気がつくと私は、長い長い廊下に、一人で立っている。
目の前にはいつかの老人……そう、過去に天に召されかけた時に小麦畑にいた、あの老人がいた。
老人は私の方を真っ直ぐ見つめ、かつては見せなかったような笑顔を私に向けている。
「アンタはよくやった、若いの。お疲れ様。お前さんの役割りは終わりじゃ。」
…役割り?
「そう、役割りじゃ。アンタは儂の期待通りに役目を果たしてくれた。…本当に感謝しておる。」
………
「アンタは元に世界に戻れる。なぁに、タダでとは言わん。…"人生で一番の時"を良いように変えてやっておる。案ずるな、何の後遺症も残らんよ。」
………
「さて、それじゃあこの廊下を進んで…」
言葉と脳より先に、身体が動いていた。
私は笑顔でこちらに語りかける老人の胸ぐらを掴み、怒りと悲しみをぶちまける。
「おいおい、お前さん?どうかしちまったのかい?」
どうかしちまってんのはアンタの方だろ!?
これで終わりだ?役割りだ?
ふざけんじゃねえ!!
彼女達は!?
ママ達はどうなった!?
私の、私の大切な…
「…どうやら、長くいすぎたようじゃのぉ。」
老人が突然、私の腕を掴み返す。
こりゃあ驚いた。
とても老人のそれとは思えない腕力で、私の腕をを引き剥がす。
「身の程を知れ、若イノ」
老人の顔が半分、何かおぞましいモノに変化した。
ちゃんと人間の顔をしているが、その肌には青い脈が走り、肌全体が青白くなっている。
私には、この肌の色に見覚えがある。
………セイレーン!?
「イイヤ、ちと違ウ。ジャが、正解デモあル。せっカクじゃカラ、ワしの目的モ教えてやロう。」
廊下の壁の一部が、まるで巨大なスクリーンのように変化した。
見ると、そこにはある鎮守府で停車している車が写っている。
車には男が乗っていて、男はリボルバーを口に咥えたが、白い拳がサイドウィンドウを突き破り、男の愚行を止めた。
この光景には見覚えがある。
「ヲ前さんはトテも興味深イ"結果"を残シてくレた。……造反、冷戦、そしテ海賊行為…ドれも今マデの実験でハ得らレナカった結果だ。」
………実験?
「その通リ。定メられタ運命に抗ウKANSEN達が起コす"予想外"…これガなケレば、ワタシ達がコの時代ニ戻る意味がナい。」
なら、何故止めた!?
もう少しで上手く行ったのに…!
アンタらが望む予想外の結末を、その手にできたんだぞ!!
「………イイや、それハ違う。」
老人の顔からセイレーンの部分が消える。
彼は力を緩め、私の腕を解放すると、巨大なスクリーンに私を向き直らせた。
「……お前さんは少しやり過ぎた。」
スクリーンには、もし鉄血が核武装した際の…つまりは私の作戦が完遂していた場合の光景が映し出されていた。
遂に核兵器を手に入れる鉄血。
ビス叔母さんも艤装から発射できる核砲弾を手にし、人類側への保険を手に入れる。
だが、鉄血軍部が暴走し、ビス叔母さんを暗殺。
核兵器をアイリス首都に投下して、南進を始める。
軍部はユニオンによる警告にも耳をかさず、KANSENを核武装させて脅迫すら行い、ユニオンも報復的にKANSEN用の核兵器を製作して対抗。
やがてユニオンと鉄血は核戦争を始め、それはやがて世界中を巻き込み、この世界は荒廃してしまった。
そ、そんな…これが私の行為が招く結果?
「M.A.D…核抑止力は、まさに狂気に満ち溢れておる。どう転ぶかは、儂らにも分からん。…発想は悪くなかったし、正直ビスマルクが"保険"を欲しがったのは喜ばしい"予想外"じゃったが…これでは意味がない。」
まさかとは思うが……私がいたのは、一種の鏡面海域だったっていうのか?
