『"ゴッドファーザー"、こちら"フジヤマ"。現時刻をもって、
ゴッドファーザー、了解。
暗号無線機の状態は良好。
作戦を続行されたし。
『フジヤマ、了解。アウト』
"フジヤマ"、つまり重桜マッマズfeatベルマッマの報告を受けた。
これから海軍規則抵触スレッスレの職権濫用フル私用任務を始めるという事には不安以外何も感じることができない。
だからこそ予備の手段は考えておかねばならないし、準備もしかりである。
「第5艦隊『マンハッタン』も定位置についたわ、坊や」
私を
『マンハッタン』は原子爆弾製造計画の秘匿暗号名でもあるのだが、私の艦隊ではチーム・ユニオンの事を指す。
このデストロイヤー共の主たる任務は第4艦隊フジヤマの援護であり、フジヤマが何らかの理由で任務遂行が不可能になった場合に備えるのだ。
その為にフジヤマと鉄血公国船籍の商船の航路上で待機するのである。
「Mon chou、暗号無線機は順調に作動中よ。感度も良好。」
「鉄血製の暗号機なら、ロイヤル海軍当局に察知される事もないとは思うけど…油断はできないわね、ミニ・ルー。これは非正規戦…不測事態は常にワンセットよ?」
分かってるよ、ルイスマッマ。
出来る事なら非正規戦どころか何一つの戦闘も起きて欲しくはないが、あらゆる海域においてセイレーンが大航海時代のクラーケンよろしく跋扈している世の中である。
故に私は今回、特別に神経を使わざるを得なかった。
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鉄血公国商船『びすまるく』号の艦長は、今年で52歳になるギュンター・マンリッヘルで、彼は自らが指揮をとるこの船の事を娘のように思っていた。
この船長が船という、陸地の人々とは少々生活リズムの異なる職場を選んだ理由は、往々にして多くの人間により述べられるように金の為であった。
彼が20歳を迎える前に勃発した戦争で、海運業は深刻な人手不足に陥っていて、それは賃金の高騰をもたらした。
誰もが魚雷の脅威に怯えながら船の上での仕事などしたがらなかったのだから当然の事だが、マンリッヘルは安全より財産を取るタイプの男だったのだ。
ギュンター・マンリッヘルの船は運良くロイヤル海軍の魚雷攻撃を受けずに済み、彼は終戦まで生き残った。
ところが彼の幸運はここでは終わらない。
セイレーンが全海域の9割を人類から奪い取った時でさえ、彼は海運業に携わり、そして生き延びたのだ。
今では彼は"海運業の奇跡"なる名誉を海運業界に轟かせ、莫大な富を伴う素晴らしき老後を思い描いている。
彼は3年前にビスマルク総合商社へと転職したが、それは退職金が桁違いに良かったからに他ならない。
『海の男』を辞めた後は、ハンブルクでゆったりと過ごそうと思っている。
海運業で足跡を残したから海を見ていたいなどというセンチメンタルな理由ではなく、実家がそこにあるからこそ、彼はハンブルクへ帰ると決めていた。
週末にはゴルフでもやりに行き、帰った後に港の景色をみながらビールでもやるのがいいだろう。
かつて父がそうしていたように…
「艦長、鉄血公国海軍の護衛が離れます!」
一等航海士からの報告を受け、回想から我に帰ったマンリッヘルは双眼鏡を覗く。
祖国の旗を掲げる駆逐艦2隻が、びすまるく号から離脱していった。
「………政府のクソ共。今になってツケが回ってきたわけか。」
マンリッヘルが双眼鏡を覗きながら愚痴を零す。
政府も政府で責められる物でもないと頭では分かっていたものの、しかし、現実に外洋手前で護衛を引き上げる駆逐艦の様子を見れば、そう零さずにはいられない。
元々の原因は、短期間で終わった冷戦だった。
北方連合のスタルノフとかいう頭のおかしな男が、鉄血との国境線沿いに何十個という戦車師団を配置した。
鉄血公国政府は度肝を抜かれ、大慌てで陸軍の強化に乗り出したのだ。
この時期セイレーンの活動は沈静化しており、リソースに限りのある鉄血公国はそれを陸軍に優先させる他なくなってしまう。
幸いなことに、ロイヤル海軍が北海及びバルト海までの通商の保護を請け負ってくれた為、鉄血公国は海軍を縮小して陸軍を増強することができた。
ところが。
北方連合のスタルノフが殺され、代わりにセイレーンの活動が本格的に活発化する。
鉄血公国政府は既に海軍を縮小させており、リソースの再転換には時間がかかってしまう。
よって必然的に海軍は手薄となってしまったのだ。
通商保護を請け負うはずのロイヤル海軍も、セイレーンの活動活性化により鉄血の船の面倒など見ていられない。
だから言わんこっちゃない!
