バブールレーン   作:ペニーボイス

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シンドラーとリスト

中東戦争。

 

 

イスラエルにとっての独立戦争として始まったそれは、その後4度に渡って戦われ、この戦争は今なお禍根を残している。

 

その参加国としては、勿論イスラエルの他、エジプト、シリア、ヨルダン、イラク、レバノンと言った国が挙げられる。

イスラエルはアメリカと、アラブ諸国はソ連と親しい関係にあり、ヨルダン等の例外はあるものの冷戦における代理戦争としての面も示していた。

 

 

この戦争と、それに関係する国々の状況は、今私のいる"こちら側"の世界でも忠実に再現されていた。

違う箇所といえば、領土の形ぐらいだろう。

特に、シリアの国境線が黒海に至るまで北東に長く伸びている。

イスラエルの領土はまだ第一次中東戦争後の状態で、まさに独立したてといったところだ。

 

 

 

これらの国々が描かれた地図を見ながら、私は自分の意見を従兄弟に伝えたが、従兄弟はあまり納得のいった表情はしなかった。

 

 

「どうしてわざわざ遠回りをするんだ?ヒスパニアからイタレリを経由して東欧へ逃げ込めばいい。何だって北アフリカ経由で中東に入って北上なんていう世界一周旅行をすると思うんだ?」

 

なあ、兄弟。君がレクタスキーなら、もうこれ以上の失敗は避けたいところだろう?

 

「…うん、まあ、そうだな。」

 

なら輸送路は慎重に選ぶはずだ。

アイリスの駆逐艦も、重桜の綾波も輸送中に取り逃がしてる。

だから今度こそ、完璧な輸送計画を立てるはずだ。

 

「なるほど…北アフリカと中東には北方連合が支援している国々がいる。ホルタ会談側の欧州へは二度と戻らないつもり、か。」

 

その通り。

 

「北アフリカに入られれば…正直追えなくなると思う。もし、ブロの言う通りだとするなら、北アフリカ到着時を狙うしかないな。」

 

いや、それはやめた方がい

 

「下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下着下」

 

ぶへっ、ルイスマッ、やめっ、マッ、マ!マッマ!マッマ!!!

ステイ!!とりま、落ち着いて、ステイ!!

ふぅ〜、まったくもう。

 

で、北アフリカでの襲撃をやめた方が良い理由だが…

 

「罠、でしょ?坊や?」

 

うん、ピッピの言う通り。

レクタスキーはかなり用心深い。

北アフリカで奪回せざるを得ないように仕向けて来るだろうし、勿論準備もしてる。

現地の軍隊にも協力を仰ぐハズだ。

だから、ここでの奪回は諦める他ない。

 

「じゃあ、どこでヘレナを奪還するんだ?」

 

………ウクラニア(史実のウクライナ)。

 

「ウクラニア!?…お、おい、ちょっと待て。ブロ、お前の意見だと、連中は中東経由で北連を目指すハズだな。何故ウクラニアなんだ?」

 

鉄道がある。

 

「鉄道!?なあ、ブロ、ウクラニアに何本鉄道があると」

 

さっきも言ったろ?

レクタスキーなら慎重に慎重を期す。

輸送には護衛が付くはずだ、それも並みの護衛じゃない。

黒海では恐らく、北連黒海艦隊が海上輸送の護衛に着き、その母港・セヴァストポリからは北方連合領内へ向けて何本かの路線が伸びているが、装甲列車を運行している路線は一つだけだ。

 

「……………だが、このままでは連中がいつウクラニアに到達するかも…」

 

中東の経路上にはアイリスの元植民地だった国がある。

北アフリカの方にはロイヤルの保護国だった国が。

どちらにも旧宗主国の情報機関の協力者がいるハズだ。

 

「…分かった、そこまで考えていたのなら。お前を信じるよ、ブロ。」

 

「指揮官くん!指揮官くん!大好き!」

 

 

ヘレナを取り戻せる可能性が見込まれたからか、ルイスも少し治ってきた。

 

 

「指揮官くんは私の下着!大好き!」

 

 

…なんだ、気のせいか。

ルイスマッマぶっ壊れたまんまじゃんか。

こりゃヘレナちゃん無事に助け出すまで治らんな。

がんばろうがんばろう(諦め)

 

 

 

しっかしまあ、こうも同意されると、これはこれで不安になってくるものがある。

私の予測は、あくまで予測に過ぎず、実際にはそうならない可能性も十分にあるのだ。

 

例えば、ウクラニアは経由せずにコーカサス山脈の方面へ向かうかもしれない。

現在コーカサスではスタルノフの恒常的な弾圧に反発したチェチェニアと呼ばれる地域が武力闘争に出ていて、私はそのルートを避けるだろうと見ていたのだが、勿論これも外れる可能性がある。

 

いくら元宗主国の情報源が散らばっていたとしても十分に機能しない可能性はあるし、そもそもヒスパニアからイタレリを経由するという従兄弟の考えが正しいのかもしれない。

 

 

とにかく、不確定要素が多過ぎる。

 

もっと確かな"目"が欲しい。

無い物ねだりになってしまうが、中東域を監視している、大きな、確かな目が、私達には必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中東・シオニエル国

