ロンドン郊外
幹線道路
ハンバー装甲車、装甲付きの護送車、そして軍用トラックの3台からなる車列が、軍事法廷への出頭を命じられた海軍将校を載せてロンドンへと向かっていた。
護送車の助手席に座る、今年で50歳を迎えた憲兵大尉にしてみれば、今回のケースは非常にレアだと言わざるを得なかった。
暗い護送車の後部座席で項垂れている海軍大佐は、軍資金の横流しを理由に捕らえられたわけだが、彼は決して着服をしたわけではない。
大抵のケースは横流しと着服がワンセットになってくるものなのだが。
先月も大尉は海軍軍事法廷に立たされる人間を護送したばかりだが、この海軍大佐とは比べ物にならない大罪を犯していた。
ウクラニア(史実のウクライナ)のギャング団に、KANSENの武装を売り払っていたのだ。
その男が管理していた旧式の小火器も、弾薬も丸々消えていて、反対に男の口座は膨れ上がっていた。
それでいて捕まえた時、開き直った態度を取られたものだから、大尉は危うくリボルバーでそいつを撃ち殺すところだった。
あの男に比べれば、海軍大佐の罪状は涙すら誘うものがある。
騎士道精神に則って、か弱き者を救おうとしただけではないのか。
なのに、この大佐は軍事法廷に立たされ、海軍の名の下に刑罰を受けようかとしているのだ。
大尉はつい涙腺に熱いモノを感じて、大佐を写すバックミラーから目を背ける。
ダメだ、被疑者にそんな物を見せてはならない。
こちらが同情している素ぶりすら、見せてはならないのだ。
今では大佐は、その妻と最後の時を楽しむかのように会話していた。
その会話では今回の件に対する後悔の念ではなく、ただただ昔2人が出会った、まだ今よりは若い頃の思い出が語られていた。
苦労人の海軍大佐とそれを支え続けた1人のKANSEN。
どこで道を踏み外したのか、2人は法の裁きを受けるのだ。
夫の方は、妻だけでも助けようとしているようだったが、妻はまるで受け付けていない。
落ちる時も2人、共に。
絵に描いたような夫婦愛を見続けていては、大尉も限界が早まるばかりだ。
だから、彼は気を紛らわせる為にも、護送車の前を行くハンバー装甲車に連絡を取る。
「"ラビット"、こちら"カウ"、周囲に異常はないか、送れ。」
『こちら"ラビット"、異常なし。』
「了解、警戒を怠」
今さっき「異常なし」と返した癖に、ハンバー装甲車が直径66ミリのロケット弾で爆発・炎上したのはその時だった。
大尉の護送車は急ブレーキをかけ、後続する軍用トラックがあわや追突しかける。
続いて、幌で覆われた軍用トラックの荷台に機関銃弾が次々に撃ち込まれ、中に乗る憲兵達の多くを貫いた。
「敵襲!!敵襲!!…大佐、奥さんと一緒に伏せていてくださいっ!!私の指示があるまで!!」
「あっ、ああ、分かった!カーリュー!」
「はい!」
大尉は助手席から降りると、軍用トラックの生き残りと合流しようと試みる。
彼らのいる位置は最悪だ。
車列が通っていた幹線道路の右手側は土手になっていて、上方からこちらを狙い放題。
BESA重機関銃と思わしき機関銃が、長い長い連射を振りまいていて、軍用トラックの幌をズタズタに引き裂き続けている。
トラックの荷台からは辛うじて2人が降りてきて、そのままトラックの陰に隠れたが、BESA重機関銃の牽制射撃のせいでその2人も大尉もまるで動けない。
重機関銃に釘付けにされている3人に、トラックの運転手と車長、そして護送車の運転手が加わり、憲兵側の戦力は6人になった。
しかし、圧倒的に不利な状況にある事に変わりない。
襲撃者の目的はてんで分からないものの、大尉の任務はこの場合、被疑者を保護する事である。
「大佐!こちら側からゆっくりと降りてください!流れ弾に注意して!」
「カーリュー!君から先に降りろ!私は後でいい!」
「ご主人様!いえ、アナタッ!アナタもちゃんと無事に降りてきて!」
「言うまでもないだろ!」
大佐とカーリューは無事に護送車から降りた。
憲兵大尉にとって、この誇り高い大佐殿の逃走など到底想像もつかないものだったが、念の為運転手には見張りを命じる。
そのあと、携帯無線機を取り出して憲兵隊本部に増援を求めた。
『こちら
「了解、
大尉はホルスターからMk.Ⅵリボルバーを取り出しながらそう返した。
実際には持つかどうか分からないものの、泣いても喚いても増援がすぐにやってくるわけではない。
生き残りの部下達もそれぞれの火器を両手に戦闘準備を整えている。
護送車の陰から未だに発砲をやめないBESA重機関銃の位置を確認した大尉は、部下達に大声で指示を出した。
「マーカス、グレイ!機関銃に制圧射!コーンフィールドは射手を狙え!」
「了解!」
トンプソンとステンガンを持つマーカスとグレイが、機関銃に精一杯の猛射を浴びせる。
BESA重機関銃射手も人間である以上、機関銃の射撃よりも身の保身を優先してしまう。
