「バブバブの間違いだろ。」
----------あるアイリス戦艦
鎮守府には人目につかないところがごまんとあるが、その上品なブロンド女性はその中でもより人目につかない場所を選んでいた。
そこは廃装備品の集積場で、羽を休める為に立ち寄るカモメの他は誰も見受けられない。
ブロンドはやがて足を止め、身近な壁にもたれかかる。
姿は見えていないが、約束の相手はいつも遅れる事がない。
ここにいる、という確信を持って、ブロンドは独り言のように話し始めた。
「呑気なものですね。」
約束の相手は物陰から姿を現す事もなく、問いかけに問いかけを返す。
「呑気?どうしてそう思うの?」
「リプトンは賄賂を受け取りますよ。あいつはそんなに清廉な人間ではありません。名門貴族から差し出される延棒に、間違いなく手を伸ばすでしょうね。」
「っ!?話が違うじゃないっ!?今度こそあの腐れ貴族の息の根を止めるハズじゃなかったの!?」
「落ち着いてください。そんな単純な問題ではありません。大統領の取り巻きに"連中"が多い事は知ってるでしょう?リプトンを選んだのも大統領。いくら私達でも大統領には逆らえない。」
感情的になる相手とは対照的に、ブロンドは落ち着いて会話を続けていた。
「原因はそれだけではありません。貴女のところの彼…あまりに決断が遅過ぎる。」
「でもそれはっ」
「躊躇も多いし、非情にもなれない。"アラバマ"はそこまで悠長に待っていてはくれませんよ?」
「………」
「……良いでしょう。私も手伝います。貴女は嫌がるでしょうけど、理解してください。私自身、"アラバマ"から急かされています。これ以上待てない」
「なら…せめて、あの子には…」
「分かっています。でも、必要に迫られれば…"私達"が何をするのかは言わずとも分かりますね?」
「やめて!それだけは絶対に!」
「なら、貴女からも働きかける事です。」
ブロンドはそれだけ言って、元来た道を歩み始める。
後に残された相手は、すでに啜り泣いていた。
「もし、坊やが望めば、私の国が出てくれる。外交的な圧力は勿論、艦隊や海軍航空隊の支援まで。これは挨拶代わりの金塊よ。それから特別仕様のP38。」
「Mon chou!Mon chou!私の国だって捨てたものじゃないわよ!ヴィシア・アイリス艦隊に加えて自由アイリス艦隊まで!これは挨拶代わりの金塊と特別仕様のMAT49」
「ご主人様っ!ロイヤル軍人ならロイヤル軍人らしく!惑わされてはなりません!」
ピッピとダンケがまだ朝食すら取っていない私の目の前の机にゴトンゴトンと金塊を並べる。
金塊と並ぶのはキンキラキンのP38、それに銀メッキというよりは銀で作ったんじゃねえの?と疑いたくなるレベルでギラギラしてるMAT49サブマシンガン。
…いや、何がしたいの?
私に一体何をさせたいんだお前らは。
「ほらほら鉄血とアイリスの後ろ盾も付いてきたんだしそろそろクーデターには頃合いじゃないの?」とでも言いたいのかい?
「モロッコあたりで反乱起こしてコミニストの政権倒すのに必要なものは揃ったんじゃないの?」とでも言いたいのかい?
私はいつからフランコ将軍になったんだ?
こんなヘルマン・ゲーリング仕様みたいな拳銃と、レジェンダリースキンみたいなサブマシンガンまで用意してマジで私に一体何をさせる気なんだ。
「別にクーデターを起こせと言ってるわけじゃないわ。ローレンスみたいなヤツと戦う為の、最小限の支援よ?」
どこが最小限?ねえ、ピッピ、これのどこが最小限なの?
大国が2つ後ろ盾のどこが最小限?
あのさ、確かに私は側頭部ぶち抜かれたし、危うく失血死までしかけたし。
保護したKANSENにハメられたし、地方紙とはいえとんでもない誹謗中傷を受けたし。
それにしたって貴女方が祖国の外交官相手にアレコレ取り付ける必要まではなかったんじゃないかい?
もはやクーデター起こしてもやっていける、むしろ今すぐにでもやりなさい!やるのです!的な熱意が感じられるのは気のせいではない気がする。
いやね、本当はありがとうなんだよ。
ありがとう、ありがとうって言うべきなんだけど、やる事なす事極端過ぎないか?
国家ぐるみの支援はやり過ぎだと思うよいくらなんでも。
その内アドルフ某とかシャルル某とかと会談しなきゃいけなくなりそうで本当に怖い。
セントルイスが少々急いだ様子で、諸々の品々を抱えて執務室に入ってきたのはその時だった。
「し、指揮官くん!見て!ユニオンもあなたのためなら支援をすると確約してくれたの!
