バブールレーン   作:ペニーボイス

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レッド・アヴロー

 

 

 

 

 

北方連合

首都モスクワ

書記長執務室

 

 

 

 

 

 

 

 

「プーシロフ!この裏切り者めっ!!」

 

 

偉大なる同志書記長・スタルノフが今やただの政治犯になろうとしている。

彼は今、腹心として重用してきた部下からTT33自動拳銃を突きつけられ、今まで固執してきた書記長の椅子から引きずり降ろされようかとしていたのだ。

 

 

「諦めろ、スタルノフ。"あんたはやり過ぎた"。今やホルタ会談側のみならず、第三世界までもが我々の敵になりつつある。」

 

「貴様後悔するぞ!間違いなく後悔する!」

 

「いいや、後悔すべきなのは貴方自身です。」

 

「なっ、お、お前はっ!……ベニヤ!?」

 

「どうもご機嫌よう、"元"書記長閣下。私としても革命以来の友を…ないがしろにするのは良心が痛みますが、どうか祖国の為と思ってください。」

 

「貴様ァ!!どれだけ目をかけてやったと思ってる!?この愚か者の愚図が裏切りおって!!全員収容所に送り込んでやる!!」

 

「安心してください同志スタルノフ。この場の誰も、収容所へ行く事はないでしょう。何故ならば…」

 

「ここが貴方の終着地だからよ、クソ野郎」

 

 

1発の銃声が響いて、スタルノフがその生涯を終えた。

終わらせたのは一人の少女、いや、一人のKANSEN。

白銀という言葉が相応しいプラチナブロンドの頭髪は、いつもやっているような三つ編みではなくポニーテールに纏められていたが、その少女は間違いなくアヴローラだった。

 

スタルノフは既に息絶えていたが、アヴローラは引き続きトカレフの引き金を絞る。

 

 

「さっきのは"指揮官"の分、これは"あのヒト"の分、そして、これは…」

 

「やめろ、やめたまえ、アヴローラ!誰がここで仕事すると思ってる!?」

 

 

丸々と肥えた男の声が、復讐を果たす彼女を現実に引き戻す。

だがアヴローラは感情のない目でプーシロフを少し見やっただけで、結局はまた引き金を引いた。

 

 

「これは、私の分」

 

「ああっ、なんてこった!やりやがったな!こんなに汚しちゃあもう執務室としては使えないっ!クソッ!クソッ!!」

 

 

プーシロフは永年夢見てきた憧れの執務室を、スタルノフなどという狂人の血と脳みそで汚されてしまって激怒した。

こんなド派手に汚されてしまっては、とてもこの部屋で仕事をする気にはなれない。

同じような部屋を作るしかないのだ。

 

"こうなったらもっと良い執務室を作ってやる。"

大俗物のプーシロフは既に立ち直り、新しく拵える自身の執務室のレイアウトを決めはじめている。

この男、元々立ち直りが早いのだ。

そうでもなければスタルノフに粛清されないわけがない。

 

 

 

 

 

執務室がどうなろうが然程関係のないベニヤからすれば、待ち望んでいた復讐を果たしたアヴローラの方が余程羨ましく思える。

そのアヴローラは今、頭部がぐちゃぐちゃになったスタルノフの死体を見ながら物思いに耽っていた。

 

 

 

(指揮官…仇は取りました…)

 

 

アヴローラがまだKANSENとして活動していた頃の指揮官は、若い溌剌とした青年だった。

配下のKANSEN達は皆、紳士的で明るいその指揮官が大好きだった。

勿論、アヴローラもその例外ではなく、それどころか指揮官に想いを寄せてさえいたのだ。

 

 

やがて、指揮官はロイヤルの軽巡とケッコンした。

自分こそが指揮官の初の嫁艦になると息巻いていた彼女は当然その軽巡に嫉妬する。

だが、恋敵は共に任務を経ていくに連れて親友に変わっていき、最終的にはかけがえのない存在となったのだ。

 

 

(エディンバラ、貴女の仇もです。ちょっとドジな面もありましたが、貴女が教えてくれた紅茶の淹れ方ほど良い淹れ方は知りません。どうか…今度こそお幸せに。)

 

 

青年指揮官はエディンバラとの結婚式で不用意な発言をしてしまい、本当に不幸な事に、それは内部人民委員部の耳に入ってしまった。

指揮官は極地に送られて、一ヶ月後に結核で死んだ。

エディンバラは生きたまま引き裂かれた。

そして残されたアヴローラは…復讐を誓った。

 

 

後々知った話だが、内部人民委員部は青年指揮官の不用意な発言を水に流しておくつもりらしかった。

青年指揮官は有能だったし、これしきの発言で目くじらを立てるよりは海軍を味方につけようとしたのだ。

ところが、どこで聞きつけたのかスタルノフが割り込んだ。

新婚の指揮官と花嫁はそのせいで死んだのだ。

 

 

アヴローラは、復讐の計画を練り上げた。

内部人民委員部に入隊し、ベニヤの信頼を得て、スタルノフに取り入り、そして隙を見て殺す。

彼女は試験に合格し、当てられた任務を次々と遂行してベニヤの信頼を得て、スタルノフとの謁見まで果たすことができた。

 

そしてスタルノフに会った時、わざわざいち指揮官の処分に書記長自ら割り込んできた理由がわかったのだ。

 

