文乃ちゃんは料理ができない   作:柴猫侍

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3. 夜食①

 それは一ノ瀬学園の昼休みにて。

 

「文乃っち、おっすおっすー! おかし食べる?」

「わぁ~、食べる~♪」

 

 文乃が教室に入るや否やポテチの袋を差し出してくる褐色美少女は、文乃と共に成幸に教育係としてついてもらっている水泳少女であるうるかだ。

 今日もこんがりと焼けた小麦色の肌が眩しい。

 

 そのような彼女に差し出されるポテチを食べ、若者であればだれでも一度は食べたことがあるであろう味に舌鼓を打つ。

 

 すると、遅れて教室にやってくる小さな影が一つ……。

 

「あ、リズりんだ。リズりんもおかし食べる?」

「うるかさん、文乃。早いですね」

 

 眼鏡が似合う理系少女こと理珠だ。

 

 そんな彼女が手に携えているのは、おおよそ学校の教室に似つかわしくないせ(・)い(・)ろ(・)。

 

「今日もうどんの差し入れがあります」

「リズりんちのうどんイェーイ!」

「文乃もどうぞ」

「やったー! 二人ともいつもありがとー♡ おかしもおうどんも大好きーっ!!」

 

 差し入れのおかしとうどんを次々に口に運ぶ文乃。

 実に幸せそうな表情で食べている。彼女の知らぬところで『眠り姫を守る会』―――通称『いばらの会』と呼ばれる文乃のファンクラブのようなものが存在しているだけあるというものだ。

 

 そしてそんな彼女たちを教育する者も到着する。

 

「お、三人集まってたのか」

「な、成幸!?」

「成幸さん、こんにちは。うどんありますよ」

「唯我くん? どうしたの、そんな大きな袋持って……」

「実はだな……」

 

 これまた眼鏡と頭頂部のアホ毛が特徴的な男子の成幸が、男子高校生が持つには似つかわしくない可愛らしい袋を携えて三人の下に近づいてくる。

 

「水希がクッキー作り過ぎたって言って持たせたんだけど、折角だから食べるかなって……」

「水希ちゃんが?」

「お、クッキー!? 食う食うーっ! アイウォントトゥイートクッキー♪」

「では、私も折角ですので」

 

 料理上手な成幸の妹・水希(ブラコン)。

 彼女の作り過ぎたおかしは、時折こうして成幸を通して三人の下にやってくる。

 

 あっという間に食事会のような様相を生み出す教室。

 おかしにうどん、そしておかし。見事なまでの炭水化物のラインナップだ。

 

(あれ? なんだかデジャブ……)

 

 途中まで特に何も思わず机にならぶ食べものの数々を口に運んでいた文乃であったが、彼女が色々気づくのは家に帰った後―――具体的には風呂上り、体重計に乗った後のことだ。

 

 

 

 その日、古橋宅で文乃の悲鳴は響きわたった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「体重が増えたからヘルシーな料理を伝授してほしい……?」

「わぁー! 口に出して言わないでー!」

 

 呆気に取られている良太の前で、文乃は顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しい。

 体重……それは女子高校生には死活問題である事項。ただでさえストレスの多い受験生だ。多食や暴食で体重が増えてしまうことはよくあることである。

 

「でも、話を聞く限りじゃあ単純に古橋さんが食べすぎてるだけだと……」

「うぅ、わかってる……『おいおい越冬に向けて励んで結構じゃないか』って言われそうだってことくらい」

「そこまでへりくだる必要はないと思うけど……」

 

 一見細い見た目の文乃であるが、そのような彼女でさえ体重の増減には敏感だ。

 以前の時は『夜は勉強に集中して頭に糖分を使うから夜食してもプラマイゼロ』という超理論を用い、夜中に菓子パンやインスタントラーメンを食べていたために起こった。

それを成幸に指摘され、夜食は春雨だけを許されて体重は無事に戻ったのだが、最近は以前であれば大丈夫であった食生活でも太ってきているのである。

 

「これはいわば由々しき問題! だよ!」

「まあ、女の子だもんね」

「でも、夜食なしで夜中に勉強できると思えないし……」

「となると、夜中に食べても太らない料理……というか、レシピを教えるね!」

「ホント!? 今の言質とっておくからね!?」

 

 どこからともなく取り出したメモ帳に言質をとる文乃に対し苦笑を浮かべる良太。

 

(でも、それだけ食べても……)

 

 チラリと視線を落とす先―――そこは絶壁。

 

「佐藤くん……?」

「はい!?」

「今、なんか失礼なこと考えてなかった?」

「う、ううん!? 決してそのようなことは……!」

「ふ~ん、ならいいんだけど」

 

 殺気を孕んだ瞳を浮かべる文乃は、何の気なしに己の胸に手を当てる。

 腹が膨れるのは容易いこと。

 しかし、胸が膨らんでくれることは一向にない。

 

(世の中は不条理……だよ!)

