バブールレーン   作:ペニーボイス

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眼鏡をかけた死神のような少年

 

 

 

 

 

 一人の男が、机に突っ伏して寝ていた。

 

 酷く疲れているのだろう。

 騒々しいまでのいびきをかいていたし、顔面の無精髭が後頭部越しにもよく見える。

 机には三枚の書類と、一杯のコーヒー。

 男の手にはペンが握られたままだった。

 

 よほどの事がない限りここまで追い込まれることはないのだが、この男は自分自身が追い込まれるのを承知で、ある余計な事業まで請け負っているのである。

 

 そんな男を一人の美女が優しく起こす。

 

 

「ご主人様、起きてください。」

 

「…んん…あぁ、カーリュー。すまない、つい…」

 

「酷い無精髭です。どうかお手入れを。」

 

「あぁ…ああ、うん、本当にすまん…すぐに剃る。」

 

「ご主人様の礼儀作法には問題はありませんが、その容貌が全てを台無しにしてしまいます。」

 

 

 

 男は洗面台に立ち、カミソリとシェービングクリームを取り出した。

 カミソリは随分と年季が入っていたし、シェービングクリームは既に空。

 男は盛大にため息を吐いて、古びたカミソリだけで髭を剃ろうとする。

 間違いなく肌を切り裂くだろうが仕方ない。

 請け負っている事業のせいで男は殆ど一文無し。

 それでも辞めるわけにはいかない。

 

 

「ご主人様!お待ちを。…こちらのカミソリをお使いになってください。大切な友人からいただきました。」

 

「ん…おぉ!ありがとう、カーリュー!ゾーリンゲン製かぁ!しかし…貰っても良いのか?」

 

「毎日キチンとお使いになられるならば、との事です。」

 

「分かった。大切に使わせてもらうよ。」

 

「………ところで、ご主人様…」

 

「どうした?」

 

「予算の件ですが…中将の後任の方には許可していただけませんでした。」

 

「………………分かった、なんとかしよう」

 

「ご主人様っ!」

 

「カーリュー!お前にはもう苦労させたくないっ!お前だって嫌だろう、あんな事!」

 

「しかし、私が行かなければ、ご主人様の苦労は………」

 

「なんだって良い!そんな物!もう君自身が傷つくような事はするな!」

 

「………はい。」

 

 

 優しい指揮官はそう言ってくれたものの、カーリュー自身はやはり行かなければならないと考えていた。

 中将にやったように、その後任にもやらなければならない。

 この人は全てを背負い、今にも全身を骨折しそうな勢いだ。

 彼を救う為には彼女が犠牲になるしかない。

 

 指揮官には言えないが、彼女はもう行くと決めていた。

 自身がどれだけ傷つこうと、この人が傷つくよりはマシなように思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は今、自らの机の上に座り、鉄血公国の情報部長と話をしている。

 なぜそんな体勢かと言うと、普段私を谷間に挟んでいるルイスマッマはベルマッマとのカウンセリングを行っているし、ピッピもダンケもそれぞれの用事へ向かっているからだ。

 

 よって私は久し振りに一人だし、久し振りにフルリラックスして電話を楽しんでいる。

 

 片手にはミニマムサイズのティーカップ。

 中にはカフェインレスの紅茶が入っている。

 私は紅茶を一口飲むと、私に"フォン"を与えてくれた男との会話に戻った。

 

 

 

 で、つまり、どういう事かな?

 

『だ〜か〜ら〜、フォースターほど主人公っぽい奴ぁいないんだ、ブロ。少年週刊ジャ●プのセンターカラー飾れるぐらいの主人公だよ。』

 

 そこまで言っちゃう?

 集●社に怒られない?

 

『あのな、ブロ。……たぶん怒られると思う。』

 

 でしょうね。

 

『まあ、でも、アレだ、アレ。マジで主人公だから、彼。スラム街からヒーローへ、ファーストネームは救世主(メシア)だと言われてもおかしくない。』

 

 本当に?

 

『………なんかあったのか?』

 

 その主人公が帳簿をちょろまかして、予算申請を上げてる。

 

『え゛っ!?マジっ!?』

 

 マジもマジマジ。

 

 

 

 物理的な従兄弟である鉄血公国情報部長ラインハルト・レルゲンは、信じられないとでも言うかのような反応をした。

 ドーヴァー海峡を超えた向こう側でも有名とは驚いたな。

 そしてその有名な士官が不正を働いた事にも衝撃を受けた具合からして、従兄弟の言う通りル●ィーやら黒崎●護(古典的主人公)みたいな扱いをされているのだろう。

 残念ながら、手元の書簡はそれを否定してしまっているが。

 

 

 何か…ヘンな事とかないの?

 

『うーん、こっちではそんな噂ZE〜RO〜♪だね。てか、お前んとこにいる中将閣下に話聞いたら?…あと昇任おめでとう。』

 

 なんで知ってんのよ。

 まあ、それも試しては見たけどさ。

 ………中将?フォースター大佐についてお聴きしても?