彼女は3時間に渡り、人間不信の暴君の欲望を隠そうともしない視線に晒された。

とんでもない屈辱だった。

そして、とてつもない罪悪感に苛まれた。

 

 

そうか。そうだったのか。

"私のせいだ"。

指揮官とエディは、"私なんかがいたから死んだんだ"。

 

 

謁見の終わりに、スタルノフは内部人民委員部員としての最後の命令を彼女に言い渡した。

『ホルタ会談側のKANSENを拉致し、ハンニノフ・レクタスキー博士に引き渡すこと。』

その頃レクタスキーは既に強姦された"国産"駆逐艦の解体を終えていて、"外国産の"より良い素体を求めていたのだ。

 

この任務を果たせば、アヴローラは『偉大なる書記長』の私的秘書に承認するとの事。

スタルノフの目的は見え透いていたが、彼女は喜んだ。

"これで、あんたを殺せる"

 

 

 

 

ベニヤからの指示で、彼女はローレンス・ウィンスロップと接触した。

だが、この男はまるで役立たずだった。

配下のKANSENも博士の研究には使えそうもない。

博士が求めた"条件"は『健康であること。』

ウィンスロップ鎮守府に、健康なKANSENなぞ一人もいなかった。

 

更に、ウィンスロップ鎮守府を起点とするKANSEN拉致作戦は、ロブ・マッコールなる指揮官とその配下のKANSEN達によって阻止された。

 

次に彼女はDRAと組んだが、こちらも失敗。

レクタスキー博士自ら動いたアイリスでも失敗。

もう後がない、だから周到な準備を進めた東煌の作戦も失敗。

 

 

全ての失敗には、ロブ・マッコールの影がまとわりついていた。

だから、彼女は激しく憎んだ。

「あんたのせいで、私の復讐はちっとも進まない!」

せっかく首尾よくスタルノフに取り入ったのに。

せっかく復讐まで後一歩のところまで行ったのに。

 

 

しかし、東煌でその憎悪の対象に捕まり、3度目の敗北を味合わされた時。

彼女は、ふと気付いたのだ。

『何故彼を憎む必要があるのだろうか』と。

憎むべきはスタルノフであって、ロブ・マッコールではなかったはず。

 

そう、違う。

彼じゃない。

 

ロブ・マッコール…いや、"可愛いミーシャ"は気づかせてくれた。

 

知らず知らずの内に復讐に取り込まれ、周りが全く見えていなかったことを。

自らの復讐のために、内部人民委員部の可哀想な人々を犠牲にしてきたことを。

そして、何より、何の罪もないKANSENを、自らの手で、あのエディと同じ目に遭わせようとしていたことを。

 

 

 

 

 

 

(…指揮官、ご報告したい事があります。違う愛しい人ができてしまいました。)

 

 

指揮官に後ろめたい気持ちがないわけではない。

でも、指揮官にはエディがいる。

今頃は天国で幸せに暮らしているはずだ。

ならきっと、あの優しい指揮官は、残されたアヴローラが幸せになる事も許してくれるだろう。

 

 

(愛しい愛しい私のミーシャ。あなたには大きな借りができました。"あなたの従兄弟にも"。それでは指揮官、エディ、どうかお幸せに。)

 

 

 

アヴローラは軽く目を瞑り、今は亡き友人達に想いを捧げると、華麗に回れ右をして歩き出す。

 

プーシロフはまだ部屋のレイアウトを考えていたが、回れ右をするアヴローラを視界に捉えると、この利用できる物はなんでも利用しないと気が済まない男は思考を中断した。

 

 

「なあ、アヴローラ君!まだ内部人民委員を続ける気はないかね?君には相応しい地位を用意する!金も名誉もたらふく手に入るぞ!」

 

「興味ありません。では、私はこれで。」

 

 

プーシロフは面食らった。

少なくとも、自分こそが次の書記長になる男なのだ。

そんな男相手にあんな態度を取られるとは思ってもいなかった。

 

 

「おい!アヴローラ君!待ちたまえ!」

 

「やめましょう、書記長。」

 

 

唐突にベニヤが割って入り、アヴローラを追おうとするプーシロフを引き止める。

 

 

「何をする!?貴様も私の一存で…ひぃっ」

 

 

息巻いたプーシロフが、突然顔を痙攣らせる。

ベニヤが北方連合情報組織の長に収まっているのは、決してスタルノフのYESマンであったからだけではない。

その眼力を前にしては、スタルノフさえ考えを変えざるを得なかっただろう。

 

 

「そんな事よりやるべき事がありますよ、第3代書記長閣下。」

 

「あ、ああ、それもそうだな。どうにかセイレーンを焚きつけなきゃならん。片方と戦争、片方と講和、こりゃあ大変な仕事だな。」

 

「二正面作戦をやるよりは簡単です、同志。きっと"友人"も手伝ってくれますよ。」

 

 

 

ベニヤの"友人"は今、物理的な従兄弟の招待に応じてドーヴァー海峡を渡っているところだった。

 

"友人"はその後、少々複雑な問題に直面する事になったが、そんな事はベニヤの問題ではない。

 

重要なのは、その"友人"が、ちゃんと約束を果たすかどうかだ。

 

 

 

 

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