ダンケルクは優しい娘。
それはそれはもう、優しい娘。
どのくらい優しいかと言うと、ドーナツとアイスクリームを取り出して、どちらを自分が食べてどちらを相手に差し出すか悩んだ挙句、そのどちらも差し出すくらいの優しい娘。
今も、彼女と出会った時の事が記憶に残っている(いつも通り勝手に海馬に書き込まれてたんだけどね)。
第一印象は、ピッピと同系列なクール系戦闘美女。
暗褐色の鋭い目、キリッとした表情。
中世フランスの騎士…或いは救国の聖女を思わせる服装…。
「弟くん、呼びました?」
あのね、ジャンヌさん、呼んでませんから。
人の回想シーンに勝手に出てきて勝手に弟くん認定やめてもらえます?
そんな、「ちょっと覗いてみた」感覚で人の過去に現れないでくださいよ。
まあ、ともかく、そんな感じの印象を受けていた。
それが秘書艦になって第1日目。
私を迎えて言い放った言葉が忘れられない。
「指揮官、今日は何のお菓子作る?」
甘々おっぱい優々お姉さんが唐突に私に向けてM1873リヴォルバーぶっ放した時は流石に驚いた。
大口径11mm弾は私の顔のすぐ側に着弾し、枕の羽毛とマットレスの中身を舞い上げる。
この歳にもなって恥ずかしいが、約20年振りに"漏らした"。
あの特有な温かみが広がっていくのを感じるし、今すぐにでも下着とズボンを履き変えてシャワー浴びたい。
うわぁ〜、やっ・ちゃっ・た☆
「Mon choロブ・マッコール。実を言うと、私はアイリス情報機関のスパイなの。」
いや、ごめんね、ダンケルク。
嘘にしか聞こえない。
まずもってね、一番間違えちゃいけないとこで間違えちゃってるからね?
そんな、キリッとしたキメ顔でまだ青白い煙の登るリヴォルバー片手に衝撃の事実!どう?驚いたでしょ!的な雰囲気漂わしたって、最初の最初で間違えちゃダメだよ台無しだよ。
嘘つくなら嘘つくで、せめて私の呼び方ぐらいちゃんと決めようよ。
「あら、信じてない顔ね。これがその証拠よ、Mon choロブ・マッコール。」
お前はどっちなんだ、ダンケルク。
私をMon chouと呼びたいのか、わざとフルネームで呼びたいのか。
「Mon cho貴方にMI5を続けられると、アイリスにとっても迷惑なの。だからこれが最後の警告よ…対外諜報顧問なんてやめなさい、Mon choロブ・マッコール!」
あのさぁ、もうこの際だからハッキリ言うね?
「何?」
ヤベェぐれえ可愛いよ、ダンケルク。
「……………」
ダンケルクが蒸気が出てるんじゃないかってくらい顔を真っ赤にして、リヴォルバーを下に下げる。
泣くべきか、怒るべきか、恥ずかしがるべきかの判断がつかず、ただただ表情だけがヒートアップしていく。
感情がメルトダウンした結果、彼女はその全てが合わさったかのような表情でこう言った。
「Mon chouのばかぁ」
仰げば尊死。
いかん、またあの小麦畑へ行ってしまう。
皆さんなら分かって下さるだろう。
私を心配するあまり、ダンケルクはワザとワルモノになろうとしたのである。
まったくもってなりきれてなかったのがもうもうただただ尊いし。
その上失敗したと思って恥じらいと哀しみと怒りがメルトダウンしてしまうあたりもただただ尊い。
おおぉぉぉ、左手に小麦の実りを感じるぞぉ。
歩いちゃう?また歩いちゃう?
またあの老人のいるベンチまで歩いちゃう?
「しっかりなさい、坊や!」
ズバァアン!
今度はピッピのP38が火を吹いて、11mm弾が着弾したのとは反対側の位置に着弾した。
あのぅ、マッマさん達?
いい加減病室で殺人武器振り回すのやめにしません?
このマットレスに何か恨みでもあんの?
敷きダンケor敷きピッピ出来なかったのがそんなに悔しかったの、ねえ?
軍用拳銃ってそんなパカパカぶっ放して良いもんじゃないからね?
お前らの日常はグランド・●フト・オートか?
そもそも、お前ら私をどうしたいんだ?
あやしたいあやしたい言ってるのにどうして偶にこういうトチ狂った事をするの?
私をどうしたいのよ、ホント。
あやしたいの?撃ちたいの?
甘やかしたいの?叱りたいの?
ちゃんと自分の気持ちを分析して、選択してからその選択に沿った行動をとってくださる?
良い加減にしないともう選択させないよ?
腕とか足とか翼が生えたニンジンとかしか選択させないよ?
センター試験で見た瞬間に「は?」ってなるような選択肢しか与えないよ?
