ベル「ロイヤルが舞台なのに、円表記にするおつもりで?」
赤ちゃん「う〜ん、そりゃいかんな、確かに。でもポンドとか良くわからんし…」
ベル「これがポンドです、ご主人様。1ポンドは凡そ147円」
赤ちゃん「なんだかなぁ。もっとこう、ポピュラーでわかりやすいちょうどええ基軸通貨とかないかなぁ」
ルイス「呼んだ?」
「警察への連絡は、現在ティルピッツが実行中。MI5も協力してくれるそうよ。…ねえ、ミニ・ルー?考え過ぎって事はないかしら?」
………ルイスから楽観論が聞けるとは思わなかったよ。
「………………ミニ…ルー?」
あっ!!ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん!!
そんなつもりじゃないんだルイスママ!!
皮肉っぽく聞こえちゃったよね?
ちょっとショック食らっちゃったよね?
あーーーーごめんごめんごめん!!
だからやめて?
謝るからやめて?
すっげえショック受けた顔で私を挟む圧力をミシミシ上げてくのやめて?
「そう、なら良かったわ。ミニ・ルーを嫌味な子に育てたくはないから。ところで…その…ミニ・ルー、ベルファストが…」
ベルマッマ籠っちゃってる?
「…ええ。少しショックだったみたい。」
落ち着いてくれればそれで良いよ、今のところはね。
「坊や!警察との連絡が取れたわ。坊やの言う通り。これを見て!」
ピッピママが大きな地図を持って、私の本来の鎮守府にある指揮官執務室へ入ってくる。
ダンケマッマにフォースターを拘束させた後、私は彼の身柄を海軍MPに引き渡し、自分自身はマッマ達と共に鎮守府へ帰還した。
ただ、そこから休めたわけではなく、やるべき事が山ほど出来てしまったのだ。
あの大佐の騎士道チックな勘違い行動は、厄介な問題を引き起こす引金となりかねない。
できる限りの予防策を打つには、できる限り早く対応する必要がある。
ピッピが持ってきてくれた地図は、ロイヤル北東の海域の地図だった。
沿岸部を基軸として写し出されていて、海の上には幾つかの赤いバツ印が記されている。
バツ印の上には日付が記されていて、そこでその日どんな事が起こったのかを直実に示していた。
「2年前にここで1件、1年前にこことここで合計3件、そして、この半年で7件。…坊や、これは……」
"連中"、手慣れして来てる。
「ミニ・ルー……このまま行けば、件数が増えていくかもしれないわ」
増えていくかも、じゃないよルイスママ。
確実に件数は増えていく。
…ピッピ、各件当たりの詳細情報は?
「警察側が準備でき次第、送ってくれるそうよ。……坊や、本当に…何というか」
"残念だけど"?
「ねえ、ミニ・ルー………何故こうなってしまうのかしら…」
海図に示されたバツ印。
これは、民間の貨物船や商船が、いわゆる『海賊活動』の被害を受けた地点を示していた。
私がフォースターに怒りを覚えた理由。
それがまさしくコレだった。
彼は、スラム街で育ったというのにまるで想像出来ていなかったのだ。
日々
確かに、その内の幾ばくかは本来の目的である慈善活動に使われるかもしれない。
親切なフォースターが生活を切り詰めて寄付した額の1/7でも使って薄いスープを作って配り、安っぽい服を子供や老人に与えるのだ。
だが、もし例の双子が少しでも悪知恵の働く、野心のある人物であるならば、残りの6/7を使って"ビジネス"を始める事だろう。
自らの収益を稼ぎ、私腹を肥やして、長年夢見て来た億万長者への道を歩もうと試みる。
学や教養はなくとも、貨物船を襲えば金が手に入るという事ぐらい楽に想像がつくはずなのだ。
連中が現金輸送車や銀行を狙わない理由は、まず間違いなく海の方が簡単だから。
あの短い"冷戦"の期間も含めて、海軍はセイレーンとの戦いであまり余力もなく、外洋の貨物船や商船を護衛することはあっても、"確実な安全圏"である内洋からは護衛を解く傾向にある。
どうやって知ったかは分からないが、スラム街の自称慈善活動家共も知っていたに違いない。
フォースターが金を与え始めた時期と、海賊行為の開始時期が一致するのだ。
海軍艦艇もいなければ逃走も楽。
恐らく沿岸部の何処かに秘密の発進基地を設けているし、高速小型艇でヒットエンドランを繰り返している。
航路データを、月給に不満のある交通省職員から買い取っていたとしても、もたらされる利益の方が多いはず。
一番大きな問題は、とにかく情報が無いことだ。
そもそも、この海賊行為自体、例の双子が仕組んでいるのかもまだ断言できない。
私は8割方間違いないと思っているが、情報によって覆される可能性は大いにある。
もし、私の予想通りだったとしても、連中がどういう組織体制をしていて、どこを拠点にしていて、どの装備を使っているのか、まるで分からないのだ。
その為にMI5の手も借りたわけだが……あー、ちっくしょう!赤ん坊には重荷過ぎるぜまったく!!!
