イリーガル・ハイ
本当に恐るべきはその後だったんだ。
トラウマ級の出来事が始まってしまった。
喜色の笑みを浮かべるダンケママ、口先だけのお祝いを述べるプリンツェフ、呆れ顔のヴェスタルさん。
でも…この病室ではその後もっと恐ろしい事が始まったんだ、信じてくれ。
私を赤ん坊にしたあの装置は、その後も私をあと3回は暖かな暗闇の中に放り込んだし、プリンツェフはあと3回私を抱き上げたし、ヴェスタルさんはあと3回カルテを書いた。
4回もだぞ!4回も!!!
こんな…こんな、生命の倫理に反する紛う事なき暴挙が4回も行われたんだよ、この部屋で!!
順番は既に決められていた。
私は意見する立場にすらない。
ダンケルクのあと、ベルファストが"母親になり"次いでティルピッツ、最後のセントルイスに至っては6時間も粘ったらしい!
考えるだけでも恐ろしいっ!!!
セントルイス…
ルイスマッマ…
奴が一番恐ろしい。
全ては奴の手中の出来事だったに違いないっ!
私にそう思わせたのは今日の事後。
マッマ達が今度は私の親権を巡って揉め始めた時だった。
「私が最初にお母さんになったの!私こそMon chouの親権者に相応しいわ!」
「Nein!ダンケルク!そんなの偶然でしかない!あの場で屈曲された光線の先に偶然貴女がいただけ!それだけで親権なんて…」
「お二人とも、落ち着いてお考えください。ご主人様はロイヤルの人間で、この4人の中でロイヤルのKANSENは私だけ。このベルファストこそがご主人様の親権を…」
「そんなのズルい!認められる訳ないじゃない!」
「なっ、ダンケルク!貴女子供ですか!」
「今度ばかりはダンケルクに賛同するわ!彼女がいなければ、私達も坊やの母親になれなかった…仕方ないわ、ここは公正にジャンケ」
「ねえ、ちょっといいかしら?」
ティルピッツが拳を振り上げてスーパージャンケンバトルを始める前に、セントルイスが割り込んだ。
ねえ、ピッピ?
ひょっとして、今、ジャンケンで決めようとした?
今、人の親権ジャンケンで決めようとした?ねえ?
他の3人に比べれば、セントルイスはとても落ち着いて見える。
「正直、貴女達も大切な友達だし、あまり揉めたくはないわ。」みたいな雰囲気をこれでもかと出していた。
調停役としてはまあ、ピッタリな態度だわな。
「ジャンケンなんかで親権を決めちゃったりなんかしたら、法的な問題が起きるんじゃない?」
「確かに、そうね。ちゃんと法的根拠に則った方法を取るべきよ…はぁ、私とした事が」
「Mon chouの件だからってつい熱くなっちゃって…」
「ありがとうございます、セントルイス。どうやら、大切な事を忘れてしまっていたようです。」
「いいえ、指揮官くんの為にも必要な事を言ったまでよ。」
「セントルイス、貴女が落ち着いててくれて助かるわ。坊やの母親になる順番を決める時も、自分から譲ってくれたし…」
え、マジか、ルイス。
いつだか「私のお腹の中に戻って来て」とかキチガイみたいな事言ってたから、勇んでダンケの次を取りに行ったのかと思ってたよ。
ちょっと見直し………できねえなあ、おい。
ルイス、ちょ、お前、どんな顔してんのよ。
他のマッマ達から顔背けて、何て顔してんのよ。
クククククッ計算通りってのが丸見えな顔してんだけど!?
他の3人のマッマ達が落ち着くと、ルイスは3人に提案を始める。
「…実はね、こんな事もあろうかと海軍司法官を呼んできたの。」
「!!さすがです、セントルイス!」
「そうね、こういう時は司法に頼るしかないわね。」
「さあ、坊や!そうと分かったらさっそく相談しましょう!」
…………
30分後
海軍司法官は、予め結論を決めていたように見えた。
マッマ達と共にこの部屋に着いた時には、間違いなく決めていたに違いない。
マッマ達が司法官と軽い挨拶を済ませると、見るからに司法の人間だと一目で分かる容姿の彼は、開口一番にこう言ったのだ。
「結論から言うと、親権はセントルイスさんに優先権があります。」
「「「「えええー!!??」」」」
マッマ達は皆、仰け反るように驚いたが、その中に1人だけ明らかにワザとらしいリアクションを取っていたヤツがいた。
おい、ルイス、お前だよ。
お前知ってたろ。
私はちゃんと見てんだよ。
こうやって、惨めな赤ん坊になって、今は赤ちゃん用の椅子に座らされていたとしても見てんだよ。
回答に納得がいかない他の3人のマッマ達の内、ティルピッツが司法官に噛み付く。
「根拠は何!?」
「ええっとですねえ…今回は非常に珍しいケースでして…」
そりゃあなあ。
成人男性が赤ん坊になって、その母親は誰って言われてもなあ。
もう、訳がわからんわなあ。
「KANSEN協定(国際的な取り決め)にも、該当するような事由は認められません。」
「根拠がないの!?なのに私はMon chouの母親じゃないって」
「落ち着いてください。ショックなのは分かりますが…この場合は海軍規則が該当します。」
「規則にはどう書いてあるのですか?」
「『KANSENとのケッコン及びそれに関わる規則・細則』には、親権に関する記述があります。今回は、その中の『代理母出産の場合に関する細則』を根拠としました。」
司法官は分厚い海軍規則を開いて丁寧に説明をした。
海軍細か過ぎだろ。
何なの代理母出産に関する規則って。
そこまで決めちゃう?