 

 食べても全く太らないうるかや、栄養が全て胸にいく理珠のことを心底羨ましく思う文乃は血涙を流すのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「本当は夜中に食べること自体、あんまりしない方がいいんだけどね」

「うぅ……でも、お腹空いちゃうんだもん」

 

(古橋さんカワイイ……『だもん』って)

 

 お腹が引っ込むようにと先程から腹部を揉んでいる文乃。

 

 それは兎も角、夜食はあまり勧められたものではないということはすでに周知の事実と言っていいだろう。

 夜中は昼間よりもエネルギーの消費が少ない。故に、摂取したエネルギーの余剰は体にため込まれ、結果的に脂肪へと変わってしまうのだ。

 それだけにとどまらず、胃に入った食物を消化するべき胃腸が活発に動いてしまうため、眠りも浅くなってしまう。これは受験生にとって由々しき問題。夜中まで一生懸命勉強したにも拘わらず、その所為で昼間は睡魔に襲われて授業が身に入らなくなってしまうという本末転倒な事態に陥ってしまうのだ。

 

「だから、食べるとしても油分や塩分が少ないもの! それでいて消化しやすいお腹にやさしいものがいいんだ。だから菓子パンとかインスタントとかはもってのほかだね」

「うっ!」

 

 心当たりがありまくりの文乃は吐血する。

 しかし、あの背徳感こそが夜食を一層美味に感じさせるアクセントともなっていることを彼女は否定できない。

 

 でも夜食はやめられない。だって女の子だもん。

 

「で、まず最初に古橋さんにお勧めなのがホットヨーグルト」

「うん!」

「言っちゃえば、市販のヨーグルトを電子レンジで温めるだけなんだけどね」

 

 器によそったヨーグルトを電子レンジで加熱。

 量にもよるが、大体は500ワットで1分ほどだ。

 

「あんまり過熱しちゃうと、ヨーグルトが汁と分離しちゃうから気をつけてね」

「おぉ~、簡単!」

「酸っぱいのが苦手な人は、オリゴ糖をかけるか、カットしたフルーツと混ぜて食べていいかも」

 

 オリゴ糖は腸内環境を正常化する役割を持つ善玉菌―――それらのエサとなる。

 結果的に、善玉菌が増えれば女子の悩みである便秘、肌荒れの改善につながるだろう。

 さらにオリゴ糖自体はエネルギーとして吸収されにくく、砂糖よりも低カロリーで済むという利点がある。これもまたダイエット中にはうれしいメリットの一つだ。

 

 一方でりんごやキウイフルーツを切って混ぜてもおいしくなる。

 上記のフルーツは食物繊維が豊富。これもまた腸内環境の改善につながり、ダイエットにうれしい効果を発揮してくれる。

 

「でも、普通にヨーグルトに切ったフルーツ盛り合わせるだけじゃだめなの?」

「まあ、ダメとまでは言わないけれど、冷たいまま食べると体が冷えちゃうからね。夜食を食べるんだったら基本的に温かいものの方がいいかも」

「へ~」

 

 渡されたりんごと睨み合う文乃。

 

「う~ん、私にフルーツの皮を切るのは難易度が……」

「りんごぐらいだったら、洗えば皮ごと食べちゃっても大丈夫だよ。皮と実の間に栄養がたっぷりだからね」

「え、そうなの?」

「うん」

 

 フルーツにもよるが、皮ごと食べられるものに関しては皮ごと食した方が、皮と実にある豊富な栄養ごと摂取できる。

 ちなみにフルーツの多く含まれている食物酵素には、消化を助ける働きがあり、朝に食べると非常に効果的だ。いつぞや流行った『朝バナナダイエット』なども、恐らくはこの食物酵素に着目してのダイエットだったのだろう。ただしバナナの皮には少量だが毒があるため、食べてはいけない。

 

「次に古橋さんに伝授するのは寒天ゼリーだよ」

「ゼリー!」

 

 ぷるぷる甘いあんちきしょう。

 その名を耳にした文乃の瞳は輝く。

 

「でもゼリーってデザートってイメージだし、太っちゃわないかなぁ?」

「大丈夫。寒天はほとんど食物繊維だから、寒天自体はカロリーが少ないんだ。それでいて少量で満腹感も得られる、ダイエット中にはぴったりのデザートって言えるよ」

「おお!」

「そういう訳で夜食にもぴったりだねって感じ」

 

 用意するものは市販の粉寒天とジュース、もしくはフルーツである。

 寒天というのだから、何も味付けしなければ“甘くもなんともない塊のところてん”のようなものになってしまう。

これでは何とも口が寂しい。そこで甘みをつけるために、市販の果物ジュースか野菜ジュースを入れ、ゼリー自体に味をつける。もしくは溶かした寒天を容器に注いだ際、カットしたフルーツを入れても味が付いておいしくなるだろう。

 

「で、大事なのが冷やす時」

「うんうん」

「すぐに冷やさないとボロボロした食感になっちゃうんだ。だから、容器に注いだ後は流水で冷まして、ある程度固まったら冷蔵庫に入れよう」

 