重機関銃の連射が途切れ、射線が定まらなくなったのを見計らい、SMLE No.4小銃を持ったコーンフィールドが精密な射撃で重機関銃の射手を撃ち倒す。
「重機関銃の射手を倒した!」
「了解、こちらから見て反対側の側溝に移動する!行け!行け!行け!」
射手が倒されても、給弾手がその役目を引き継ぐ可能性がある。
だから憲兵達の内、グレイとコーンフィールドは迅速に移動を試みた。
だが、重機関銃の給弾手はそれより早く射手の代わりを務めて連射を再開する。
憲兵2名は後頭部に強力なフルサイズライフル弾を食らってその場に倒れた。
「畜生!連中、間違いなく訓練を受けてる!」
「大尉!後方から敵散兵ぐわっ!?」
憲兵がもう2人撃ち倒される。
大尉が確認すると、後方から小火器を装備した徒歩兵が接近しつつあった。
「くっそ!なんてこった!体制を整え」
それでもどうにか任務を果たそうとした大尉の首に7.7mm弾が突き刺さる。
大尉はもんどりうって倒れ、首を抑えたまま動けなくなってしまった。
最後の憲兵は眉間の間を撃ち抜かれてその場に倒れ込み、敵徒歩兵が射撃をやめてこちらに駆け寄ってくる。
襲撃者達は憲兵の死体には目もくれない。
まだ意識のあった大尉は、ままならない呼吸をどうにか続けながらも、襲撃者達の様子を見ていた。
コイツらの目的は何なのか。
首を撃たれては助かりそうもないが、死ぬ前に
襲撃者達の内、まだ10代前半の少年が集団に先んじて進んでくる。
手にはPPS短機関銃を持っていて、その銃口からは青白い煙が上っていた。
そのすぐ後ろに続くのは、PPSの少年と同じくらいの少女で、手にはP14小銃を持っていた。
軍用銃を持つ2人の未成年は驚くほどによく似ていた。
違いは性別くらいで、その他は何が違うのかすらわからない。
まさしく、その2人は双子だった。
双子は死にかけの憲兵大尉を一瞥しただけだった。
大尉をまるで気に留めない代わりに、2人は未だ護送車の陰に屈んでいる夫婦の方へ歩み寄っていく。
そして2人の内の、少年の方が大佐に声をかけた。
「こんばんわ、大佐!助けに来ました!」
「き、君たち、一体何をして…」
「嫌だなぁ、大佐!助けに来たって言ってるじゃないですか!あなたはあと少しで、国家の不当な裁判にかけられるところだったんですよ?」
「い、いいや、不当な裁判なんかじゃない!俺は過ちを犯した!裁かれるべきなんだ!」
「大佐が裁かれるべき?誰がそんな事を?みてください、大佐。僕たちはあなたに救われた。あなたのおかげで今も生きている。あなたは英雄です、罪人じゃない。」
「し、しかし…」
少年にかわり、少女が話を引き継いだ。
底抜けに明るい声色をしているが、目は底のない沼のようだった。
彼女は大佐の前に跪き、その手の拘束を解きながら優しく話しかける。
「あなたは…まさに現代の騎士です。先のない私たちに、希望の光を与えてくれた。」
「ち、違う!君たちから未来を奪ってしまったのは…俺のせいなんだ……」
「大佐、本当に素晴らしい方です。でも、考えてみてください。そもそも大佐にあんな警戒体制を強いたのは誰ですか?」
「海軍の命令で…」
「その通り。海軍の命令でした。そしてあなたは今、海軍の命令で裁かれようとしている…可哀想な奥さんも。」
「私は別にどうなっても構いません!ご主人様が無事でいてくださるなら!」
「うふふふ。ステキな奥さんじゃないですか。でも、2人とも…本当は裁かれる必要すらないのではありませんか?」
「弱きものを蹴落とす。これがこの国の政府のやり方です、大佐。あなたならこのおかしさに気づいていらっしゃるはず。そしてどうにかして弱き者を救いたいとも思っているはず!」
「私たちと来てください、大佐。正義を果たしましょう!理想の社会を築くのです!そうすれば…今度こそあなた自身も救われる!」
「………………そうか……俺も救われていいんだな……」
「ええ、もちろんです、大佐!さあ、行きましょう!」
少年の方が大佐の手を取り、元来た方へ歩き出す。
ほかの襲撃者達も大佐を褒め称える言葉を投げかけていて、一種の新興宗教のようにも見える。
どうやら、あの誇り高い大佐とその妻は完全に理性を失ってしまったようで、今では少年の思うままに動いているようだった。
憲兵大尉は、左手で首元を抑えてはいたが、利き手である右手にはリボルバーをしっかり握っていた。
彼は薄れゆく意識の中、格別に重く感じるリボルバーをどうにか動かし、少年の後ろ姿を撃ち抜こうとする。
だが、すぐに少女が大尉の元へやってきて、こう言い放った。
「あら。往生際の悪いこと。」
1発の7.7mm弾の銃声が響いた後は、あたりは先程までの銃撃戦が嘘のように静まり返っていた。
憲兵隊の増援が到着した頃には生きている者はその場に誰一人としていなかったし、連絡を寄越してきた大尉もこの世にはいない。
そして彼らが命がけで移送しようとしていた被疑者とその妻も、襲撃者達とともに消えていたのである。