安易に目先だけを見てるからこうなるんだ!!
マンリッヘルは苦虫を噛み潰したかのような顔で駆逐艦を見送ると、前方の海域へ目を向けた。
まだ水平線上には点ぐらいのサイズにしか見えないが、双眼鏡を覗けば、それが何であるか分かってくる。
KANSENだ。
どうやら空母が2名、戦艦1名、重巡2名、軽巡1名という編成。
びすまるく号艦長からすれば、皮肉の一言でも言いたくなる。
『ロイヤルの海軍には、まだ欠員なしの、それもKANSENの艦隊を用意できる余裕があるらしい』
ただ、マンリッヘルは軽率な男でもない。
これから護衛を依頼する相手にそんな無礼極まりない言葉を浴びせられるほどのアドベンチャーでもなかった。
彼は通信士に指示して、こちらへ向かってくる艦隊に挨拶をする準備をさせる。
ビスマルク会長直々のご命令で設置した暗号無線機の受話器を手に取ると、訛りがあるもののしっかりとしたロイヤル英語で呼びかけを行う。
「こちら鉄血公国船籍商船びすまるく。そちらはロバート・フォン……あー、うん、えー………」
『こちらはロバート・フォン・ピッピベルケルク=セントルイスファミリア1世鎮守府所属、第四艦隊"フジヤマ"です。そちらの船影を視認致しました、これより向かいます。』
あまりに長過ぎて、護衛を請け負ってくれた指揮官の名前を忘れてしまったが、そんな無礼にも関わらず、応答した相手は上品極まりない物腰で返事を返してくれた。
双眼鏡の中では、前衛の3名が速度を上げてこちらへ向かってくるのが視認できる。
2人は黒髪の、白い制服を着た姉妹と思わしき東洋美人。
もう1人はプラチナ・ブロンドのメイド服で、先ほどの通信の相手は彼女だと思われた。
「通信を中継していただけますか?そちらの指揮官にお礼を言わせて欲しい。」
『ご丁寧にありがとうございます。ご主人様…セントルイスファミリアにお繋ぎしますので少々お待ちくださいませ。』
しばらく待つと、通信が繋がった。
どうせロイヤルの高級士官なら、高慢ちきな態度で鼻がかかるような発音のロイヤル英語を使って来るだろうと、彼は予測する。
今まで何度かあの国のお偉方向けに積荷を運んできた時は大抵そうだったのだ。
だから丁寧な鉄血公国語で応答された時は少々驚いた。
『あー、えー、あー。こちらセントルイスファミリアです、聞こえますか?』
「ええ、聞こえています。この度は当艦の護送を引き受けてくださり誠にありがとうございます。」
『とんでもありません。通商に携わる貴方のような人々がいなければ、ロイヤルは明日にでも滅びかねませんよ。』
「はははは、そう言ってもらえるとやりがいも湧きます。ところで、この護衛は…その…なんと言いますか……」
『法的な問題ならご心配いりません。ただ、少しお願いしたいことがありまして。』
「ええ、勿論、大丈夫です。会長からもそのように指示されております。
『…………はい、ありがとうございます……沿岸部では最近、海賊行為が多発しておりますので、随伴する当鎮守府の第4艦隊が責任を持って護衛致します。』
「旗艦は誰ですか?」
『ええっと…プラチナブロンドのメイド服…ベルファストが指揮を執っております。事後の連絡は彼女に。』
「了解しました。色々とありがとうございます。会長からは貴方に向けての荷物もお預かりしておりますゆえ、楽しみにしておいてください」
マンリッヘルは通常通りの手順で通信を終え、受話器を通信士に返した。
これまで渋々護衛を請け負ってきたロイヤル海軍の高慢ちき共に比べれば、今回の護衛を寄越してきた男はかなり信用できる。
短い冷戦の期間中、びすまるく号は何度もロイヤルに品物を運んだが、マンリッヘルはその度にクッソ貴族の"守ってやってる"アピールにうんざりさせられたものだ。
少なくとも、今回はそれがない。
それだけでも、彼としては良い知らせだった。
びすまるく号に積載される積荷は、大抵ロイヤル上流階級向けの品物だった。
鉄血製の高級家電、南部アイリス産の高級ワイン、北部イタレリのトリュフ。
例えスラム街の人間が飢えていたとしても、これらが流通すること自体は悪いことではないだろう。
つい最近までお互いいがみ合っていた国々の間で、早くも流通が復活しているのは喜ばしいことなのだ。
かつてアダム・スミスが言ったように、市場と人間は
問題はこの流通を感情的理由から遮断したがっているクズ共が、それを成し遂げられるだけの力を持ってしまったことなのだ。
そしてそのクズ共の何人かが、錆の浮いたMASボート2隻と民生品のボート4隻で発進基地を出たのは、十分に計算されたタイミングでのことだった。