バブールレーン   作:ペニーボイス

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えっ!?私の練度低すぎっ!?

 

 

 

 

 

ある小説家の自伝で、『目の前で大の大人がマジ泣きしているのを見るのは耐えられない物がある』と書いていたのを読んだ事がある。

 

私は、今、同じ感想を思い浮かべていた。

 

周囲の目線を憚らず、私の目の前では屈強な男が…それもSFS(スペシャル・フライ・サーヴィス)の隊長が声を上げて泣いていた。

 

つい2時間前まで、この特殊部隊長は意気揚々としていたのだ。

目の前の"ヒヨッ子"達に、「よぉし、これからお前ら蛆虫を一人前にしてやる」とか軍人らしい言葉を吐いていた。

それが今大泣きしているのは、きっと…もうどうしていいか分からなくてなってしまったのだろう。

 

隊長には何の落ち度もなかった。

問題は"ヒヨッ子"の方にある。

意気揚々の隊長殿が一人前にしようとした蛆虫達は、私のマッマ達で、彼女達は言うまでもなく蛆虫どころか化け物だったのだ。

 

 

 

 

MI5の臨時警護要員になった4大マッマ達だが、近接戦についてはまるで素人だと思われていた。

そりゃそうだ。

いくらKANSENでも、大海原で大砲をぶっ放すのと、室内で民間人と敵を識別して戦うのではワケが違う。

 

そこで、MI5はSFSの隊長を呼び寄せ、彼女達の訓練に当たらせた。

 

私は訓練の前に、隊長と少し話をした。

良い人だった。

 

「安心してください、貴方の警護が完璧になるように指導します。キツい言葉をかける事はありますが、それは指導の内ですのでご了承ください。しかし、決して手を挙げるようなマネはしませんのでご安心を。」

 

ところが実際に訓練が始まると、隊長はドンドン弱気になってしまったのだ。

 

 

 

まず、射撃訓練から始まった。

近接戦で使われる銃器は拳銃か短機関銃が相応しく、マッマ達はその扱いに慣れていないと思われた。

 

ところが、マッマ達は慣れていて、ピッピに至っては銃身の長さが半分以下の、ストックレスMG42を出してきて、しかもフルオート射撃で全弾命中させてしまったのだ。

マッマェ…………

 

SFS隊長は物凄い衝撃を受けていたようだったが、流石は特殊部隊長だけあって強靭なメンタルの持ち主でもあった。

 

「よ、よ、よ、よぉし。射撃の練度はバッチリだ。次は実際のシチュエーションに合わせた訓練をする!まず、室内制圧訓練だ!」

 

 

勇んで取り組んだ室内制圧訓練でも、マッマ達は最初にSFS隊員達の手本を見ただけでほぼマスターしてしまっていた。

 

3回目をやる頃には、SFS隊員の2/3以下の時間で誤射なし・負傷者なしの制圧をやり遂げてしまった。

マッマェ…

 

隊長は唖然としていたし、SFS隊員の内の1人は「隊長、アレは人外です。」とまで零している。

うん、まあ、KANSENだしね。うん。

 

 

 

最終訓練は車両を用いた護衛・離脱シチュエーションだった。

この訓練にはそれまでの訓練より広い訓練場が使われ、私が実際に護衛対象として使われる。

訓練場は市街地に見立てて作られていて、それぞれの窓や奥にあるなだらかな丘にはC的(civilian、民間人)と、E的(enemy、敵)がランダムに配置されていた。

隊長が直接、的を電気操作して起き上がった的を瞬時に判断し、脅威を排除する事が求められたのだ。

 

 

きっと、隊長は、いくら化け物共でも何かミスをするだろうと思ったのだろう。

何故ミスをさせたかったかというと、おそらくは精神教育のようなもので、壁にぶち当たりながらもそれを乗り越えられる強い心を養いたかったに違いない。

 

だから、隊長は本物の特殊部隊でも挫折する事があるという程の難易度をマッマ達に課すことにした。

 

 

 

状況が始まると、警護対象である私から200mほど離れた低いビルの屋上で、20個程のC的とE的が一斉に起き上がり、私から一番近くにいたピッピマッマは、例の短銃身MG42で横薙ぎに射撃してしまった。

 

 

「おいっ!ストップ!ストップ!状況中断!」

 

 

ここで、隊長は状況を一時中断させた。

納得した表情で、(うん、やはり、この化け物達にもこれは難しいんだな)と安心したようにも見える。

 

私とマッマ達は隊長に連れられて、例のビルの屋上へ上がることになった。

 

 

「いいかい、ティルピッツ。」

 

 

少なくとも、もう隊長はマッマ達を蛆虫とは呼ばなかった。

 

 

「人はいつでもミスをする。だが、それが招く結果について学んでおく事も大切だ。」

 

 

隊長はそう言って、的の方へ歩き出す。

最初の的はE的で、頭部に大きな穴が3つ空いている。

 

 

「よく当てた。瞬時に構えて撃ったにしては、集弾してるし、射撃自体は悪くない。」

 

 

心に余裕が持てたからかは知らないが、厳しく責め立てるような言い方はせずに、諭すような口調で隊長は続ける。

うん、やっぱり良い人だし、凄い人だ。

ただ怒鳴り散らしてばかりなどという事はなく、何が悪いのかよく分からせる必要のある場面では口調を変えて内容を理解させようとしている。

流石SFSの隊長!

