恐怖と戦慄
目覚ましの音で目を覚ます。
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ。
うざったいことこの上ないが、しかし目覚ましに私を起こすように頼んだのは私自身なのだ。
だから怒りに任せて叩き割るような事はしないし、その気力もない。
"枕"に顔面を突っ込んでまま、私は手探りで音源を探してみる。
「んっ♡………ちょっと、ミニ・ルー?」
手探りしていた右手が何か柔らかいモノに触れて、"枕"が抗議の声を上げた。
「ル・イ・ス・マッマ♡のことが好きなのは分かるけれど…こんな朝から積極的過ぎないかしら?」
"枕"を無視して引き続き目覚まし時計を探す。
あわよくばもう一度寝たいし、その意思を伝えたい。
ところが私がついにその作業を終えないところで、私は強烈な圧迫感に襲われる。
「うっふふふ!もう、ミニ・ルーったら!」
ギュムゥッ!
"枕"が"抱き枕"に変異する。
ところがこれでは私が抱き枕のようなモンで、巨大な2つの柔らかくて大きくて温かい良い香りを伴うものが押しつけられる形となった結果、私は呼吸という生命維持活動において最も重要な行為の中断を強要された。
言葉では"枕"に対して意志を表示したい。
ところが私は馬鹿でかいクッションのようなモノの奥底へ挟まれているために、そのような行動に出ることもできなかった。
だから仕方なしに…そう、致し方なしに"枕"をポンポンと叩くことによって意志を伝える。
「あっ……ごめんなさい、ミニ・ルー。少し苦しかったかしら?」
私は恐らくは7時間と45分ぶりに"枕"から顔を上げる。
そこには美しい蒼の髪の女性がいて、こちらにとびきりの笑みを浮かべていた。
「ママの胸はどうだったかしら?ちゃんと眠れた?」
「…………えっとね、ルイスママン。少しばかり昨日の記憶を振り返ろうと思うんだがね。」
「ええ。」
「私は昨日の夜帰ってきて、お風呂に入って、貴女の拵えて下さったオレンジチキンを食べた事までは覚えてるのよ。」
「昨日は私が食事当番だったからいつもと違うお料理を作ってみたの。」
「うんうん、とても美味しかったよありがとう。それでね…もしも私の記憶が正しければ……私は昨日1人でベッドに入ったはずなんだがね?」
「ええ、そうね。でもきっとミニ・ルーはママのお腹の中が恋しいんじゃないかと思ったから…ミニが寝ついた後、お腹の中に入れたり出したりしてあやしたわ。」
「………なんて?」
「きっとミニ・ルーは」
「待て、違う、そこじゃない。私を…あなたのお腹の中に入れるくだりがよく分からない。」
「いつものことじゃないかしら?私の中にいるあなたを感じながら」
「いや、だからね。そうじゃないのよ。何か引っかからないかい?」
「え?…母親として普通のことじゃないかしら?お腹の中にあなたを押し込んで、温かさの存在を感じて…ああ、この子も大きくなっていくのねって思いながらあやすの。…ね?普通でしょう?」
倫理観。
倫理観である。
えらくしんみりとした口調で話されたが、ハッキリ言って良心と倫理へと造反に他ならない。
分かるかな?
あなた今、あろうことか成人男性を"お腹"の中に押し込んで、粘液まみれにして出して、そうしてまた押し込んで…という………まあ、アレだ、アレな作業を一晩中繰り返した挙句に、そのあまりにも大きな双丘で窒息させかけていたということを自供したわけだ。
コレ、何かの犯罪にはならないのだろうか?
そもそも"お腹の中に押し込む"、なんて行為自体考えられない状況だし、それを気軽に行うことを想定して法が作られるわけではなかろう。
そう、彼女は気軽にこういうことをする。
正確に言うと"彼女達"になるのだが。
「うっふふふ!…もう、ミニったら恥ずかしがり屋さんなんだから!」
恥ずかしがり屋さんではないし、それどころでもない。
こういう言い方はしたくはないが、私はこの件においてれっきとした被害者であるという自負がある。
私だけじゃない。
きっとこのSSをこの話から読み出した方がいれば、頭の中はきっと"?"マークでいっぱいになっている。
何が起きているか分からない方も多いことだろうから、この際正直にご報告しておこう。
ルイスママン、つまりはセントルイス級軽巡洋艦のネームシップたるセントルイスは、元々は彼女の指揮官で今は彼女の"息子"だと彼女自身が強弁している男…つまりは私…をその神聖なる母胎に突っ込んだりひり出したりする行為を頻繁に行っている。
え?