 

「プギィ!」

 

 ほらな。

 

『完落ちかぁ〜』

 

 野に返して、その後戻って来やがってヨォ。

 そしたらこのザマよ。

 

『野に返したりなんかするからだよ。ちゃんと散歩しなよ。』

 

 自分は嫌であります。

 

『だよねー。あっ!そうだ!フォースター大佐の経歴の中で、一つだけ特異な事項があるんだよ!』

 

 先に言えや。

 

『ええっと、何年か前…《私のラインハルトぉ〜?どこかなぁ〜?試作品のお手伝いしてくれるとぉ〜、ママとっても嬉しいなぁ〜》………………………』

 

 おい、どうした?

 

『………すまん、一旦切る。』

 

 何なの、どうしたの。

 

『お前のせいだぞ!お前がガチでリアルな赤ん坊なんかになったもんだからビスマッマが《あらラインハルト〜♪見ぃつけたぁ〜♪》…ビ、ビスマッマ、今仕事中だからっ!だからっ、その、わ、わ、わ、うわあ!!!』

 

 

 ガチャッ!!ツー・ツー………

 

 

 こ、怖えええええええ。

 何なんだこのポル●ーガイスト感は。

 

 私は受話器を置いて、とりあえず、書類と向き合う事にした。

 フォースターなる人物が、何故このような書類を作成してしまったのか、彼の立場になって考えようとしたのだ。

 

 私は紅茶をまた一口啜り、文面を読む。

 

 

 何々…予算請求の内訳…これらの………

 

 

 あれ、おかしいな。

 なんだか目がボヤけるぞ。

 私はまた紅茶を一口啜り、書類を読もうと試みる。

 

 

 繰り返される出撃に対して、予算の増強……

 

 

 油汗が額から出て来たし、書類を持つ手も震えてきた。

 もう文字も読めないし、なんだか気分が悪い。

 自分を落ち着ける為に、再び紅茶を飲んだ、その時だった。

 

 

 

 ゴファッ!!!

 

 

 おったまげたね。

 まさか赤ん坊なのに吐血するような事になるとは思わなかったよ。

 

 私はティーカップを落っことし、書類も手から滑り落ちる。

 机の上は私が吐き出した血で汚れていたし、レパルスちゃんの新しいペット『ちゅーしょ』君がこれでもかと騒ぎ立てていた。

 

 

 

「ピギィッ!!ピギィッ!!ピギィ!!」

 

「なんなのよ、うるさいわねぇ…なっ…し、指揮官!?あんた!?」

 

 

 ちゅーしょ君のおかげで、プリンツェフが執務室に来てくれ、吐血する私を抱き抱えてくれた。

 

 

「落ち着いて…落ち着くのよ、プリンツ。まず、患者の容体を確認して……」

 

 

 プリンツェフの慌てようからしても、私はかなり重症らしい。

 何が原因かは分からないが、私自身意識を保つのが辛いくらいに朦朧としている。

 吐血は幾ばくか収まったが、信じられないくらいの気持ち悪さはまだ猛威を奮っていた。

 

 

「坊やぁ〜♪戻ったわよぉ〜♪ママと一緒に…嫌ぁああああああッ!?」

 

「ティルピッツ!!ヴェスタルを呼んできて!!大至急!!」

 

「な…なんで…坊やが……坊やが…」

 

「ティルピッツッ!!!」

 

「…わ、分かったわ!!すぐに呼んでくる!!」

 

 

 プリンツェフは私を赤ん坊用のベットに寝かせると、私が着用している赤ちゃんサイズの制服を脱がせて状態を見始めた。

 

 

「異常な発汗、瞳孔の開き具合…毒……?」

 

 

 彼女は私の状態を確認すると、机の上に落っこちて中身がブチまけられている紅茶の方へ向かう。

 

 そしてそれで小指の先を湿らせると、あろう事かペロリと舐めてしまったのだ。

 プリンツェフゥ!?

 

 

「…毒…ではないわね。アレルゲン…でも吐血なんかするわけない…」

 

「ご主人様、ベルファスト只今戻りました。先程は大変な失礼を……….!?」

 

「指揮官くんっ!?」

 

 

 ルイスマッマが一目散にこちらまで駆けてきて、プリンツェフの制止を気にもとめずに私を抱き上げる。

 青と白の制服が、私の血で汚れてしまったのだが、まるで御構いなしだ。

 

 

「セントルイス!指揮官が死ぬわよ!」

 

「でもっ!でもっ!」

 

「そんな事しても、吐血が酷くなるだけっ!」

 

「うぅ、ごめんなさい…」

 

「分かればいいわ、そこに寝かせて………ようやく吐血が収まったようね。とにかく、今は安静な状態にしないと。」

 

「プリンツ・オイゲン!!!」

 

「ティルピッツ?ヴェスタルは?」

 

「彼女、今ユニオン本土に帰ってるわ!」

 

「なっ…そ、そういえば、一昨日から出発してたわね…残念だけど、私じゃ吐血の原因は分からない。病院へ連れて行きましょう。」

 

 

 

 ヴェスタルさんの腕はスーパーブラック●ャック級で、私も何度も救われた。

 そのヴェスタルさんがいないとどうなるか、今日私はまさに身をもって学んだのである。

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