バブールレーン   作:ペニーボイス

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"剣闘士"

 

 

 

 

 

ここはどこなんだろう。

 

 

青空の下、腰くらいの高さまで伸びる小麦を左手のひらでなぞりながら、当てもなく歩いている。

 

決して不愉快な気分じゃない。

 

むしろ心地よい。

 

一度来たことがあるような。

 

初めてここに来たような。

 

どこか懐かしく、どこか新しく。

 

 

なんつーかなぁ、ほら、アレだよ。

ラッ●ル・クロウの…ああ、アレだよ。

グラ●ィエーター。

アレの序盤シーン的な。

或いはローマ皇帝ぶっ刺した後的な。

 

 

とにかく、私は今歩いている。

心地よい空の下を。

急ぐわけでもなく、立ち止まるわけでもなく。

ただただ、歩いていた。

 

 

どこを目指しているのかは到底分からない。

でも、歩かねばならないという意思にかられている。

大切な何かを待たせているようで、私はそこへ進まねばならない。

向こうからは急がなくても良い、なんて言われてる気さえする。

まあ、歩いて行こう。

急がず、止まらず。

 

 

 

 

しばらく歩くと、小麦畑が終わり、小さなベンチが置いてあった。

市立公園とかでよく見かけるタイプのベンチで、側には背の高い広葉樹が立っている。

 

ベンチには先客がいた。

 

老人だ。

 

至って普通の…どこにでもいるような老人だった。

 

 

何か言葉を交わすでもなく、私は老人のとなりに座る。

なぜか相手もそれを待っているように感じたのだ。

 

 

実際、相手は私を待っていたようだ。

私が隣に座るなり、老人は口を開いたのだから。

 

 

 

「3回じゃ」

 

はい?

 

「3回試したんじゃ…3回もな。」

 

 

なんとなく、理解したような気分になった。

まだ、何について、とかいうのが分かったわけでもないが、私もそれに深く関わっているような気がする。

 

 

どうでした?

 

「1回目は…ダメだった。好奇心が強過ぎたんじゃ。決してやってはならぬ事にまで手を出した。」

 

2回目は?

 

「…ふっ、2回目?知っておるじゃろう?失敗じゃったよ。驕り昂ぶった。わしは見抜けなかった」

 

では、3回目はどんな塩梅です?

 

 

老人は私の方へ顔を向ける。

 

何かを推し測られているような気がしてならない。

老人はジロジロと私の顔を見回し、そしてゆっくりと口を開いた。

 

 

「失敗しかけとる。」

 

それは、何故ですか?

 

「……………気づいておるじゃろう、お前さんも。まだ早過ぎるんじゃ。」

 

 

老人はゆっくりと首を振る。

 

 

「何か…忘れ物をしたハズじゃ。決して忘れてはならぬ物を。お若いの、よく思い返してみると良い。」

 

…忘れ物………

財布、ケータイ、身分証明書、よし!

 

「ふははっ!そんなもんじゃないわい!もっとよく思い返してみなさい。」

 

……………そうだ、こんな物じゃない。

私は確かに…"忘れかけている"

 

「そうじゃ。目を閉じなさい、お若いの。」

 

 

老人の言う通り、私は目を閉じた。

力は込めず、ゆっくりと。

まるで1日中パソコンと向かい合った後、目を休ませる為にそうするように。

 

 

 

『坊や、私の坊や』

 

『大切な大切な坊や。』

 

『さっきのあなたの返事を聞いて、私少し安心したわ。』

 

『例えあやせなくなってしまったとしても、あなたは側にいてくれる』

 

 

『本当にありがとう』

 

 

 

 

目を開き、大空を見上げる。

 

そうだ。

確かに忘れて来た。

そして…なんということか、彼女を忘れるところだった。

 

置いて来てしまった、いや、彼女を置いてけぼりにして1人でここへ来てしまった。

 

彼女だけじゃない。

少なくとも、あと3人、命の恩人達を裏切ってしまっている。

 

 

 

でも、戻れるのか、今更?

もうだいぶ歩いてここまで来た。

広い広い小麦畑を直進し、随分と歩いて来たハズだ。

 

それに、戻ったところで、どうなる?

そんな考えさえ浮かんできた。

 

"問題"はまもなく解決する。

私がいようと、いなくても。

いずれ近いうちに解決し、次の問題が降ってくることだろう。

いっそのこと、ここまで来たのだから…

 

 

 

 

「お若いの、それもあんたの自由じゃ。」

 

 

老人は私の心の内を完全に読みきっているようだ。

私の方を向いて、ゆっくりと、しかし芯のある強さで語りかけてくる。

 

 

「じゃが、ここから先に行けばもう戻れんぞ?後悔なら戻ってもできる。やり直しは今ここでしかできん。」

 

なぜ、あなたはそんなにも私を心配なさるのですか?

 

「………負い目がある。わしは…お若いの、臆病になってしまったんじゃ。平気で手を突っ込んできたくせに、ある時突然、これで良いのかという疑問にかられた。」

 

 

老人も大空を見上げる。

雲一つない晴天、心地よいそよ風に吹かれ、急ぐ事もなく、止まる事もなく。

 

 

「もう手を出さん事に決めた。お若いの、"あんたで最後にすると決めたんじゃ"」

 

つまり、あなただったのか。

 

「そういう事じゃな。あんたを日常から引きづり出し、トンネルから"こちら側"へ引き入れた。"全てを元に戻す為に"。"これまでの失敗を取り戻す為に"。」

 

何故、私だったのですか?

