文乃ちゃんは料理ができない   作:柴猫侍

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4. 夜食②

 食べたい。

 だが、今食べれば確実に太るという確信がある。

 それにも拘わらず夜食は、夜中の食すという背徳感をエッセンスにさらなる甘美な味わいをもたらすものだ。

 

 インスタント麺、スナック菓子、菓子パン……。

 

 美味しいものはカロリーが高いとは言ったものだ。

 事実、健康にいいものとは違い、美味しいものばかり食べようとするとどうしても高カロリーなものになってしまうことだろう。

 

「でも、夜食に高カロリーは避けた方がいいよね」

「はい!」

 

 涙ぐんで頷く文乃。彼女と共に本日も良太の教室は始まるのであった。

 ゴキブリ用のトラップ、専用の殺虫スプレーなどを兼ね備えて万全を期したキッチンでは、淡々と料理の準備が進んでいる。

 

「まあ、でも夜中だしあんまり手の込んだものは作りたくはないよね?」

「うん……あ、別に料理したくないとかそういう訳じゃなくて……!」

「ううん、大丈夫だよ。受験生だし、作れるならパパっと手軽なものがいいよねって話さ!」

 

 そう、彼らは受験生。

 なんやかんや緩い日常が流れている光景ばかりを目にし、そういった身分であることを忘れてしまいがちであるが、彼らは受験生であるのだ! (二度目)

 

「と、いう訳で。今回はこの前の甘いものとは違って、しょっぱいものを作っていく訳だけど、出来る限りお手軽なレシピを紹介していくよ」

「おおっ!」

 

 ぱちぱちと拍手が鳴り響く中、良太が取り出したもの……それは。

 

「まず使うのはこれ。お豆腐だよっ」

「うん、ヘルシーそうだねっ!」 「お肉と比べるとね。でも、一丁食べるとなるとそれなりのカロリーになるから気を付けて」

「えっ!?」

「まあ、使うのは一丁じゃないから大丈夫だよ」

「ほっ、よかった」

 

 一見ヘルシーそうなイメージがもたれる豆腐。

 しかし、その実カロリーは野菜よりはある。勿論、肉よりはカロリーは低いものの、量を食べればそれなりのカロリーとなり、結果的に太る結果につながりかねない。

 

 豆腐を食べる際の注意点が食べすぎであるとすれば、豆腐だけを食べた際の満足感が足りない食事を如何にするべきか……その解決法として挙げられるのが。

 

「熱々のを食べよう」

「……お腹に優しいから?」

「うん。でも、もう一つ理由があるんだ」

 

 熱いものを食べようとすれば、自然と一口の量が少なくなる。

 それでは満足感の食事を摂れるのか? と問われれば、それについて心配は無用。

 

 一口が小さければ、自然と口に運ぶ回数が多くなり、それが結果的に咀嚼回数が増えることとなる。

 一度は聞いたことがあるかもしれないが、咀嚼回数が多い程、人は満腹中枢と呼ばれる部分が刺激され、比較的少ない食事量でも満足することができるのだ。

 

「噛む回数を増やしていこうってことで」

「科学的路線で攻める! だね!」

 

 さらに言えば、たんぱく質が多く含まれている食材には必須アミノ酸の一種・トリプトファンが含まれていることが多い。

 これもまた脳がリラックスする成分のセロトニンの分泌を促し、そのセロトニンの作用により満腹中枢が敏感となり、結果として少ない量の食事で満足することができるようになる。

 

「まず用意するのはこちら」

「……お茶漬けの素?」

「うん。これでお茶漬けにしよう」

 

 日本人であれば一度は食べたことのあるであろう食べ物―――茶漬け。

 文字通り、本来は米に茶をかけて食べる食べ物であるが、最近ではこうしたお茶漬けの素に湯をかけるのが一般的になっているだろう。

 豆腐に茶をかけるのは如何なものか……と、思う者も居るかもしれないが、最近のお茶漬けの素は専ら塩っ気のあるものがほとんど。

 