これは挨拶代わりの金塊と…」
お前もかいっ!!
「アイリスは確かに分断されているけど、自由アイリスもヴィシアアイリスもMon chouを想う気持ちは同じなの!」
「気持ちだけではご主人様のお役には立てません!そもそも貴女方はロイヤルや鉄血の支援なしではまともな攻勢すらかけられないではありませんか!」
「ロイヤルだってユニオンからの物的支援なしでは理想的な戦力を保持できないじゃない。やっぱりここはユニオンのチート物量で指揮官くんを圧倒的保護…」
大談合を組んでいたはずのマッマ達が、もはや第三次世界大戦を始めていた。
どこかの井戸端会議でありそうな光景だが、これに火力が加われば、私は無事でいられないだろう。
それよりも、と言うのはおかしい気もするが、私の朝食の方は放置されたままだった。
マッマ達の世界大戦は終わりそうもないので、ひさびさに自分で何が拵える事にする。
拵えるといっても、何か作れるわけもなく。
私は極々自然に簡単な物を選んだ。
カップ麺。
マッマ達の手料理は本当に美味しいのだが、もうそろそろ気分転換にでもなるような物を食べたかった。
米といえばパエリアだし、そもそも野菜扱いだし。
ラーメンを知ってるか尋ねたら、ピッピから「知ってるわよ?建築用語でしょ?」って言われる始末だし。
そっちじゃないんだ、ピッピ。
私はこっちの世界に来る前もどちらかといえばパン食の方が多い人間だったから、マッマ達の西洋色溢れるお手製料理の毎日を苦痛に思う事はない。
というよりはむしろ楽しんでいたが、何せ米食民族の出身ゆえにたまに出自の文化に立ち戻りたくなる時がある。
そういうわけで久々にこのインスタント食品を食べる事になった。
紅茶用のケトルにはお湯が入ってるし、箸はなくともフォークがある。
立派な文様のフォークでカップ麺を食べる事にも違和感があるが、背に腹は代えられない。
カップ麺の蓋を開け、お湯を注いで3分間待つ事にする。
立ち昇る湯気の向こう側では未だに世界大戦が巻き起こっていたが、こうしてたまには一人で朝食を食べるのも良いだろう。
…さて、3分経った事だしそろそろ
「Nein!!!」
目の前のカップ麺が、白い拳に粉砕された。
「何を考えてるの坊や!!こんなもの食べる物じゃないわ!!」
全面否定…全面否定ですか、ピッピママ。
た、確かに朝から食べるような物じゃないだろうけど、そんな民族固有の文化(?)まで全面否定しなくても、いいじゃん?
たまには、いいじゃん?
「ごめんなさい、坊や。確かに朝食がまだだったわね。今作るから…待ってて…ぐすっ、お願い、待ってて」
うん、待つから。
泣かなくても待つから。
気づけば第三次世界大戦は終結し、マッマ達があまりに早過ぎる速度で朝食を作っている。
ピッピママが作り置きしたソーセージを茹で、セントルイスがシーザーサラダを拵える。
ダンケルクがブリオッシュ生地をオーブンに入れ、ベルファストが先ほど私がカップ麺を作るために使ったケトルをブランド物のイングリッシュ・ブレックファーストを淹れる為に使っていた。
私の眼前の机には、カップ麺の容器の僅かな残骸しか残っていなかったが(信じられない事に、お湯も中身もピッピの振りかざした拳によって"蒸発"していた)、やがて西洋文化で埋め尽くされていく。
うん、やっぱり美味しそう。
でもたまにはジャパニーズトラディショナルアサゴハンを食べたくなるんだよねえ。
どうして私の鎮守府には重桜KANSENが少ないのだろうか。
赤城や加賀は勿論、翔鶴あたりもいない。
古鷹や加古すらいないし、いるといえば駆逐艦ぐらいか。
料理させるわけにもいかんな。
「ご主人様、新たに着任したKANSENがご挨拶に来ているようです。」
いつのまにか側で控えていたベルファストが、スターリンと雑談を楽しむベリヤのように耳元で報告した。
おおそうか、重桜KANSENだといいなぁ。
もう限界近いよ、ジャパニーズトラディショナルに立ち返りたいよ。
だが、期待は外れたし、"それ"は大きな問題さえ携えていたことを後々知る事になる。
そのKANSENは執務室に入るなり、こう報告した。
「ノースカロライナ、着任しました。」