今回作るのは、オレンジジュースを入れた寒天ゼリーと、カットしたりんごを入れた寒天ゼリーである。

市販のゼリーよりは甘みに乏しいかもしれないものの、だからといって砂糖を足してしまっては本末転倒だ。ここは素材本来の味を楽しむとするべきだろう。

 

「じゃあ、固まるまで大体一時間だけど……なにしよっか?」

「あ、そうだ! いつも料理教えてもらってるお礼に、おかし用意してたんだった!」

「そうなの?」

「うん、ちょっと待ってね」

 

 てとてととキッチンから走り去っていく文乃を見遣る良太は、ほっこりとした笑みを浮かべて椅子に座る。

 

(よくよく考えたら女の子の家……それも古橋さんの家にあがって二人っきりで料理なんて、ドキドキするなぁ~)

 

 今、自身が置かれている役得な立ち位置に動悸が激しくなる。

 受験勉強の息抜きとは言え、女子に料理を教えにわざわざ家に上がりこむのも中々にない経験と言えるだろう。

 

(でも、料理を作ってあげたい相手って誰なんだろう? そこは気になるなぁ~)

 

 などと考えていた時であった。

 

 扉の先の廊下から、おおよそ室内では鳴ってはいけない轟音にも等しい足音が響き渡ってくる。

 あまりの振動に、座っている良太さえ全身が震えるような感覚を覚えたほどだ。

 そして次の瞬間扉の先に文乃の姿を窺えたかと思えば、なにも手に持っていない彼女が座っている良太目掛けてダイブしてきた。

 

「ふ、古橋さん!?」

「で、出たの……」

「出たって……なにが?」

「名前を言っちゃいけないあの虫が……!」

「そんなヴォル○モートみたいに……ゴキ」

「言っちゃダメェ―――!!!」

「ムゴッ」

 

 ゴキっとしてブリっとした生き物の名を口に出させぬため、文乃は良太の口を押える。

 そんなやりとりをしている内に、噂をすればなんとやらと言わんばかりに、床を這うようにキッチンに入ってくる黒い影。

 

「あぁ―――っ!!!」

「古橋さん、とりあえず離れてくれないとどうしようもないから……っ!?」

 

 抱き着いて離れようとしない文乃を宥め、なんとかゴキブリ退治に向かおうとする良太であったが、途端に表情を凍らせる。

 次の瞬間、キッチンを蹂躙しようとしたゴキブリに一つの影が跳びかかった。

 長い八本の脚。ハンターの如く俊敏な動きでゴキブリを捕らえた影は、そのまま捕らえた餌をむしゃむしゃと食べ始めるではないか。

 

「く、く、く、クモはダメぇ―――!!」

「うわあああん!!」

 

 そう、みんなの軍曹ことアシダカグモだ。

 見事文乃を脅かすゴキブリを捕らえてくれたアシダカグモであるが、ところがどっこい。ゴキブリが大丈夫な反面、良太はクモが大の苦手であった。

 片や貪られているゴキブリに怯え、片や貪っているクモに怯え、二人は悍ましい捕食現場を前に抱き合って震えることしかできない。

 

 ちょうどアシダカグモが獲物を食い終え、古橋宅から音もなく去っていったのは、ゼリーがちょうど固まった一時間が経過した頃であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「この寒天ゼリー、とってもおいしいね……」

「うん……他にもスポーツドリンクとかでもおいしくできあがるよ……」

 

 憔悴し切った二人は、テーブルに置かれている寒天ゼリーを向かい合って食べていた。

 市販のフルーツゼリーよりはやや甘みに欠けるものの、ダイエット食品として食べるのであればそれなりの出来。

 顔色に反してゼリーを掬うスプーンは動く。

 

「とまあ、今回はデザートみたいな甘味を教えたけど、次はしょっぱい感じの夜食のレシピを教えるからね……」

「い、いぇーい……」

「……食べよっか」

「うん……」

 

 流石に捕食現場を見た後では中々気分が盛り上がり辛い二人。

 その後、淡々と実食は終え、良太は古橋宅から静かに帰路につくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「古橋さん、おかし持って帰っていってって渡してくれたけど、なにが入ってるんだろう?」

 

 良太が自室の机の上に置くのは、今日文乃に礼と言って渡された紙袋。

 彼女の言い分であればおかしが入っているに違いないが、スナック系統かそれともスイーツ系統か。想像はふわふわと綿菓子のように膨らんでいく。

 

「えいっ」

 

 中から箱を取り出した良太。

 彼が目にしたものは―――。

 

「……薬?」

 

色々と戦慄する。

単純に文乃が間違えただけか、はたまた彼女が薬をおかしとして認識しているだけであるのか……後者の場合、とてつもなく危ない香りが漂ってくるだろう。なにかの隠語という可能性も無きにしも非ずである。

 

「古橋さん……これを一体僕にどうしろと……!?」

 

 一歩その頃、古橋宅では『間違えちゃったー!』という悲鳴が聞こえたとな。

 胃薬は文乃のお供である。

 

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