 豆腐のあっさりとした味わいと塩っ気が、夜食にはほどよい一品となり得るだろう。

 

「簡単だね~」

 

 お茶漬けの素を振りかけ、湯を注いだ器からレンゲで豆腐を掬って食べる文乃は、はふはふと息を吹きかけながらたった今作った豆腐茶漬けを食す。

 

「折角だし今回はお豆腐メインにしていこうか」

「うん!」

「じゃあ次は……お味噌汁、行ってみようか」

「お味噌汁……!」

 

 文乃の豆腐茶漬けを食す手が止まる。

 

「……どうしたの?」

「わ、私出汁とか取った事ほとんどないんだけど大丈夫かな? こう、かつお節とかにぼしとか昆布とか、そういったものを色々……!」

「大丈夫、そこまで本格的にやらないから」

 

 どこぞの料亭の如く、素材を煮だしたり水出ししたりする工程に慄いていた文乃であったが、さらりと良太はその懸念が杞憂であることを伝える。

 

「お味噌汁は、基本的にだしの素と味噌があれば作れるしね」

 

 そう、最悪お湯に味噌を溶かせばそれでもう味噌汁であるのだ。

 今回はそこまで淡白にはいかないが、夜食とだけあって出来る限り塩分は控えたもので作っていく予定である。

 

「市販のだしの素も、一食分ずつ袋に分かれてるものもあるし、料理する時便利だね」

「そうだね」

「と、まあなべに水とだしの素を入れて煮て、あと味噌を入れればもうお味噌汁の出来上がりなんだけれども……」

「ここにお豆腐を入れればいいんだよねっ!?」

「うん、古橋さん。入れたくてウズウズしているのは分かるけど、せめてサイの目に切ろう?」

 

 掌の上に豆腐を乗せ、今や今やと待ちかねている文乃であるが、その豆腐は切られておらず、彼女の挙動に合わせてプルプル震えるのみだ。いい絹ごしだ。きっと歯ざわりもよいことだろう。

 

 閑話休題。

 

「で、今回は入れる具材がお豆腐だけだからここまで言わなかったんだけど、お豆腐と味噌は火を止めた後のなべに入れるといいよ」

「どうしてかな?」

「お豆腐は崩れやすいし、味噌も熱々のだし汁の中に入れたら、折角の味噌の風味とかが逃げちゃうんだ」

 

 よく熱が通りにくいものから火を通せとはいうが、豆腐もその例に漏れず、火を通す順番として比較的最後の方である。

 言い返せば、豆腐は火を止めた後の余熱だけでも十分温まるという訳だ。

 

 味噌については、少し違った理由である。

 味噌を入れた状態で長時間加熱すれば、折角の味噌の香りが抜けてしまう。なおかつ、味噌の中の旨みの成分が出にくくなってしまうのだ。

 たかが夜食でも、英気を養う為に美味しいものの方が食べたい。それは切実な願いだろう。

 

「という訳で、これで簡単にお豆腐の味噌汁の完成だね」

「お味噌汁作るの、家庭科の授業以来だよ!」

「お豆腐だけで足りないなら、こんにゃくとか野菜を入れても大丈夫だよ」

 

 食物繊維の多いものは夜食に適している。

 最近はゼリーなどの商品の名に冠されていることもあるこんにゃくもまた、食物繊維が豊富な食材の代名詞だ。

 ただしこんにゃくに関しては、あく抜きなどのひと手間が必要になってくるため、具材が豆腐だけである方が作るのが早いのは言うまでもないだろう。

 

「それじゃあ次のレシピに移ろう!」

「おー!」

「用意するのはこれ!」

 

 ドドン! とテーブルに並べたのは、メインの豆腐に加え、納豆とスライスチーズ。

 これまた品が少ない。

 

「わかった! お豆腐に納豆とチーズを乗せるんだね!?」

「半分正解」

「あ、そうしてから温める!? だね」

「うん! 電子レンジで一分くらいかな」

 