アンタらは良い結果を得たが、同時に最悪の結果を迎えそうになった。
………だから、リセットをするわけか。
「察しがいいの。…その通り。じゃから、アンタはこの世界を去らんといかん。…寂しいかも知れんがな。」
やがて、スクリーンはただの壁に戻る。
老人は一歩身を引いて、廊下の先へと腕を伸ばし、私の退場を促した。
「さぁ、行ってくれ、若いの。」
………あの…
「わかっておるよ。人間というものは、咄嗟の感情で過ちを犯すモノじゃ。もう気にするな。」
…はは、どうも。
「案ずるでない。何度も言うが手土産は用意した。…それではの、若いの。振り返るでないぞ?」
私は老人を置いて、ポツポツと歩き出す。
とても寂しく、とても虚しく、とてもやるせなく感じたが、しかし、もう私に出来る事はない。
だから、私は廊下を進むしかないんだ。
「じゃあな、ブロ!元気にやれよ!」
背後から、従兄弟ラインハルトの声が聞こえた。
私は振り返りたいという猛烈な誘惑に駆られるが、どうにかそれを抑え込む。
そして、振り返るかわりに、右手を上げた。
ああ。
じゃあな、兄弟。
元気でやれよ。
ウザったい目覚ましが私を叩き起こし、私は手探りで目覚ましを探し出してそのスイッチを切る。
眠気なまこでボンヤリとしたまま天井を見上げると、そこには"遥か昔に"見た事のある光景が広がっている。
そこは、私の実家の私室だった。
今ではもう懐かしい壁時計があり、勉強机があり、本棚がある。
私は頭だけを動かして、勉強机の上方に貼られたカレンダーの日付を見た。
"20xx年"
その年、私は高校に入学した。
選択した進路は男子校だった。
勿論いい思い出もあるが、男女共学の高校で過ごしたかったと、後年思うようになっていた。
勉強机の脇にある鞄に目を移す。
内申点が足りなかったせいで行けなかった男女共学の志望校のモノだ。
どうやら、"行けなかった"という言葉は間違いなく過去形になったらしい。
ああ、なるほど。
コレが"手土産"か。
私は高校生活をやり直せるわけだ。
さて、どうしよう。
もっと勉強に打ち込むべきかな?
違う部活をやってみてもいいかも知れない。
勇気を出して、隣の女子に声をかけたりとか…
何故だろう、涙が溢れて止まらない。
時計の針を巻き戻したのだ、滅多にない…いいや、居並ぶモノはほかに何もないレベルの特典だ。
でも、私には、どうしても涙を止める事が出来なかった。
会いたい。
彼女達に…マッマ達に会いたい。
あの優しくて、優しくて、温かいマッマ達に。
『坊や、私の可愛い坊や』
『chou〜♪今日はドーナツを作ってみたの♪』
『はい、ミニ・ルー。ラッキーアイスよ?』
『ご主人様、ベルファストの紅茶はいかがでしょうか?』
『昔から私のミートソースパスタが好きよね、ピッコリーノは。』
もう一度。
もう一度だけでいいから、ママ達に会いたい。
ついに堪らなくなって、私は年甲斐もなく泣き始める。
仰向けからうつ伏せに姿勢を変えて、柔らかい枕に顔を埋めておいおいと泣いた。
「どうしたの、坊や?」
……とっても悲しい夢を…とっても長い間見てたんだ。
「どんな夢?」
優しい優しい…まるでママみたいな女性が、私を可愛がってくれる夢…
「どうだった?」
とても楽しかった!暖かかった!
もう一度彼女達に会いたい!
…だって、お別れの言葉も言えずにッ!
「そう…それは確かに悲しいわね。」
うん!
ママに会いたい!会い…たい…よお…………?
アレおかしいな、枕が喋ってやがる。
使っててあまりに違和感がないモンだから気がつかなかったが、確か実家の枕はこんなに柔らかくは無かった。
甘い、優しい香りがする枕に、私は覚えがある。
そして私は、記憶と現状の認識が正しいか確かめるために、枕を掴んでモミモミした。
「あんっ♡……もぅ、坊やのえっちぃ♡」
恐る恐る顔をあげる。
泣きじゃくったせいで"枕"と私の顔の間には透明なクソ汚いアーチがかかった。
だが、それでも、"彼女"は優しく微笑んでくれる。
「大丈夫よ、坊や。私達はどこへも行ってないから。」
…………
「坊や?」
ピ…………
「ピ?」
ピッピママあああああ!!!!
終わらせ方が強引過ぎたかも知れません…