なに?
まだ分からない?
そらそうだろうよ。
私だって分かんねえよ。
なんだってこんな、おっさんを腹ん中に突っ込んで、なんというか…ほんわかとした微笑みを浮かべながら膨らんだお腹を摩り、そしてひり出すなんて行為をしたがるのか。
またそれによって何を得たいのか、そもそもどうやったらそんな行為を行えるのか。
私だってわかったモンじゃねえんだよ。
けれどルイスママンはそれでもやるんだよ。
「母子の絆♪」とかなんとか言いながら私を母胎の中に突っ込みたがるんだよ。
何故そんなことができるか聞いても「KANSENだから」としか言わないし、そうする事で「母親してる気分が向上する」とか訳の分からんことしか言わない。
いったいどうしてこうなってしまったのか。
セントルイスってさ、皆様一般的にご想像されるのは指揮官くんを優しくリード(色んな意味で)してくれる頼れるお姉さん的なサムシングじゃん?
ウチのセントルイスまずもって私のこと「指揮官くん」って呼んでくれないからね?
「ミニ・ルー」っていう、私のことをセントルイス級軽巡洋艦にする気満々の呼び方してくるからね?
もう海軍の上官としては見てくれてないのよ。
存在しないはずの3番目のセントルイス級軽巡洋艦として扱ってくるのよ。
言うまでもないけど私はKANSENではない。
何故こんな事になったのか。
お時間が許すならここに至るまでの狂気の過程を描いているから目を通していただけると大変ありがたい。
簡単に言うと、ある日アズレンの世界に転生して、ブラック鎮守府倒したり北方連合とドンパチしたり海賊潰したりしてたら元の世界に戻され、その過程で私の嫁艦達は自分の事を私の妻ではなく母親だと思うようになり始めた。
どこでそんなスイッチが入ったかなんて、私には知る余地もない。
とにかく、私は今現在アズレン世界に転生する前の世界線にいる。
私の素晴らしいKANSEN達と帰ってこれたのは良いが、問題は彼女達が私の"マッマ"であるという認識を未だに捨てていないこと。
私は現代社会に戻り、高校生活を終え、大学へ行き、アズレン世界に飛ばされる前と同じように就職し始めた。
そこに差異があるとすれば、そう、マッマである。
彼女達と出会ってもう何年も経つ。
歳を取らない彼女達だが、私の方は歳を取る。
それも思春期から20代前半を2週してるので、中身は外見よりもよほど老けている。
老けている男を未だに母体の中に押し込もうという彼女達には狂気さえ覚えるのだ。
私は深くため息を吐いて身を起こし、ベッド傍のサイドテーブルに手を伸ばす。
水差しとコップを取り、水を一口呑んで心を落ち着かせようと…そう考えていた。
ところがそれを飲んで、私は違和感を覚える。
なんだ、この、…生暖かくてヌルッとした水は…
「あ…ミ、ミニ…それ……私の羊水…//」
「羊水…//」ではない。
それどころじゃない。
どこの世界に水差しの中に自分の羊水ぶち込むクレイジーがいると言うのか?
そもそもそんな事可能なのか?
あれ、そういえば…今日はまだピッピもダンケもベルもザラも見ていない!
「ま、まさか…ルイスママン?…ここって…」
「うっふふ!ここまで気づかないってことは、私のお腹の中の環境への適応が進んでるってことだわ!しばらくすれば…ここがあなたにとっての本当の世界になるはず♪」
「……………」
「ッ!?…………うぅ、残念だけど、もうそろそろ限界みたいね。次はもぉっと長い時間、ここにいられるように頑張りましょうね?」
「ああ!坊や!やっと出てきてくれたわ!…もう!セントルイス!坊やの独占はアレほど禁止したのに!」
「Mon chou?大丈夫?怪我はない?」
「ご主人様、気付薬をお持ちしました。どうかお気を確かに。」
「さて、と。長くかかったけど、ピッコリーノも無事に産まれてきたことだし。次は私の番よ?」
何かの粘液に塗れて、私は震えてる。
これは…悪夢だろうか?
マッマ達は皆大好きだが、好意の寄せ方があまりに猟奇的過ぎる。
だから私は、こんな恐ろしい体験を引き続きしなければならない。
ティルピッツ、ダンケルク、セントルイス、ベルファスト、そしてザラ。
私はこちらに戻ってから、毎日いち日に少なくとも5回、この体験を強要されている。