5年前
某鎮守府
ゲートの脇にはトーチカがあって、その銃眼からはKANSENから取り下ろした大口径機関銃が覗いている。
ルイス軽機関銃をそのまま12.7mm弾に対応させるという、前代未聞の愚行をやらかしたように見えるこの代物は、鎮守府にやってくるかもしれない不埒な連中から鎮守府を警備する為に設けられていた。
しかし、今日、この重機関銃はそういった目的とは少し違う用途で使われようかとしている。
いや、重機関銃だけでなく、ゲートの脇で臨戦態勢を取っている警備兵達の小銃も同様だった。
不埒と言えば、不埒かもしれない。
ゲートの前には大勢の民間人がいて、この鎮守府、いや、政府の海軍に対して抗議行動を起こしているのである。
スローガンを掲げてプラカードを振り回し、シュプレヒコールを挙げるだけなら可愛い物だ。
だが、抗議集団の中に二連水平式ショットガンや拳銃を持っている者が混じっているとなるとそうもいかない。
これらの小火器が火を吹いた時、警備兵の内の誰かが負傷ないし死亡する可能性があるからだ。
現に、警備兵を取りまとめていた下士官は、トーチカの中の電話機に向かって何度も発砲許可を得ようとしていた。
だが、電話の相手は中々許可しようとはしない。
それがこの下士官を余計に苛立せているのだ。
「ですからっ!もう限界ですっ!空包射撃も試しましたが、連中引き下がりません!」
『ダメだ!許可できない!』
「黙って撃たれろとでも言うのですかっ!?このトーチカも拳銃の有効射程範囲内に入っています!あの連中、何をしでかすか分からない!」
『ダメだ、耐えてくれ』
「もう我慢ならんっ!!アンタが現場で指揮を執ってくれ!!執務室でヌクヌクとしてりゃあ、こっちの都合なんざ分かりゃしねえだろうからよぉっ!!」
『おいっ』
下士官は乱暴に電話を切って、手近にあったP14小銃を手に取った。
その様子を見て取った警備兵が彼に尋ねる。
「どうします?撃ちますか?」
本当はすぐにでもそうしたい。
問いかけてきた若い警備兵を守るためにも、そうした方が良いように思える。
だが…先程あんな言葉を投げつけた癖に、それでも電話相手を信じたいという心を捨てきれなかった。
「………いや。待とう。……あの方なら手を考えてくれているはずだ。」
その頃、執務室では1人の男が苦悩にのたうち回っていた。
彼は外でシュプレヒコールを挙げる人々がどんな暮らしを知っているかも知っていたし、自身の信ずる精神からしても、悪い方の選択肢は一蹴したいと思っている。
上からの指示は『撃て』だった。
そのまま指示に従えば、彼は誰にも責められる事はない。
それでも厳しい道を選ぼうとしている彼を、ある者は高潔、ある者は頑固と呼んでいる。
そして、それでも、彼は半ば心に決めていた。
「…仕方ない、食料庫を解放する」
「はい、仰せの通りに。」
メイド服姿の秘書艦とは、長い付き合いになる。
だから彼女も分かっていたに違いない。
分かっていたからこそ、実行に移す前段階まで既に終わらせていたのだ。
「最悪の選択肢ですね、ご主人様。参謀本部から何が降ってくるか分かりませんよ。」
「失望したか?」
「ええ、もちろんです。…
「ははっ。彼らも、君と同じ考えなら良いのだが。」
男は苦笑しながらも、次に起こるであろう災悪についての考えが頭から離れなかった。
彼のような成り上がり者は、ロイヤル海軍の上層部から良く思われない傾向にある。
特に、彼は海軍の中でも異端な存在なのだ。
大部分が
そんな事を考えてはいたものの、それでも男は心の荷を一つ降ろすことができた。
「…俺なんてどうでもいいんだ。」
「そう仰ると思っておりました、ご主人様。まったく…アナタという方は…。………でも、そこが素敵です。」
秘書艦は男に寄り添い、男は秘書艦を抱き寄せた。
「もっとご自分を大切になさってください。」
「無茶言うなよ…」
抱き合う2人からは、幸福感が滲み出ていた。
2人共にいられるだけで幸せ、なんてララ●ンドのような雰囲気を隠そうともせず。
やがて秘書艦は目を瞑り、唇を軽く閉じて男の同じ部位に近づけていく。
男もそれに応じるように、徐々に顔を近づけて…
ズダダダダダダダダダダッ!!!
タァンッ、タタタァンッ!!!
突然の銃声が響いて、男と秘書艦は我に返り、そして窓から外を見る。
信じられない。
発砲は禁じていたのに、警備兵達が抗議集団に対してこれでもかと猛射を食らわせていた。
「なっ…!!」
あの下士官も古い付き合いだ。
命令を破って勝手に撃ち出すような男ではない。
誰かが勝手に許可しやがったのだ!