 豆腐に、しょうゆをかけて混ぜた納豆を乗せた後、スライスチーズを乗せ、電子レンジで一分。

 すると、チーズはトロトロにとろけ、納豆もほんのり焦げて一層香ばしい香りを漂わせる一品が出来上がる。

 

 納豆もチーズも、前述のトリプトファンを多く含む食材。豆腐も合わせれば、小さいながらも満足感の得られる一品となり得る。

 

「あっ、そうだ。言い忘れてたけど、夜食は就寝の3時間前までだよ」

「え? ……睡眠が浅くなっちゃうから?」

「そうだね」

 

 再三述べることだが、食事を食べた後は胃腸の動きが活発化してしまうため、食事後間を置かずに眠りについてしまうと、眠りが浅くなってしまう原因になりかねない。

 朝・昼・晩と6時間おきに食事をとる人間であるが、もし夜食をとるようであれば、夕飯の食事量を減らすことも一つの手だろう。

 

「じゃあ、最後に受験に向けて……寒い夜中を温かく過ごすための料理を作ろう!」

 

 大学受験にて重要とされるセンター試験―――それはおおよそ1月の中旬に執り行われる。

 冬だ。こたつから出たくなくなる季節。

 部屋全体を温めれば、あっという間に微睡が襲い掛かってくる。だからといって、下半身だけを温めようとブランケットや毛布をかけたら、それはそれで指が冷え、言うことを聞かなくなったように動かなくなるだろう。

 

 そのような時こそ、体の芯から温まる夜食を食べて、試験に向けて奮闘するべきではなかろうか。

 

「作るのは、豆腐と長ねぎのしょうがスープ。しょうがで体がポカポカ温まること間違いなし! 風邪の時に食べても良しだね」

「わぁ! うるかちゃんが作ってくれたみたいなスープ作れるかなあ!?」

「うるかちゃん?」

「あ、ううん! こっちの話!」

 

 今年知り合った友人である武元うるか。彼女には、定期試験前に風邪を引いてしまった際に面倒を看てもらったという恩がある。

 その時に作ってもらったしょうがとねぎのとろみスープが非常に美味であり、結果的一日で風邪は治り、無事定期試験も苦手科目である数学で平均点を超える点数を叩きだした。

 

 といった経緯から、しょうがとねぎにはちょっとした思い入れがある文乃は、この一品へ駆ける熱も十分だ。

 

「用意するのはこちらの品」

 

 豆腐、しょうが、長ねぎ、ごま油、鶏がらスープの素、水。

 

「長ねぎの白いところは小口切りに。青いとこは薄切りに。青い部分は仕上げに乗せるから、分けておいてね」

「シャキシャキして美味しいもんね!」

「その通り」

 

 ねぎの青い部分を捨てるなどとんでもない。

 白い部分よりも香り高く、肉の臭み消しに使うといった用途にも使えるが、細かく切っておいて保存し、後で汁物や炒め物などに入れても美味しい。

 無論、今回のスープに関しても白い部分と一緒に茹でても十分なのであるが、折角新鮮な長ねぎを買ってきたのだから新鮮な野菜でしかできない食べ方をしよう。

 

 そして肝心の調理法だ。

 なべにごま油を投入し、しょうがを入れる。因みにしょうがはみじん切りか、市販のチューブ型のすでにおろされているしょうがのどちらでもいい。

 ごま油の香ばしい香りが立つまで中火で痛めた後は、小口切りにしていた長ねぎの白い部分も居れ、軽く炒める。

 

 ここで豆腐の出番だ。

 水を入れた後に豆腐を握り潰しながら入れ、よく混ぜる。

 

 それから煮立ってきたら鶏がらスープの素を入れ、味をみよう。

 この時、味が薄いと感じるようであれば塩コショウで味を調える。

 

 そうすればほとんど完成だ。

 熱々のスープを器に移し、今や今やと待ちかねていた薄切りにした長ねぎの青い部分を散らし、完成である。

 