顔を真っ赤にしたダンケはそのままフリーズしてしまったが、普段のサイコ具合から考えれば珍しくマトモなルイスマッマが、ダンケはじめマッマ達の想いを伝えてくれた。
「指揮官くん。よく…思い返してみて?貴方は頭を撃たれ、誹謗中傷されて、また頭を撃たれたのよ?私達に心配するなって言う方が無理なら話じゃないかしら。」
うん、うん。まあ、たしかに。
「お持ちの株式があれば十分に暮らせる…それなら尚の事、なぜご主人様がこの危険なお仕事に向かうのか、納得できる理由が欲しいのです」
「従兄弟のラインハルトくんなら優秀でしょ?きっと指揮官くん無しでもこの仕事をやり遂げるわ。ねえ、指揮官くん。あなたはもう十分働いた、休んでも良いとは思わない?」
「艦隊指揮官でなくとも、MI5の対外諜報顧問でなくとも、ご主人様はご主人様です。このベルファストはいつ何時どういう状態でも、ご主人様を迎え入れますし、それは皆様も一緒です。」
ルイス…ベル……ありがとう。
心配してくれている君たちからすれば、わざわざ危険な場所へ向かうような仕事はやめてほしいに違いない。
いつかピッピからも車の中で言われた通り、ほかに選択肢があるのなら、そちらをとって欲しいのだ。
何故、私が関わる必要があるのか。
小麦畑で老人と会ったとき、これは私の役目だと確信できた。
"彼"は…修正をしたがっている。
自らが2度も招いてしまった、災悪の種を刈り取る為に。
世界線への負荷が心配になり、自分で弄るのが怖くなった。
だから、わざわざ私を送り込んで収拾に当たらせたのだろう。
"彼"が招いた災悪とは、私の前に送り込んだ2人の転生者の事だ。
最初はただの出来心だったのかもしれない。
セイレーンと人類の戦い、その後始まった人類同士の戦い。
『史実の再現』なんてものに嫌気がさしたのかもしれない。
ただ、送った人間が悪すぎた。
1人は正真正銘のサイコパス。
もう1人はKANSENを家畜のように扱うクズ野郎。
あ、3人目も人選ミスだね。
なんたって真昼間からバブバブ言ってるクソ野郎なんだから。
2人目の転生者には心当たりがある。
『驕り昂ぶった。わしは見抜けなかった。』
サー・ローレンス・ウィンスロップ、あのゲス野郎。
1人目もなんとなぁく予想がついてきた。
『好奇心が強過ぎた、決してやってはならぬ事にまで手を出した。』
ハンニノフ・レクタスキー、キチガイ企画の立案者。
きっと、この世界が"修正"される為には、"修復薬"が正常に機能していなければならない。
私は抜けられないのだ。
1人は倒した、残るはあと1人。
やり遂げなければなるまい。
ただ、そんな事をマッマ達に伝えるわけにはいかんだろう。
信じてもらえないだろうし、喋ってはいけない気がする。
だから、最もな理由を他に探さねばならない。
本心の奥底に、その理由があるはずだ。
そう、そうだ。
私にはその理由がある。
私には、"これ"をやり遂げなければならないと思える理由が、たしかにある。
大好きなんだ、マッマも、その他のKANSEN達も。
だからこの手であのクソ実験から遠ざけたい。
思い上がりも甚だしい、それは認める。
私個人には何の力もないし、マッマがいなきゃ満足に出来る事は何もないだろう。
でもマッマ達のおかげで、実際にKANSENを助けることもできた。
綾波は強姦される事も分解される事もなく、今この瞬間も人生を楽しんでいる。
全てのKANSENがそうであるべきだし、そうでなければならない。
間違っても一人の独裁者の政治的都合や、マッドサイエンティストの悦楽の為に不条理な運命に陥れられる事などあってはならないのだ!
マッマ達にそんな気持ちを伝えた後にお願いをした。
もう何度目のお願いか分からないが、所詮私にできるのはこれしかない。
あと少し手伝ってくれないかな?
「…分かったわ、坊や。でも、無理はしないで。こっちはお願いじゃないわ。"命令"よ。私も全力で守るから、あなたも守られて?」
「あ〜あ…辞職届の偽造、結構苦労したのよ、Mon chou?でもあなたがそう言うなら、私も覚悟を決めて手伝うわ!」
「今更言う事でもないじゃない、指揮官くん。いつも通り、私に甘えて甘えて甘えてちょうだい。」
「これまで通り、このベルファストに何でもお申し付けください。きっとご期待に添いますとも。」
ああ、ありがとう、ほんとうにありがとう、マッマ。
もうありがとう以外の感謝の言葉を全て吐き尽くしたい衝動に駆られるくらいありがとう。
………でね、早速手伝って欲しいんだけど…
替えのズボンとパンツ持ってきてくれないかな?