 

「…………その内、お前さんも分かってくる」

 

 

老人は腕時計を見やった。

随分と古びた代物に見えるが、まだ正確に時を刻んでいる。

その秒針をしばらく見て、老人は目頭を押さえた。

あまり時間はないらしい。

 

 

 

「まだじゃ。まだあんたは来るべきじゃない。お前さんは…今までで一番良い結果を残しそうなんじゃ。まだいてもらわんと、困る。」

 

………

 

「そりゃ、楽になるわい。"向こう"でも悪いようにはならん。ただな、お若いの。お前さんには"残してきたものがあるじゃろ?"」

 

 

老人が、私が歩いて来た小麦畑の方を見やった。

 

 

「少し遠いかもしれんが…ここへはまた来れる。それまではもう少しばかり頑張ってもらわんとな。」

 

 

私は無意識のうちに頷いて、小麦畑の方へ歩き出した。

行きと同じように、小麦の実りを左手のひらで感じながらゆっくりと、ゆっくりと。

 

後ろから老人の声が飛んできた。

大きな声ではないが、芯の通った聞き取りやすい声が。

 

 

「ほら、呼ばれとるぞ、お若いの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました時、猛烈な頭痛に襲われた。

 

頭の中で金属のトゲトゲが暴れまわるような、猛烈に不快な痛みに。

 

私は頭を抑えようとしたが、私の両腕は何者かに抑えられてしまう。

 

代わりに、白くてスベスベした柔らかい手が、楕円形の何かを私の口に放り込んで、水で押し込んだ。

ちょっとしてから痛みが取れ始め、私は呼吸を整える事ができる。

 

なんなんだ?

これが夢か?

それともさっきのが夢なのか?

 

 

どうやら後者のようだ。

 

痛みが取れ、頭がクリアになってくると、霞んだ視界がクッキリと見えるようになり、私がベットに寝かされて、何人もの見舞人が側にいる事が分かった。

 

 

 

プリンツェフ?

 

 

まず、最初に認識出来たのはプラチナブロンドに赤のアクセントが混ざるプリンツ・オイゲン。

彼女はナース服を着て、電気ショックを両手に持ち、目をまん丸にしてこちらを見ている。

 

その隣にはヴェスタルさん。

彼女は白衣を着ていたが、その半分は血に染まっていた…恐らく、私の血に。

 

 

反対の方向を見ると、ダンケ、ルイス、ベルが腕から赤い管を伸ばした状態でこちらを見ている。

その赤い管は上へ向かい、何かの装置に繋がり、そして私の腕へと伸びていた。

 

彼女達もプリンツェフと同じくらい目をまん丸にしている。

 

 

最後に…私の枕元に…彼女がいた。

 

鼻腔の中は彼女の匂いで満たされているし、プラチナブロンドの先端が私の頬をつついてくすぐったい。

 

 

近い。

近いよ、ピッピ。

どうしたの、そんなアンビリーバボーみたいな顔をして。

どうしたの、そんな海が割れて渡った瞬間に元に戻ってエジプト軍飲み込んだのを見たみたいな顔をして。

 

 

「ぼ…ぼ…」

 

いや、だから、どうしたんねんや、そんな八●様みたいな声出して。

 

「ぼ…ぼぼぼ…」

 

あれ?泣いてる?

 

「ぼ…坊や…生きてるの?坊や?」

 

これが生きてないでどうすんのよ。

死体がこんなにペラペラペラペラ喋るわけないでしょうが。

ウォーキ●グデッドかよ。

 

「坊や…ぐすっ、坊や、生きてるのね…」

 

あ、マジ泣きしてる。

マジすまん、ピッピ。

さっきのは取り消す、すまん。

調子に乗りましたマジすんません。

 

「よかった…坊や…本当に、本当に…」

 

 

 

ピッピが私から少しばかり離れていて本当に良かった。

力が抜けたのか、プリンツェフは電気ショックを両手から落とす。

落とした箇所には私の足があったのだ。

 

 

あぶべべべべべべべべべ!!!!!!!

 

「Nein!!!」

 

 

ピッピがすぐに電気ショックを粉砕する。

おかげで小麦畑への"出戻り"という最悪の事態は防げた。

あっぶねぇ、またあの老人のところに行って「あはは、すいません、また来ちゃいました」とか言わなきゃいけないとこだったじゃん!!

 

 

ただ、危機は去っていなかった。

 

私の"復活"を見たピッピは、その右腕に赤い管が繋がっている事など気にもとめず、私を抱きしめる。

 

 

そして、思う存分、想いの丈を、放出したのだった。

 

 

 

「坊やあああああ!!!愛してるうううううう!!!愛してるわああああああ!!!もう離さないっ!!!もう絶対に離さないからあっ!!!」

 

「ティルピッツッ!!!あなたこの期に及んでまた独り占めして!!!私もMon chou抱きしめるッ!!!」

 

「指揮官ぐん!!!本当の、本当によがっだぁあああああ!!!」

 

「ご主人様あああああ!!!」

 

「こ、こら、あなた達!まだ献血中でしょ!安静にしてください!ここ病院ですよ!」

 

「………………し、し、死・ぬ・わ・よ??」

 

 

 

 

なりふり構わぬマッマ達の愛情表現を受けながら、私はただこう言った。

 

 

 

 

 

 

ただいま、マッマ。

 

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