中東
シオニエルの北東・S国
黒海沿岸
E国軍高官はカンカンだった。
無理もない。
あれだけの大部隊を、何の意味もなく派遣させられたとなれば誰だって腹をたてる事だろう。
軍隊の移動もタダではない。
列車、トラック、戦車、飛行機…これらの燃料代も馬鹿にならないのだ。
一個中隊には150人から200人ほどの口があり、腹がある。
戦車やトラックが消費する油は燃料だけではない。
輸送機には誘導員を配置しなければならないし、戦闘機のパイロットには手当を弾まなければならない。
軍隊が動くという事は、それほどの"お祭り騒ぎ"が繰り広げられるわけである。
よってE国軍高官がブチキレていた理由をレクタスキーは重々承知していたし、謝罪の気持ちがないわけでもなかった。
ただレクタスキー自身もかなりイラついていて、E国軍高官の機嫌を取っているような余裕もない。
彼はヘレナをロンドンで拉致してから、ヒスパニア、E国、そしてS国北端の黒海沿岸まで無事に移送してきた。
普通の人間なら、胸を撫で下ろすことはあっても怒りを覚えることはないだろう。
だが、レクタスキーは"普通の人間"ではなかった。
「臭すぎる。」
レクタスキーがそう漏らした。
すぐ隣には、いつかコロラドがバズーカ砲で吹き飛ばそうとした北連工作員が控えていたが、彼はレクタスキーの発言が黒海沿岸特有の臭いに由来するものではないという事が分かる程度には洞察力を持っている。
「博士、ご心配はわかりますが、コーカサスは無理です。それに、もう黒海艦隊はこちらへ向かっています。今更ルートの変更などできません。」
「クソッタレのチェチェニア人どもめっ!」
「いいえ、博士。チェチェニア人の仕業とは思えません。私の見立てでは…あんな芸当が出来るのはシオニエルの連中だけです。」
レクタスキーを苛立たせている原因は、僅か3時間前の爆弾テロ事件である。
彼らがS国に入ったばかりの時、S国首都ダマスカスで爆弾テロがあり、この国は非常事態体制に入った。
狙われたのはあるホテルで、そこには北方連合からの軍事顧問団の一部が宿泊していた。
奇跡的に死傷者はゼロ。
だが、この事件の為にコーカサスルートは使えなくなってしまった。
コーカサスではチェチェニアと呼ばれる地域の反乱が起きており、中東経由で入るにはS国の支援が不可欠だったのだ。
ところがテロのせいでS国軍は国内の治安に注力せざる得ない。
とてもじゃないがレクタスキーの一団の為に、コーカサスというS国にとっては何の利益もない地方へ中古のⅣ号戦車を送り込んでやる余裕などないのだ。
テロの実行犯はチェチェニア・テロリストというのがもっぱらの噂だったが、レクタスキーに同行する工作員達は口を揃えてシオニエルを疑っている。
ただのテロリストならとんでもない威力の爆弾を用意して軍事顧問団を皆殺しにするだろう。
今回はそうではない。
明らかに高い技量を誇る精鋭チームが、軍事顧問団に死傷者が出て国際的な緊張を刺激しないように、されどS国軍の注意を十分に引くことが出来るように、本当に程良い量の炸薬を用いているのだ。
「…シオニエルにとって何の利益がある?」
「それは私にも分かりませんよ、博士。敵の敵は味方、そういう事かもしれません。」
「このタイミングでか?それに、もしそうならやはり軍事顧問団は皆殺しにされてたハズだ。」
「………分かりません…考え過ぎですよ。大丈夫です、博士。黒海では艦隊の援護を受け、ウクラニアでは世界最大級の装甲列車が待っています。無事に移送できますよ。」
工作員からそう言われ、レクタスキーは少し落ち着く事にした。
E国での襲撃がなかった以上、MI5も鉄血情報部も手を出しにくくなることぐらい想像できる。
連中の諜報力なら、黒海艦隊の戦力もウクラニアの装甲列車も知っていることだろう。
なら尚更、E国で連中が現れていなければおかしい。
案外、もう諦めたのかもしれないな。
レクタスキーはふと、自身が拉致してきた少女を見やる。
この娘は…北方連合領内に入ったあと、彼の研究所へ運びこまれて強姦される。
そのあとは生きたまま切り裂かれ、絶叫を放ちながら生き絶えることだろう。
別にどうとも思っちゃいない。
そんな事よりも重要な事があるのだ。
この少女と、北連の駆逐艦を見比べて、キューブの精製にどういう違いがあるのかしっかり見分けないといけない。
いくら完璧に移送したって、成果がなければまったくもって意味がないのだ。
この少女の事なんてどうでもいいし、そもそも少女とすら思ってもいない。
レクタスキーは被験体を人とは見ないようにしていた。
そうでもしないと、いくらマッドサイエンティストでも精神が持たない事だろう。
鉄血公国