「誰だッ!誰が許可した!?」
「私よ。」
秘書艦とは別の声が聞こえて、男は振り返る。
「お前はっ………」
現在
ロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世鎮守府
はい、不許可。
私は机の上の紙を見て、ルイスの谷間から切り捨てとも言える決断を下した。
許可できるかこんなもん。
ベル、そんな顔してもこれは許可できない。
つーかベルのそんな顔見るのこれが初めてだけど、でも許可できない。
「ご主人様…お気持ちは分かります。でも…」
いいや、ダメなモンはダメ。
「何故ですか!?ご主人様!?」
いいかな、ベルマッマ。
まず、この鎮守府は半年も前から使途不明金がダラダラと流れ出てる。
正直言って、この出撃回数でもこれだけの金は消費できん。
「それでも前任が許可していたのです、何らかの理由があるはずでは。」
…なあ、ベル。
今日のベルは何か変だぞ?
何故そんなにこだわる?
「そ…それは………」
私は今日、レパちゃんにNTRされた
管区内の鎮守府からやってくる、やれ金をくれだの、物をくれだのといった要求を精査してウィ●ターズ提督に上げるのである。
まあ、とはいえ、いつも通りマッマ達におんぶ抱っこというか。
一応私も最終確認という形で関わってはいるものの、マッマ達が殆ど完璧な状態で書類を持ってくるお陰でほぼスルー状態だった。
そして最終確認自体は、私を谷間に挟むルイスマッマと共同で行われる。
私も私で凄まじいまでのボンクラ且つ目が節穴なので、ルイスマッマと共に目を通すようにしていた。
アレだよね、自分でこう言うくせに、よくMI5とかやってたよね。
さて、ベルマッマが書類の束を持ってきて、精査の終わった書類の最終確認を行っている時に、問題が起きた。
ルイスが数十枚の書類の束から、一枚だけ不審な書類を見つけ出したのである。
私単独なら絶対に気づかなかっただろうが、ルイスはちゃんとそれに気がついてくれた。
すまん、そして、ありがとう、ルイス。
彼女が不審と判断した書類は、良く良く見れば確かに不審な書類だった。
それはある鎮守府から送られてきた、追加資金要請の書類だったのだが、資金の使用用途に不審な点があり、そしてそれは巧妙に隠蔽されていたのだ。
最初私はベルが普通にミスをしたのだと思っていた。
それだけなら、私は彼女を責めることもしない。
私だって、この不審な書類を見つけ出すことができなかったし、そもそも私という人間自体がミスのようなものなのだから。
更なる問題は、ベルの態度だった。
普段のベルならこんな時、
「申し訳ありません、ご主人様。どうか
とか意味不明な事を言い出すはずだ。
ところが、今日に限っては違うのだ。
「申し訳ありません」とかではなく、「どうにか通してください」と頼み込んできている。
完璧できる子スーパーメイドさんであるベルファストが、明らかに悪意のある申請を、どうか目を瞑ってくださいと言っているのだ。
絶対に何かおかしい。
ベル?正直に言って?
この書類が通らないと、何が困るんだい?
「…申し訳ありません。それは言う事が出来ません。」
なら、この書類は通せない。
「っ………お願いします、ご主人様ッ。」
「ねえ、ベルファスト…貴女、本当におかしいわよ?…指揮官くんを困らせないで。理由がないならこの子も許可を与える訳にはいかない事くらい、貴女なら分かるはずよ?」
後でルイスにビールを奢りたい。
わざわざ
こういう時、部下に嫌われてでも筋道を立てさせるのは指揮官たる私の仕事なのに。
本当にすまん、ルイス。
「…………分かりました。申し訳ありません、ご主人様。少々疲れてしまったようです。少しお休みをいただいてもよろしいでしょうか?」
う、うん、分かった。
それじゃあ、ゆっくり休んできて。
ベルファストがガックリと落として部屋を出て行き、その背中からはかなり落胆した様子が見て取れる。
扉が閉まった後、私と、ルイス、ピッピ、ダンケは深いため息を吐く。
皆、ベルの異変が心配だったのだ。
「今日のベルファストは本当におかしいわ。やっぱり、疲れてるのかしらね、坊や?」
うぅん、そうかもね。
「Mon chouに無理を頼むなんて、本当にベルファストらしくない…それに、何か隠し事してるみたいだった…」
「…ちょっと言い過ぎちゃったかしら……」
ほんとごめんね、ルイスマッマ。
ああいう事は私が言うべきなのに。
「別に、指揮官くんの為なら大丈夫よ?気にしないで?」
ありがとう。
………しかし、ベルの奴、何をそんなに意固地になってたんだろう?
私は追加資金申請を出した鎮守府の指揮官名をもう一度よく読んだ。
『ジョン・"ジャック"・フォースター大佐』
恐らくロイヤル海軍でも一二を争う騎士道精神の持ち主にして兵卒からの叩き上げという、男の中の男を絵に描いたような人物だと聞いた事がある。
それが、こんな巧妙な隠蔽工作まで行って資金の不正請求をしている理由が全くもって見当たらない。
確かに、フォースター大佐の艦隊は管区内でも激しい前線を担当しており、故に出撃回数も多いのだろう。
ただ、海軍は当然それに見合った資金を供給しているハズだし、いつだかのブラック指揮官のように勲章と引き換えに返納もしているわけではない。
んんん〜。
怪しいなぁ〜。
私はピッピに頼んで、電話を掛けてもらった。
相手は今頃忙しいのかもしれないが、5分程度なら時間を割いてくれる事だろう。
その電話相手とは、私の名前に"フォン"の称号を与えてくれた人物であり、そして、私の物理的な従兄弟だった。