「んなもん、何の勇気もいらねえだろうが」
-------------------- ジャン・バール (ヴィシア・アイリス戦艦)
昨日の夜から安眠ピッピに安眠ダンケルクがついてくるようになった。
ナイスバデーな二人に包まれて、さぞかしよく寝れた事だろうと思うかもしれないが、事実は少し異なる。
いい加減、寝苦しい。
こっちが寝てる最中に奪い合いをするのはやめろ。
その間寝れねえし、起きた時に身体中が痛いんだよ。
私は間違っても貴女達の抱き枕ではないし、実の息子でもない。
むしろ実の息子扱いするならもう少し丁寧に扱ってくれてもいいんじゃないかな?んん?
さて、朝を迎えて目を覚ますと、私はベルファストが運んできた紅茶を飲み、髭を剃って、顔を洗う。
執務室へ向かうと、今日はセントルイスが朝食を用意してくれたらしく、テーブルクロスの掛った執務室の机の上にはベーグルとソーセージ、スクランブルエッグにグリーンサラダとコーヒーが載っていた。
椅子に座って食事に向かい合うなりティルピッツが先にフォークとナイフを取り、ソーセージを小さく切り刻もうとしていたので私は止める事にした。
善意は有難いんだけどねピッピ、ソーセージの口移しとかされたらたまったもんじゃないし、おじちゃんはちゃんと自分でナイフとフォーク使って食べれるからご自分のお食事をお召し上がりになってくださいますか?
そんな「まあ!お嬢様が立ったぁ〜」みたいな反応しないでください、ピッピマイヤーおばさん。
私はクラー●嬢でも何でもないただのおっさんでございます。
今の貴女ときたら涙を浮かべながら息子の成長に感動するお母さんそのものですよ、気づいていらっしゃいますか?
ほかの方々もそれぞれ母性溢れる反応しなくていいからね?
ただおっさんが飯食ってるだけじゃん、ね?
さて、飯も食べ終わったし、ぼちぼち今日の業務でも始めっかな。
て言っても前も言ったように僕ちん殆ど何もしないんだけどね。
この狭い執務室で秘書艦が実質4人いる状態だからさ、本格的にやる事ないわけよ。
ピッピママに至っては作業すらしてないわけよ。
微笑みながら私を抱えてリクライニングチェアでご満悦なわけよ。
ダンケルク、ベルファスト、セントルイスも「しまった!初動をミスった!」的な目でこっち見てるわけよ。
こっち見ながら凄いスピードで仕事進めるわけよ。
あんたら一体何モンなのよ?
そうは言っても、やっぱり指揮官ですから最終的な判断を任せられる所はある。
大抵、判断を仰いでくるのは"正規"秘書艦たるダンケルク。
そして、"その書類"も例に漏れる事なくダンケルクによってもたらされた。
それは電報だった。
同管区内の鎮守府に所属する艦隊からの物で、どうやら敵の大規模襲撃を受け増援が必要な状態らしい。
よし、じゃあ、編制だ。
ダンケルク、速度を要するという点を踏まえた上で編制を組んでくれ。
………ねえ、ダンケルク。
君はカテゴラズ的には"高速"戦艦のはずだよなぁ?
なのに、何であいかわらずちゃっかり編制から外れようとするの?
ピッピママ、ベル、ルイスを編制にぶち込んどいて君が一人外れられる理由は何?
速度を求められる編制を要求して、3分経たない内に出してきた編制表から君が外れてる理由は何?
あのね、統合参謀本部議長命令の商船護衛の編制と同じぐらい用意が良いのは認めるけど、これじゃ意味ないでしょ?
「今回はちゃんと理由があるのよ、指揮官」
今回"は"つったな、この野郎。
「まず、早急な出撃が必要になる事から最小兵力での派遣が望ましい…よって後衛1、前衛3の編制にしたわ。加えて戦艦保有の敵大規模艦隊の出現が予想される事。つまり、速度と同時に大火力を求められるという事。」
おう、なら尚更お前さんが行った方が良いだろうよ。
「指揮官、私はたしかに410mmを装備している上に開幕砲撃が出来るけれど、砲弾が大きい分、再装填には時間がかかるわ。」
うん。
「大型艦隊を相手にする以上は戦艦現出前に一回撃つでしょうし、そうなると410mmの援護に大きな間が空いてしまう!」
うんうん。
「ティルピッツなら補助装填装置も持ってるし、搭載している380mm砲なら410mmほどの時間はかからないはず。『孤高なる北の女王』を発揮すれば大威力は保証できるし、魚雷まで撃てるなら尚更よ!」
うんうんうん。
なんか都合良くこじつけてるようにしか聞こえないような部分もあるような気もするけど、そこまで考えてくれてたなら無下にするのもよろしくなかろう。
痛い痛い痛い痛い、ピッピママ?