首都テルアビブ

 

 

「私達はずっと迫害を受けてきた…古代ロマニの時代から、現在に至るまで。ロマニ皇帝に、ウクラニア・コサックに、鉄血の独裁者に、そして、北連の国家体制に。」

 

「まさに、苦難の歴史ですわね。」

 

「ああ、そうだ。だが、我々が今に至るまで生き残ってきたのには理由がある。」

 

 

 

独立間もない中東の国家・シオニエルの首都ではこの日、1人の老人と1人の和服美人が紅茶を片手に話をしていた。

老人の肌は薄黒く、この地域の厳しい日差しを浴びてきた事を物語っている。

とはいえ老人自身この地へ来たのは2年前の事で、それまではイタレリにいたのだが。

 

老人は自らが属する民族について語ると、一旦話を切って紅茶を一口楽しんだ。

目の前にいる和服美人も同じように紅茶を飲み、一息をつく。

 

なんて美しい女性なのだろう。

東洋芸術のような、奥深い美しさだ。

艶のある肌を持ち、滑らかな黒髪は丹念に手入れされ、全体的に上品極まりない。

 

…これで咳が酷くなければ、あるいは付き添い人が上裸でなければ完璧なのに。

 

老人はそう思いつつ、話を続ける。

 

 

「相手の要求を叶える時は、見返りを求める事を忘れない。それが生き残りの秘訣さ、お嬢さん。」

 

「うふふ。ええ、もちろん。そうですわね。ですから私としても…ご期待に添えるような見返りを用意させていただけるかと思います。」

 

「それはどういった物かな?」

 

「………ビザとパスポート。もちろん、重桜政府の正規の物をご用意致します。」

 

「…………………」

 

 

それまでにこやかに話していた老人が唐突に真剣な顔になり、長年の経験で培ってきた頭脳をフル回転させるのが、和服美人にはありありと見て取れる。

 

老人はイタレリ国家憲兵隊の少佐として、長年勤務してきた。

そして現役当時の見識であったとしても、この話はかなり魅力的だと感じざるを得ない。

 

ただ、あまりにも"魅力的過ぎる"。

 

そもそも、彼女の要求が、重桜から届けられるというパスポートに釣り合わないように見えるのだ。

 

確かに、重桜政府の正規ビザがあれば、北方連合でスタルノフの弾圧に苦しむ、あまりに多数の同胞達を助け出すことができるだろう。

だが、上手い話には裏があるとは良く言った物で、こちらの尻に火がつくような罠があってはたまったものではない。

 

彼女の核心を知りたい。

 

そこで、老人は彼女の要求を再確認した。

 

 

「お嬢さん、君の要求は『我々の細胞を活用して、ある一団の行方を追って欲しい』というものだったね?」

 

「ええ、そうです。昔、ある鉄血の哲学者が言っていたでしょう?"鉄血で貴方達の足を踏めば、北連の首都からユニオンの首都にまでそれが広まる"と。その情報ネットワークを少しお借りしたいだけですわ。」

 

「それで数千人規模のビザが流れ込んでくると?すまんが、お嬢さん、話がうますぎる。"彼"が我々にしてくれたような事を、そんな対価でしてくれるとは到底思えない。」

 

「"彼"は外務省の命令よりも、自らの信念に従ったのでしょう。私にも信念はありますわ。」

 

「それは…どんな信念なのかね?」

 

「………そうですねぇ……『我が子を想う気持ち』とでも、言うべきでしょうか。」

 

「…な、なんだって?我が子?それはいったいどういう」

 

「もっとわかりやすく致しましょう。貴方にとって大切な誰かが、その人にとって大切な人を失って困っている…とでも言えば分かっていただけないでしょうか?」

 

「……………」

 

「もっとも簡単に言ってしまうなら、私はその"大切な誰か"を助けて差し上げたいのです。」

 

「…その人は…お嬢さん…君に何をしてくれたんだ?」

 

「その人は、私にとって大切な誰かを助けてくださった事があるのです。だから私は、その人の助けになりたい。」

 

「…………」

 

 

老人はしばらく沈黙した。

どうやら、この女は嘘を吐いているわけではなさそうだ。

この中東の砂漠じみた土地の中から特定の集団を見つけ出すのは、骨の折れる仕事だが不可能なわけではない。

老人の配下はありとあらゆる所へと潜り込んでいるのだ。

 

 

「…2500通。」

 

「ええ、お任せください。それでは、交渉成立ですね?」

 

「ああ、そうとも。ただくれぐれも我々を裏切るようなことはしないでくれよ?」

 

「もちろん致しませんわ。貴方達は世界で最も歴史が浅く、しかし世界で最も諜報力の高い組織…間違っても敵に回したくはありませんもの。」

 

 

 

シオニエルは周囲を違う宗教の国々に囲まれて、数の上で劣勢に立たされている。

それでもこの国が先の戦争に打ち勝ち、本当に長い間待ち望んでいた"祖国"を打ち立てる事が出来たのは、その諜報能力によるところも大きいだろう。

そして、その諜報能力が、今動き出そうとしている。

1人の女性の、慈愛に満ちた深い母性によって。

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