ヴィーナーベルグ
病院内
政治屋達は案外簡単にオッケーサインを出してくれた。
N長官の根回しがあったようで、私の作戦がスムーズに進行するように周到なサポートをしてくれたらしい。
おかげで必要な機材はすぐに集まったし、マッマ達の移動も断然楽だった。
たった一人のユニオンの少女の為に。
そう、全てはヘレナの為に行われているのだ。
全体主義者やコミニストには想像もつかないかもしれないが、私達は"たった1人"であろうと見捨てようとは思わない。
彼女に悲劇が待ち受けているのは目に見えていて、それを防ぐ為に多くの人々の協力が必要になり、そしてそれは得られるのだ。
それが"ホルタ会談側"の最大の良点と言える事だろう。
ただ、ヘレナの救出を諦めようと考えている人間が全くいなかったとは言い切れない。
現に、私の目の前に1人いるからだ。
厳密に言うなら、単純に諦めるとかいった問題ではなく、その人物はヘレナと"ある大切なモノ"を天秤にかけざるを得ないと思い込んでいる。
あろうことか、その人物とはセントルイスだった。
突然、セントルイスは"正気に戻り"、下着姿になって私をピッピ顔負けの馬鹿力で抱きしめたのだ。
驚いている暇さえない。
何故抱きしめたのか、そもそもなんでまたわざわざ下着なんかになって抱きしめたのかわからぬままに、セントルイスは語り始める。
私は彼女の柔らかさと、温もりと、甘い、本当に良い匂いに包まれながら、彼女の悩みのタネを聞かされた。
「指揮官くん。私にとって…ヘレナは本当に大切な存在…でも、指揮官くんも私にとって本当に大切な存在。ねえ、指揮官くん…また貴方が撃たれたら……私………私………」
ルイスママの暖かい涙が、頰から落ちて私の額に伝い落ちる。
私は…明日でようやっと退院なのだが…もちろんのこと現場に赴こうと考えていた。
全てを終わらせる為に。
そう、レクタスキーにこの手でトドメを刺す事こそが私に与えられた使命なのだから。
「行かないで!指揮官くん!ヘレナに加えて、指揮官くんまで失いたくない!もう血の繋がった家族を失うのは嫌なの!!!」
……ねえ、ルイスママ。
「うっ…ぐすっ…なぁに、指揮官くん。」
私とルイスママは血の繋がった親子(物理)だよね?
「……当たり前じゃない!」
ルイスママとヘレナちゃんも…血の繋がった家族(原義)だよね?
「ええ、もちろん!」
じゃあ、私とヘレナちゃんも…血の繋がった家族(物理)だよね?
「…………しき…かん…くん…」
ねえ、ルイスママ。
私は誰であろうと、家族を見捨てたくはない。
ヘレナちゃんも私にとっては大切な大切な家族の一員なんだ。
だからそんな事言わないで、ルイス。
「………うっ…うっ…」
不安なのは分かるけど、私だって何もせずにマッマ達が帰るまでただ待っていたくはないんだ。
「………ぐすっ、ひぐっ、しきがんぐん!」
はい。
「大好ギッ!!!」
ルイスママが油圧ショベルカーかお前は程度の力で私を抱きしめたお陰で、危うく私は再入院が必要になるところだった。
ピッピがルイスをどうにか止めて、4大マッマ全員が私を抱き抱える。
幸いにも、優しく、ソフトリィに。
「ルイスばかり坊やを独占してズルいわ。いい?坊や。私達4人が、貴方を全力で守る。」
「いつも言ってるけど、Mon chou、"貴方もしっかりと守られて?"」
「このお約束が守れないなら、ご主人様には現場から離れた場所でシェフィとシリアスにあやされまくることになります。どうかご覚悟を。」
大丈夫、大丈夫だよ、皆んな。
今度こそ"ちゃんと守られる"。
いや、本音を言うと「それ普通逆じゃね?私があんたらを守る云々言わなきゃダメじゃね?本来」とか思ったりしたけど口に出したら何が起きるか分かったんでもないので割愛する。
とにかく、4大マッマは条件付きで私の現場行きを許可してくれた。
作戦決行日は明日。
すでに準備は終わったとの報告をラインハルトから受けている。
さて、あと私にできることは…
「「「「「今日は私達にあやされたながら、ちゃんと寝るのよ?」」」」」
シャワー浴びたあと、マッマ達に囲まれて寝ました。
決戦前夜にやる事がこれですよ、相変わらず。
もうどうにもならねえや、こればっかりは。
「坊や。これが終わったら…貴方を私の故郷へ連れて行くわ。今の時期は景色が綺麗なの…」
「Mon chou…本場のアイリス料理を味あわせてあげるからね?」
「指揮官くん、ママライカーユニットでマンハッタンの夜景を遊覧飛行…この約束、忘れないでね?」
「ご主人様。ロイヤルに戻り次第、最高のお紅茶を準備します。それまでにお亡くなりにならないよう。」
あの、マッマ達?
揃いも揃って死亡フラグはやめようぜ?