きっとカーリューにはナニカが乗り移っているに違いない。
私はピッピママの双丘に鼻から下を埋めながらもそう思った。
護衛のKANSEN達から猛烈な砲撃を受けている彼女は、ここから見ても血飛沫を飛び散らせているのが見えるほどの負傷を負っていたのだが、しかし依然として全く速度を落とそうとはしない。
「ルイス!カーリューはきっと坊やと差し違えるつもりよ!私たちも艤装を付けて…」
「もう間に合わないわ、ティルピッツ!…『ブリッジから護衛戦闘員全員へ!近接戦闘準備!!』」
私の頭を背後からパフパフするルイスママが、艦内放送を使ってそう命令を下す。
こんな状況にも関わらず何やってんのよアンタらは。
そうは思わないわけではないが、今はまさにそれどころではない。
ヒューーーー
チュドオオオオオンッ!!
大きな音と共に貨物船がまたも大きく揺れて、水飛沫が船を包む。
「右舷に再び至近弾!!今度はもっと近いわよ、Mon chou!!」
「ご主人様!!ビスマルクから返答はありません!!」
クソッ!!
どうしたっていうんだビス叔母さん!?
叔母さんはこの期に及んで尻込みするようなヒトじゃない!!
通信妨害か?
「いいえ、ご主人様!通信機器は全て正常」
「ピッコリーノ!!カーリューが急接近!!!」
ザラマンマが胸を私に押し当てながらも、差し迫った脅威を私に伝える。
脅威を胸囲で伝える、なんちゃって。
…アレかな。
もう一回転生した方が良いかな、私。
カーリューは既に、その般若みたいな表情が双眼鏡なしに見えるほど貨物船への距離を詰めている。
くそっ!ここまでか!
そう思った時、般若カーリューと貨物船の間にシカゴとシュロップシャーが割り込んだ!
「私たちの
「大人しく帰ってもらいます!」
少し疑問符をつけたくなるような発言をしながらも、カーリューに大火力をぶつける2人。
爆炎と共に血飛沫が上がり、やがてそれは大爆発を起こす。
やったか!?
やってなかった。
大爆発による盛大な爆煙の中から、一隻の軽巡が飛び出した。
ただし、その爆煙の中から現れたのは般若の表情ではない。
安らかに覚悟を決めた顔をして、着ているメイド服に恐らくは妹の血を染み込ませた、カーリューの姉・キュラソーだった。
彼女はまるでラグビー選手のようにシカゴとシュロップシャーの間をすり抜ける。
そして…
大きく、貨物船の遥か上を目指すかのように。
ほんの一瞬だったはずだが、私にはとても長い時間に感じられる。
「Only ●ou〜」というゆったりとした曲調の歌まで聞こえてくるほど。
"お前だからできた"
"お前だから成し遂げた"
あるFPSのように、そんな言葉さえ誰かからかけられている気もする。
スローモーションの視界の中で、9人のママ達が全員私を庇うように、その大きな大きなお胸を押し当ててきた。
そして9つの方向から、暖かさと温もりと芳香を感じた時、何か白い光がママ達の背後からやってくる。
私はママ達の母性を感じながら、光に包まれた。
…………………………………
ロイヤル北部
旧化学工場
今度ばかりは、ロイヤル警察も万全の準備を怠らなかった。
陸軍の協力を取りつけた彼らは、正規の戦闘団かと見間違える重装備で海賊最後の拠点を叩いたのだ。
準備の良さは功を奏し、海賊は今度こそ、死の淵に立たされている。
「撃たれた!!くそッ!!撃たれた!!…くそッ!くそッ!苦しいッ!ユスティア!助けてくれ!ユスティア!」
「離しなさいッ!この役立たず!!兄なら兄らしく妹を助けなさいよ!!アンタなんかに構ってられないの!!離してッ!!」
腹部に7.7ミリの銃槍を負ったポール・ヘスティングスは、長年苦楽を共にしてきた妹から最悪な見捨てられ方をされようとしていた。
血反吐が口から溢れる苦しみの底の中、一生懸命にユスティアの袖にしがみつくポールを、あろうことかユスティアは足蹴にしているのだ。
……その様子は、まるで"私の服が汚れるじゃない"とでも言わんばかりだ。
やがてはユスティアの足蹴が功を奏し、ポールの腕が彼女の裾を離れる。
だが、その時にはもう全てが遅かった。
ポールにもう一発7.7ミリ弾が撃ち込まれる。
そして、一拍ほど置いた後にはそれより大量の銃弾がポールの身体を引きちぎっていた。
あまりに凄惨な光景に顔をこわばらせるユスティア。
彼女が銃弾の飛んできた方向を見ると、そこには"ジェンキンス"がいて、彼の背後には大勢のロイヤル警官が見て取れた。
「ジ…ジェンキンス!アンタ裏切ったのね!?」
