「ハロウィンパーティー?」
文乃が素っ頓狂な声をうるかに返したのは、とある日の昼休憩の時間だった。
「そー! もうすぐハロウィンじゃん? んでっ、日曜日は成幸ん家で勉強会……これはもうお菓子持ってくっきゃないっしょ!?」
一人盛り上がるうるか。
勉強よりも水泳と成幸が好きな彼女は、折角のハロウィンに好意を抱く相手の家で過ごし、あわよくば……とでも考えているのだろう。
それで勉強会がふいにされかねないものの、これでもうるかは当初よりは真面目に勉強している方だ。
(まあ、息抜きにはいい機会かな?)
くすりと柔らかい笑みを浮かべる文乃は、隣でうどんを啜っている理珠に顔を向ける。
「だ、そうだけど、りっちゃんはどうする?」
「ずずっ……ハロウィンとはお菓子を持っていくものなのですか?」
「ええっ!? リズりんってハロウィン知らない感じ!?」
「すみません。そういうイベントに疎くて……」
『なるほど』と首肯する理珠以外の二人。
確かに理珠ならばありえなくはない。
ならば、これは逆にいい機会だろう。
「リズりん。ハロウィンは、お化けとかモンスターが家に来てェ……」
説明役を担ううるかだが、何故かおどろおどろしい雰囲気で語る。
「お化け!? モンスター!?」
そして案の定、ホラーが苦手な理珠がビビり始めた。
次に瞬間、うるかはガバっと両腕を上げ、そんな理珠に覆いかぶさるように前のめりに立ち上がる。
「トリックオアトリート!」
「ぎゃあああ!」
「……って、言ってきた相手にお菓子をあげないとイタズラされちゃうイベント!」
「だ、大至急お菓子を用意しなければ……」
いくらなんでも怯え過ぎではないかと苦笑を浮かべる文乃は、震える箸でうどんを摘まんで食べ進めている理珠を眺める。
すると、理珠がハッと何かに気が付いたように文乃を見つめ上げた。
「……お菓子とは、市販のものでしょうか? それとも手作り?」
「ええっと、それは……」
「あー、どうしよっかなぁ」
おどおどする文乃の一方で、数秒逡巡していたうるかは頭頂部のアホ毛がピンと立ち上がる。
―――想い人に手料理を食べさせてあげられる絶好の機会。
「あ、あたしは手作りするよ!」
「そうなのですか? う~ん、文乃は料理が上手ですから手作りでしょうし……」
「え?」
ちょっと待って、とはすぐに言えなかった。
「お二人が手作りとなれば、私も頑張って手作りにすることにします」
「お、リズりんも!? じゃあ、あたしも張り切って作んなきゃ!」
(こ、この流れは……―――!)
悪寒が背筋を奔る。
「じゃあ、日曜日は皆手作りお菓子持って成幸ん家に集合ォー!」
「はい!」
「お、おー……!」
二人に釣られて腕を掲げる文乃だが、悲しいかな。心の中で文乃は吐血する。
(流れに逆らえない日本人の性! だよ!)
まだハロウィンに会いそうな菓子の作り方は未履修だ。
***
「という訳で、お菓子の作り方を教えてください師匠ォ!」
「まさかスライディング土下座で迎えられるとは思ってなかったよ、古橋さん」
いつも通り古橋宅へ文乃の料理勉強のため赴いた良太が目の前にしたのは、綺麗に磨かれた床を土下座の姿勢のまま滑ってやって来た文乃であった。
彼女は意外と運動ができる女子高生なのだ! ということはさておき。
「じゃあ、パンプキンケーキを作ろう」
「パンプキンケーキ!」
ハロウィンの代名詞と言えばカボチャ。
そのカボチャを用いた優しい甘みと風味が特徴のパンプキンケーキが今回の料理だ。
そしてケーキという甘美な響きに、文乃は目を輝かせ、あまつさえ口の端から涎を垂らしている。
「でも、ケーキって作るの難しそう……」
「大丈夫。今回はホットケーキミックスと炊飯器を使うから」
「あっ、聞いたことあるかも!」
料理がまだ得意であるとは言えない文乃でも簡単にケーキを作ることができる手段。
それはホットケーキミックスと炊飯器だ。
本来、米を炊くのに使うのが炊飯器であるが、この家電でホットケーキを炊けるというのは割とポピュラーな情報かもしれない。
具材を混ぜたものを炊飯器の中に入れ、後は炊飯ボタンを押すのみ。
オーブンや電子レンジでタイマーを設定する訳でもないのだから、文乃にはぴったりと料理方法と言えるだろう。
「という訳で、今回用意した具材はコレ!」
まず、メインのカボチャとホットケーキミックス。あとは卵、牛乳もしくは豆乳、マーガリン、ハチミツである。
「アーモンドとかドライフルーツを入れてもおいしいけれど、今回はシンプルにこれだけで作ることにするね」
「うん!」
「じゃあ、まず初めにカボチャをレンジで柔らかくするとこから」
「了解! です!」
種を取り除くなど下処理をしたカボチャをレンジに入れ加熱。
皮については、食感にアクセントが欲しいのであればつけたままで、身の柔らかい食感を楽しみたいのであれば取り除くとよい。
そうして加熱し、柔らかくなったカボチャを今度は一口大に切っておく。
「で、そのカボチャを入れるホットケーキの種なんだけど……」
「ばっちりだよ!」
ホットケーキミックス、卵、牛乳を入れたボウルの中身をコネコネと混ぜている文乃はサムズアップで応答する。
「じゃあ、カボチャとマーガリン、ハチミツも入れてっと……」
「混ざったら炊飯器に入れてボタンを押す! だね!?」
「その通り!」