何故こうなったのか………
ルイスママの問いに答えるとすれば、奴の、"
別に寄付が悪いと言っているのではないが、寄付のやり方に問題しかないのだ。
もし、彼がもう少しだけ手を突っ込んで自分で慈善団体でも作り上げれば私だって目を瞑ることはできただろう。
ところがあの似非騎士野郎は、スラムの連中に全てを委ねてしまった。
スラム特有の絆とやらを過信して、丸投げしてしまい、金を送って満足してしまったのだ!
私は先程まで、ルイスママの谷間から机の上にある帳簿を見ていた。
フォースターが寄付に使った金の履歴が記された帳簿で、そこには月に5万ドル引き渡していた事しか書かれていない。
彼の日誌も並べてあるが、そこにも、たまにスラムを訪れて吹き出しの様子を見ただけで満足している描写が見受けられる。
少なくとも、私の私感では、スラムの連中は間違いなく資金を不正使用している。
でなければスラムがスラムのままなはずはない。
3年間も月5万ドル引き渡していたのに、あの界隈はまだ
もはや、フォースターが疑問さえ浮かべなかった事が信じられない。
仮にもスラム街から海軍大佐に上り詰めた男だというのに、それしきの知恵も働かなかったというのか?
本人はともかく、カーリューも何故黙って盲信していたんだ?
ベルの話ではカーリューもかなり優秀なメイドさんのハズなのだが…。
…………そうか、"トラウマ"か。
私はカーリューに拉致された時の事を思い出した。
彼女は吐血する私を見て吐いていた。
嫌な記憶が頭をよぎったのだろう。
KANSENに搭載される、対空用の12.7mm機関銃が民間人に向けられたとなれば、彼らの遺体は凄まじく損壊していたに違いない。
フォースター鎮守府に押し寄せた人々の中には、乳飲み子を抱える母親もいたと言う。
ショッキングな体験が、彼らの理性を削ったのだろう。
だから彼らは救いを求めた。
スラムに月々大金を送り込んだのは、スラムの住人達を救う為じゃない。
本当に救いたかったのは自分達自身だったのだ。
ただ、だからと言って放任が許されるわけではない。
今私に出来る事といえば、まもなく軍事法廷に立たされるフォースターにカウンセラーをつけてやる事ぐらいだ。
……可哀想な奴。
もし、あとちょっとだけでも理性が生きていれば、彼も軍事法廷に立たなくて済み、カーリューも裁きの対象にはならず、大佐の鎮守府のKANSEN達もそれぞれの国へ返される事もなかったろう。
だが覆水盆に返らず。
もうどうにもする事は出来ない。
彼に良い弁護士を雇ってやったのも、今軍刑務所に移送中の彼とカーリューを同じ車両で移送するように命じたのも、せめてもの慈悲のつもりだった。
ベルからは目を瞑ってくれと頼まれたが、残念ながら彼女の期待に沿うわけにはいかない。
さもなくば、海軍の組織体制が崩壊しかねない。
好き勝手軍資金を垂れ流しても良い前例を作ってしまえば、それは悪用されかねないのだ。
ちょうど、石原莞爾がやった満州国建国の過程を、後輩将校達が中国で真似したように。
「…………ご主人様…」
ものすっげえ暗い顔をしたベルマッマが、私の目の前へとやってきた。
親友とその夫がこれから軍事法廷に立つのだ、無理もない。
「………先程は、ご主人様の意図を察する事ができず、誠に」
本当にすまない、ベル。
誤ってはいけない。
それは頭で理解していた。
私は立場上の理由で職務を遂行するだけなのだ。
ここで謝るということは、立場に感情を挟み込む事になる。
だが、私にはもう耐えられなかった。
「ご主人様は何も悪くありません!」
………本当に?
「私の友人が勝手な真似をしたのが原因です!謝るべきは私の方!」
いいや、ベル。
そんなことはない。
私の管理能力も足りなかったんだ。
…きっと、私も何らかの形で罰せられる。
「そんな!ご主人様はっ」
ありがとう、ベル。
心配してくれて嬉しいよ。
「んんっ。ミニ・ルー?ベルファストの前では言いたくないのだけど、そうはさせないわ。」
ルイスママが咳払いをして、何事かと見上げてみると伊達眼鏡をかけていた。
「私がミニ・ルーを弁護するわ。この件で貴方が処罰を受けるなんて間違ってる。ベルファストには悪いけど、必要なら彼らもスケープゴートに仕立て上げる。」
「…………」
ルイス………。
「私はもう決めてるの、ミニ・ルー。止められるとか思わないで!」
ルイスママの目は本気だった。
ベルがまた泣き崩れてしまい、私はどうにもやりきれない気持ちになる。
彼女がわざわざベルの前でこんな事を宣言したのは、きっと裁判結果が出た後に、私自身から事情を説明しなくとも良くする為だろう。
本当の友人は苦しい時にこそ手を差し伸べてくれるとは言うが、母親の場合は進んで息子の過ちさえ被ってくれるものなのだろうか?
だとすれば、私は彼女に感謝しても仕切れないが、どうしてもやるせなくて仕方がない。
マッマ達に負担をかけてしまうほどには、私は無能なのだから。