「…悪いがお嬢さん。俺は最初から"ジェンキンス"でも何でもない。…諦めるんだ。この建物は包囲されている。万が一にも君は逃げられない。」
「う、う、うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」
「大人しく投降しろ。議会は今度の件の証人を求めている。少なくとも殺されはしないさ。」
「ふざけんじゃないわよ!…アンタなんか…アンタなんか…し」
ジェンキンス、いや、ジェイムス・ポンドはユスティアが腰の後ろに手を回し、38口径リボルバーを向けるまでの間に、身体を少し右に寄せて銃口の線から身体を逸らす。
その動作をこなしながらも、ポンドは右手でサッとPPKを構えて一発だけ銃弾を放った。
放たれた銃弾はユスティアのリボルバーに命中。
しかし安っぽいリボルバーはPPKの32口径弾のエネルギーを吸収しきれなかった。
おかげで32口径弾は跳弾して、ユスティアの背後上方にあった何かの瓶に命中し、瓶はその中身をユスティアにぶちまける。
瓶の中身は特有の刺激臭と共にユスティアに降りかかり、彼女の整った顔や、肌や、服を溶かして行った。
「ひぎゃああああ!!あづいッ!あづいッ!いだいッ!!いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいッ!!!」
ユスティアはその液を身体中から剥がさんと全身を掻き毟るが、その抵抗は全く持って無意味だった。
やがて彼女は座り込み、息も絶え絶え、振り絞るように声を出し始める。
「……殺…して…」
ポンドは濃硫酸をマトモに被り、整っていたはずの顔が崩れてしまったユスティアから目をそらして、今はもう息絶えているポールをチラリと見やった。
そして、その後にまたグロテスクな状態になったユスティアに向き直る。
「………いいや。今の方が君には相応しい。」
ジェイムス・ポンドは華麗に回れ右をして、もう2度とグロテスクなユスティアの方に向き合おうとはしなかった。
後に残されたユスティアには、発砲不可能になってしまったリボルバーと、残り数分の寿命、そして全身の火傷の苦しみしか残されなかった。
…………………………………
ロイヤル北部海域
某地点
ユニコーンはまだ暗い顔をしたまま、目標地点へトボトボと向かっていた。
まだ、カーリューの怖い顔が脳裏から離れず、周りの様子にさえ注意を払えない。
今から行く海域に一体何が待っているのかも、何故そこへ行けと言われたのかも、まるで想像さえできなかった。
ただ、今のユニコーンにできること。
ユニコーンがカーリュー達のためにできることを…。
「ユニコーン!?」
「………!!…イラストリアスお姉ちゃ…ん?」
ユニコーンは突然立ち止まり、思いもよらない"再会"に困惑する。
カーリューから指示された地点。
そこには、彼女にとっても親しい人物…イラストリアスがいたのだ。
「イラストリアスお姉ちゃん…なんで?お姉ちゃんは今…確か、"向こうの"指揮官さんのところで…」
困惑し続けるユニコーン。
それもそのはずで、イラストリアスは今、ユニコーンの大切な"お兄ちゃん"を死に追いやった指揮官の下に所属している。
「……警戒するのも分かります。でも…ユニコーン、安心なさい。こんなコトはもう終わりますわ。」
「え?…どういう事?ユニコーン、イラストリアスお姉ちゃんが言ってる事、よく分からない…」
「大丈夫、怖がる事はありません。…さあ、ユニコーン。こちらへ。」
イラストリアスはユニコーンが警戒を強めないようにする接し方を心得ていたし、その甲斐あってか、ユニコーンも大人しくそれに従った。
ゆっくりとユニコーンを抱きしめるイラストリアス。
「あぁ、可哀想に。辛かったでしょう。でも、もう安心なさい。例え何があっても、ユニコーンは私の可愛い妹です。」
「………」
「…それにしても……今回ばかりは少しだけハメを外し過ぎましたわ。うふふふ。」
「……?」
イラストリアスが高貴なモノらしい、お淑やかな笑い声をあげる。
ユニコーンには何が何やらさっぱりで、なぜイラストリアスが笑ったのか分からない。
でも、もうそんな事はどうでもよかった。
今彼女は、安心できる人と一緒に大海原の水平線をジッと見つめている。
その方向は、カーリュー達がユニコーンを置き去りにして向かっていった場所だった。
だが、そのうちに水平線上に大きな白い光のドームが現れる。
光のドームはどんどん大きくなっていき、そして、やがてはユニコーンとイラストリアスをも包み込んだ。