒りの母性もいい加減に疲れてくる。
何かに怒っているなら伝えてくれりゃあいいのに。
これじゃあせっかくここまで上手くいったのに、意味がなくなってしまう。
「ふあああ!疲れた……ティルピッツ、交代の時間よ!」
「ピッコリーノは私とセントルイスで預かるから、あなたは執務に戻って。」
エロいという形容詞では到底伝え切れないほど妖艶な腋の下をおっ広げながら伸びをするルイスママと、シャワー浴びてきた直後感満載のザラが寝室に入ってきたのはその時だった。
ああ、良かった良かった。
何故私に何の相談もなく勝手に秘書官の勤務シフトが決められているのかは分からないが、しかし、ピッピが白狼状態ではニッチもサッチもいかんので少しありがたい。
ねえ、ルイス、ザラ、インターホンを押してくれない?
「…………」
「…………」
あ、あれ?なんで無視?
「…それじゃあ、ルイス、ザラ。坊やをお願い。」
「任せて、ティルピッツ。………」
「…………」
ルイスもザラも、私をピッピから受け取った瞬間にシリアスな表情を浮かべて無言になる。
私が何を言っても聞いている様子はないし、何をお願いしても答えてくれない。
その代わり、ルイスはエロくてエロくて仕方のない腋の下を私の顔面に押しつけ、ザラの高密度な双丘が私の後頭部を支える。
え、何この変態プレイ。
ルイスママが腋の下を嗅がせるという暴挙に出たせいで私は到底発言をする気にはなれなかった。
なんせ酸素を取り込むごとにルイスママの濃い匂いが雪崩れ込んでくるのである。
とてもじゃないが口を開く気にもなれない。
ピッピは私を明け渡した後、早々に部屋から出て行き、寝室には私と2人のママだけが残された。
このままでは拉致があかん。
私は迫りくるルイスママの匂いと闘いながら、苦労して言葉を放り出す。
あ、あのぅ、マッマ?
「………」
「………」
ぼ、ぼくちん今からおちごとちたいでちゅぅ…
「………」
「………」
へんじがない。
ただのしかばねのようだ。
ルイスもザラもピッピと同じく、全く持って言葉を発する兆候さえ見せなかったが、しかし、コミュニケーション自体は怠らなかった。
方法については言うまでもないだろう。
ピッピのやり方に倣ったのである。
(…分かったわ、ミニ・ルー。私のミニ・ルー。状況を説明してあげる。)
またテレパシーかよ。
(心配しなくても、あなたの計画は皆理解しているし、実行も順調そのものよ、ピッコリーノ。)
(じゃあ、何故ミニが拘束されているのか?ティルピッツが何故あんな風な態度を取っているのか?気づいてくれたかしら、ミニ?)
……ごめん、分からない。
(………教えてあげる。
!?
そ、それはどういう…
(ミニ、あなたは自分では気がついていないようだけれど、徐々に性格が歪んでいってるわ。ベルやダンケが凄く落ち込んでいても、気にも留めていないし。)
(ピッコリーノはそんな人じゃなかったハズ。少なくとも、私の知るピッコリーノは何の罪もないウィルソン中将や憲兵中隊長の暗殺を命じたりはしない。)
(今までミニが手にかけてきたのは、死こそが相応しいクズ共だけだったけど…ここ最近は誰かれ構わず殺そうとしている。)
(皆んな心配なの。ピッコリーノの変質が、とても心配。…分かってくれる?)
………
(ミニ?)
……気遣いは嬉しいんだけど、やはり私は私でやるべき事をやらないと。
(!?)
ルイスとザラが顔を見合わせるのが雰囲気でわかる。
彼女達の気遣いは恐ろしいほどありがたい。
だが、私にはやるべき事がまだたくさん残っている。
ルイスやザラには悪いが…ここは劇薬でも使わねばなるまい。
ルイス、ザラ、どうしても私に執務をやらせない気なら………
(どうするというの、ミニ?)
(この状況でどう脅すと…)
君達は私の"ママ"ではなくなる。
「!?…ミニ!いや!いや!いやぁ!それだけは、いや!!」
「ピッコリーノ、冗談でしょう!?」
"セントルイス"、それに"ザラ"、そこを退かないなら営巣に入れてやる。
「認めないっ!そんなの認めないわ!!絶対絶対絶対絶対認めない!!あなたは私の息子なのよミニ・ルー!!」
「やめて!ママって呼んでよ、ピッコリーノ!お願いだから!!」
なら、とっとと執務室に連れて行ってくれ!!
私にはまだやらねばならない事がある!!
止めてはならない計画がある!!
だから!!
早く!!
執務室へ連れて行け!!!行くんだ!!!
「………そ、そんな….ミニ…」
「うっ、ぐすっ」
「……仕方ないわ。執務室へ連れて行くから、お願い!ママって呼んで!!」
………ごめんね…そしてありがとう、ルイスママ、ザラマッマ。
「「…………」」
すっげえ罪悪感。
だが仕方ない、
ルイスやザラ…いいや。
ピッピ、ダンケ、ルイス、ベル、ザラ。
プリンツェフやアヴローラ。
重桜マッマズにチーム・ユニオンまで。
私は彼女達を守るためにありとあらゆる措置を講じねばならない。
もう手段など選んではいられないのだ。
必要ならば、誰だって始末する。
容赦も情けもかけてはいられない。
ルイスとザラは起き上がり、啜り泣きながらも、嫌々執務室へと歩き始めた。
セントルイスは谷間に挟む息子の異変を止める事はもうできないのかと思うと、余計に悲しくなる。
彼女のミニ・ルーは間違いなく変異していた。
自身の考えに固執し、自身の予測以外の可能性は一切顧みていない。
彼は今まさに…意固地そのものだった。