そこまで規則で決めて、ガッチガチに縛っちゃう?
そこまで縛りプレイしちゃう?
「規則にはこうあります。"KANSENとの間に、代理母に委託して子供を設けた場合は、親権は原則としてKANSENにある。ただし、子供が父親によって認知されなかったり、或いは父権が放棄された場合には…"」
まあ、認知しないって言っても、認知の書類出す前に戦死しちゃったとかそんなのだろうね。
そうだと信じたい。
それにしても破茶滅茶過ぎるだろ。
しかしまあ、注意して聞くべきは次の文章だ。
私の場合、母親が4人いて父親が1人もいないもんだからややこしくなってしまっているのだが、規則ではどうなっているのか。
「"その場合は、『最後に子供を出産する母親』に親権がある"」
「そ、そんな!それじゃ、本当に坊やの親権はっ…」
「Mon chou!私、あなたと離れるなんて嫌!」
「こんな…ぐすっ…無慈悲な事ってあっていいんでしょうか…」
ルイス以外のマッマ達は、皆次々と項垂れた。
相当ショックなようだし、たぶんショックゆえに直ぐに気づけそうな事にも気づけていない。
私は確信を持って言える。
ル イ ス は 絶 対 知 っ て た。
間違いなく知っててやったろこの野郎!!
アイビーリーグ出身のハー●ード大学卒業生ならやりかねねえよ!!
どのタイミングから仕組んでたかは分からんが、お前が順番譲ったのは絶対規則を知ってたからだ!!
それも誰も見やしない規則の細かい部分まで、ご丁寧にご丁寧に網羅してなぁッ!!
「まあ、まあ、皆さん。どうか気を確かに。火に油を注ぐような事はしたくありませんが…貴女方は…場合によっては…親権を失ってはいません。」
司法官の言葉に、マッマ3名は背筋をピンと伸ばして真剣な眼差しを向ける。
もう、どれくらいの勢いかと言うと、司法官がビックリして海軍規則を落っことすほど。
「どうすれば私達の親権は認められるの!?」
「えっと、それはですね………セントルイスさんが………共同親権を認めれば…ですね…」
「勿論認めるわ!私達は皆んな指揮官くんの母親なの!ティルピッツも、ダンケルクも、ベルファストも!」
突如としてセントルイスが立ち上がってそう宣言した。
まあ、確かに、普通に聞けば「貴女は聖母マリアか」クラスの発言ではあるだろう。
マッマ達は、案の定こう言ったのだ。
「セントルイス!私っ!貴女と坊やに会えて本当に良かった!」
「これで私もMon chouのお母さんでいられる!本当にありがとう!」
「うっ、ぐずっ、セントルイスゥ〜!!!」
「ぐすっ、良かった。私もここまで心地よく解決した事案は経験した事がありません…本当に良かった」
抱き合うマッマ達を見て、司法官までもが涙している。
誰も気づいてねえのかよ。
私の位置から見れば、ルイスマッマの口元は正に悪魔の笑みにしか見えない。
ルイスは間違いなく計算高いマッマだ。
恐ろしいまでに計算高い。
これで、ルイスマッマは4大マッマの中でも、法的には最強の存在になったのだ。
共同親権を認めれば、私の独占権は多少揺るぐかもしれないが、訴訟に持ち込まれるよりは余程優位に違いない。
現にこうやって、情に深いフリをしつつも、一番美味しい思いをしているのだから。
「ねえ、皆んな。ちょっとしたお願いがあるの。」
「「「何々?何でもいって、ルイス!」」」
「指揮官くんの正規の定位置…私の胸の間にしてもいいかしら?」
「「「それくらいなら、勿論いいわ!」」」
…………ほら見ろ。