ダンケルクが説明を進めていくうちにも、私を抱えるピッピママの腕の力がどんどんどんどん増していく。
愛する我が子を離さんと頑張る母親に見えなくもないが、このままだと愛する我が子がハンバーグになっちゃうよ?
「嫌よ!指揮官と離れるなんて!」
「諦めなさい、ティルピッツ!あなた今日は指揮官をあやしてただけでしょ!いい加減出撃なさい!」
「指揮官をあやせと囁くのよ、私の中のゴーストが。」
「はい、理由になりませ〜ん。」
ダンケルク、お前知らないかもしれないけど今の元ネタは歴史に残る名言なんだぞ一応。
「セントルイスが行くなら私は外れてもよろしいのではないでしょうか?」
「ベルファスト、あなたの煙幕が前衛には必要なのです。」
「クッ」
「ベルファストが行くなら私は指揮官君と一緒に色々シててもいいでしょう?」
おい、セントルイス。
ナニをスる気なんだお前は。
「ダメです、あなたには対空火力の増強という役割があるはずです。2人とも諦めて大人しくフォルバンを援護しなさい」
「「チィッ」」
今舌打ちしたよな?
すっごい形相だったよ?
ブ●ックラグーンのレ●ィとかロベ●タがキレた時の表情そのまんま。
ここはロアナ●ラか?
つーか間に挟まれるフォルバンが一番可哀想だよ。
狂気の母親2人に挟まれる前衛艦隊の編制が可哀想だよ。
ヴィシアが枕詞に着くとしても同じアイリスの出身なんだからさ、少しは気を使ってやれよぉ。
こんな移動する修羅場みたいな編制に1人ぶち込まれてみろよ。
泣くよ?フォルバンちゃん泣いちゃうよ?
「指揮官!時間がないわ!ご決断を!」
ダンケルクが迫る中、私の額に大粒の生暖かい水滴が降ってきた。
ねえ、ピッピママ。
そんなに遠いわけでもないんだし、寧ろ目と鼻の先なんだし、おっさんの為にマジ泣きしなくてもいいんじゃないかな?
『指揮官、こちらママよ。まもなく該当の海域に到着予定。』
無線でママ言うな。
了解した、十分に警戒せよ。
30分後には、私はダンケルクの膝の上に座っていた。
もう、酷いよダンケルク。
私を抱えた瞬間に職務放棄かい。
「私の国のお菓子はね〜」とか言う前に無線ぐらい取ってくれても良いじゃん。
目の前の視界にはダンケルクの両腕が映り、見事なまでの手捌きでブリオッシュを作っていく。
後頭部やや上方から優しい女性の甘々な声がして、その声はひたすらブリオッシュについて語っていた。
「マリー・アントワネットの『パンが無いならお菓子を』発言は実は、『パンが無いならブリオッシュを』って言う発言で、それもアントワネット本人の発言ではないらしいの」
へぇー
「ある貴族の女性が、『お酒のつまみにパンもいいけれどブリオッシュも試してみたらどうですか?』って友人に勧めた発言をこじつけられたらしいわ。」
そこから得られる教訓は?
「そうねえ…何でも利用すること、かしら?
革命家が別人の発言を、王妃の首を切り落とす為にすり替えて捻じ曲げて使ったように、あなたも時として手段を選ばない場面を見極めるべきよ」
怖えよ。
目の前で繰り広げられる光景はN●Kの『マーザーと一緒』じみてんのに、後ろから聞こえる解説は18世紀欧州の血みどろの歴史と純然たるマキャベリズム。
ダンケもひょっとしたらセントルイスに近い闇を持ってそうな気がする。
「さて、後はこれを焼き上げれば出来上がり☆簡単だったでしょ?次は一緒に作りましょうね?」
ダンケ、簡単じゃない。
気がついてないんだろうけど、あなた先程から職人芸みたいな作業してたんだよ?
ブリオッシュ作るって言い出したから、クッ●パッド的なサムシングかと思ったら軽くパティシエ修行だったよ。
まず、小麦から始めてたよな?
まず、臼で挽くとこから始めてたよな?
「大丈夫、教えてあげるわ。あっ、無線通信が入ってるわよ。」
私は両手を粉まみれにしたダンケルクから無線機を促された。
たしかに、その状態じゃあ無線取れんわな、すまんかった。
はい、もしもし。
ティルピッツの、本格的に焦った声を聞くのはこれが初めてだった。
「指揮官!砲撃を受けてる!!!」
撃ち返せ!!!
「やめた方がいい!友軍だ!!!」
友軍!?ちょっと待て、友軍から誤爆されてるのか!?
「ああ!重桜艦のようだが、アズールレーン側の紀章が見える!レッドアクシズではない!」
ダンケルク、ブリオッシュをオーブンに入れるのは少し待っていてくれないか?
これから忙しくなりそうだ。
次回少しシリアスになりそうな予感(予感は所詮、予感でしかない。)