あとは放っておけば完成する。
炊飯が終わり、生焼けであれば再度炊飯していけばいずれは出来るだろう。
だが、一度で炊けるにせよそうでないにせよ、時間がかかることには間違いない。
今回は、合間の時間に別の料理を作るという訳でもなく、二人はコーヒーを淹れてブレイクタイムと洒落込むことになった。
「甘いものを食べると血糖値が上がるからね。まずはコーヒーとかを飲むと、血糖値の上昇が緩やかになっていいよ」
「へー、そうなんだー!」
甘い食べ物にはコーヒーがよく合うが、なにも味覚だけでなく健康にもいいという訳だ。
そして、香ばしい香りを漂わせるコーヒーを片手に、文乃と良太は談笑を始める。
「みんなでハロウィンパーティーかぁー。楽しそうだね」
「ホントは勉強会なんだけど、折角のハロウィンだしってことになってね……」
「女子だけで集まるの?」
「ううん。唯我くんに勉強教えてもらいに皆で行くから、女子だけってことじゃないかな」
「そうなんだ……」
両手でコーヒーの入っているカップを持ち上げている良太。彼の口元はカップに隠されて見えないものの、気になっている文乃が男子生徒の家に赴くと聞き、若干唇を尖らせている。
ズズッとコーヒーを啜り、逡巡。
「おいしく作れるといいね」
ガチャッ。
「……古橋さん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない!」
僅かに文乃の手元がビクつき、ソーサーからカップを持ち上げようとしていたために、陶器である食器同士がぶつかり、甲高い音がキッチン内に響く。
今はもう平然としているが、その一瞬だけ文乃が動揺しているように良太には見えた。
(なるほど)
カップをソーサーに置く良太は、揺れる黒色の液体を眺める。
(もしや、古橋さんはその唯我くんという人に気があるのではっ!?)
それは半分正解なような、そうでないような……。
なにはともあれ、良太は文乃が成幸に気があるのではと当たりをつけた。
その瞬間、彼の脳裏に過るのは嫉妬でも悲嘆でもなく、
「古橋さん!」
「ひゃ、急にどうしたの!?」
「今になって聞くのもあれだけど、ホントにホットケーキミックスで作ったパンプキンケーキなんかでよかった!?」
「え、ど、どーいう意味!?」
「もっとこう、女子力が高そうで男の人が……じゃなくて、男の人も喜びそうなお菓子じゃなくてよかった!?」
「ええー!?」
突然グイグイ来る良太に、文乃はタジタジだ。
彼女は威圧的な男性が得意ではない。
目の前の男子が善意で今のような質問を投げかけていることはほどなくして理解できたが、それでも矢継ぎ早に質問を投げかけてくる良太には、受け身にならざるを得なかった。
「クッキーとか、マカロンとか! そういうのじゃなくて大丈夫だった!?」
「わ、私には作れないよーっ!」
もしかしたら文乃が好意を抱く相手。
ならば、美味なれどお手軽な料理ではなく、それなりに手の込んだ料理を教えるべきではなかったか。
そう自分を省みる良太は、100%善意での行動であったものの、この時若干文乃に一線を引かれることになってしまった。悲しいね。
***
「……なんか、熱くなっちゃってゴメンね」
「う、ううん。佐藤くんの熱意が十二分に感じ取れたからっ。私も気合いいれなきゃ! だよ」
そう言って笑顔を取り繕う文乃だが、やや憔悴した様子は隠せない。
だが、二人がわちゃわちゃしている間にもパンプキンケーキは炊きあがった。
どっしりと、それでいてしっとりとしたケーキ。包丁を入れれば、これまたしっとりと熱の通ったホクホクなカボチャを窺うことができる。
「わぁ~! おいしそぅ」
「このままでも甘くておいしいけど、ホイップクリームをかけたり、チョコペンでジャック・オー・ランタンみたいになるようお絵かきしてもいいかもね。描く?」
「うん、描いてみたい!」
湯煎して中身のチョコが溶けたチョコペンを文乃に手渡せば、彼女は実に楽しそうにジャック・オー・ランタン風の似顔絵を描いていく。
これだけでもかなりのハロウィン感が出る。
おいしい、楽しい、簡単の三拍子が揃っているのがこのパンプキンケーキ。
「生地がふわふわでしっとり……カボチャもホクホクで、素朴な甘みがたまらないよ!」
「なんだったら、バター塗ったり、メイプルシロップとか粉砂糖とか振りかけて食べてもおいしいよ」
「はぅ!」
「でも、流石にそれだとカロリーが高くなっちゃうからね……」
「おいしい食べ物はカロリーが高い……この世は不条理! だよ……」
何かを得る為には何かを捨てねばならない。
美味を求めるのであれば、カロリーを己の身に贅肉がつく可能性を甘んじなければならないということだ。
なにはともあれ、パンプキンケーキ自体の味は良好。
こうして文乃は、無事ハロウィンパーティー……もとい、勉強会に持っていくお菓子の作り方を伝授されたのであった。
***
そして勉強会当日のこと。
「うわー! 文乃っちめちゃめちゃ気合い入ってんね!」
「ケーキ一つとは……御見それしました、文乃」
「古橋凄ぇな……やっぱり料理上手なんだな!」
「ま、まあね!」
フフンと無い胸を張ってみせる文乃であるが、内心成幸たちの自分への勘違いが加速している点については内心涙目ものであったことを追記しておくことにしよう。