 しょうがの辛み、ごま油の香ばしい香り。その中で際立つのは、火が通ったことにより溢れてくるねぎの甘みだ。

 ここまでねぎは甘くなるのかと感心するのも束の間、最後に散らした青い部分がねぎ特有の香りと辛みで、また違ったアクセントをもたらしてくれる。

 

「はぁ~♪ 食べてるだけで体がポカポカしてくるねっ」

「しょうがに含まれてる成分は血流を活性化させてくれるからね」

 

 このしょうがの体を温める元となっている成分の名は『ショウガオール』。

 体温が高くなること、それ即ち脂肪や糖の代謝を促進してくれることに繋がるため、ダイエット中の文乃にはぴったりの食材と言えよう。

 

 そして、もう一つしょうがの代表的な成分は『ジンゲロール』という。

 これは免疫細胞である白血球を増やし、体の免疫力を高めてくれることから、風邪の予防には効果的であると言える。

 

「女の子なんかは冷え性に悩んだりすると思うけれど、しょうがを食べたら大体3、4時間くらい保温効果は続くから、冬の寒い日でも勉強が捗るようになるよ! きっと」

「う~ん……」

「ん? どうしたの、古橋さん」

「私、実はここ最近胃の調子が優れなくて……しょうがみたいに刺激のある食べ物食べたら、胃の調子がもっと悪くなっちゃうんじゃないかって……」

 

 辛みのあるしょうがが胃に悪影響をもたらさないか―――それが文乃の懸念点であった。

 彼女は、一人の教育係と彼に恋心を抱く二人の友人の合計三人に、女心についてアドバイスをしたり良好な関係を築いてあげられるようにと、なにかと心労の絶えない生活を送っている。

 そのため、ここ最近は胃薬が手放せない身となったのだ。先日、贈るはずだった菓子と胃薬を入れ間違えたのも、それに起因する。

 

「胃の調子が? それなら大丈夫だよ。むしろ、胃が弱いならしょうがはピッタリなんだ」

「え、そうなの?」

「うん。しょうがを食べると胃腸の血行も良くなって、食べ物の消化と吸収を高めてくれる働きがあるんだよ!」

「へー!」

 

 また、『ジンジベイン』というたんぱく質分解酵素もしょうがは有しており、銀杏の負担を軽減してくれる働きも期待できる。

 他にも胃の潰瘍を押さえたり、ピロリ菌を殺菌したりなど、しょうがはまさしく万能の食材と言えるだろう!

 

 夜食にもピッタリ。

 体もポカポカでダイエットにも良い。

 さらには胃腸の調子の改善も期待できる。

 

 文乃にとっては一石三鳥だ。

 

「今回の料理はどうだったかな?」

「うん、簡単だしおいしいし大満足! です!」

「喜んでもらえてなによりだよ」

 

 いつもにましてテンションの高い文乃の様子に、満足気に頷く良太。

 

 本日もまた文乃は多くを終え、料理を終える。

 しかし、次の日―――学校が休みの日に、とある出来事が起きた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん~! ご飯もお味噌汁もおいし~!」

 

 朝、自分で炊いた白米と豆腐だけの味噌汁を食べる文乃。朝食にしては少々味気がないようにも思えるが、自分で作ったというエッセンスが加わるだけで、味わいもひとしおなのである。

 

―――デキる女、文乃誕生! だよ!

 

 むっふー! とドヤ顔で朝食を済ませ、洗い物に取り掛かった文乃であったが、そんな彼女の下に一つの知らせが届く。

 ピロリンと鳴る電子音。

 何者からの連絡かと、濡れた手をタオルで拭きながら操作すれば、画面に簡潔なメッセージが映る。

 

 それは友人である理珠からのメッセージ。

 内容は、

 

 

 

『タス』

『ケテ』

 

 

 

 わざわざ区切る意味が分からないが、只ならぬ嫌な予感とデジャブを覚え、文乃の表情は咄嗟に強張った。

 

「りっちゃぁ―――んっ!!?」

 

 さっさと洗い物を済ませて着替えた文乃は、すぐさま理珠の家へ向かう。

 

 そう、これは文乃の課外授業の始まりであったのだ。

 

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