 

続いて、またE的だ。

 

 

「たしかに、この的が全てE的だったのなら、この対応は間違っていない。だが、この的の中にはC的も混ざっている。たしかに通常なら考えにくいが、人質を立たせて盾にしてくる可能性だってゼロじゃない。」

 

 

その次の的はC的だった。

 

 

「ただ横薙ぎにしてしまっては、このように民間人を穴だらけにしてしまう………」

 

 

私は隊長の目とC的を交互に素早く見比べた。

隊長への合図のつもりだったし、隊長は気づいてくれた。

彼は今、自分が指し示したC的をもう一度見てから眉をひそめる。

 

C的には一発も当たっていなかった。

 

マグレの可能性が高い。

隊長は私とマッマ達を待たせて、ビルの屋上にある全ての的を注意深く見ながらチェックしていく。

そして全てチェックし終わると、私達の元へ戻ってきて、泣き始めた。

 

どうやら、私と隊長からはただ横薙ぎに撃ったように見えてても、ピッピはしっかりC的とE的を区別して撃っていたらしい。

マッマェ……………………

 

 

 

「今日この訓練をするまで、私達は接近戦の基礎知識さえ持っていませんでした、教官のおかげです!」

 

「ですから、どうか泣き止んでください、教官!教官が泣く事ないじゃないですか!」

 

「そうですよ!きっと教官の指導を受けなければ、私達は指揮官くんを守れなかったかもしれません!」

 

「ご主人様の警護レベルがより完璧になりました!全て教官のおかげです!」

 

 

 

4人のKANSENに励まされ(?)、SFS隊長はようやく立ち直ったようだった。

どうにか立ち上がり、タオルで顔をゴシゴシやって、キリッとした顔を取り戻す。

 

 

「よ、よし。君達はこれで立派な警護要員だ。君達の警護対象は、君達にとっても大切な人なんだろう?そうか。なら全力を尽くして守りたまえ。では解散ッ!」

 

 

マッマ達を解散させた後、隊長は私の元へ向かってきた。

 

 

「本当に良い娘達だ。こんな歳にもなって、あんな年頃の娘達に励まされるとは、我ながら恥ずかしい。でも、貴重な体験をさせてもらいましたよ。」

 

いえ、すいません、こちらこそ、どうもありがとうございました。

本当に素晴らしいご指導でしたよ。

 

「それは、どうも。…ところで、準備はできてますか?」

 

準備?

 

「聞いてませんか?貴方も訓練対象ですよ?」

 

…………………………………………え?

 

「さあ、着替えて着替えて!彼女達程の物ではありませんが、貴方にも訓練していただかなければならない事項があります。拳銃射撃、尾行の巻き方、逃走訓練…きっと彼女達にも貴方から離れねばならない場面が出てきます。」

 

…………

 

「善は急げです!さあ、やりましょう!」

 

 

 

 

私自身の訓練は、マッマ達のようにはいかなかった。

何度もミスったし、何度も指導された。

今日初めて、ビス叔母さん製PPK以外の銃に触ったし、何度も道を変えながら歩く事を教わったし、相手の隙をついて逃げる訓練をした。

 

まあ、キツかった。

いや、頗るキツかった。

ピッピマッマとランニングする習慣を始めてなかったら、今頃ぶっ倒れてるよ。

 

 

「坊や!素敵よ!頑張ってぇ〜!」

 

 

いつのまにかピッピ初めマッマ達がチアガールの服装に着替えていて、私がヘマをやらかしまくっている間にもずっと応援してくれていた。

 

そのおかげかどうかは知らないが、夕方までにはどうにか「うん、まあ、これなら、まあ、うん、まあ、大丈夫でしょう」とSFS隊長が言ってくれるまでには漕ぎ着ける事ができた。

 

 

「訓練は今日で終わりですが、私達は仲間です。お力になれる事があればいつでも言ってください!」

 

ぜえはぁ…ありがとう…ぜえはぁ…ございます…

 

「では、我々はこの辺で!」

 

 

SFSが帰った後、汗ばんだチアマッマ達が駆け寄ってきて、存分に抱きしめられる。

 

 

「お疲れ様、坊や。よく頑張ったわ!」

 

「今日は何のお菓子が食べたい?」

 

「その前に、はい、ゲータ●ード!」

 

「ご主人様、お飲物を飲んだらシャワーを浴びて帰りましょう。」

 

 

帰りはベルの運転で帰った。

ふはぁ、今日は本当にちかれたぁ〜。

家に着いたらもう一度お風呂入って寝たい。

その後マッマベッドの上で寝ながら、ピッピのソロオペラでも聞きたい。

 

 

「もちろんよ。任せて、坊や。」

 

 

あのぉ〜、頭の中身読み過ぎ………まあ、もう何でもいいや。

マッマ大好きでちゅ。

 

 

 

 

 

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